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イケメンのだし巻き卵は優しい

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 あまりにも社会人としては欠けてる行動をネット上でやらかしてから一週間後。会社員至福の週末。作家にとっては創作に没頭できる二日間。
 しかし今日はそれとは別の案件で緊張している。

「はじめまして、木戸涼きどりょうです」

 テーブル越しににこやかに微笑む爽やか青年のイケメンスマイルに、背景に積んだゴミの山が霞んでしまったのは、眩しさに目を眇めたせいだろうか。

「あ、はじめまして。トータカこと高任健一です。ホント、突然ネット上であんなことを頼んで申し訳なく……」
「いいえ。オレも好きなトータカ先生にお会いできて嬉しいので」
「ありがとうございます……」

 キラキラ輝くryoこと木戸の眩しい微笑に、思わず俯いてしまったのは言うまでもない。


 あれから。
 ネットでむちゃぶりを発揮した俺の行動はフォロワーをざわつかせただけでなく、リツイートの繰り返しとなり、最終的にまとめサイトにまで載ってしまうほどの祭りとなった。
 突発的に言ってしまった一言が全世界に広がったために矛を収める訳にもいかず、DMで木戸と個人情報のやり取りをすること数回。どうやらryoの自宅の場所が徒歩五分圏内であることが判明。彼の店もその自宅を改装してあるとのことだった。
 事実は小説より奇なり。偶然が重なりすぎて逆に俺が引いた。だが食の欲求はとどまるところを知らず、こうして場を設けた次第である。

「実際、トータカ先生が申し出てくれて助かってます。店を閉める決意はしたものの、その後が不透明でしたので」

 全身LEDか! と内心で突っ込む俺はかろうじて頭を持ち上げ、できればPNではなく名前で呼んで欲しいと告げた。リアルでPN言われるのはコミケだけで十分です!

「それでも、わざわざ木戸さんに出向いていただくなんて……」

 そう、本当は俺が木戸さんの自宅兼店を訪ねる予定だったのだ。それをこっちで会う約束となったのは、木戸の強い希望によるものだった。

「お気にせず。もし仕事として引き受けるのなら、こちらのキッチンの確認もしたかったので」
「……お目汚しで恐縮です」

 にこやかに笑みを向けられて、こんなことならもっと部屋の掃除に精を出すべきだったと後悔するばかり。いや、現実問題、そんな時間を割く余裕はなかったがな!

「早速ですが、流石にいきなり契約というのもお互い不安でしょうから、こちらを食べていただいて判断してからでいいですか?」

 部屋の主である俺が完璧に萎縮していると、ノートパソコンをよけて広くなったテーブルに、木戸さんがトートバッグの中から取り出したタッパーをコトリと置く。

「塩にぎりと卵焼きです。お口に合ったら前向きに検討いただければと」

 慣れた手つきでパカリと開かれたタッパーの中には、俵型の白いおにぎりと黄色の卵焼き。端っこにアルミのカップに入った白菜の浅漬けが控えめに佇んでいる。
 あとそれから、とまたトートバッグに手を突っ込み、緑茶と玄米茶のペットボトルを出して「どちらがお好きですか?」と木戸が尋ねてくる。思わず「緑茶」と答えたら、白いビニール包装された細長い物と一緒にボトルを差し出された。

「そちらお手ふきです。おにぎりって手づかみで食べたくなりませんか?」

 気遣いできるイケメンに「じゃあ、いただきます」とお手ふきで拭いて、白く輝く白米の塊へと手を伸ばした。

 ほろり。
 ひと口白米をかじると、口の中で米が一気に解ける。固くもなくやわらかすぎでもなく、程よい硬さの粒は、噛むと適度な歯ごたえがあり、米独特の甘味が広がる。塩加減も実に好みで、炊きたてを握ってくれたのか持つ指先がじんわりと温かい。

「……うま」

 無自覚に言葉がポロリと零れていた。口の中で解けた米粒のように。

「卵焼きもどうぞ。藍知あいちの出身とプロフにあったので、だし巻きにしてみましたけど」
「あ、だし巻き好きです」

 木戸さんがペットボトルの蓋を開けて言うのを横目に、俺はおにぎり片手に卵焼きを指でつまみ上げる。パクッとひと切れの半分ほどを口中に収め咀嚼する。ジュワッジュワッと噛む度にだしの芳醇な香りとみりんの甘味が溢れてくる。薄口醤油が入ってるのかほんのり感じる塩気が卵の甘味を増してて、おにぎりの米と混ざり合って飲み込むのが惜しい位だ。

 目を閉じれば、長年帰ってない実家のリビングが浮かび上がる。
 雑然としながらも整頓されたリビングダイニング。家族が集まると母親お手製の料理のいい匂い。
 毎日朝晩、お昼はお弁当と、母のごはんで育った俺は、当時は当たり前だと思ってた「普通の食事」というのが、離れて独り暮らしするようになって贅沢なものだと知らされた。
 質素なおにぎりと卵焼きが、俺の胸の内で小さく震えていた「望郷」をこみ上げさせ、自然と涙が零れていた。

「おい……し、です」

 嗚咽混じりに木戸さんに告げる。
 初対面でいい年した独身男が、泣きながらおにぎりと卵焼きを食ってる姿なんて、滑稽にしか映らないだろう。

「泣くほど気に入っていただけて良かったです」

 木戸さんはボロボロ泣きながら食べてる俺をからかうこともせず、そっと俺の頬を流れる涙を親指で拭いペロリと舌で舐めとる。

「……え?」
「あっ、すみません。つい」

 サラリとやられて一瞬呆気に取られてしまったが、男が男の涙掬って舐めるか、普通。

「健一さんの涙流してる顔が可愛かったので」

 そう微笑んで平然とのたまうイケメンに、俺の手から転がった卵焼きが膝の上に落ちてだしの染みを作っていた。というか、初対面で『健一さん』って……
 どうしたらいいのか困惑したまま、俺はひたすらに白米を噛み締めいていた。


 結局、おいしいおにぎりと卵焼きとイケメンに絆され、俺と木戸さんの雇用契約は締結された。
 しかも木戸さんの叔父さんが弁護士をやっているそうで、きちんとした書面で提出された契約書は、文句の付け所がないほど完璧で。

 週五日。平日のみで、夕方の五時から九時まで。時給二千円。当然材料費諸々はこちらが負担。それとは別に土日用の惣菜を作ってもらった時は別途支給という俺が提示して作成してもらった契約内容に、俺も木戸さんも反対することなく判を押した。
 正直安すぎでは、と訝しんだものの、自宅は持ち家で家賃とか不要のため、これで十分と言われてしまった。

 ……都心から多少離れてるとはいえ、都内に持ち家あるって、結構良いとこの子どもなのでは。

 格差に少しだけへこみつつも、木戸さんが俺よりよっつ下の二十五歳だと知り、世の中って世知辛いと心の中で泣いたのは内緒だ。
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