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片付けたあとの塩ラーメン①

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「健一さん、次のゴミの日はいつですか?」

 と、おいしい塩にぎりと卵焼きをひとしきり堪能した後、空になったタッパーをトートバッグに片付けながら木戸さんがそう尋ねてくる。この状況を見れば、誰もがそう思う。つくづく情けない……
 我が家近辺のゴミ収集日は、生ゴミが月曜日と木曜日、不燃物が水曜日、粗大ゴミは月二回……第二と第四金曜日だと告げると、木戸さんはうーんと小さく唸り口を開く。

「殆ど不燃物なので、早急に書類作成をお願いして、明日にはお持ちします。その時にゴミをまとめて、本格的に火曜日から仕事を開始します。流石にこの中でというのは衛生的によろしくないので、先に片付けからになりますが問題ありませんか?」

 そう、言いづらそうに話す木戸さんを見て、俺は気まずい気持ちになってしまう。
 1LDKの単身者用の部屋は、テーブル周りだけに結界でも張ってるのかって突っ込まれそうな感じで、指定ゴミ袋に入った塊が山積している。確かに普通の感覚ならば「衛生的によろしくない」と言われても仕方ないだろう。
 正直、俺も同じ気持ちではあるものの、疲弊しきった体と脳では「ゴミを出す労力」すら惜しくて、それならば寝てたい。日中は仕事、夜は帰ったら寝るギリギリまで執筆活動。慢性的に睡眠不足なのだ。ゴミひとつにかかずらってる場合ではない。

「それは……勿論いいですけど。木戸さんの負担になりませんか?」
「汚い中で調理する方が精神的負担です」

 きっぱりと言われて、俺は小さくなるしかない。まさか年下に諭される日が来るとは。

「それに、これだけ物が積まれて圧迫感があると、健一さんの精神にも健康にも負担があると思うんです。オレ、健一さんの書く話が好きですよ。だから、落ち着いた環境で書いた作品を読みたいな、っていう読者の我が儘もあるんです」

 うっすらと頬を染めて話す木戸さんにつられて、俺も思わず赤面する。は、恥ずかしい……
 今まで文字として作品が好きだと言われた事は多々あるけど、直接言葉として言われるのが初めてだったから。嬉しいけど面映くなる。

「では、少し慌ただしい契約になりますが、ひとまず今日はこれで失礼します。明日はお仕事ですよね? 帰る前に一度メッセージアプリで連絡いただいてもいいですか? 書類をお持ちしますから」
「それは勿論。なにからなにまでありがとうございます」

 木戸さんが立ち上がるのに続いて俺も立ち上がると、数歩行けば着いてしまう玄関へと見送るために足を動かす。

「それではまた明日」

 開いたドアから差し込む夕日を背に微笑むイケメンに、また明日、と俺も返す。それは学生時代に当たり前に友人と交わしていた何気ない言葉だっただけに、妙な郷愁感が胸を小さく締め付けていた。


 翌日、相変わらずのルーティンを過ごし、残業をせずにそうそうに会社を出る。電車に乗る前に木戸さんにメッセージを送ると、すぐに「了解しました。お待ちしています」というメッセージと、親指を立てたスタンプが一緒に添えられていて、思わず口元が綻んでしまった。
 ネット上での付き合いはあるものの、リアルの方はなるべく避けてたせいもあり、あまり友達と呼べる相手がいない。こうしてメッセージアプリで家族以外の人と交流するのも久々で、画面をぼんやりと眺めてしまっていた。
 きっとあちらには既読の文字がついているだろう。スルーするのもなんだかなと、お辞儀するキャラクターのスタンプで反応を返した。

 都内とはいえども、比較的閑静な住宅街が多い地元駅に到着すると、電車口から一気に人が吐き出される。みな一様に疲れた顔をしていて、自分も多分同じ顔をしてるのだろうと見なくても分かる。
 俺の自宅は比較的治安は良いものの、家に近づくにつれ街灯も少なくなる。逆に自宅がある場所と反対側は金持ちや高所得者の住宅が並び、こっちは警察の巡回なども多いと聞いている。とはいえ、電車に乗る人間は殆どが俺の家の方へと疲れた足取りで歩いている。
 統率の取れていない隊列は改札を抜ければ各々の道へと散らばっていくのを俺はぼんやりと眺め、小さな溜息をひとつ落とす。

「今日の晩飯なににしよう」

 木戸さんとはまだ契約を交わしていないため、今日の夕食については自分で確保しなければならない。
 コンビニ袋をぶら下げて帰るのも、なんだか木戸さんに悪い気がして、なかなか毎日通っているコンビニに足が向かない。
 しばらく流れる人の流れの合間に立ち止まり、うーんと何度か唸り声を上げた。

「まあ、木戸さんが帰ってから家にあるカップ麺で餓えを凌ぐか」

 夕飯というには物足りないものの、営業という職業柄、相手を不快にさせたくない一心で自分を犠牲にしようと決めたのだ。しかし、飲み物くらいは用意するべきか、と慣れたコンビニの道へと俺は足を向けたのだった。

「ただいま」
「あ、お帰りなさい。健一さん」
「っ!?」

 癖でつい出てしまった帰宅の言葉に対してなぜか反応が帰ってきたから、動揺してしまって玄関のドア枠に体をぶつけてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ……うん」

 キッチンから現れた木戸さんに、反動で倒れそうになる体を支えられ、すっぽりと彼の胸に包み込まれる。微かに香る清潔そうな柔軟剤の匂い。頬に触れるセーターの感触はとても柔らかく良い素材だと実感する。
 温かい体温に包まれるなんて、大学時代に短期間だけ付き合ってた恋人以来で、妙にホッとした気持ちになった。

 そういえば、既に鍵を渡してあったんだっけ。

 まだ契約は締結していないが、寒い外で待たせるのも悪い気がして、昨日の時点で木戸さんには自宅のスペアキーを渡してあった。
 肌触りの良い温もりでトロトロと眠気が襲ってきそうになるのを、考えることによって振り払い、ありがとうございますと礼を言って離れる。
 上がり框があるとはいえ、見上げるほどの高身長を持ち、しかもイケメンの木戸さんはにっこりと微笑みながら自然と俺の持っていた鞄とコンビニ袋を取り上げる。

「先に全部ゴミの方は収集所に持って行きました。マンションの管理人さんにも今回だけの特例措置で許可をいただいたので大丈夫ですよ」
「……へ?」

 全部? あれだけ部屋を埋め尽くしたゴミが部屋にない?
 ひとりで、しかも管理人に許可を取るとか、一体何時からここに来ているのだろうか。

「あ……ごめん。まさかひとりで全部やってくれるなんて……。今日の分は別でお金出すから」
「いいですよ、お金は必要ありません。オレもちょっとだけズルしましたから」

 木戸さんは笑みを深めて「まだ片付けはいっぱいありますからね」と、俺の手を引いて中へと連れて行った。
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