このことは、内密に。

空々ロク。

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このことは、内密に。第1話

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『キラリは今カフェに来てまーす!フラペチーノ美味しいな☆』
呟きと共にフラペチーノの写真をSNSに載せる。
何処のカフェか分からないようありきたりな机の一部が写るように配慮した画角の写真だ。
当然そのカフェにはもういない。
3時間前に撮影したフラペチーノの写真をあたかも今飲んでいるかのように投稿する。
有名人なら誰でも行っている手法だろう。
都会のカフェから戻り、今は自宅付近の公園でのんびりとしている。
SNSに投稿して3分程度。
コメントもイイネも大量についていた。
『キラリちゃん今日も可愛い!』『キラリちゃんの写真、大好き!』等褒め言葉が沢山並んでいた。
顔が写っていなくても、たった一行の文章でも、今日も今日とて「キラリ」は可愛いのだ──俺と違って。

「キラリ」はSNS上のハンドルネームだ。
3年前にSNSを始め、一気に人気を博し「インフルエンサー」と呼ばれる存在になった。
投稿しているのはカフェの写真や風景写真、ぬいぐるみや小物の写真だけだ。それを可愛く加工したり、綺麗に加工したり──時には面白く加工したり、カッコ良く加工したり。
フィルターや切り取りを駆使して作り上げた写真を毎日投稿している。
せいぜい手元が写ればいい方で、自分の姿形は一切写したことがなかった。
最初のうちは一般的な投稿に紛れ込む些細な写真に過ぎなかった。突出して素晴らしい写真でもなく、ありきたりな映え写真だったと思う。
それがSNSを始めて1週間後、1枚の写真がバズったことを切っ掛けに世界が一変した。
その写真は風景写真だった。以前旅行で海外に行った時に撮影した写真で、息を飲むほど美しい海を撮った時のものだった。
元々青空と海のコントラストが綺麗な写真だった為、彩度をいじることなくシンプルなキラキラ加工のみを施して投稿してみた。
それが有名人の目に止まり、一気に拡散されていった。
最初は驚きと焦りで混乱したことを覚えている。
けれどバズりなど一過性のもので、すぐに忘れ去られていくだろうと思った。
SNSとはそういうものだ。
出会いも別れも一瞬──そう思っていたのだがキラリはそうならなかった。
有名人から有名人に名前が広まっていき、フォローしてくれる有名人まで現れたのだ。
海の写真以降、カフェの写真や猫の写真、小物の写真など何を上げても沢山の反応が貰えるようになっていった。
その頃、ふとキラリは女のコだと認識されていることに気付き、軽い気持ちで女のコのフリをして投稿してみた。
元々指先は細長い。手元ぐらいなら女のコに見えるのではないかと思い、コーヒーカップと共に自分の手元を写した写真をアップしてみた。
その反応で確信した。
ほぼ100%女のコだと思われている、と。
引くに引けず、俺は3年前からSNSでインフルエンサーの「キラリ」という女のコを演じることになったのだった。

(ふあああああ、眠い)
公園のベンチでスマホをいじりながら欠伸を噛み殺す。
SNSと違って実際の自分は可愛さなど微塵もない。
金髪で両耳には沢山のピアス、どちらかと言うと切れ長の瞳で身長も高い。
初対面で「怖い」と思われることの方が多いはずだ。
加えて俺の性格はキラリと正反対だった。
明るく活発的で行動力があるように見えるキラリ。
対する俺はいつも無気力でのんびりとしていて行動力などあってないようなものだった。
キラリは確かに自分のはずなのに、俺自身が一番そう思えないのだから不思議な話だ。
それでもキラリとして活動出来ている理由は「カメラが大好きだから」の一言に尽きる。
自分が撮影したいと思った時だけは別人のように身体もフットワークも軽くなる。
「この場所を絶対に撮影する」と決めたら遠方だろうと海外だろうと必ず足を運ぶのが俺という奴だった。
普段、心が動かない時の自分とは正反対で、恐らくその心を動かされた時がキラリに繋がっているのだと思う。
(まぁ、考えてもよく分かんねぇけど)
自己分析をする度に結論は曖昧になる。
結局のところ俺は俺に興味がなく、考えることを辞めてしまうのだ。
1時間ほどベンチで休んだ俺はそろそろ買い物をして帰ろうと身体を伸ばし、立ち上がる。
その時、突然声を掛けられた。
「キラリちゃん?」と。
咄嗟に振り向かなければ良かったのだ。
若しくは過剰に反応しなければ良かった。
けれど俺はバッと振り向いて動揺し、焦った顔を見せてしまった。
「あ、やっぱりそう?キラリちゃんに似てると思ったんだよね」
「……」
じっと声を掛けてきた相手を見つめる。
爽やかなイケメンという言葉がピッタリ合いそうな男だった。モデルやアイドルと言っても通用しそうな見た目だ。
長身の俺と大差なく、視線は同じ位置だった。
「え?すげぇ警戒してる?待って待って!俺、ただのファンだから!何か裏で繋がってるとか週刊誌の記者とかそういうんじゃないって!」
訝しむ俺の顔に焦ったのか爽やかイケメンはわたわたと手を振った。
「まさかこんな田舎にキラリちゃんがいると思わなかったし、男だったっていうことにも驚いてる」
「……どうして分かったんですか?」
不機嫌さを露わにして言う。
今までの写真に俺本人を匂わせるものなど1枚もなかったはずだ。
俺は映り込みや見切れ、反射部分まで考慮して撮影をしているのだから。
唯一、露出していると言えば──。
「手?」
「うん、そう。手が似てるなって思って声掛けてみたんだ」
「それにしても声掛けたりしますか?そんなに特徴的な手でもないし、当たっている可能性の方が少ないのに」
特定されることを避ける為にアクセサリー類も一切つけていない。
当然ネイルも塗っていないしタトゥーを入れているわけでもない。
男にしては少し華奢な手で、女のコとして見れば長い指先だと感じるぐらいの一般的な手だ。
「えーっと……その」
言い淀む姿が怪しく見えてしまう。
俺は更に訝しげな顔をした。
何かを暴きにきたのか、キラリが気に入らないのか──マイナスのイメージを持つには充分だった。
「まぁ、少し嘘ついたかな」
「嘘?」
「あ、キラリちゃんのファンっていうのは本当だし、手で判断したっていうのも本当。けど声掛けたのはそれが理由じゃないっていうか──」
爽やかイケメンは意を決したように言った。
「簡単に言えば惚れたんだよね。だからナンパってやつ」
「……は?」
「ほら!やっぱりそういう反応になるじゃん!だから言いたくなかったんだよ」
「いや、一人完結されても……全然意味分かんねぇっていうか……」
今度は違う意味で訝しげな顔をしてしまう。
思わず敬語もなくしてしまった。
「ごめんごめん。順追って説明するわ。とりあえずそこ座らない?」
俺が先程座っていたベンチを指さし、爽やかイケメンは先に座る。仕方がなく俺も隣に座った。
「まず、ついさっきこの公園で君を見掛けたのが最初。カッコイイなって思ってじっと見てた。男好きなんだよね、俺」
ククッと笑い彼は続けた。
「で、スマホいじってたじゃん?その手元見て何か既視感あるなって思ったわけ。SNSでキラリちゃんのこと知ってからずっとファンだったからさ、覚えてたんだ」
「そんなにこの手、印象的か?」
だとしたら手元を写すのも控えなければならない。
まさかこんな所から身バレするなんて考えもしなかった。
不安げになる俺に彼は笑った。
「ははっ、多分大丈夫じゃない?俺みたいな職業の奴に惚れられなければさ。俺は職業柄覚えちゃうことが多くて」
「職業柄?覚えちゃうって……探偵か何か?」
まさかそんなわけもないだろうと思って尋ねてみたのだが「ピンポーン!」と気の抜ける声が返ってきた。
「正解。探偵です」
「マジで?てかそんなこと言っちゃっていいのかよ」
「君になら俺の全てを教えてあげる」
ウインク付きで言われ、俺は引き攣った笑みを返した。今まで出会ったことがないタイプの人間だ。どう対応していいか分からなくなる。
「近くで探偵事務所やってるんだ。良ければどうぞ」
名刺を渡され、拒む訳にもいかず受け取る。
そこには「如月探偵事務所 如月スイ」と書かれていた。
爽やかイケメンの名前はスイというらしい。
「で、君の名前は?キラリちゃんって呼ぶわけにもいかないし」
「青宮綴」
「ツヅリくん?カッコイイ名前」
「そう?どうも」
「ますます好きになった」
にっこり笑うスイだが、俺はまだ心を許したわけではない。そもそもキラリと綴が同一人物だと知られたこと自体、大きな問題だ。
警戒心が顔に出てしまったのか、スイは焦ったように言った。
「あ、大丈夫だよ。取って食ったりしないから。俺、受けだし」
「いや、そうじゃなくて。趣味嗜好はどうでもいいから」
「じゃあキラリちゃんの話?バラしたりしないから安心してよ。まず1ファンが言ったところで誰も信じないと思うし」
それもそうか、と思う自分と火のないところに煙は立たない、と思う自分で揺れ動く。
だが知られてしまった以上、俺にはどうしようもなかった。スイの動きを止めることなど出来ないのだから。
俺に出来ることはスイを信じることしかないのだ。
「分かった。じゃあ信じる。キラリが俺っていうことは伏せておいて欲しい」
「了解。誰にも言わないよ。探偵は守秘義務もバッチリだから安心して」
にこにこ笑った顔で言われるとどうも信用しにくい。それよりも外見が全く探偵らしくない所為かもしれない。
髪の毛は赤と黒のツートンヘアで目立つことこの上なく、纏う雰囲気は軽薄そうだ。パッと見では絶対に探偵だと思われないだろう。
「こういうのって交換条件の方がいいよね?じゃあ俺が探偵ってことも秘密にしてくれる?」
「秘密にって……誰にだ?」
「それは明日分かると思う。綴くんがちゃんとアンテナ張っててくれればね」
疑問符を浮かべる俺にスイは「じゃ、また今度!」と言い急にベンチから立ち上がった。
俺はまだ納得していないことが沢山ある。
それなのにスイは勝手に話を切って去ろうとしている。
咄嗟に腕を掴んでしまった。
「わっ!なになに?いいねぇ、こういうの。俺、超好きなシチュだな。イケメンにやられるとか幸せ」
ウキウキと音符を飛ばすかのように喜ぶスイを見てパッと手を離す。
「え?もう終わり?もっと引き止めてくれていいのに」
「話終わってねぇんだけど?」
「うん。終わってないよね。だからまた会おうよって意味じゃん」
「は?」
「いつでも遊びに来てよ。探偵事務所にさ。じゃあね☆」
そう言って今度こそスイは軽快に歩いて行ってしまった。
残された俺はその場でしばし立ち尽くす。
全てスイの思い通りに進んだことが気に食わなかった。
それなのにまた会いたいと思うのは、やはり話が終わっていないからだろう。
スイは結局何も答えていないのだ。
詳しく説明する箇所を全て省いていたように思える。
「よく分かんねぇ奴……」
きっと出会った瞬間から上手く乗せられていたのだ、俺は。
悔しさと同時に尊敬する。
巧みな話術で人を誘導するところは流石探偵だと言わざるを得ない。
(それにしても明日分かるって……どういう意味だ?)
家への帰り道、結局俺はスイのことばかり考えていたのだった。

──翌日、ネットニュースを見て理解した。
スイが「俺が探偵ってことは秘密に」と言っていた意味を。
「は!?アイドルって……マジかよ」
ネットニュースに大きく載っていたのは「人気双子アイドル衝撃デビュー!」という文字。
同じような顔で大きな笑みを浮かべる片方は間違いなく昨日出会ったスイだ。
アイドルグループの名前は「ラピスラズリ」と言い、スイは「ラズリ」という名で活動しているようだった。
説明を読むと地下アイドル時代から人気があった2人らしい。
「……そういう意味な」
アイドルが探偵をしていることなど確かに秘密にするしかない。
俺よりもずっと大変な秘密だ。
「それにしても探偵とアイドルって……よく両方やる気になったな」
隠密行動がメインの探偵と表立って活躍するアイドルを同時にやってのけるなど普通なら考えもしないことだろう。
やはり変わっているのだ、スイは。

──スイに聞きたいことが山ほどある。
俺は昨日貰った名刺を掴んで家を出た。
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