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修学旅行が生んだ結果

072 伝えたい気持ち

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ホテルの非常階段から見える外の景色はライトアップされた日本庭園さながらの美しい庭が綺麗に映し出されている。
夜空は雲が少し掛かっている程度であり、街灯やホテルの明かりがあるので星はそれほど多くは見えない。それでも月は十分な輝きを放つので鉄筋コンクリートの人目につかない陰気な場所ということ以外はそれなりに悪くないシチュエーションではないかと思っている。

しかし、そんな都合の良い解釈をしていても、目の前の人物はそれをどう思っているのかはわからない。

目の前に立っている、浴衣姿に羽織を着た艶のある綺麗な茶色い髪を背中に垂らしている整った容姿の女子、花音は真っ直ぐに潤を見ていて、その瞳には戸惑いの色が見られた。

耳に髪をかき上げる仕草を見せながらその浴衣姿に妙な色気と可愛らしさを感じるのは学生にはとても見えないようにその身なりを誤魔化して来たのだという風に解釈をする。


「(花音の浴衣姿、なんか色っぽくて可愛いな) その、すまん、急に呼び出したりして。あ、まず来てくれてありがとう」

浴衣姿に見惚れるのだが、今は魅入っている暇はない。しなければならないことがある。
そうして最初に口を開いたのは潤の方だった。

呼び出したのだからまず用件を伝えなければいけないだろう。スマホのメッセージで伝えられるほど簡単な用事ではないのだから敢えて用件は送っていない。

「それであのさ、来てもらったのは――」
「――ごめんなさい!」

顔を見て話していたのだが、用件を伝えようとするところに差し込まれた言葉は謝罪の言葉であり、花音は深々と頭を下げている。

それだけで連想してしまうことは多くある。深く溜め息を吐いて地面を見る。
脳内では物凄い勢いで思考を回している。この状況で発せられる『ごめんなさい』で考えられることは一つしかなかった。

「(そっか、空気で感じ取られたか――――。まぁ花音も散々告白されてきたんだし…………やっぱ振られたんだな)」

今この状況は明らかに異質な状況。通常では考えられない、修学旅行の夜に男女で二人きりになっている。それもわざわざ人目につかない学生が立ち入り禁止に指定されている場所まで呼び出しているのだ。それに加えてこの場における空気感がそれを物語ってしまっていたのだろう。
瞬時にそう理解する。そこで話をされる内容など、花音ならば想像するのもそう難しくはなかったはずだと。

昼間の出来事で、まさか自分のことが?とか調子に乗って思い上がってしまっていたけど、やっぱり違ったんだな。

仕方ない、こればっかりは仕方ない。

だけど、せめて気持ちだけでも伝えておかなければきっと後悔する。後悔しないように気持ちを伝えると決めたのだから。来てもらったことだけでも感謝をしよう。
これからの関係が壊れてしまうことになっても自分が招いた結果だ。そのこと自体には後悔しないように気持ちに整理をつけよう。話を聞いてもらえなくても伝えようとする姿勢だけはブレずに最後まで貫こう。


決心する。


そうして顔を上げると、花音が続けて口を開こうとしているところだった。続けられる言葉には想像がついた。きっと『潤の気持ちには応えられない』とかそんな程度だろう。


「潤の気持ちも考えずにお兄ちゃんが無神経なこと言ってしまって――」
「――そっか、まぁそりゃそうだよな、ただ一応話だけでも聞いてもらえないかな?――――って、今なんて言った?」
「えっ?だからお兄ちゃんが無神経なことを言ったって――――」
「いや、その前」
「その前?えっと、潤の気持ちも考えずに?」

意味がわからない。俺の気持ちも考えずにってどういうことだ?それがお兄さんの発言にどう繋がる?
今ここで俺の気持ちなんてはっきりと花音に気持ちを伝えること以外に何もないはずだけどな。

鮮明な思考だったのだが、一気に混濁した。

あっ、なるほど。無神経なことって、もしかしたら『私が変わったのは別にあなたのためなんかじゃないわ』とかか。自意識過剰になるなって、そういうことなのかな。

そっか、そうだよな。

「あ、あのね、やっぱり迷惑だったでしょ、私が潤のために変わったって聞いて。あ、あれ、お兄ちゃんが勝手に言っただけだからね!」
「わかってるよ」
「だ、だよね」

やっぱりそういうことか。まぁ予想通りの答えだから傷はそれほど深くなくて助かったな。とは言ったものの、さて、どうやって切り出そうかと考える。

どちらにしろ話をしなければ進まない。

声の調子を落として軽く返事を返すのだが、花音もまたその声の調子を落としている。
潤は花音の顔をまともに見られないのに対して、花音は潤を不安気にだがしっかりとその眼に捉えている。潤の一挙手一投足を見逃さない為に。

「そうだよな。いくらなんでも花音が可愛くなったのが俺のためだなんて自惚れていないよ。うん、大丈夫、わかってる」そうやって自分に言い聞かせる言葉は小さな独り言である。声に出すつもりはなかったのだが、考え込んでいたら漏れ出てしまっていた。

「えっ?自惚れるって、どういうこと?どうして潤が自惚れる必要があるのよ?」
「いやだからもしかしたら花音が俺の事を好きで俺の為に変わったんじゃないのかってことだって。まぁ花音のことが好きな俺が勝手に妄想した都合の良い妄想だな。そんなことしなくても俺の気持ちは花音にあったから必要なかったんだけどな」

聞こえてしまったその小さな独り言を、そのまま花音の問いに対して無意識に続けて口をついて言葉にしてしまっていた。
鮮明だった思考がいつの間にか混濁していて、さらに花音に掛けられた言葉で思考が上手く追い付かないまま、ぼーっとした状態でその問いに正直に答えてしまっていた。


「えっ!?――――――」

驚き目を丸くする花音がそこにいる。今潤が何を言ったのか、理解できていない様子を見せる。


そうして数秒の時間が流れる。たった数秒の間ですぐに理解した。いや、理解したといいっても今自分が口にした言葉の意味だけで、正確にこの場がどういう状態になっているのかなんて全く理解できていない。

冷や汗が止まらない。こんな流れで言うつもりはなかった。もう少し気持ちに整理をつけて、しっかりと真っ直ぐに向き合って伝えるつもりだった。

どうしてこんなことになったのかも理解出来ない。頭が真っ白になった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今の、やっぱナシに――――」
「無理だわ」
「――――だ、だよな。あ、あのさ、…………き、聞こえたよな?」

それでも振り絞る様に確認する。一瞬なかったことにしてしまえばいいと思ってしまったのは予定と全く違った告白の仕方になってしまったことに対してである。しかし、即座にその考えに首を振る。ただ、念のために聞こえたのかどうなのか確認したかった。

「うん…………今のって、どういうことなのかもう一度聞いても、いいの?」

顎を引きながらも、上目遣いに控えめに問い掛ける花音が照れているように見えてとても魅力的に見えた。
そんなに可愛らしい表情をされたらこっちまで照れてしまうではないかと。感情が高まる。

話を聞いてもらえるだけではなく、こんな仕草をされたらもしかしたらと否が応でも期待が高まって仕方ない。

既に心臓はバクンバクンに鼓動を立てている。緊張をしっかりと自覚している。何度も頭の中でシミュレーションをしてきたことなのだが、考えることといざ実際に言葉にすることでこれだけ違いがあるのか。今まで言葉にすることに重圧を感じたことなど一度でもあっただろうか。ただ感情を、気持ちを伝えることがこれだけの緊張を生んでしまうとは。それだけで口が重くなる。

それでもしっかりと伝えることができるのは、先程口をついて出た言葉のおかげでもう後には退けないと無意識に自覚しているからだった。それがなければこれだけ冷静に伝えられなかったかもしれない。さっきのは予定とは違った告白なのだが、結果的にそれは良い風に作用しているのだと前向きに捉えた。

口の中に溜まった唾液を呑み込んで覚悟して言葉にする。

「――ああ、もちろんいいよ。はっきり言うぞ」
「うん」
深く深く深呼吸する。
「俺は花音、お前のことが好きだ。ずっとずっと好きだったんだ。中学の時からずっと」

やっと言えた。

これまでどうにかして伝えたかったこの気持ち、思いの丈を今はっきりと伝えた。予定とは大きく違う流れになったけれども、伝えたかった言葉だけは何一つ違わなかった。

潤の告白を聞いた花音は顔を真っ赤にさせて、両手で覆っている。それが何を意味するのかはまだわからないのだが、後悔はない。結果がどうなろうとも全てを受け入れる。


そうしてしっかりと視界の中に花音を見据えた。

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