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15.シリル視点
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シーラが、朝からかっこいい。
いつもは白と黒なのに、今日は濃い紺色の詰め襟の隊服を着ている。彼女の隊の正装は赤…のはずだ。
腰に刺している剣もいつもより細い。武器には詳しくないので分からないが、鞘や持ち手に装飾がある。銀軍の武器がこんなやわな作りのはずがない。
それらを考えると…
「…辺境伯の軍の正装は赤、じゃなかったかな?何で紺色を着ているの?」
つい慌てて片手におたまをもったまま、彼女の部屋を訪ねてしまった。きょたんとした顔で彼女は「よく知っているな」と感心していた。
いやそうじゃないだろ!戦いに出るなんて聞いていない!
そう、詰め寄るとなんでもないように笑って見せた。
「夕飯までには帰る」
いつも買い物や街の子供に会いにいく時のセリフだ!ちょっとそこまで、とでも言い出しそうだ。
紺の隊服、装飾された細身の剣、完全に王家に使われているんだと思った。あいつならやりかねない。
冷酷な王太子、まさか、シーラに何か危険な任務を…
と、つい口に出してしまうと彼女は当たり前のように僕の肩にそっと手をおいて撫でた。
そして、すごく優しそうにでも瞳の奥に僕の知らないような冷たい炎を燃やした目で僕を見つめて言った。
「あの時言っただろ?友達を怒らせたら大変だと。だから、友達に怒ってもらったのさ、奴らがシリルから奪ったものを取り返してくるだけだよ。」
宝石、護身用の武器、あいつらに取られたものはたくさんある。でも、もういらない!あんな物より、欲しいものができた…
そう思った瞬間に、「シーラにそばにいて欲しい、どこにも行かないで欲しい」んだ、と素直に思った。
僕はもともと、好きな物にすごく心を寄せる。友達も好きだった。毎日会いたいし、喜んで欲しい。
お気に入りの人形は特別大切にしたい。可愛い色の宝石は大切にしまっておいた。
みんなと仲良く、より、一度好きになった人に依存してしまう。盲目的に好きになってしまう事があった。
まだ、短い間だが僕の気持ちをちゃんと聞いて手を差し伸べてくれた。僕の事を受け止めてくれた。シーラに刹那的に心を奪われたのかもしれない。
アーサー、と彼女が他の男を愛称で呼ぶ。確か彼女の好みは大木のような男だと言っていた。アーサーは王太子とは似ておらず、たくましく男らしい男だった。
僕に向かって勝ち誇った様な笑みを落とした。
悔しくて悔しくて、慌てて手に取った銀のリボンを彼女の手に何重にもして巻きつけた。たぶん、彼女は僕とは違う。誰かを特別に大切に思うことはないのだろう。
みんなに、平等に、想いを寄せるのだろう。
それが悔しくて、もどかしくて、悲しかった。
行かなくていいんだ!と叫び出したい気持ちを押し込めて、僕のために出かける彼女を見送った。
白馬も似合うなんて狡すぎる。
それからは、一秒が百秒に感じられた。
木苺のパイ、ソーセージのキッシュ、チョコチップのクッキー、紅茶のシフォンケーキ、スノーボールクッキー。次々とお菓子が出来上がる。
オーブンから焼けたお菓子を取り出すたびに玄関に様子を見にいく。「今日もいい匂いがする!早く食べたいな」と彼女が笑ってるんじゃないかと思って。
少し小走り僕の元へ来て、鉄板をのぞいてから目を輝かせて僕の瞳を見上げる彼女の顔を、何度も何度も思い出す。
そしてまた違うものを作りに行く。
母が、メイドたちが、「もうすぐ帰ってきますよ」と優しく声をかけてくれるが、少しも気持ちが楽にならなかった。
なんでこんなに遅いんだ!!と、怒りさえ浮かんできた。
まだ、お昼を過ぎたばかりなのに。
はやく、はやくシーラに会いたいと、願っている。
いつもは白と黒なのに、今日は濃い紺色の詰め襟の隊服を着ている。彼女の隊の正装は赤…のはずだ。
腰に刺している剣もいつもより細い。武器には詳しくないので分からないが、鞘や持ち手に装飾がある。銀軍の武器がこんなやわな作りのはずがない。
それらを考えると…
「…辺境伯の軍の正装は赤、じゃなかったかな?何で紺色を着ているの?」
つい慌てて片手におたまをもったまま、彼女の部屋を訪ねてしまった。きょたんとした顔で彼女は「よく知っているな」と感心していた。
いやそうじゃないだろ!戦いに出るなんて聞いていない!
そう、詰め寄るとなんでもないように笑って見せた。
「夕飯までには帰る」
いつも買い物や街の子供に会いにいく時のセリフだ!ちょっとそこまで、とでも言い出しそうだ。
紺の隊服、装飾された細身の剣、完全に王家に使われているんだと思った。あいつならやりかねない。
冷酷な王太子、まさか、シーラに何か危険な任務を…
と、つい口に出してしまうと彼女は当たり前のように僕の肩にそっと手をおいて撫でた。
そして、すごく優しそうにでも瞳の奥に僕の知らないような冷たい炎を燃やした目で僕を見つめて言った。
「あの時言っただろ?友達を怒らせたら大変だと。だから、友達に怒ってもらったのさ、奴らがシリルから奪ったものを取り返してくるだけだよ。」
宝石、護身用の武器、あいつらに取られたものはたくさんある。でも、もういらない!あんな物より、欲しいものができた…
そう思った瞬間に、「シーラにそばにいて欲しい、どこにも行かないで欲しい」んだ、と素直に思った。
僕はもともと、好きな物にすごく心を寄せる。友達も好きだった。毎日会いたいし、喜んで欲しい。
お気に入りの人形は特別大切にしたい。可愛い色の宝石は大切にしまっておいた。
みんなと仲良く、より、一度好きになった人に依存してしまう。盲目的に好きになってしまう事があった。
まだ、短い間だが僕の気持ちをちゃんと聞いて手を差し伸べてくれた。僕の事を受け止めてくれた。シーラに刹那的に心を奪われたのかもしれない。
アーサー、と彼女が他の男を愛称で呼ぶ。確か彼女の好みは大木のような男だと言っていた。アーサーは王太子とは似ておらず、たくましく男らしい男だった。
僕に向かって勝ち誇った様な笑みを落とした。
悔しくて悔しくて、慌てて手に取った銀のリボンを彼女の手に何重にもして巻きつけた。たぶん、彼女は僕とは違う。誰かを特別に大切に思うことはないのだろう。
みんなに、平等に、想いを寄せるのだろう。
それが悔しくて、もどかしくて、悲しかった。
行かなくていいんだ!と叫び出したい気持ちを押し込めて、僕のために出かける彼女を見送った。
白馬も似合うなんて狡すぎる。
それからは、一秒が百秒に感じられた。
木苺のパイ、ソーセージのキッシュ、チョコチップのクッキー、紅茶のシフォンケーキ、スノーボールクッキー。次々とお菓子が出来上がる。
オーブンから焼けたお菓子を取り出すたびに玄関に様子を見にいく。「今日もいい匂いがする!早く食べたいな」と彼女が笑ってるんじゃないかと思って。
少し小走り僕の元へ来て、鉄板をのぞいてから目を輝かせて僕の瞳を見上げる彼女の顔を、何度も何度も思い出す。
そしてまた違うものを作りに行く。
母が、メイドたちが、「もうすぐ帰ってきますよ」と優しく声をかけてくれるが、少しも気持ちが楽にならなかった。
なんでこんなに遅いんだ!!と、怒りさえ浮かんできた。
まだ、お昼を過ぎたばかりなのに。
はやく、はやくシーラに会いたいと、願っている。
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