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第四話 雨月の祭り
雨月の祭り 陸
しおりを挟む「僕はまだ、香果さんに未練が」
恐ろしいと勝手に逃げ出した私だが、すっかり頭が冷えた今ではバケモノが恐ろしいのであり香果さんは何故か恐ろしいとは思えなかった。
思い返せば彼との記憶はどれも温かいもので、右も左も判らない若造に優しく接してくれて、私はこの町で安心して暮らせていた。それに今日だって香果さんが助けてくれなかったら、今頃はどうなっていても不思議ではない。
「誤解しているのかも知れない」
私は不気味な負の感情に飲み込まれたときは恐怖で頭がいっぱいだったのだが、それに支配されていない時は彼に全く畏怖を感じなないのだ。
私は近くに居たろくろ首の姐さんを捕まえて話を聞いた。
「あの、香果さんってどんな人なんですか」
「どんな人。どんな人って言われてもねぇ。何て言ったら良いんだろうね。一言で言ったらそうだね、私たちの様な行く当てのない妖怪にとっては神様みたいなものだね。みたいというか元々神様か」
「かみさま」
「そうさ。神様だよ。あの人はこの町でもずば抜けて霊力があってね、現世にある雨月神社と彼岸にある雨月神社の狭間の空間を出現させてこの町を作ったのさ。そして行き場のない妖怪達の為の町にして下さったのさ」
経凛々の言っていた事と同じだ。本当に彼はこの一つの町を作ってしまったというのか。
「行き場のない、妖怪。でも妖怪って追い出されたりするのですか、その、人間の眼には視えなくてそもそも存在すらも信じられていないのに」
「それだよ」
姐さんは煙草でもふかす様にため息を附いた。
「妖怪ってのはそれを棲み処にしているのさ。例えば街灯も人気もない一人っきりの帰り道。誰かいる様で振り返っても誰も居ない。それでも足を速めればあちらも足を速めてくる。自分が止まれば後ろの足跡もピタりと止まる。こんな些細で気の迷いが妖怪の元さ」
彼女はまぁ、神様仏様、歴史上の人物の恨みが妖怪になることもあるけれどね。今のは一つの例えさと小さく笑った。
「しかし、今では街灯どころか民家の灯りすらもない道なんてそうそうない。車だって走っている。それにもし静かなのが、暗いのが怖いのなら手に持っている、えっと何て言うんだか忘れてしまったが、タブレット端末ってやつを使えば良い。それを使えば迷子の心配もなければ、何かあればすぐに警察に繋げることも出来る。そしてコンビニエンスストアや深夜までやっているお店も多くある。妖怪の元が消え、妖怪自体が眉唾物になり存在自体がまやかしになり、存在が否定される。そうして、歴史の遺産と軽蔑の的となり私達は消えていく。そんな消えていく妖怪たちを救おうと尽力したのが香果様だった話だね」
姐さんは解ったかい。と悪戯に笑った。
「妖怪の皆さんは香果さんのことは怖くないのですか」
「おや、香果様に怒られることでもしたかい」
彼女はあははと大きく笑った後一息ついて言った。
「そりゃ、怖くないね。香果様はとてもお優しいから。彼の過去や生い立ちはこの町のほとんどの者が知らないが、それでもいつも我々を見守って下さるのを見るとそんなのどうでも良いと私は思うね。それにこの町に居る妖怪全部の力を併せてもあの人の力には到底及ばない。そんな事皆知っているが、彼のお人柄を見れば誰だってこの人なら信じても大丈夫だと思うものよ」
彼女は「あんたもこの人なら、そう感じて居候したんじゃないの」とクスリと笑いながら言った。
そうだ、初めて会った時の不安を全部取り除いてくれて私を安堵をもたりしてくれたのも、アヤカシの女の子を必死に助けたのも、私がこの人となら一緒に安心暮らしていけると感じたのも香果さんだ。
私の中にはすっかり惧れの様なぐにゃりと折れ曲がった感情が無くなっていた。
許されないとは思う。私のエゴかもしれない。それでもちゃんと謝らないと。
そう思った時には自然に拝殿へ向かって歩き出していた。
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