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第四話 雨月の祭り
雨月の祭り 捌
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私達はもうすっかり慣れ親しんだ寝殿造りの屋敷に戻った。いつも食事を三人で摂る部屋に入りいつもの場所に座ると、香果さんが静かに口を開いた。
「八雲君、君が本殿で遭ったのは香因と云う私の分身だよ」
「香果さんの分身が香因さん」
私は全く理解が出来なかった。
「簡単に言うと私と香因は同じ人間から生まれたのだよ」
香果さんの話を簡単にまとめるとこうだ。
平安の時代、ある貴族に一人の男の子が生まれた。幼名は今では本人ですら判らないらしい。
彼が生まれたのと引き換えに母親は亡くなった。そして半年も経たずに父親も病で倒れた。父親が三位だったこともあり帝も含めて、都中の噂になっていた。
故に貴族たちは彼を忌み嫌った。それを憐れんだ坊主が幼かった彼を引き取ったのだそうだ。
しかし、香が引き取られてもう直ぐ二年が経とうとした時、坊主は生霊に憑かれて死んだ。
その後、下級の武士に引き取れるも数か月の間に当主が討ち死にした。
それらが彼を『祟りの子』と言わしめた原因なのは想像に難くない。
香をライバルのところに送り込み、自分の出世を有利にさせようと目論んだとある中流貴族が彼を引き取った。が、一年も経たずに主は反乱がばれて処刑された。
それからというもの中流貴族の部下が彼を『鬼子』と称し数年も虐待を続けていた。この苦しい現実から心を、命を守る為に幼いながら無意識のうちに今で云う二重人格になってしまったらしい。
その後、香の生みの父の部下が彼に同情し引き取り、香の父親の残した財産を分けて貰い、それを使って秘か静かにに暮らしていた。
人の噂も何とやら、ひっそりと暮らして五年が経つ頃には香の噂は忘れられた。そして華やかではないが無事に元服を迎えることが出来た。彼は慕っていた養父から『香』と云う名前を貰った。
話によると物心ついてから初めて呼ばれた忌み名ではない名前だったそうだ。名を与えられた香の嬉しさは想像に難くない。
彼はその後一人の女性に恋をした。
香果さんが言うには、非常に優雅で深い教養があったそうだ。そしてかぐや姫と噂される程美しい人だったらしい。
とても聡明で遊びも良く解していて、とても自分には手が届くはずのない人。しかし秘めたる恋とは恐ろしいもので、生きている内に一度で良いから話してみたい、逢ってみたいと思う様になってしまった。多くの貴公子からも誘いが来る彼女には、貴族でないことどころか子供の頃からの忌子である自分等など相手にされない事など解っていた。それでも想いが抑えきれずに歌を贈った。美しく大きな望月が雲一つなく輝く空。今日しか機会はないと思ったそうだ。
するとなぜか返歌が来たそうだ。噂に依ると彼女はどんな貴公子にも、どんな美男子にも送られてきた歌が恋の歌であれば一度も歌を返さなかったらしい。
それからゆっくりと彼女との仲は深くなっていったそうだ。
しばらくして香さんは彼女と結婚した。しかし、都の男が憧れる美人の相手はあの『鬼子』だと噂になった。それをよく思わない者が大勢いた。彼は無実の罪を着せられ都を追い出された。
香果さんはその時は彼女が都でより良い貴公子と華やかで幸せな暮らしが出来るなら、流されるのが自分だけで良かったと思ったそうだ。
しかし妻は不思議なことに彼が流された船に隠れて乗っていた。
「何をしておられる。早く降りなさい、この先何があるのか判らないのですよ」
「いいえ、わたくしはこの船で背について参ります」
「何を戯けた事を。貴女は都に戻れば貴公子、否、帝の妻にだってなれるのですよ。幸せも命も捨てるには惜しすぎます」
「わたくしはもう、都には戻りとうないのです。地獄の奈落まで貴男と一緒なら着いていく、そう決めたのです」
女は聞かなかった。
事情を遠い噂で知った役人は彼らの顔を見るなりすぐに二人を逃がしたそうだ。
そして彼らは逃げた先の村でお世話になった。
顔も良く働き者の優男で、元は上流貴族の息子。本人は何も言わなかったがきっと女性によくモテたのだろう。そして村の男達は、都の貴族が島流しに遭ったのにも関わらず、良い思いをしていると感じたのかも知れない。それは彼らにとってさぞ面白くはなかったのだろう。
或る時村では大飢饉に見舞われた。その時に生贄として彼の正室を出すことに決めた。
当時香は正室しか娶っていなく、彼女を生贄にすれば最も深い傷を得られると思ったからだ。
そして、儀式当日。香は妻をどうしても逃がしたかった。どうしても生きて欲しかった。だから彼は美しい妻を逃がして彼女に変装し身代わりとなった。
生贄になった後、彼の二人目の人格の方が香因に。元の人格が香果さんに分裂した。
後にあの儀式は香が身代わりになったと聞いた村人が、彼の祟りを恐れて建てた神社がこの雨月神社なのだ。そして香果さんはご神体となりこの神社に半永久的に縛られてしまった。
つまりは香果さんは『神』と云う名に祝われて生きる事を強制された為、身の自由も存在の自由も奪われたという事らしい。
しかし、例外的にアヤカシや生きた人間などが近くに居ると、その霊力を少し借りて短時間なら外に出られるが、香果さん一人の時や、妖怪しか周りに居ない時は神社からは出られないそうだ。
そして香因は村人には知られていない存在であり、名や神社に縛れることは無かった。
それは身の自由や生死の自由はあることを示すと共に、神としては死んでいることを表し、存在自体が現在進行形で否定されていることも意味した。
「八雲君、君が本殿で遭ったのは香因と云う私の分身だよ」
「香果さんの分身が香因さん」
私は全く理解が出来なかった。
「簡単に言うと私と香因は同じ人間から生まれたのだよ」
香果さんの話を簡単にまとめるとこうだ。
平安の時代、ある貴族に一人の男の子が生まれた。幼名は今では本人ですら判らないらしい。
彼が生まれたのと引き換えに母親は亡くなった。そして半年も経たずに父親も病で倒れた。父親が三位だったこともあり帝も含めて、都中の噂になっていた。
故に貴族たちは彼を忌み嫌った。それを憐れんだ坊主が幼かった彼を引き取ったのだそうだ。
しかし、香が引き取られてもう直ぐ二年が経とうとした時、坊主は生霊に憑かれて死んだ。
その後、下級の武士に引き取れるも数か月の間に当主が討ち死にした。
それらが彼を『祟りの子』と言わしめた原因なのは想像に難くない。
香をライバルのところに送り込み、自分の出世を有利にさせようと目論んだとある中流貴族が彼を引き取った。が、一年も経たずに主は反乱がばれて処刑された。
それからというもの中流貴族の部下が彼を『鬼子』と称し数年も虐待を続けていた。この苦しい現実から心を、命を守る為に幼いながら無意識のうちに今で云う二重人格になってしまったらしい。
その後、香の生みの父の部下が彼に同情し引き取り、香の父親の残した財産を分けて貰い、それを使って秘か静かにに暮らしていた。
人の噂も何とやら、ひっそりと暮らして五年が経つ頃には香の噂は忘れられた。そして華やかではないが無事に元服を迎えることが出来た。彼は慕っていた養父から『香』と云う名前を貰った。
話によると物心ついてから初めて呼ばれた忌み名ではない名前だったそうだ。名を与えられた香の嬉しさは想像に難くない。
彼はその後一人の女性に恋をした。
香果さんが言うには、非常に優雅で深い教養があったそうだ。そしてかぐや姫と噂される程美しい人だったらしい。
とても聡明で遊びも良く解していて、とても自分には手が届くはずのない人。しかし秘めたる恋とは恐ろしいもので、生きている内に一度で良いから話してみたい、逢ってみたいと思う様になってしまった。多くの貴公子からも誘いが来る彼女には、貴族でないことどころか子供の頃からの忌子である自分等など相手にされない事など解っていた。それでも想いが抑えきれずに歌を贈った。美しく大きな望月が雲一つなく輝く空。今日しか機会はないと思ったそうだ。
するとなぜか返歌が来たそうだ。噂に依ると彼女はどんな貴公子にも、どんな美男子にも送られてきた歌が恋の歌であれば一度も歌を返さなかったらしい。
それからゆっくりと彼女との仲は深くなっていったそうだ。
しばらくして香さんは彼女と結婚した。しかし、都の男が憧れる美人の相手はあの『鬼子』だと噂になった。それをよく思わない者が大勢いた。彼は無実の罪を着せられ都を追い出された。
香果さんはその時は彼女が都でより良い貴公子と華やかで幸せな暮らしが出来るなら、流されるのが自分だけで良かったと思ったそうだ。
しかし妻は不思議なことに彼が流された船に隠れて乗っていた。
「何をしておられる。早く降りなさい、この先何があるのか判らないのですよ」
「いいえ、わたくしはこの船で背について参ります」
「何を戯けた事を。貴女は都に戻れば貴公子、否、帝の妻にだってなれるのですよ。幸せも命も捨てるには惜しすぎます」
「わたくしはもう、都には戻りとうないのです。地獄の奈落まで貴男と一緒なら着いていく、そう決めたのです」
女は聞かなかった。
事情を遠い噂で知った役人は彼らの顔を見るなりすぐに二人を逃がしたそうだ。
そして彼らは逃げた先の村でお世話になった。
顔も良く働き者の優男で、元は上流貴族の息子。本人は何も言わなかったがきっと女性によくモテたのだろう。そして村の男達は、都の貴族が島流しに遭ったのにも関わらず、良い思いをしていると感じたのかも知れない。それは彼らにとってさぞ面白くはなかったのだろう。
或る時村では大飢饉に見舞われた。その時に生贄として彼の正室を出すことに決めた。
当時香は正室しか娶っていなく、彼女を生贄にすれば最も深い傷を得られると思ったからだ。
そして、儀式当日。香は妻をどうしても逃がしたかった。どうしても生きて欲しかった。だから彼は美しい妻を逃がして彼女に変装し身代わりとなった。
生贄になった後、彼の二人目の人格の方が香因に。元の人格が香果さんに分裂した。
後にあの儀式は香が身代わりになったと聞いた村人が、彼の祟りを恐れて建てた神社がこの雨月神社なのだ。そして香果さんはご神体となりこの神社に半永久的に縛られてしまった。
つまりは香果さんは『神』と云う名に祝われて生きる事を強制された為、身の自由も存在の自由も奪われたという事らしい。
しかし、例外的にアヤカシや生きた人間などが近くに居ると、その霊力を少し借りて短時間なら外に出られるが、香果さん一人の時や、妖怪しか周りに居ない時は神社からは出られないそうだ。
そして香因は村人には知られていない存在であり、名や神社に縛れることは無かった。
それは身の自由や生死の自由はあることを示すと共に、神としては死んでいることを表し、存在自体が現在進行形で否定されていることも意味した。
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