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第九章

第4話『牢獄の取り引き』

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「オラオラ‼︎ オラ‼︎ くそぉ‼︎」

 フェイトは自慢の地竜のバットで、牢屋の石壁を苛立ちながら、ガァンガァン叩きまくっています。
 石壁の中にはウォルターが閉じ込められています。
 石壁には食事が出し入れ出来る小さな四角い穴が、一つ空いているだけです。
 テミスによって作られた分厚い壁の中の牢屋は、中からの脱出と外からの侵入を完璧に防いでいます。

「はぁはぁ、あとちょっとだと思うんだけどなぁ?」

 石壁を百発以上叩いても、ヒビ一つ付いていません。
 フェイトは息が上がっています。かなり疲れています。
 そんなフェイトに向かって、四角い穴からウォルターが声をかけました。
 これ以上、待っていても時間の無駄にしかなりません。

「フェイト、もう諦めた方がいい。この壁を壊せるのは、ミファリスぐらいだよ。ミファリスを呼んで来て」
「五月蝿い! あとちょっとだって、言ってだろうがぁ! あと少しで出してやるから待っていろ!」

 ウォルターの声に、フェイトは鎮火しかけていた怒りの炎を再び燃え上がらせました。
 そして、また、ガァンガァンとバットで壁を強打していきます。
 そんな大きな音を立てていたら、当然接近する人の足音も聞こえません。
 牢獄の石床を白いロングローブを羽織ったテミスが、コツコツと歩いて来ています。

「……お前は本当に馬鹿なのか?」

 テミスは牢屋を破壊しようとしているフェイトを目撃すると、思わず声に出して呟きました。

「オラオラ‼︎ さっさとブッ壊れろよ!」

 フェイトはテミスが直ぐ近くにいるのに気付かずに、まだ石壁を叩き続けています。
 そんな呆れた存在に、テミスは右手に空気の塊を圧縮すると、右脇腹に向かって発射しました。

「目障りだ。消えろ」
「ぐべぇっ‼︎」

 ドフッ‼︎ フェイトは目に見えない衝撃を脇腹に受けると、無様な悲鳴を上げて、牢獄の冷たい床を派手に転がって行きます。そして、20メートル地点で止まりました。
 フェイトは冷たい石床に大の字で寝転んで、ピクピクと身体を痙攣させているので、死んではいないようです。

「やれやれ。お前を脱獄させて、兄上を追跡させようと考えたんだろうが、脱獄させる方法までは考えつけなかったようだ。ウォルター、少しは落ち着いたか?」

 テミスは気絶しているフェイトを無視して、右手で石壁に触れて、分厚い石壁を消していきます。
 石壁が消えると、本来の鉄格子が見えてきました。
 牢屋の中には、ウォルターが黒い石柱で手足を拘束されていない状態で立っていました。

「ふぅー、落ち着いているように見えますか? フェイトから事情は全部聞きました。やっぱり無理矢理だったんですね」

 頭も口も軽いフェイトは、テミスに聞いた事をウォルターに全部話したようです。
 その結果、ウォルターにも静かな怒りが伝染したようです。
 それでも、鉄格子の隙間から腕を突き出して、テミスに掴みかからないだけの冷静さはあるようです。
 
「無理矢理か。合意ならば良いとも思えないが、まあ、そんな話を聞きたくないのは分かっている。母上を取り戻したいなら、他者を強化、成長させるスキルの持ち主を探してみないか?」
「……それはつまり、母様の身代わりを用意するのを手伝えという事ですか?」

 ウォルターはテミスの質問の意味を少し考えた後に、そう答えました。
 自分の家族だけ助かればいいという身勝手な答えに、テミスは少しだけ感心しています。
 欲しいものは手段を選ばずに手に入れようとする考え方は、自分達兄弟に似た考え方です。

「んっ? ああ、そういう手もあったか。これは失念していた。だが、そういう理由ではない。私と兄上が戦えば、どちらかが死んでしまう。特に私が死ぬと国民全員が迷惑する事になる。王族の三人女性の貞操と国民の生活、どちらを守るべきか答えは簡単だ」

 テミスは自分が戦えない理由を話していきますが、ウォルターにとっては、どうでもいい話です。
 戦えない理由と、母親と同じスキル持ちを探す理由が、いまいち一致している気がしません。
 まるで、関係ない話を無理矢理に、関連付けようとしているようにしか見えません。
 なので、ウォルターはテミスが敵か味方なのか区別する為に、ハッキリと聞きました。
 
「それって嘘ですよね? だったら、昨日の夜、僕を止める必要はなかったはずです」
「止めなければ、死んでいた。それとも、三人の女性を担いで逃げ切れる自信でもあったのか? 剣を持って、兄上を奇襲でも出来ると思ったのか? お前は弱い。だから、止めた。そして、止められた。それが結果だ」
「それは……」

 ウォルターはテミスの冷酷な言葉にショックを受けながらも、冷静に現実を受け止めます。
 テミスの言っている事は正しいです。追い付けたとしても、助けられたのは、たった一人だけです。
 それも確率はかなり低いといったものです。

 そして、そんな少し落ち込んでいるウォルターに向かって、テミスは止めた理由を更に述べていきます。

「万が一にも、母上を連れて逃げられたとして、兄上がそのまま見逃すと思ったのか? 城に戻って、お前の連れの女性三人を殺すかもしれないと考えなかったのか? 近くにいる国民を皆殺しにする可能性はゼロなのか? 母上がお前に手を出さない約束で、脅されて付いて行ったと思わなかったのか?」

 テミスが言っている事は全て、考えられる最悪の結果と、三人の女性が抵抗せずに付いて行った理由です。
 エウロスが家族に手を出さない代わりに、三人の女性が大人しく付いて行ったのならば、その責任は弱い自分にあります。
 
「ウォルター、母上を本気で取り返したいなら、母上や王妃と似たようなスキル持ちを探して、私の所に連れて来い。私が兄上を圧倒する力を手にいれれば、取り返す事は出来るはずだ」
「それを本気で信用しろと言っているんですか? テミス兄さんがエウロス兄さんとグルなら、僕を利用しようとしているだけですよね」

 一度信用して、エウロスに裏切られています。
 テミスも呼吸をするように、平気で嘘を吐けるタイプにしか見えません。
 そして、エミルもウォルターに信用されていない自覚があるようです。

「その通りだな。個人的には、お前の疑り深い性格は嫌いではない。けれども、お前が強くなるのと、私が強くなるのと、どちらが兄上を倒せる可能性がある? 私が信用できないなら、お前が強くなれ。それならば、問題ないはずだ。私が強くなれるように協力しよう」

 エミルの上手い話にウォルターは一瞬だけ騙されそうになりました。
 けれども、剣聖を倒してしまったら、聖剣が手に入らない事を思い出しました。
 賢者が利益にならない事をやるはずがないです。

「……僕を強くして、万が一にもエウロス兄さんを倒したら、テミス兄さんには何の得にもなりませんよね? 聖剣が手に入らなくなりますよね?」
「フッフッ、そんな事か。剣聖が強くなり過ぎる可能性と、手に負えない剣聖の子供が誕生する可能性を考えると、強過ぎ力は排除した方が良いに決まっている。強過ぎる力は世界のバランスを崩してしまうからな」
「本当にそう思っているんですか?」

 テミスの嘘っぽい答えに、やはりウォルターは信用できないようです。
 強くなれば出来る事が増えました。そして、それは悪い人間にも当て嵌まります。
 テミスが良い人間なのか、いまいちハッキリしない状況では、絶対に信用出来ません。

「信用するか、しないかは、お前の自由だ。牢の鍵は開けて行く。そのまま行って倒されるか、多少は力を付けて行くか、あとは自分で考えて決めればいい」
「……」

 テミスはそう言って、本当に牢の鍵を開けると、牢獄から出て行きました。
 ウォルターは少し考えた後に牢を出て行くと、テミスを追いました。

 やるしかないようです。
 城にはディアナ、ミファリス、キアラが残っています。
 今も人質を取られている状態ならば、言う事を聞いて様子を見るしかありません。
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