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しおりを挟む五十年前、突然変異と思われる摩訶不思議な動物達が一斉に目撃され始めた。
そして、遺伝子研究の末に地球外としか思えない遺伝情報が発見され、動物界隈を震撼させた。
研究施設を整え、異種の動物達を集めた。
小型犬のようでありながら、目の多い六本足のふわふわ動物。
蛇のようでありながら、翼を持ち滑空する動物。
蜥蜴のようでありながら、後ろ足が発達し、二足歩行が可能な動物。
不思議な動物達の為に、手探りで適した環境を作り上げて出来る限り自然な姿を観察していた。
二十年前に漸く、彼らが何処から来たのか判明した。
とあるSNSに投稿された異様な動画。
突然、地面が発光し始め、その光の中からのそりと異種の動物が這い上がってきたのだ。
当時はフィクションだと思われていたが、研究チームもその現象を目の当たりにし、投稿動画は本物と判明した。
光の中から出て来た動物達の表皮や爪には地球外の成分を含んだ草や土が採取された。異世界からの転移は疑いようも無い事実となった。
増え続ける異世界動物の処遇を巡り世論も政界も意見が錯綜した。
地球上だけでも外来種に侵され在来種が居場所を失っている前例があるというのに、異世界動物が入り込めば地球の自然環境が崩れかねない。駆除して然るべきだと言う意見も多かったが、外来種の繁殖は人間の飼育放棄が原因であり動物達はただ生きようとしているだけ。異世界動物達も好きで地球に来ているはずがない。保護か、送り返す手段を模索するべきと言う意見もあった。
現在でも、異世界動物の処遇は続けられているが、異世界動物のビジネス展開も広く行われていた。
大人しく可愛らしい見た目の異世界動物は珍しいペットとして大人気となった。万が一にも飼育放棄をさせぬ為、購入者には月に一度の専門家訪問の受け入れを義務付けられた。
亡くなった異世界動物達の毛皮や骨、爪、牙、肉なども選定されて世に出回り始めて久い。
その中で一番の人気ビジネスは、動物園であった。
『キュウキュウ』
「可愛い~~」
「子犬みたいなのに、モルモットの声してる」
異世界動物の居場所を作り、人々に周知してもらいながら、異世界動物達の習性を監視カメラで常時撮影している。
そして、ココは東中央動物園。
異世界動物を保護、管理、世話を行う至って普通の動物園だが、他と違うところが一箇所あった。
《さぁ、こちらの水槽には異世界動物では唯一の水棲として知られる“リュウグウ”です》
「わぁ……」
「ヒラヒラしてる」
《リュウグウは、シャチのような白と黒の模様が特徴的ですが、ムラサキダコのような美しい羽衣を纏っています。自分の姿をより大きく見せる威嚇用か、あるいは食べられそうになった時、切り離して囮にするのではないかと仮説はありますが、未だ謎のままです》
水槽前で説明係の女性職員の後ろにスイっと二体のリュウグウが羽衣を靡かせて近寄った。
「綺麗、人魚みたい」
「乙姫様だ」
人のようなに目と口が前についた顔。喉元と思われる箇所にジャボのような羽衣があり、付け根が窪んいる。顎が出来ている。
背鰭、腹鰭、臀鰭、尾鰭は地球と同じ魚類と同じ箇所にあるが、胸鰭は無く頭部にメンダコのような可愛らしいピラピラした鰭がある。
異形の姿だが、人間の美的感覚にマッチしており人気の異世界動物となっていた。
しかし、その一方水槽の檻の中から人間を見つめるリュウグウは、内心ウンザリしていた。
「今日もワラワラしてる」
「飽きないなぁ……」
お互いしか通じない声を出して交流するリュウグウの二体は、完全な思考力と知能を有していた。
それは、人間とほぼ同等の高知能だった。
言葉が通じず、姿も人間とは違う為、動物として扱われている。
「僕、もう帰りたい……」
「俺も……」
水槽の中で二体は寄り添い、頬を擦り合わせて慰め合う。
その様子に観客は声を上げる。
「あらぁ、可愛らしい」
「夫婦なのかな?」
《二体はとっても仲睦まじく、身体を寄せ合う姿を見る事が出来ます》
人間の言葉がわからないリュウグウの二体とリュウグウの言葉がわからない人間達。
「ヒカチ、いつまでココに居なきゃダメなのかな?」
「さぁ……俺達が縄張りの海域出たのが悪いんだろうけどさ。ああ、大丈夫。俺が一緒だ。マグ」
不安で不安で仕方がない二体の気も知らず、神秘的だと写真を撮る人間達。
知らないと言う事は、恐ろしい事だ。
※※※
動物園閉館後。二体にとっての唯一の楽しみの時間。
「ご飯だぞー」
『ボチャンボチャン』
「わぁい……ここの魚は美味しいから好き」
「なんでこんな雑味が無いんだろうな」
二人に与えられているのは、養殖された寿司用の魚であり、自然の物より餌が均一である為味に安定感があった。
マグは非常にこの食事を気に入っており、目を輝かせて齧り付いていた。
ヒカチも、初めは警戒していたが空腹に負けて口にして以降、抵抗する事無く口にするようになった。
「……もっと欲しい」
『ザパ』
「わ!」
水面に顔を出して、飼育員の方を見つめる。
『パクパク』
「……もっと欲しいのか? おかしいな。一昨日は満足してたのに。ほら」
『ボチャン』
「やった。ありがとう」
『チャプ』
「……可愛い」
飼育員に魚を貰ったマグがヒカチの元へと戻っていく。
「半分あげる」
「いいのか?」
「体力付けないと」
「……そう、だな」
無邪気なマグに、複雑な表情を見せるヒカチ。
「(俺達、もうすぐ大人になるもんな。飾りも立派になって、女の子達もきっと気に入ってくれるはず)」
ヒカチは自分の周りを漂う羽衣の色味と大きさを見て、自分の成長を実感していた。
羽衣は同種の雌、女の子への求愛行動に必要な要素なのだ。
羽衣の大きさや色味で、餌を獲れる甲斐性を示すのだ。
不自由させない。子どもを飢えさせない。理想の雄、男を示す時期が近い。
「(……でも、この場所で大人になっても俺達には意味が無いんじゃないか?)」
ヒカチはマグよりも現状把握が上手かった。
封鎖空間で、大人になったからといって出してもらえるわけがない。
そもそも、もう二度と故郷に帰れる気がしないのだ。
人間達の目に晒されながら、よくわからない時間を過ごしている内に、ヒカチはそう察してしまった。
今はただ、マグを出来る限り不安にさせぬよう努めている。
「……ぅう」
「…………マグ?」
「ムズムズする」
「大人になってる証拠だな」
マグの臀鰭と腹鰭の間にある生殖孔がクパクパと開閉を繰り返しいる。
排泄にしか使われなかったそこが営みに向けて発達し始めた前兆が出ていた。
「ねぇ、ヒカチ。大人になっても僕ら一緒だよね?」
「ああ。多分な」
二体の体と羽衣を寄せ合わせ、水槽の底に敷き詰められた珊瑚と海藻の絨毯で横になった。
薄暗い明かりが常に灯り続け、昼も夜もわからない日々。
それでも彼らは透明な檻の中でスクスクと成長していった。
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