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 世界で唯一存在を確認された水棲の異世界動物“リュウグウ”。
 日本の厳島神社の干潮時に観光客が取り残された二体を発見し、保護に至った。
 全長2メートルの大型の海水魚。歯の形状からして肉食である事が判明し、扱いには細心の注意が必要となった。
 もし、人命被害が出てしまったら、駆除対象となってしまうからだ。
 幸いな事に二体は、意識を取り戻してからも大人しく、水槽に移す間にも暴れる事は無かった。
 異世界動物は陸上動物しか居なかった為、専門機関である異世界動物園はあれど異世界水族館は無かった。
 その為、動物園に急遽増設された水槽に身を置いている。
 唯一水棲の異世界動物の為、まだまだ生態研究は進んでいない。
 週に一回、動物園が休園の日は各々が担当する異世界動物の研究が行われていた。

「好物の生きた魚を水槽に入れて、狩りの様子を観察したい」
「二体は仲が良いように見えますが、狩りではどのような動きをするのか……喧嘩しないと良いですけど」

 生魚を入れて、二体がどのような反応をして、動くのか。生きていく上で、肉食動物は陸海空何処も同じで頭を使いって狩りをする者が多い。特殊な進化を遂げた生物も多い。

『ボチャン』

「「!」」

 二体の水槽に生魚が一匹放たれる。
 スイスイと泳ぐ生きた魚を目で追っている仕草をする。

「……お、動いた」
「横向き尾鰭なのに、鰓呼吸なんだよなぁ。鯨類と魚類の中間……なのか?」

 生きた魚を追いかける事無く、二体は水槽の形に合わせて泳ぎ出した。
 水槽の中に激しい水流が生み出され、放たれた生魚の動きが単調になった。

『パクッ』
「「あ」」

 一方が口で魚の背を簡単に捕らえた。
 ぴちぴちと暴れる魚を鋭い歯で噛みちぎった。
 
「分け合ってる」
「やはり協調性や高度な社会性があるようだな」

 捕らえた魚を二体で分け合い、血潮を口の端から立ち上らせる。
 一匹を分け合うように仲良く食べているが、空腹だったのか最後の一口を食べたリュウグウの口に、口を合わせて舌を突っ込み横取りしようとしている様子が観察出来た。
 
「…………」
「……顔が人っぽいからか、少し見てはいけないものを見てる気分にさせられるな」
「はい……」

 口を離してから、再び遊泳を開始する二体。
 それから次々と実験が行われた。
 必要以上に魚は食べず、偽物と本物は完全に判断が出来ている。
 玩具の魚は不思議そうに追随する可愛らしい姿が観測された。

「相当頭良いですね」
「ああ、それぞれ性格も違うらしい。あっちの頭の羽衣が短い方がしっかり者。一方頭の長い羽衣の方は甘えん坊に見える」

 そういう仕草に見えるだけで、実際には動物的習性や役割があるのだろうと仮説を立ているが、事実ただの個性でしかなかった。

「今日なんか物多くない?」
「な。ゴミばっか来るし……あ~~腹減った」
「でも、この魚面白いよ?」

 ヒカチは、マグの咥えた変な音がする魚をじっと見つめる。食欲の湧かない無機質な質感と動き。気味が悪い。
 けれど、マグはそれが面白いらしく離しては捕まえてを繰り返している。
 ヒカチは咎めはしないが、嫌そうな顔で不気味な魚を見つめる。

「ヒカチ、そんな怖くないって」
「いやだ。近付けるな」
「そう言わずに、ほらほら」
「やぁめぇろぉってぇ~」

 玩具を咥えてヒカチを追いかけるマグ。
 その様子をモニタリングしていた研究者達は腕を組んで憶測を飛びかわせる。

「嫌がってるのか?」
「遊んでいるのかも」
「求愛行動かもしれません」
「……喧嘩?」

 何気ない動作に生物学的意味を見出そうとする研究者達は、日夜彼等の個性に振り回される事となる。

※※※

 次の日から、観客の前で魚を食べる様子が公開となり分け合って食べる姿が愛らしいと話題となった。
 しかし、SNSの一部では口の中を探る様子はセンシティブであると規制が入っており、利用者であるユーザーは自身のSNSの性癖の歪みを笑った。
 しかし、美しい羽衣と白と黒のコントラストの表皮、人の顔に似た顔面パーツの配置。
 刺さる層にはブッ刺さる外見に、様々な如何わしいイラストが密かに量産され始めたのは言うまでもない。

『スリットがクパクパしてんのエロすぎ』
『抜かない方が不作法というもの』
『リュウグウたそのtntnって双頭なのかな?』
『tntnあると思ってて草。メスやで』
『【速報】オスやぞ』

 相変わらずの賑わいに、沼はどんどん深くなっていった。

「……マグ、人ってなんで僕達が近付くと前足振るの?」
「知らん。威嚇……にしては、敵意が無いよな。俺達の知ってる人間とは違うのかも」
「うん。笑ってるし」

 水槽の生活と人間の視線に慣れ始めた二体は、スッと地上の人間達の前まで潜行すれば大喜びで手を振って写真を撮っていた。
 何故、自分達を見てそのような行為をしているのか二体には理解出来なかった。
 
「……出す時、すごいあの四角いの構えてくる。なんか嫌」
「めちゃ笑って俺達の排泄見てくるよな。流石に、しにくい」

 リュウグウがポコポコと丸い排泄物を砂に落とす所は、妙に人気があった。
 その視線に二体も流石に気付いており、隠れるように排泄を行うようになった。
 その人間っぽい仕草に、またも注目が集まってしまう。
 恥ずかしがられると、暴きたくなる性があるのだ。

「んーーあそこでされると水中ルンバの刷が届かないんだよな」
「やっぱり人力じゃないと難しい?」
「……難しいかも」

 リュウグウを担当している飼育員達が水槽内を掃除しているルンバの稼働範囲外で粗相をされて頭を抱えていた。
 肉食動物の掃除は動物を移動させてからする物だが、現在水槽は1基のみ。移動用の増設にも資金が足りなかった。

「潜水して掃除が一番手っ取り早いし、安い」
「潜水士資格のある異世界動物の飼育員居るんですか?」
「……園長に相談しよう」

 リュウグウの飼育員達は園長に相談を行った。

「ふぅむ。水槽の設置や環境作りも水族館関係者に助けてもらったが、コレに関しては潜水士の些細な行動が命が関わる。異世界動物の専門知識がある動物園関係者の方が良いだろう」
「他の動物園に助力を請うのはどうでしょうか?」
「そうだな。背に腹は変えられん。こうして保護している以上、我々は責任持って彼等の生きやすい環境を整えなければならない」

 リュウグウの恥ずかしがりに伴った排泄は、全異世界動物園に伝令を出す程の大事になってしまった。
 潜水士資格を持つ者は、レジャーのインストラクターや水族館飼育員に集中しており、異世界動物園関係で潜水士の資格を持つ該当者はたった一人。

「俺の潜水士の資格は趣味が高じただけっすよ!? リュウグウの水槽掃除なんて、とても……」
「君が頼りなんだ! 東中央動物園の飼育員が資格を取る間だけだから!」
「園長……でも」
「清掃員時の給料は二倍出す。交通費もこちらが持つ。仕事が終わったら二ヶ月休養していい。その間も給料は払う」
「やりまーーす!!!!」
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