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潜水士資格を持った異世界動物の若い研究員が東中央動物園へ転勤となった。
現金な性格ではあるが、それなり責任感のある青年はリュウグウの生態資料を読み込んでいた。
そして、早速仕事の日が訪れる。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。我々が潜水士の姿で飼育していたので、潜水士の見た目には慣れたと思いますが、異常がありましたらすぐに浮上してください」
「わかりました。何か注意点はありますか?」
「うーーん……側に寄って来ても、慌てずに。リュウグウは賢いので、こちらを観察してからアクションを起こします。あの巨体で戯れられたら命に関わります。なので、無反応でお願いします」
青年は飼育員の言葉にごくりと息を飲みながら、マスクを着用してスノーケルのマウスピースを咥えた。
掃除用具を手に持ち、スルリと入水した。
「「!」」
「(うわ……すげぇデケェ……キラキラしてる)」
人間がスルスルと潜水していくのを二体のリュウグウは遠目に眺めている。
動揺を隠して、目的の場所で清掃作業を開始する。
「(コレがリュウグウの……へぇ)」
美麗な見た目のリュウグウでも排泄する事実は、生物の研究者である青年にとっては特に気にする事では無いのだが……じわぁっと妙な背徳感が横隔膜あたりを圧迫する。
変な想像に思考を止められかけたがせっせと、業務に戻った。
「(よし、綺麗になった)」
コロコロの排泄物を入れた袋を持って上昇すると、リュウグウが青年の動きに合わせて寄ってきた。
「(うおおお……圧が、圧が……やべえ)」
巨体が急接近した事に焦りが滲んだが、なんとか恐怖心を押し殺して浮上した。
「お疲れ様でした!」
『バシャ』
「ぷは……はぁ、生きた心地がしません」
「あ、汚物回収しますね」
「はい」
水槽の水と共に回収された排泄物を確認する飼育員が驚きの声を上げる。
「わあ!」
「!?」
「なんですか!? 虫でも湧いてました!?」
「ちが、違う違う。はは、コレ見てくださいよ」
青年と飼育員二人で袋の中を覗き込むと……
「出したてって、こんなツヤツヤトゥルトゥルなんですね。まん丸ですよ」
「チョコレートボールみたい」
「……商品化出来そう」
「…………」
「…………」
こうして、東中央動物園の珍名物『リュウグウのトリュフ』が産まれたのであった。
※※※
「最近変な格好の人間が来るけど、何してんだろう」
「俺らの片付けてるっぽいな」
ヒカチとマグが青年の働きぶりに首を傾げながら、慣れきった水槽の中でのんびりと遊んでいた。
「小魚も居ないし、分解されないんだろうな」
「え、あっ……そっか」
自分達の排泄物を袋に入れて昇っていく青年を見届けてから、マグは暇潰しに水槽前のギャラリーの前に行くと……
「ん?」
見慣れたモノを手にした人間がいた。
先程青年が持っていった自分達の排泄物とそっくり……というか、もはやソレである。
「ヒ、ヒカチ! ヒカチ、ヒカチ!」
「なん、なんだ! どうした!」
マグに呼ばれて、人間達の前までビュンと駆け付け、同じモノを目撃した。
「え? え?」
「僕らのが回収されてるのって……もしかして」
「…………ぇぇええ?」
目の前で人間に自分の排泄物をパクッと頬張られ、ヒカチは気が遠くなりかけた。
マグも目に見て分かるほどにドン引きしていた。
「に、人間って何でも食べるってママが言ってたけど、本当に何でも食べるんだ……」
「なんで俺達の前で食べるんだよ……おかしいだろ」
「めちゃくちゃ笑ってるよぉ」
二体でトリュフを頬張る人間から距離を取って水槽の端っこで羞恥心と恐怖心に震えた。
小魚も自分達の排泄物を食べるが、ヒカチ達の知る人間の食べる物に排泄物は無かった気がするが、目の前でニコニコ食されるのは気分が悪かった。
「人間がこんな変態だなんて思わなかったぁ」
「……俺達、こんな辱め受ける罪は犯してねえのに」
リュウグウが自分達のトリュフを頬張る人間を目撃したリアクションはちゃっかり監視カメラや一般観客のスマホに収められていた。
SNSで投稿された動画は、自分を模したケーキを顔面からスプーンで掬われる犬とリアクションを比較されていた。完全に一致。
一方、動物園側はトリュフを自分の排泄物だと誤認してし、驚いてしまったリュウグウの為に、リュウグウの水槽前で飲食を禁止にした。
誰だって自分の排泄物を目の前で知らない人物にニコニコと食べられるのは恐怖だろう。
「あー、また来た」
「……む」
自分達の排泄物を模したトリュフを目の前で食べられて以降、清掃員の青年はリュウグウの二体に清掃中付き纏われるようになった。
「(なんだ? なんだ?)」
「……邪魔したら、掃除やめちゃうかな?」
「どうしてやろうか……」
「(鳴き声可愛い……ナマカフクラガエルみたい)」
言葉は通じないが、何やら二体が袋を覗き込んでいる事に気付いた。
「(そういえば、トリュフを自分のって勘違いしたんだっけ? もしかして俺が流通元とか思ってるんじゃないか?)」
賢いリュウグウならば、清掃員が配っていると勘繰ってもおかしくない。
「(疑惑を晴らさないと)」
清掃員の青年は袋の中で丸い排泄物を摘み上げて、ポコっと真っ二つに潰した。
「え? え? 何してるの?」
「……あ、食べられた俺達のって丸い形保ってたヤツだけだったよな?」
「そう、いえば……」
二体が記憶を呼び起こしている最中も青年はポコポコと排泄物を潰していた。
「…………コレなら、食べられないよね?」
「ああ……」
二体がホッとしているのを感じた青年はついつい笑ってしまった。
「この人間。良い人間」
「良い人間だ」
『スリ』
「!?」
清掃員に頬を寄せて感謝を示す二体の姿に全員が息を呑んだ。
行動理由は本人達にしかわからない為、噛み付かれたり、戯れられたら、ひとたまりもない。そんな事故一歩手前の緊張が走った一瞬だった。
気の済んだ二体は青年から離れていく。今度は周りがホッとする番だ。
「(……今のなんだったんだ? もしかして、感謝? いや、まさかな)」
その日から清掃員は清掃後の排泄物潰しが決まりとなった。
現金な性格ではあるが、それなり責任感のある青年はリュウグウの生態資料を読み込んでいた。
そして、早速仕事の日が訪れる。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。我々が潜水士の姿で飼育していたので、潜水士の見た目には慣れたと思いますが、異常がありましたらすぐに浮上してください」
「わかりました。何か注意点はありますか?」
「うーーん……側に寄って来ても、慌てずに。リュウグウは賢いので、こちらを観察してからアクションを起こします。あの巨体で戯れられたら命に関わります。なので、無反応でお願いします」
青年は飼育員の言葉にごくりと息を飲みながら、マスクを着用してスノーケルのマウスピースを咥えた。
掃除用具を手に持ち、スルリと入水した。
「「!」」
「(うわ……すげぇデケェ……キラキラしてる)」
人間がスルスルと潜水していくのを二体のリュウグウは遠目に眺めている。
動揺を隠して、目的の場所で清掃作業を開始する。
「(コレがリュウグウの……へぇ)」
美麗な見た目のリュウグウでも排泄する事実は、生物の研究者である青年にとっては特に気にする事では無いのだが……じわぁっと妙な背徳感が横隔膜あたりを圧迫する。
変な想像に思考を止められかけたがせっせと、業務に戻った。
「(よし、綺麗になった)」
コロコロの排泄物を入れた袋を持って上昇すると、リュウグウが青年の動きに合わせて寄ってきた。
「(うおおお……圧が、圧が……やべえ)」
巨体が急接近した事に焦りが滲んだが、なんとか恐怖心を押し殺して浮上した。
「お疲れ様でした!」
『バシャ』
「ぷは……はぁ、生きた心地がしません」
「あ、汚物回収しますね」
「はい」
水槽の水と共に回収された排泄物を確認する飼育員が驚きの声を上げる。
「わあ!」
「!?」
「なんですか!? 虫でも湧いてました!?」
「ちが、違う違う。はは、コレ見てくださいよ」
青年と飼育員二人で袋の中を覗き込むと……
「出したてって、こんなツヤツヤトゥルトゥルなんですね。まん丸ですよ」
「チョコレートボールみたい」
「……商品化出来そう」
「…………」
「…………」
こうして、東中央動物園の珍名物『リュウグウのトリュフ』が産まれたのであった。
※※※
「最近変な格好の人間が来るけど、何してんだろう」
「俺らの片付けてるっぽいな」
ヒカチとマグが青年の働きぶりに首を傾げながら、慣れきった水槽の中でのんびりと遊んでいた。
「小魚も居ないし、分解されないんだろうな」
「え、あっ……そっか」
自分達の排泄物を袋に入れて昇っていく青年を見届けてから、マグは暇潰しに水槽前のギャラリーの前に行くと……
「ん?」
見慣れたモノを手にした人間がいた。
先程青年が持っていった自分達の排泄物とそっくり……というか、もはやソレである。
「ヒ、ヒカチ! ヒカチ、ヒカチ!」
「なん、なんだ! どうした!」
マグに呼ばれて、人間達の前までビュンと駆け付け、同じモノを目撃した。
「え? え?」
「僕らのが回収されてるのって……もしかして」
「…………ぇぇええ?」
目の前で人間に自分の排泄物をパクッと頬張られ、ヒカチは気が遠くなりかけた。
マグも目に見て分かるほどにドン引きしていた。
「に、人間って何でも食べるってママが言ってたけど、本当に何でも食べるんだ……」
「なんで俺達の前で食べるんだよ……おかしいだろ」
「めちゃくちゃ笑ってるよぉ」
二体でトリュフを頬張る人間から距離を取って水槽の端っこで羞恥心と恐怖心に震えた。
小魚も自分達の排泄物を食べるが、ヒカチ達の知る人間の食べる物に排泄物は無かった気がするが、目の前でニコニコ食されるのは気分が悪かった。
「人間がこんな変態だなんて思わなかったぁ」
「……俺達、こんな辱め受ける罪は犯してねえのに」
リュウグウが自分達のトリュフを頬張る人間を目撃したリアクションはちゃっかり監視カメラや一般観客のスマホに収められていた。
SNSで投稿された動画は、自分を模したケーキを顔面からスプーンで掬われる犬とリアクションを比較されていた。完全に一致。
一方、動物園側はトリュフを自分の排泄物だと誤認してし、驚いてしまったリュウグウの為に、リュウグウの水槽前で飲食を禁止にした。
誰だって自分の排泄物を目の前で知らない人物にニコニコと食べられるのは恐怖だろう。
「あー、また来た」
「……む」
自分達の排泄物を模したトリュフを目の前で食べられて以降、清掃員の青年はリュウグウの二体に清掃中付き纏われるようになった。
「(なんだ? なんだ?)」
「……邪魔したら、掃除やめちゃうかな?」
「どうしてやろうか……」
「(鳴き声可愛い……ナマカフクラガエルみたい)」
言葉は通じないが、何やら二体が袋を覗き込んでいる事に気付いた。
「(そういえば、トリュフを自分のって勘違いしたんだっけ? もしかして俺が流通元とか思ってるんじゃないか?)」
賢いリュウグウならば、清掃員が配っていると勘繰ってもおかしくない。
「(疑惑を晴らさないと)」
清掃員の青年は袋の中で丸い排泄物を摘み上げて、ポコっと真っ二つに潰した。
「え? え? 何してるの?」
「……あ、食べられた俺達のって丸い形保ってたヤツだけだったよな?」
「そう、いえば……」
二体が記憶を呼び起こしている最中も青年はポコポコと排泄物を潰していた。
「…………コレなら、食べられないよね?」
「ああ……」
二体がホッとしているのを感じた青年はついつい笑ってしまった。
「この人間。良い人間」
「良い人間だ」
『スリ』
「!?」
清掃員に頬を寄せて感謝を示す二体の姿に全員が息を呑んだ。
行動理由は本人達にしかわからない為、噛み付かれたり、戯れられたら、ひとたまりもない。そんな事故一歩手前の緊張が走った一瞬だった。
気の済んだ二体は青年から離れていく。今度は周りがホッとする番だ。
「(……今のなんだったんだ? もしかして、感謝? いや、まさかな)」
その日から清掃員は清掃後の排泄物潰しが決まりとなった。
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