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24:四人目

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『コンコンコン』
「はい!」
『ガチャ』
「ヘルクラス、失礼するぞ」
「魔王様!」

 数日後、ストールに言われた通り、馬鹿正直にヘルクラスを口説き落としにきたセリアス。
 服飾仕事中のヘルクラスは手を止めて、背の高いセリアスを見上げている。
 
「如何なさいましたか? 何か必要な物でも?」
「ああ。お前に渡したい物がある」
「俺に……」
「コレを」

 セリアスが差し出したのは、エルフが得意とする弓矢一式だった。

「こ、れは……」
「ドワーフ達に頼んだ一級品だ」
「何故、俺なんか、に」
「ヘルクラス。お前には階層の警備を任せたい」
「!?」

 新たな役目をセリアス自ら与えに来た事に、ヘルクラスは渡された装備品をグッと握り締めた。

「勿論、一人ではない。他の階層で戦える者に万が一に備えて自衛を頼む事にした。前線を張れる者にだ。エルフの戦士として、お前を頼らせてくれ」
「ぉ……俺で、良いんですか?」
「お前しか居ない。お前にしか頼めない。お前だけだ。ヘルクラス」

 トンっと胸の中心を指でノックする。
 次いで、ドクンと……何かが息を吹き返す。

「ぅ……ぁ」

 意図せず感極まったヘルクラスはいつの間にか涙を零していた。

「次こそは……次こそは、必ず……果たして、みせます」
「……ああ」

 セリアスの胸に抱き寄せられる。流れる涙がヘルクラスの心を少しづつ軽くしていく。

「よしよし」
「……ぁ!」

 久し振りに頭を撫でられた感覚に顔が真っ赤になる。相手がセリアスならなおのこと。
 優しく抱き締められて慰められ、限界に達していた涙腺が崩壊してしまった。

「魔王様、汚れて……ひっく、しまいます」
「はっはっは、いいさ。これしき汚れにも満たない」

 小さく震える身体をしっかりと抱き締める。
 落ち着いた頃合いで離れれば、ヘルクラスは恥ずかし気に俯いていた。

「情け無いところをお見せしました」
「いや? 存外悪くなかったぞ?」
「お戯れを……っ」

 クイっと顎を掬って、淡い色の瞳を覗き込む。

「私が嘘を言った事があるか?」
「ぃ、え……」
「次、泣くような事があれば、その時はまた胸を貸すからな」
「!?」

 ポンポンとヘルクラスの頭を撫でた後、セリアスは踵を返して去っていった。

『バタン』
「……ぅああぁぁ……」

 ドアが閉まった後、しゃがみ込み顔を両手で覆うヘルクラスは長い耳が全域真っ赤に染まっていた。
 そんなやり取りを階層ゲート横の木々に隠れて始終覗いていた一人と一体。
 遠隔望遠鏡リモートビューイングで小屋の中を覗いてニヤニヤと口角を上げていた。

「魔王様すごいですねぇ。完璧に口説き落としましたよ」
《行動に移せばやれるお方なのです。全て素でしてるところが恐ろしいところですが……次の問題は、ココからの発展ですね》
「んーーそれこそ魔王様のお心次第でしょ」

 ラージャとストールは仲良く二人の進展を見守っていた。

「お前達……何をしている」
「うっ!」
《あちゃ》
「私が気付かないとでも思ったか? 我々の交流は見せ物ではないぞ」
「申し訳ございません……魔王様がどのように口説くのか気になってしまって」

 正直に行動理由を伝えると、セリアスはじとっと目を向けた。

「私はまだいい。ヘルクラスの個人的な尊厳は尊重しろ。無闇に覗くな」
《「はい……すみませんでした」》
「はぁ……やれやれ」
《(やはり、私が動くより魔王様本人が動いた方が事が早いですね)》

 ストールが思っている以上に番問題は簡単に解決しそうだ。




 その後、警備隊として集められた者達は各々に合った装備品を渡された。
 修練場も作られ、戦闘訓練も行われるようになった。備えあれば憂いなしと。
 だが、少しだけ問題が出ていた。

「ヘルクラスさん、あの……この後、食事」
「ん? 今、その話大事?」
「ぃ、いい、いえ!」

 エルフが美しいのは魔族間でも共通認識である。中年エルフであろうとヘルクラスは美しかった。
 普段は気さくに対応してくれるが、警備や訓練中はエルフらしい傲慢な強かさが滲み出ており、美しい容姿も相まって妙な色香を漂わせる。
 本人を前にすると言葉が詰まったり挙動不審になってしまう男集団の警備隊員達。
 ヘルクラスは生来の自信を取り戻しつつ、今ならば……と胸中に抱えた感情に自ら向き合っていた。

「魔王様……」
「ああ、ヘルクラスか。警備服、似合ってるじゃないか」
「ドワーフ達のデザインセンスの賜物です」
「そうかもな。それで? 何か用があったのだろう?」
「ぁ……はい……今夜、お部屋にお伺いしても?」

 ヘルクラスのその言葉の意図を察したセリアスは、少し考えた後にヘルクラスの頭をポンポンと叩いた。

「すまないが、ダメだ」
「え……」
「今夜は先約がある。話は昼ではダメか?」
「……大丈夫です」
「では、後で」


 人間達の経過を精霊達と見回り、話し合う背を見送る。

「(先約……先約か……きっと、番の誰かだ……タスクさんか、ホープさん、デジィさん……)」

 あの優しいセリアスに身体を暴かれて、深くまぐわい、種を注いで貰えるのだろうと思うと、ヘルクラスの喉が鳴る。
 それは役目などではなく、ただ愛ある番の営みである。

「(俺も魔王様の……いや、コレはダメ元だな……御三方のような深い関わりも無い。共に過ごした時間も少ない)」

 下らない妬心が心を支配していく。首を振って切り替える。小休憩中とは言え一応仕事中だ。

「憂い気なヘルさんも美しいな……」
「あんまジロジロ見るなって怒られるぞ」
「……怒られたい」

 ヘルクラスの悩まし気な表情に狂わされる警備隊も切り替えて仕事へ戻っていく。
 そして、昼休憩にてセリアスの部屋へ赴いた。

「失礼します」
「待っていたぞ。それで、用件はなんだった?」

 早急に内容を聞かれて、ヘルクラスは困り気味に笑って腰を下ろした。

「無理を承知で……頼みに参りました」
「なんでも言ってみろ」
「なんっ……えっと、ですね……」

 言いにくそうな様子が伺えるため、セリアスは傍らに寄り添い頭を撫でる。
 嬉しそうにへにゃりと相好が崩れ、気持ちが落ち着いた様子で頭に乗ったセリアスの手を握る形でヘルクラスは胸の内に秘めた気持ちを口にした。

「俺は、魔王様が……す、す、好きです……俺を、魔王様の番に……して、欲しいの、です」

 未だ勇気がなく、目を逸らしながら。だが、ハッキリと。
期待に心臓を高鳴らせながら答えを待つと……セリアスは微笑みながらゆっくりと頷く。
 それを目で捉えた瞬間、ヘルクラスの鼓動が跳ね上がった。
 然れども、次の言葉で心拍も思考回路も停止した。
 そこで告げられたのは予想外の言葉だったのだから。

「私も、お前を愛している。特に子どもを愛しむ姿や、訓練で勇ましい顔をしたお前は、息を呑むほど美しい」
「へぁ??」
「…………なんだその声は」
「????」

 ダメ元の告白が了承されたと思いきや、セリアスからも愛の告白をされてしまった。

「私と番になりたかったのではないのか?」
「ハッ……なり、なりたいのですが、まさか、魔王様が俺を、想ってくださっていたとは……思わず」
「愛無く番に受け入れられる程、私は無節操ではない。心からお前を愛さない魔王など、お前には相応しくないからな」
「…………本当に……嘘じゃ、無いんですよね?」
「私が嘘を言った事があるか?」

 信じられない様子のヘルクラスの顎を掬って、優しく口付ける。

「ッッ────!?」
「……私よりずっとずっと歳上の筈なのに、お前が愛らしくて仕方ない」
「まぉ、魔王様……ぁ、は、あぁははは!」
「おっと」

 仰け反って後ろに倒れかけたヘルクラスを支えると、混乱しているようで大口を開けてゲラゲラと笑っていた。美しいエルフの下品な笑い方にセリアスもつられて笑っていた。

「はは、そんなに意外だったか? お前をおかしくする程に。私から愛されていないと思っていたのか?」
「ははは、あははっ、ゲホッゲホ! ひひ、魔王様が……魔王様が、俺を、ふひひ、あははは!」

 瞳孔をグルグルと渦巻かせながら爆笑している。
 しかし、唐突にピタリと静かになったかと思うと、自分の頰をぐにぐにとつねり始めた。

「夢ではない」
「……げん、じつ……ほんとに?」
「何故そこまで疑うんだ? 流石に悲しいんだが」
「いえ! だって、あの魔王様がですよ! ずっとずっと平和な加護を与えてくださって、最前線で人間達から我々を守って下さっている上位存在である魔王様が……しがないエルフの、お、俺を、愛してるなんて……」

 セリアス自身は上位存在になったつもりは無いのだが、ヘルクラスにとって雲の上の存在であるセリアスに愛されるなど、有り得ない事だ。
 願っていたが、叶うとは一ミリも思っていなかった。

「……夢のようです」
「喜んでくれるのは、こちらとしても大いに嬉しいがな、あまり可愛いことばかり言ってくれるな? 私はお前が思う程落ち着いてはいないのだから」
「!」

 腰を抱き寄せられて、ブワッと全身が総毛立ち、真っ赤に染まるヘルクラス。
 セリアスはそんな可愛いヘルクラスの額に口付けを、何度も繰り返す。
 接触のたびにヘルクラスはビクビクと身体を揺らしており、時折色を含んだ声を漏らした。
 漸く顔を上げた頃には、瞳に水幕が張っていて蕩けきっていた。
 その姿にセリアスは押し倒してしまいそうになるものの、コホンッと一度咳払いの音を鳴らし欲望を沈めると仕切り直した。

「昼休みが終わってしまうぞ。そろそろ戻らなければな。ストールに伝えておく。いろいろ準備の事を教わると良い」
「は、い」

 ぽわぽわと浮き足立っているヘルクラスが、昼をぼーっと取りながら仕事に戻る。
 
「(……あ、勢いで言ってしまったが……娘にも伝えておかないと。あと……)」

 今は亡き妻の顔を思い出す。
 再婚に罪悪感は無い。次、墓前に手を合わせる時には、セリアスが同行する事になる。
 きっと、驚く事だろう。
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