【R18】十二年の孤独な両片思い――解けない愛の無理関数

夜子

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番外章:フレグランス・プロファイル:軛の残香、混濁する迷妄

​一炷:クール・ノート 冷香の侵食  アイシーに滲む、一年続いた偽り。

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九条が九条グループを辞め、煌人のいるスタートアップ企業へと電撃移籍してきた。

一番の衝撃を受けたのは、他でもない煌人だった。事前の内示は一切なかったのだ。

(クソッ、よりによって何で今なんだ……!)

煌人は内心で毒突く。昨日、ようやく意を決して真翠にブレスレットを贈り、彼女もそれを受け取ってくれた。一年という長い、あまりに長い停滞を経て、ようやく二人の間に微かな火が灯りかけた——そんな矢先のことだった。

真冬の寒さが肌を刺す頃、九条は正式に入社した。大学の後輩である煌人が、案内役として彼を迎え入れる羽目になる。九条の役職は総務部部長。部署こそ違えど、社内案内の名目で二人が行動を共にする時間は、嫌応なしに増えていった。

「煌人、このあたりの店を教えてくれないか。ランチでも行きながら親睦を深めよう」

九条の淡々とした誘いに、煌人の内心の叫びが加速する。

(真翠のところに顔を出せなくなるだろうが!空気を読めよ、この食えない古狸が……!)

しかし、表面的には完璧な愛想笑いを浮かべ、煌人は案内役として九条と共に暖簾をくぐるしかなかった。

ランチの席、九条は静かに探りを入れてきた。
「煌人、中途で入ったばかりだから皆と親睦を深めたいんだ。誰か、気心の知れた相手でも紹介してくれないか」
「それは……」

煌人は言葉に詰まる。九条がすでに自分の周囲を調べ上げ、部下から『石小路 真翠』の名を聞き出しているとは露知らず。
「何か懸念でもあるのか?」
「まさか、九条先輩。人脈にだけは自信がありますから、紹介したい奴が多すぎて迷っているだけですよ」


煌人は懸命に愛想笑いを浮かべたが、九条の視線はそれを逃さない。
「煌人、君にとって『特別』な人間はいないのか?……例えば、彼女候補とか」

わずかな沈黙。九条の視線が、煌人の動揺をミリ単位で観察している。
「え、は?……いません、いませんです」

煌人の声が、自分でも驚くほど上ずった。
喉の奥が乾き、せっかくのランチの味が砂のように消えていく。九条は口角をわずかに上げた。その微笑みは、まるで罠にかかった獲物を眺める猟師のようだった。

「……反応が大きすぎるよ、煌人君」
「は、はいっ! すみませんでした!」

煌人は椅子を鳴らして直立不動に近い姿勢になり、反射的に頭を下げた。自分でも情けないと思う。だが、九条の瞳の奥にある「絶対的な支配」の光に触れた瞬間、言葉よりも先に身体が謝罪を選んでしまったのだ。

「いいさ。……そんなに怖がらなくていい」
九条は優雅にナプキンで口元を拭うと、満足げに目を細めた。
その姿は、煌人の心の中に隠した『石小路真翠』という名の宝箱に、既に手をかけているようでもあった。


午後の技術部。煌人が外回りの商談に出かけた隙を見計らい、九条はそこへ足を踏み入れた。

そこにあるのは、「灰色の沈黙」だ。

明るい総務部やエリート感漂う営業部、あるいは華やかな秘書室とは、空気の質が根本から違っていた。窓際に並ぶデスクの主たちは、一様に身なりに無頓着だ。
そんな場所へ、あの眩いばかりの後輩が、ただ高校の同級生をからかうといった子供じみた理由で、わざわざ足繁く通い詰める。

形式的な自己紹介が終わると、技術者たちは即座に作業に戻った。その時、一人の軽やかな声が耳に届いた。

「先輩、これ、見てもらえますか?」
可愛らしい顔立ちだが、幼い過ぎる
「いいよ、どこの部分?」
続いて聞こえたのは、少し低めで、落ち着きのある女性の声。
「ありがとうございます、真翠先輩。第三パラグラフの後半部分なんですけど……」
「了解」

——彼女だ。石小路真翠(いしこうじ ますい)。
濃い色のパーカーに、太いデニム。素顔のままの白い肌。異性を惹きつけるような装飾は一切ない、まるで白紙のような女。


九条は歩み寄り、完璧な営業用の笑みを浮かべた。

「石小路真翠さん」
真翠が即座に立ち上がった瞬間、男物の香水の「クール・ノート(冷香)」が鼻腔を突き、彼女を苛立たせた。

「はい、九条部長」
「そう緊張しないで。星野から君の話は聞いている。彼の大学の先輩として、君とも仲良くしたいと思ってね」

「……恐縮です、九条部長」
隙のない礼儀作法。
(この女、想像以上に価値があるかもしれない)

九条が内心で黒い計算を巡らせる中、真翠はただ「早く消えてくれ」と願っていた。彼女は九条から放たれる、あの逃げ場のない「軛(くびき)」のような圧迫感に、神経を逆立たせていた。

退勤時間、九条は再び技術部へと現れた。

ほとんどの社員が帰り、静まり返ったフロアに真翠だけが残っている。九条は迷わず彼女の席へと歩み寄った。
昼間と同じ、あのアイシーの香りが真翠の鼻腔を突く。彼女は眉をひそめて顔を上げた。やはり、九条だ。

「九条部長、何かご用でしょうか」
「いや、さっきも言った通り、石小路さんと仲良くなりたいと思ってね」
「……あいにくですが、私は異性と接するのがあまり得意ではないので」

社交辞令の裏にある異常さを嗅ぎ取り、真翠は明確に拒絶の意思を示した。その時——。

「真翠!」

上機嫌で技術部にやってきた煌人が、九条が真翠に密着している光景を目にし、表情を凍らせた。内側から嫉妬の火が燃え上がるのがわかる。

「真翠、九条部長に対して座ったまま話すなんて失礼だろ」
「おやおや、煌人君。君は少し厳しすぎるんじゃないかな」
「九条部長、すみません。真翠は異性に慣れていないんです。悪気はないので、どうかお気になさらず」
「おや……石小路さんも同じことを言っていたね。それに君、彼女のことを『真翠』と呼び捨てにしているのか?」

「あ、はい。……高校の同級生なので、他の人よりは親しいというか」
「ほう、そうか。……では邪魔者は退散しよう。真翠さん、また今度誘わせてもらうよ」

九条はそれだけ言い残し、立ち去った。二人が揃って頭を下げ、九条の気配が完全に消えたことを確認すると、煌人は即座に真翠を問い詰めた。

「アイツ、お前を何に誘ったんだ? メシか? それとも……」
「知らない。何も言ってないわ」
「行くなよ、絶対!」
「最初から行くつもりなんてないわ。私が異性と接するのが苦手なのは、あんたが一番よく知ってるでしょ」

「……ん、いい子だ」
煌人の手が、無意識に真翠の頬を撫でる。

「……やめて。誰かに見られたらどうするの」
「見られたっていい。嫌なら、場所を変えようか」
煌人が真翠の耳元で、熱い吐息混じりの囁きを漏らす。

「今日は疲れたの。帰らせて」
「じゃあ、明日は?」
「あんた、四六時中、盛ってるの犬か」
「ワンワン」

思わず真翠の唇から小さな笑みがこぼれた。それを見た煌人は、ここぞとばかりに探りを入れる。
「本当の本当に、今日は疲れすぎて無理?」

真翠はわざとらしく深い溜息をついた。
「……それで、どこに行きたいのよ」

煌人がぱあっと顔を輝かせる。
「ポイント、貯めに行こうよ」
「あんた、本当にあそこのうどんが好きね……」
「ん、腹減った。行こう」

煌人は真翠の背中を促すようにしてエレベーターへと押し込んだ。
駐車場に移動し、真翠が煌人の車の助手席に滑り込む。

その一連の光景を、帰宅しようとしていた九条が遠目から静かに見つめていた。

エリートの後輩と、冴えない技術職の女。二人が同じ車で夜の街へと消えていく。
(……やはり、ただの同級生にしては距離が近すぎる。何がある、あの二人には)

九条の疑惑は、深冬の夜気よりも冷たく、重く、彼の中で確信へと変わり始めていた。

煌人は真翠を連れて、馴染みの「紫の城」へと足を踏み入れた。

部屋に入ると同時に、煌人は背後から真翠を抱きしめる。
「ブレスレット、バッグに入ってる?」
「入ってるわよ。どうしたの」
「……付けてあげてもいい?」

真翠は一瞬躊躇したが、次の瞬間には腰に回された煌人の手をなだめるように軽く叩いた。
「いいわよ」

煌人は真翠を促してベッドに座らせると、バッグの中からブレスレットを取り出した。そして、真翠の両脚の間に跪(ひざまず)き、まるで祈りを捧げるかのような熱心さで、彼女の左手首に自分の贈った品を付けた。
「次は、同じシリーズのピアスを贈らせてよ」

真翠は左耳の髪をかき上げ、煌人に耳たぶを見せた。
「私、ピアスホール開けてないわよ」

煌人が指先でそこに触れる。
「開ける? 俺が手伝ってあげてもいいけど。ほら、俺は開いてるし」

真翠はくすりと笑って首を振った。
「お母さんに言われてるの。ピアスを開けるのはいいけど、ホールが完全に塞がるまでは家でご飯を食べさせないって」

その答えを聞いて、煌人はいつものように反論しなかった。ただ、そんな真翠がたまらなく愛おしくなり、顔を近づけて口づけを落とした。

「……じゃあ、イヤリングを探してくる。ちゃんと受け取ってね」
「ええ、わかったわ」

煌人のキスがゆっくりと下りていき、その手がパーカーの中に滑り込む。
「ふふっ、くすぐったい……もうやめて、煌人」

「真翠……」
煌人が、ひどく真面目な声で彼女の名を呼んだ。
「……何?」
「最近さ……ベッドの上で、笑うようになったよね」

真翠は記憶を辿ってみた。確かに、そうかもしれない。
「そう? 変かしら」

煌人が急に、真翠を強く抱きしめた。
「変じゃない。全然変じゃないよ。それって、良いことだよね?」

胸元に顔を埋める煌人の髪を、真翠は静かに撫でる。
「……良いこと、なのかしらね」


自分でも信じられないことだった。二人のこんな関係が始まって、いつの間にか一年が経とうとしている。
日常の中での二人は、ほとんど以前のような関係に戻っていた。親の前でも「仲の良い恋人」を完璧に演じている。

けれど、このベッドの上でだけは違う。真翠は、自分が底なしの沼に沈み込んでいくような感覚を覚えていた。

煌人を拒絶することが、どんどんできなくなっている。というより、拒絶したくないとすら思っている自分に気づいていた。
こんな風になるなんて、きっと……良くないことなのに。

真翠は煌人をそっと押し返した。「シャワー浴びてくる」
「ん」
「入ってきちゃダメよ」
「えー、やだ……」
「じゃあ、あんたが先に浴びて」
「やだ……」
「なんなのよ、もう」
「一緒に浴びようよ。せっかくここのお風呂、こんなに広いんだし」

真翠はため息をついた。「……十五分後ね。それと、ちゃんと身体を洗ってから湯船に入ること」
「了解、奥さん」
「……何バカなこと言ってるの。黙ってて」

真翠は逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。心臓がうるさいほどに鳴っている。

最近、煌人はベッドの上で彼女を「奥さん」と呼ぶのを好むようになった。煌人は楽しそうだが、真翠は恐怖を感じていた。

こんな歪な関係の私たちが、普通の夫婦になれるはずがない。恋人ですらないというのに。

(最近、私……調子に乗ってるのかも)

「お風呂で身体を洗って」なんて指示を出すのは、以前の自分ならあり得ないことだった。これからはもっと気をつけなきゃ。じゃないと……いつか、本当に引き返せなくなる。

頭の中がぐちゃぐちゃなままシャワーを浴び終え、浴槽に跨ぎ入る。

熱い……茹だってしまいそうだ。

少しすると、「奥さん……」と、本人より先に煌人の声が届いた。
浴室のドアが開き、彼が中に入ってくる。煌人は真翠を抱き寄せ、自分の腿の上に座らせた。

「煌人」
「ん、なあに」
「……奥さんって呼ぶの、やめてくれない?」
「どうして。照れてるの?」
「もし、親や同僚の前でうっかり口に出されたら困るから」
「……俺が、君の迷惑になるってこと?」
「たぶんね」

煌人の胸に、微かな痛みが走った。
「……わかったよ、真翠」

「ありがとう」
真翠の礼儀正しい言葉が、かえって煌人の心を冷やしていく。

煌人は当てつけのように、真翠の胸を執拗に撫でまわした。

「あ……っ、は……何、してるのよ……」
「洗って、可愛がってるんだよ」
「やめようよ……おもちゃじゃないんだから」
「んー……おもちゃだよ。最高に楽しい、俺だけのおもちゃ」
「あ……っ、は……やだ……っ、もう、止めて……っ!」

バシャバシャと激しく水音が跳ね、狭い浴室に反響する。 煌人は止めるどころか、背後から真翠の身体を独占するように抱き込み、うなじから耳たぶにかけて執拗に吸い付いた。ジュウ、と湿った音が真翠の耳元で鳴る。

「真翠、ここ……中まで熱いよ。……ねえ、好きだって言ってよ」
「激しすぎ……っ、ダメ、壊れちゃう……っ!」
「どこが壊れるの? 教えて」
「そこ……奥が……キュウキュウして、変な感じに……っ」
「ここ? それともこっち?」

煌人は濡れた手で真翠の胸を荒々しく揉みしだきながら、もう片方の手をお湯の中に沈んだ彼女の秘裂へと潜り込ませた。 指先が花弁を割り、熱いナカを掻き回す、ピチャピチャという淫らな水音が二人の間に響く。

「んっ……あぁっ、……! あ、ダメ……っ、そこっ!」
「ここだよね? ……指、こんなに締め付けて。……俺の手だよ、真翠。煌人に掻き回されるの、気持ちいいんだろ?」
「ん……っ、はあ……っ、おかしく、なる……っ」

指がナカを激しく突き上げ、親指がクリトリスを執拗に弾く。「クチュ、クチュ」という粘膜が擦れる音が、湯船の波紋とともに広がっていく。煌人の舌は真翠の肩に深い吸い跡を刻み、彼女の理性を一つずつ剥ぎ取っていく。

「やめて、もう、イっちゃう……っ、アッ、あぁあ!」
「いいよ、そのまま俺の手でイけ。真翠、いい子だ……全部吐き出せ」

「バシャァッ!」と大きく水面が揺れた瞬間、真翠の身体が弓なりに弾けた。
煌人の指をこれ以上ないほど強く締め付け、彼女は熱いお湯の中で激しく果てた。

真翠は力なく煌人の胸に崩れ落ち、肩で荒い息を繰り返す。滴る水滴が床を叩く音だけが、静かになった浴室に響いていた。

「いい子だね。……こんなに濡らして。ねえ、気持ちよかった?」
「……わかんない……もう、いじめないで……っ」
「……ふふ、まだ足りないよ。ベッドに運んであげる。……続き、しようか」

煌人はバスタオルで真翠を包み込むと、優しくベッドに横たえた。

「真翠……まだ、できる?」
真翠は答える代わりに、湿った腕を煌人の首に絡め、潤んだ瞳で彼を見上げた。その瞳に、煌人の内に潜む熱がさらに激しく燃え上がる。

「今日、やりすぎちゃっても……許してね」
「……ん」

煌人は手早く準備を整えると、真翠の湿りきった入り口に、自身の熱をゆっくりと沈めていった。


「んっ……あぁ……っ。真翠、中、すごく滑るよ……。――クチュッ、ズブチュル……。 ほら、入っていく音、聞こえる?」
「はぁ……あ、……深いっ、煌人……深すぎる……っ」

煌人は真翠の唇を啄み、甘い吐息を漏らしながら腰を動かし始める。
――ギシッ、ギシッ、ギシギシッ。

「ハニー、気持ちいい?」
「……ん、っ……」
「いい子だね。……ご褒美、もっと欲しくなった?」

煌人の動きが速度を増すと、肉と肉がぶつかり合う淫らな重低音が部屋に響き渡った。
――ドチュッ、ビチャッ、ドシュウゥッ。

「あ……真翠……っ、あ……っ! 抱きしめて……もっと強く……。――クチュル、ドピュルッ。 ……あぁ、最高に締まってて気持ちいい……!」
「あ……ああ、……っ、そんな、激しく……っ、あっ、あっ、あぁっ!!」
――ギシシシッ、ギシッ!

「きついよ、真翠……。ナカが、バクバク俺を食べてる。――ピチャ、ピチャッ。 蜜の音、すごいよ。ねえ、恥ずかしい?」
「ん……んんっ……はぁ……っ、もう、いい……っ、おかしくなっちゃう……っ!」
「真翠……気持ちいい? ねぇ、気持ちいい?」
「……ん、……気持ち、いい……っ、イきそう、イっちゃう……っ!」
「……いいよ。そのまま、俺と一緒に壊れよう」

――ズチュゥゥッ、ドシュッ……!

「あ……あぁっ……もっと、もっと奥……っ、煌人ぉっ!!」
「……はぁ、っ! ――ドチュル、ドチュルゥッ! ……あぁ、可愛いよ、真翠……っ!!」
「はぁ……あ……ああぁっ!」
「真翠、またイくの? ……今度は一緒にイこう。……逃がさないから」
「ん、……っ、ん……っ! ――ギィィィィッ……! ああああぁぁぁーーっ!!」
「一緒だよ、真翠。……っ! ああああ……っ!!」
――ビチャビチャビチャッ。

激しい音と熱が最高潮に達した瞬間、二人の身体が激しく硬直した。
やがて、壊れそうなほど軋んでいたベッドの音も静まり、重い呼吸の音だけが夜の部屋に溶けていった。

煌人は真翠の隣に横たわり、赤らんで汗ばんだ彼女の横顔を見つめながら、その頬をそっと撫でた。「真翠……」
「ん……」
「疲れた?」
「……ええ」
「でも……もう一回、したいな」

真翠がゆっくりと煌人の瞳を見つめる。「今日……何かあったの?」

(九条から遠ざかってほしい)――そう言いたかった。煌人にとって九条は自分より真翠の理想に近く、自分のような孤独な人間より、九条家のような名家の方が彼女に相応しい。そう分かっているからこそ、言葉にできない。

「ううん、今日の真翠が、あんまり可愛いから」
「そう……?」
真翠は天井を仰いだ。胸の奥が少しだけ、ちくりと痛む。煌人が褒めてくれるのは、いつもベッドの上だけ。私たちの関係は、やっぱりそういうことなのだ。

煌人の手が再び彼女の顔に伸び、愛おしそうに触れる。
「いいかな?」
「……あと一回だけよ。じゃないと明日、仕事に行けなくなる」
「じゃあ、一緒に休もうよ」
「嫌よ。ボーナスが減っちゃう」
「君、給料そんなに高くもないだろ」
「余計なお世話。……もう、させてあげないわよ」
「ハニー、ごめん。俺が悪かった。させて……約束する、あと一回だけだから」

煌人は真翠を抱き上げ、上半身をベッドボードに預けて座った。ちょうど真翠の胸が、彼の顔の正面にくる高さだ。

「いい子だ……付けて?」
真翠は指先を震わせながら、ゆっくりと彼に「準備」を施した。

「……ん、いい子だね。……跨って」
「ん……っ、あぁ……っ、ちょっと、痛い……っ」
――グチュ、ピチャッ……。

「ごめんね、さっき少しやりすぎちゃったかな。……あぁ……っ」
「……大丈夫。平気よ」
「おいで……真翠、ゆっくりでいい。無理しなくていいから……」
「ん、……っ、はぁ……っ……」
「そう……上手だよ……はぁ、っ……最高に気持ちいい、真翠……っ」――ヌチュ、ズブチュルッ!
「腰、もう少し動かせる? 痛くない? ……はぁ、っ」
「……大丈夫、あんまり痛くないわ。……こう? はぁ……っ、はぁ……」
「んっ……そう、それ。……あぁ、たまんない……!」――ギシッ、ギシギシッ!

煌人は真翠の腰を強く抱き寄せ、顔を彼女の豊かな胸に埋めた。激しく揺れる感触と、目の前の柔らかな肌が彼の興奮をさらに煽る。

「真翠……っ、真翠……ごめん……もう、我慢できない……っ!」

下から突き上げるように真翠を少し持ち上げ、彼女の足を自分の腰に回させた。一気に力強く、深く貫く。

「はぁっ、はぁ……っ!」
「煌人……煌人……っ! 深い、深すぎる……っ、ちょっと、痛い……っ!」――ドチュッ、ドチュルッ、バシィッ!

「ごめん、真翠……すぐ、すぐ良くなるから……っ。ああぁ、本当に、すぐ……っ!」
「ん、……っ、はぁ、っ、あぁっ!」
「まだ痛い? ……っ、痛いかな……っ?」
「わかん……わかんない、あぁっ……!」
「真翠……感じる? イきそうなんだ。真翠は……っ?」
「ん、……私も……私も、っ!」
「一緒だよ、真翠。一緒だ……っ。俺を、強く抱きしめて……っ! ああぁぁっ!」
「ん、っ……はぁ、……ああぁぁぁーーっ!!」
――ギィィィィィッ!!

真翠の身体から力が抜け、煌人の胸に崩れ落ちた。
火照りきった結合部から、煌人の熱い昂りがゆっくりと引き抜かれていく。
――ジュルリ、ピチャッ……。

せき止めていたものが溢れ出し、二人の間には白く濁った情欲の跡が糸を引いた。

「……ん……っ」

真翠のナカには、まだ彼に貫かれていた時の、熱く充満した感覚だけが疼くように残っていた。

「真翠、ごめん……痛かった?」
「……ううん、大丈夫……」
「お風呂、入れてあげるよ」
「……また、変なことするつもり?」
「しないって。前も洗ってあげたこと、あるだろ?」
「ん……あの時とは、違うわ」
「何が? また髪に飛ばせば、洗ってあげられるよね。ゴムの中、まだいっぱいあるよ」
「嫌な言い方……」


煌人が真翠の頬を撫でる。「洗わせて。ね?」
「……ええ。いいわよ」
「いい子だ……」

浴槽に身を寄せ合う二人の姿は、どう見ても愛し合う恋人そのものだった。

真翠がふと振り返り、自分を抱く煌人を見つめる。浴室の明かりに照らされた瞳が、キラキラと輝いていた。

「どうしたの? そんなに見つめて」
「ううん、別に……」
「ん?」
「……キス、してもいい?」
「えっ……?」

煌人は、まさに「受けて立つ」という表情で驚いた。この一年間、真翠の方からそんな要求をされたのは初めてだったからだ。

「……ダメならいいわ。別に、どうしてもしたいわけじゃないし」
「ダメなわけないだろ! 大歓迎だよ。どこでも好きなところに……」

「じゃあ……目、閉じてて」
「わかった」

煌人が素直に目を閉じると、その口角が無意識に少し上がった。
真翠はそれを見て苦笑し、彼の唇ではなく、そっと頬にだけ唇を寄せた。

(本当なら……この順番で良かったのに)

少しずつ、段階を踏んで、最後に今の関係に辿り着くべきだった。どうしてこんな順番になってしまったんだろう。胸の奥が、急激に締め付けられる。

「……ん、終わり?」
「ええ。おしまい」

目を開けた煌人は、物足りなそうに言った。

「早すぎるよ。それに、なんで頬っぺただけなの? だったら、俺からもお返ししなきゃ……」
「……いい。もう、しないで」

真翠の声が沈んでいて、瞳にわずかな湿り気を帯びていることに煌人は気づいた。
「真翠……痛むの?」
「……少しだけね」
「そっか。……じゃあ、早く休もう」
「ええ……」

煌人が真翠を抱きかかえ、ベッドに横たわる。

彼は怖くて聞けなかった。真翠がなぜ急にキスをしたいと言ったのか。なぜ、あんなに悲しそうな顔をしたのか。

(全部、俺のせいだ)

彼はそう自覚していた。けれど、もっと努力すれば、いつか……。根拠のない希望を彼は盲信しようとしていた。

煌人の胸の中で、真翠は思っていた。

(……私、やっぱり調子に乗りすぎたかな……)

こんなことをしていたら、いつか本当に手放せなくなる。もし最後、煌人と修羅場になってしまったら、私はきっと耐えられない……。

互いに言えない本心を抱えたまま、二人は深い眠りに落ちていった。
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