明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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リレーするキスのパズルピース

愛妻弁当とチェックメイト/9

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 鳥が歌う、ガラスで作られた空中庭園。空色を背景にした各施設や木々に花々。どこまでも穏やかな時間が過ぎてゆくように思えたが、貴増参の特に驚いた様子もない声で強制終了した。

「あ、うっかり忘れるところでした。独健ともっと話してたいところですが、ちょっとのところに届け物をしないといけないんです」
「だから、はたくさんいるから……」

 独健はもう何度目かわからないため息をついて、突っ込み始めようとしたが、はたと気づいた。

 自分の居場所が変わってしまっている――。目の前にいる男がかけた瞬間移動によって、別の場所へと連れてこられた。

 少し鼻にかかる声が大きく響き、ひまわり色の短髪は両手でぐしゃっとかき上げられた。

「――って! 俺の昼飯さっきのとこに置きっぱなし!」

 噴水の近くのベンチで、膝の上に乗っていた黄色の布に包まれた愛妻弁当はここにはない。文句があろうと作ってくれたものだ。

「こい!」

 左手を自分の前に出す。何かを待ってみたが、ただ手のひらがそこにあるだけで、何もなく変わらず、手相を見る占い師のようにじっと見つめたままだった。しかし、レイピアだけは不思議なことに腰元にすうっと戻ってきた。

 貴増参はそれで何が起きているのかわかった。お花畑でみんな仲良く手をつないで、スキップしてしまうような、平和な世の中であることが語られる。

「大丈夫です。この世界には勝手に持っていく人はいません。ただ、親切な方が届け出て、愛妻弁当さんはどちらかで預かられてるかもしれない」

 他人が運んだことによって、自分のテリトリーを離れてしまったお弁当箱。瞬間移動で呼び寄せられなくなってしまった。

 近くにあった細いポールの上に止まる時計を見上げる。独健は自分の休憩が始まってから五十分近く経過していることを知り、ガックリと肩を落とした。

「あと、十分で休憩終了だ。俺の昼休みが~~、俺の昼休みが~~!」

 自分たちの背後にある壁の向こうから、R&Bのリハーサルがさっきからずっと続いていた。貴増参はあごに手を当てて、黒のロングブーツを美しく交差させて、こんな提案をする。

に頼んで、魔法で持ってきてもらう……という手もあります」

 いきなりのファンタジー。独健はこめかみを押さえて、頭痛いみたいな顔をしたが、彼の問題点はここだった。

「無理なのわかるだろう? 何を言ってんだか……。あいつ・・・、思いっきり仕事中だろう?」

 その時だった、貴増参の左手に白い紙袋がすうっと現れたのは。そこから、限定五個中二個買い占めた、どら焼きを中からカサカサと取り出した。

「それでは、ひとつ差し上げます」
「サンキュウ」

 元気に咲くひまわりのように、独健はさわやかに微笑んだ。しかし、これは貴増参からのおねだり――策略だったのである。

「あとでご褒美ほうびくださいね♪」

 深緑のマントが背を見せ去ってゆくのを目で追いかけながら、独健はすがるように引き止めようとしたが、

「お前がくるの? っていうか、予約をするなって!」

 貴増参の黒いロングブーツはサッと百八十度振り返って、彼はにっこり微笑み、右手を顔の横でさよなら~みたいに揺らす。

「それでは、また来週です!」
「いやいや、そのテレビ番組の終わりみたいな言い方をして、来週じゃなくて、今日の話だろう!」

 あとでと自分で言ったのに、来週という意味不明な言葉を残してゆく、さっきキスをした男。しかも、独健のツッコミの途中で、しれっと瞬間移動をして、マイペース全開でいなくなった。

 一人取り残された独健。リハーサル中の男の歌声に包まれる中で、舞い散る桜の花びらを頬で、髪で感じながら、若草色の瞳は優しすぎるくらいに微笑んだ。

「どら焼きの説明したくて、俺のところにわざわざきて……。相変わらず可愛いやつ……」

 あの優男の心の内はよくわかっている――。

 しかし、自分の言った言葉にびっくりして、独健は慌ててくるっと壁に向き直った。誰とも顔を合わせないようにして、思わず吹き出す。

「ぶっ! 俺、何を言ってんだ? 超恥ちょうはずっ!」

 少し鼻にかかった声が壁に大きくバウンドして、彼の背後を通っていた同じ部隊の人々が一瞬動きを止めて、こっちを見ていた。けれども、何事もなかったように、瞬間移動の途中地点として、現れては消えるをまた繰り返し始めた。

 残り十分弱の休憩時間。とにかく腹ごしらえということで、もらったどら焼きの袋を開けると、甘くこうばしい香りが空腹の嗅覚を刺激した。

 さっそくパクつき、独健は感嘆の声を春の空気になじませる。

「ん? 本当においしいな! さすが限定五個」

 少しずつ時を刻む時計の針と重なり合うようにして、どら焼きを持ち上げ、独健は疑問で首を傾げた。

「でも、これ、本当に誰が買ってきたんだ?」

 口の中に再び広がる甘さ。購入者が不明のまま、休憩時間は過ぎてゆく。

 全てが空という澄み切った青に囲まれた空中庭園。桜の花びらは年に一度しか出会えない恋人。彼女を逢瀬という名で包み込みながら吹き抜けてゆく春風が、夕暮れ時にいつも出食わす独健の未来を案じしているようで、微笑ましく過ぎていった。
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