954 / 967
神の旋律
番外編:永遠の時の中で
しおりを挟む
*この章はBLです。ご注意ください。
深い眠りの底から意識が戻ってくると、俺はゆっくりとまぶたを開けた。
「何をしていた……?」
記憶が途切れている。
またおかしな夢を見ているのか。
手を触られる感覚がにわかに広がった。
「よかったよ。元気になってさ」
皇帝で天使で、大人で子供で、純真で猥褻で、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が浮きだった。ぼやけていた視界がはっきりすると、山吹色のボブ髪はサラサラと揺れていて、どこかいってしまっている黄緑色の瞳がこっちを見ていた。
俺はそいつの名を口にする。
「コレタカ……」
そして同時に、記憶が鮮やかに蘇る。
「コレタカが神さま……」
神がかりな綺麗な人差し指が、俺の唇に内緒というように縦につけられ、言葉をさえぎられた。神はナルシスト的に微笑み、街でナンパするように軽薄に言ってのける。
「俺は人間。肉体を持った神は存在しないの」
人間が悪魔から俺を救えるのか。
そんな力が、俺と同じ人間にあるとは思えない。
やはり、コレタカは神で、俺は人間で、恐れ多い存在なのだ。
思わず跪いてしまいそうな俺の思考の途中で、コレタカの器用さが目立つ両手が、俺の頬を挟んで持ち上げた。
「それにね、神さまだから人間だからって、線引き――差別してんの人間だけね」
触れられただけで無条件で服従してしまう、神の力か。
俺は体中の力が抜けて崩れ落ちそうになった。
シャカシャカと小刻みに何かが揺れる音が聞こえてきて、俺は懐柔される前に意識をしっかりと取り戻した。
ここはどこだ?
辺りを見渡すと、アンティークな作りの棚に並ぶ酒瓶たち。その前でバーテンダーがカクテルを作っているバーだった。
「お前、人の話は聞かないといけないよ?」
「……」
コレタカの宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳を見つめると、まるで子供の頃へ戻り、手を取り晴れ渡る草原で、くるくると遠心力で遊ぶような感覚に陥れられる。
どうなっている?
視線を外したいのにできない。俺が考え込んでると、コレタカはマダラ模様の声でまだ話し続けていた。
「神さまは平等に接してんの」
「確かにそうだ……」
思考回路は痺れていて、正常に働いていないはずなのに、コレタカの言葉はすんなり俺の心に忍び込む。
「でしょ?」
コレタカは立てた人差し指を斜め上へ向かって持ち上げ、シルバーリングをしている手でモルトのグラスを傾け始めた。
「お待たせしました」
俺の前にあったコースターにショートカクテルのグラスが差し出される。今はカクテルを飲むのだ。しかし、俺は横目でコレタカの仕草を追ってしまう。ボブ髪をけだるくかき上げ、彫りの深い顔で甘く微笑む。その横顔に見入ってしまう、俺がいた。
なぜこんなに気になる?
神だからか……。
そうだ、それしかない。
気にしない、気にしないだ。
俺はカクテルに口をつけるが、味わう暇もなく、またコレタカを目で追ってしまう。
気になることは変わらない。
ということは、違うことが原因か?
では、何だ?
隣にいる男もさることながら、このカクテルは体ではなく、心に染みるような味をしている。こんなにうまいものは今まで飲んだことがない。コレタカが頼んでくれたのか、俺のために……? 俺は頬杖をついて、酒瓶を眺める。
俺のこの気持ちは何と言う?
どう表現すればいい?
解けないパズルの前にいる俺に、コレタカが神聖なる存在として降臨した。
「お前、考えてること、俺に全部筒抜けなんだけど……」
「??」
俺の考えていることを知っている?
なぜだ?
視線をあちこちに向けて、それが起きる原因を俺は探すが見つからない。コレタカは親しげにテーブルに置いていた俺の手に触れた。
「神さまだから、人間の心読めるからさ」
「……」
神の御前か……。
だが、俺は自身の心に嘘をついたことなど、今まで一度もない。
だから、恥ずかしさも恐れもない。
コレタカが男の色香が匂い立つ瞳で俺を見つめる。
「何、お前、俺に見惚れてんの?」
「見惚れてなどいない」
違うはずだと、俺は首を横に振る。コレタカは即行否定した。
「嘘。お前、自分の気持ちわかってないでしょ?」
「俺の気持ち……?」
「俺のことどう思っちゃってんの?」
視線をあちこちに向け、たっぷりと一分以上経過したあと、俺はぽつりと正直に言った。
「……綺麗だと思う」
「そう。それ、恋しちゃってない?」
「……」
恋……俺のこの気持ちは恋……!
そうだ、それがぴたりとくる。
答えが出た。
滅多に笑わない俺はとても嬉しくて、子供みたいに無邪気に微笑んだ。何も言わなくても、それだけで、コレタカが俺の心の変化を察してくれる。
「今答え出ちゃった?」
「愛している」
胸の引っ掛かりが取れて、俺は清々しい気持ちだった。コレタカの指先が俺のあごに添えられ、少しだけ引っ張られる。
「俺もそう。じゃあ、二人きりの世界で、甘くいやらしいキスしちゃう?」
「二人きりの世界?」
バーテンダーや他にも客がいるのに、なぜそんなことを言うのだと、俺は不思議そうに首を傾げた。
「こういうこと。神の力使って時間止めちゃいます!」
パチンと指が鳴ると、店内にかかっていた音楽が止み、客の話し声もなくなった。ひゅるひゅると足元から音がする。俺は何かと思って視線を下ろすと、真っ白でふわふわしたものだった。
「ん、雲?」
「ちなみにここ、天国だから」
神であるコレタカはこともなげに言ってくるが、俺は自分の手や腕を触って戸惑う。
「俺は死んだのか?」
「違う違う。お前の魂引き抜いて、連れてきっちゃったの。それって、死ぬこととは違うの。お前との時間は永遠の中で過ごしたいじゃん? だから、天国に連れてきただよね」
広い世界の中ではぐれないように、俺の手をコレタカは自分の服のポケットに入れた。
俺の恋人は永遠の世界でいつまでも一緒に過ごしたいと言うのだ。そして、俺はまた珍しく無邪気に微笑み、お互いの唇が優しく出会った。
深い眠りの底から意識が戻ってくると、俺はゆっくりとまぶたを開けた。
「何をしていた……?」
記憶が途切れている。
またおかしな夢を見ているのか。
手を触られる感覚がにわかに広がった。
「よかったよ。元気になってさ」
皇帝で天使で、大人で子供で、純真で猥褻で、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が浮きだった。ぼやけていた視界がはっきりすると、山吹色のボブ髪はサラサラと揺れていて、どこかいってしまっている黄緑色の瞳がこっちを見ていた。
俺はそいつの名を口にする。
「コレタカ……」
そして同時に、記憶が鮮やかに蘇る。
「コレタカが神さま……」
神がかりな綺麗な人差し指が、俺の唇に内緒というように縦につけられ、言葉をさえぎられた。神はナルシスト的に微笑み、街でナンパするように軽薄に言ってのける。
「俺は人間。肉体を持った神は存在しないの」
人間が悪魔から俺を救えるのか。
そんな力が、俺と同じ人間にあるとは思えない。
やはり、コレタカは神で、俺は人間で、恐れ多い存在なのだ。
思わず跪いてしまいそうな俺の思考の途中で、コレタカの器用さが目立つ両手が、俺の頬を挟んで持ち上げた。
「それにね、神さまだから人間だからって、線引き――差別してんの人間だけね」
触れられただけで無条件で服従してしまう、神の力か。
俺は体中の力が抜けて崩れ落ちそうになった。
シャカシャカと小刻みに何かが揺れる音が聞こえてきて、俺は懐柔される前に意識をしっかりと取り戻した。
ここはどこだ?
辺りを見渡すと、アンティークな作りの棚に並ぶ酒瓶たち。その前でバーテンダーがカクテルを作っているバーだった。
「お前、人の話は聞かないといけないよ?」
「……」
コレタカの宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳を見つめると、まるで子供の頃へ戻り、手を取り晴れ渡る草原で、くるくると遠心力で遊ぶような感覚に陥れられる。
どうなっている?
視線を外したいのにできない。俺が考え込んでると、コレタカはマダラ模様の声でまだ話し続けていた。
「神さまは平等に接してんの」
「確かにそうだ……」
思考回路は痺れていて、正常に働いていないはずなのに、コレタカの言葉はすんなり俺の心に忍び込む。
「でしょ?」
コレタカは立てた人差し指を斜め上へ向かって持ち上げ、シルバーリングをしている手でモルトのグラスを傾け始めた。
「お待たせしました」
俺の前にあったコースターにショートカクテルのグラスが差し出される。今はカクテルを飲むのだ。しかし、俺は横目でコレタカの仕草を追ってしまう。ボブ髪をけだるくかき上げ、彫りの深い顔で甘く微笑む。その横顔に見入ってしまう、俺がいた。
なぜこんなに気になる?
神だからか……。
そうだ、それしかない。
気にしない、気にしないだ。
俺はカクテルに口をつけるが、味わう暇もなく、またコレタカを目で追ってしまう。
気になることは変わらない。
ということは、違うことが原因か?
では、何だ?
隣にいる男もさることながら、このカクテルは体ではなく、心に染みるような味をしている。こんなにうまいものは今まで飲んだことがない。コレタカが頼んでくれたのか、俺のために……? 俺は頬杖をついて、酒瓶を眺める。
俺のこの気持ちは何と言う?
どう表現すればいい?
解けないパズルの前にいる俺に、コレタカが神聖なる存在として降臨した。
「お前、考えてること、俺に全部筒抜けなんだけど……」
「??」
俺の考えていることを知っている?
なぜだ?
視線をあちこちに向けて、それが起きる原因を俺は探すが見つからない。コレタカは親しげにテーブルに置いていた俺の手に触れた。
「神さまだから、人間の心読めるからさ」
「……」
神の御前か……。
だが、俺は自身の心に嘘をついたことなど、今まで一度もない。
だから、恥ずかしさも恐れもない。
コレタカが男の色香が匂い立つ瞳で俺を見つめる。
「何、お前、俺に見惚れてんの?」
「見惚れてなどいない」
違うはずだと、俺は首を横に振る。コレタカは即行否定した。
「嘘。お前、自分の気持ちわかってないでしょ?」
「俺の気持ち……?」
「俺のことどう思っちゃってんの?」
視線をあちこちに向け、たっぷりと一分以上経過したあと、俺はぽつりと正直に言った。
「……綺麗だと思う」
「そう。それ、恋しちゃってない?」
「……」
恋……俺のこの気持ちは恋……!
そうだ、それがぴたりとくる。
答えが出た。
滅多に笑わない俺はとても嬉しくて、子供みたいに無邪気に微笑んだ。何も言わなくても、それだけで、コレタカが俺の心の変化を察してくれる。
「今答え出ちゃった?」
「愛している」
胸の引っ掛かりが取れて、俺は清々しい気持ちだった。コレタカの指先が俺のあごに添えられ、少しだけ引っ張られる。
「俺もそう。じゃあ、二人きりの世界で、甘くいやらしいキスしちゃう?」
「二人きりの世界?」
バーテンダーや他にも客がいるのに、なぜそんなことを言うのだと、俺は不思議そうに首を傾げた。
「こういうこと。神の力使って時間止めちゃいます!」
パチンと指が鳴ると、店内にかかっていた音楽が止み、客の話し声もなくなった。ひゅるひゅると足元から音がする。俺は何かと思って視線を下ろすと、真っ白でふわふわしたものだった。
「ん、雲?」
「ちなみにここ、天国だから」
神であるコレタカはこともなげに言ってくるが、俺は自分の手や腕を触って戸惑う。
「俺は死んだのか?」
「違う違う。お前の魂引き抜いて、連れてきっちゃったの。それって、死ぬこととは違うの。お前との時間は永遠の中で過ごしたいじゃん? だから、天国に連れてきただよね」
広い世界の中ではぐれないように、俺の手をコレタカは自分の服のポケットに入れた。
俺の恋人は永遠の世界でいつまでも一緒に過ごしたいと言うのだ。そして、俺はまた珍しく無邪気に微笑み、お互いの唇が優しく出会った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる