【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子

文字の大きさ
11 / 30
二章

03

しおりを挟む
 翌日、アルベルトは朝早くに出立したようだったが、それを知らされないままマリアーナは侍女に起こされ身支度をしていく。

 マリアーナが謝罪をしたからか、意外にも侍女は世話をしないということは無くなった。
 ただ態度は硬いままだったし、洗顔のために用意された水は氷のように冷たかったが。

 名前は確かルイースだったと、初めに紹介されたときに聞いた覚えがある。確認のため、着替えを手伝ってくれた彼女に感謝とともに名前を呼ぶと、怒られはしなかったので間違ってはいなかったようだ。

 身支度を終えれば部屋に朝食が運ばれ、少し冷めかけたそれを一人食べていく。
 出された食事は冷めかけているとはいえ、ティフマ城で出される食事よりは上等で、おまけに上品な盛り付けもされている。

 それでも、マリアーナはそれを楽しむ気になれなかった。

(一人はいつものことだけど、環境が違うだけでこんなにも味気なく感じてしまうものなのね)

 食事が終わればお茶を嗜む時間もなく、部屋に家庭教師が訪ねてくる。
 あらかじめ言われていたように、フィーアンダの行儀作法を学ぶためだ。

「ティペリッシュの者が恥をかこうがわたくしは気にしませんが、ルーベンソン公爵の顔に泥を塗るわけには参りません。粗野で下品な作法をする娘が婚約者だなんて――」

 家庭教師は四十代の貴婦人だった。
 公爵家に縁のある者だろう。教師となったからには役目を果たすつもりはあるようだったが、アルベルトの婚約者としては認められないと思っているらしい。

 それは家庭教師に教わって数日、連日浴びせられる言葉の端々に如実に表れていた。

「さすがティペリッシュの作法ですこと。野蛮さが滲み出ていますわね。こんなのが公爵の婚約者の座に、一時的にだとしても収まるだなんて……」

 そんな風に吐き捨てられ大きくため息をつかれれば、ついマリアーナは身を強張らせてしまう。
 またある時は教鞭を鳴らして蔑みの目で見られ――

「ティペリッシュではそんなことも教えられないのですか? まったくお里が知れるというものですわね。あなたのその見目みめのせいで……。一時の気の迷いであると願わずにはおれません」

返す言葉もなく俯いてしまう。

 羞恥に頬が赤くなったのは、自分の教養が未熟であると自覚があったからだ。
 マリアーナは辺境領を出たことがなく、また行儀作法を教えてくれた当時の教師も恐らく田舎出身の貴婦人だった。
 その為、ティペリッシュの王都にいる貴族と比べると、自分の作法は見劣りするだろうと思っていた。

 それでも辺境領を出るつもりはなかったため問題を軽く見ていたが、そんな甘い自分の考えを指摘されたようで恥ずかしかった。

 だが、マリアーナが頬を染めた理由を勘違いしたのか、教師は呆れたように鼻で笑って言い募った。

「あなたの見目と言ったのは、別に美しさのことを言ったのではありませんよ。その見た目でよくもまぁそんな勘違いができたこと」
「っ、そ、そんなつもりでは……」

 アルベルトがマリアーナの美しさに惑わされて婚約したのだと、そう自分が勘違いしたと思われたことが恥ずかしくて、居た堪れず涙まで滲んでしまう。

 そんな状態のマリアーナを見ても胸が痛むことはないのか、家庭教師は「ふんっ」と鼻を鳴らしただけだった。

 しかし、あまりにも態度があからさますぎではないか、と思うこともある。
 確かに関係の悪い敵国の子女ではあるが、婚約を決めたのはアルベルトであり、マリアーナにそれを拒む権利はなかった。

 アルベルトが言うように「被害者だ」と主張するつもりはないが、訳も分からず連れて来られたマリアーナに、もう少しの配慮があってもいいのではないか、と思う。

(なぜここまで邪険にされるのか……聞いても答えてはくださらないでしょうね……)

 それでも折を見て聞くだけ聞いてみようと機会を窺っていたところ、ある日突然、事実を突きつけられることになる。

 家庭教師に習い始めて五日ほど経ったころ、何を言ってもマリアーナが言い返すことなく大人しくしているからか、いつにも増して彼女の口はよく回っていた。

「本当ならルーベンソン公爵にはダリアン家のご令嬢が嫁ぐはずだったのですけどね。あなたよりも当然教養があって家柄も正しく、公爵様と並んでも見劣りしない素晴らしいお方ですよ。なのに、あなたに受け継がれた血を我が国に取り戻そうとして……その犠牲に自分がなろうと、公爵様は自ら名乗り出たのでしょうね」
「――わたしに受け継がれた血……?」

 マリアーナは自分の家系を詳しく知らなかった。とくに母親の家系は聞いても教えてもらえなかった。ただ、王都で暮らす侯爵家が母親の実家だと聞いている。

 もちろん侯爵家の者にマリアーナは会ったことがない。体を悪くしている母親を見舞いに来ることも、手紙や見舞い品を送ってくることもなかった。

 だから、自分に受け継がれた血と言われても意味がわからない。辺境伯だった父方のことを言っているのかとも思ったが、それだと尚理解ができない。

 辺境伯の娘であるマリアーナを嫁にして、あの地を自分のものにしたいという意味なら、なぜあのまま領地に留まって占領しなかったのか、ということになる。

 だが、そんなマリアーナを家庭教師があざけるように鼻で笑う。

「それすらも知らず、まぁのんきなものね。では、“精霊姫”というのも教えてもらっていないの?――ああ、そういうこと……」

 家庭教師は一人納得し口角を持ち上げた。人を見下す笑みに途端、居心地が悪くなる。

「ルーベンソン公爵は本当に、あなたとの子供さえもうければいいとお考えなのかも知れないわね。そうでなければ、この国に伝わる“精霊姫”の話をあなたに教えてるはずですもの」

 彼女の言葉に数日前署名した婚約契約書の文面を思い出す。

『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』

 マリアーナとアルベルトの関係を考えれば、役目さえ果たせば継続することは不要だと彼自身思っているのかも知れない。

 自由にしていいと言いながら、アルベルト自身が役目を果たしたのちは継続を求めていないのではないか。

 それを不安に思ったあとでマリアーナはふと思う。

(なぜ、不安に思うの? 解放してもらえるということなのに……)

 その自問に、自答は返ってこなかった。

 仕方なくマリアーナは、先ほどから初めて耳にする『精霊姫』が何を意味するのか、家庭教師に尋ねてみる。

「あの、“精霊姫”とは一体何なのでしょう?」

 尋ねるマリアーナに、家庭教師が鋭い視線を向けてから言った。

「昔、ティペリッシュが我が国から奪ったおかたよ。誘拐し、無理やり王子とめあわせ、子を産ませ……ボロ雑巾のように我が国に捨てられた可哀想なお方……」

 そんな酷いことを母国がやったのかと俄かには信じられなかったが、公爵邸に来てからの侍女たちの態度が冷たい理由がわかった気がした。

「我が国から精霊姫を奪ったティペリッシュと同じように、酷使されて捨てられないだけ有難いと思いなさい」

 再び鋭く睨みつけられ言葉を叩きつけられても、マリアーナは何も言い返すことができなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー
恋愛
アレクサンドラ・デュカス公爵令嬢は舞踏会で、ある男爵令嬢から突然『悪役令嬢』として断罪されてしまう。 そして身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王太子殿下には婚約の破棄を言い渡された。 それでもアレクサンドラは、いつか無実を証明できる日が来ると信じて屈辱に耐えていた。 だが、無情にもそれを証明するまもなく男爵令嬢の手にかかり最悪の最期を迎えることになった。 ところが目覚めると自室のベッドの上におり、断罪されたはずの舞踏会から1週間前に戻っていた。 アレクサンドラにとって断罪される日まではたったの一週間しか残されていない。   こうして、その一週間でアレクサンドラは自身の身の潔白を証明するため奮闘することになるのだが……。 甘めな話になるのは20話以降です。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした

er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...