死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

文字の大きさ
37 / 44

攻略ってものを見せてやる

しおりを挟む
 モーフィアスの攻撃は多彩でありながら、緩急があり避けにくい。
 その上、一撃喰らえば瀕死という厄介なボスだ。
 つまり、すべての攻撃を避けることが前提だということ。
 円を描くような軌道で、横から斧が迫る。
 予備動作を見た瞬間に俺はしゃがんでいた。
 が。
 隣のカーマインは斧を見ながらも、動けていない。
 何をしてるんだ、こいつ!
 口で言っても間に合わない。
 俺は咄嗟にカーマインの腕をグイっと引っ張り、強引に姿勢を低くさせた。

「あぎゃっ!」

 カーマインはバランスを崩して、地面に顎を強かに打ち付けてしまう。
 次の瞬間、俺たちのすぐ上を轟音が通り過ぎる。
 間一髪。
 当たっていたら死んでいた。
 こ、ここ、こいつ!
 まさか、おっちょこちょいな性格か!?
 ゲームの中では俺がカーマインを操っていたため、低レベルでも頼りがいのある存在だと思っていた。
 だが考えれば、初心者が操作すればすぐに死ぬような最弱キャラでもあるのだ。
 いや、そもそもだ。
 チュートリアルの崩れ森の主も俺が倒してしまったし、シース村襲撃イベントの序盤、雑魚の魔物たちも村人たちが倒してしまった。
 つまり、俺がカーマインの成長の機会をすべて奪ってしまったということだ。
 そりゃ、カーマインも何もできないだろう。

 嫌な閃きが脳裏をよぎった。
 もしかして、初めてカオスソードを遊ぶプレイヤーが、この世界のカーマインを操作しているみたいな状態なんじゃないだろうか。
 つまり、このカーマインは初心者どころか初見プレイヤー。
 しかも初戦から序盤の最難関であるモーフィアスと戦っているわけで。
 なぜ俺はこんなことにも気づけなかったんだ!
 自分たちのことばかり考えて、肝心な主人公であるカーマインのことがぽっかり頭から抜けていた。
 俺が操作する、初期レベルでラスボスを倒せるような最強の主人公を思い描いていたのだ。
 ちょっと考えればそんなことはないとわかっていたはずなのに!

 ヤバい。マジでヤバい。
 この状況は想定外だ。
 だが、考える時間はない。
 俺は即座に起き上がるも、カーマインは痛みに顎を抑えている。
 ふらふらとしながらなんとか態勢を整えようとしているが、上手くいっていない。
 軽い脳震盪が起きているようだ。
 恐らく回復に数秒はかかるだろう。
 だが、モーフィアスは回復を待ってはくれない。
 斧の勢いを殺さず、再び横薙ぎの攻撃を放つ。
 今度はやや斜め上の軌道で、非常に避けにくい。
 しゃがんでも、飛んでも避けるのは難しい。
 無敵時間のあるローリングしかない。
 カーマインもギリギリ対応できるはず。
 咄嗟にローリングをしようとするも、ふと横目でカーマインを見て考えてしまう。
 こいつ、ローリングできるのか?
 ゲームでは最初からローリングも、パリィも、受け流しもできた。
 だがこの現実の世界で、カーマインはそれらを習得しているのだろうか。
 事前に確認しておくべきだった。
 くそ! 今になって思い出すなんて!
 カーマインが登場すること自体がイレギュラーだったから、質問することを失念していた。

 どうする?
 一か八か二人でローリングするか?
 それとも何とかしてモーフィアスの攻撃をやり過ごすか。
 前者は失敗すればカーマインが死ぬ。
 後者は失敗すれば二人とも死ぬ。
 俺は死にたくない。死ぬわけにはいかない!
 選べ。この数瞬で完璧な選択肢を掴みとれ!
 俺は閃きにも似た思考に身を委ね、そして半ば無意識にカーマインの腕を再び引っ張ると同時に、カーマインの前に出た。

 やるしかない!
 俺に残された猶予は一呼吸。
 たったそれだけ。
 だがたったそれだけで巨大な戦斧が迫る中、心の水面には波紋一つなくなった。
 ゲーマーは冷静さを欠けば必ず失敗する。
 だから何度も何度もプレイして慣れさせ、そして感情を律することができるようになる。
 緊張は筋肉を硬直させ、プレイの妨げとなる。
 考えるな。
 俺がやるべきは見ること、そして。
 集中することだ。

 見る。見る。見る。見る。
 迫る轟音さえ意識の外に放り出し、俺は視覚にすべての感覚を注ぎ込んだ。
 すべては遅く感じ、斧の動きが緩慢に見える。
 俺は長剣を左手に、純白刀を右手に持っている。
 戦斧が眼前へと迫る中、そっと両手を突き出した。
 転瞬。
 けたたましい金属音が響き渡る。
 全身に伝わる痺れを歯噛みして耐える中、視界を巨大な斧が満たす。
 俺は冷静にそれを見ていた。
 斧は俺に迫ることなく徐々に離れ、そして勢いよく弾かれた。

 両手武器による【ダブルパリィ】。

 ボス敵が扱うような巨大な武器を弾くには、片手武器では不可能。
 当然、盾でのパリィも無理だ。
 だが両手武器で行うダブルパリィならば話は別だ。
 両の手に込められた膂力により、どれほど巨大な武器でも弾くことが可能なのだ。
 だがパリィよりも猶予フレームは短く、なんと1フレームしかない。
 つまりビタ押しが必要なわけだ。
 かなりの高等テクニックであり、一度の失敗で死ぬ可能性があるカオスソードで、敢えて使う人間はやり込み勢くらいだ。
 もちろん俺もやり込み勢であり、RTA勢であり、カオスソードファンであるので使用可能。
 だが失敗イコール死であるこの状況でやるつもりはなかった。
 成功を収めたと理解した瞬間、全身にぶわっと汗が滲む。
 手が震えてしまうが、片手で強引に抑え込んだ。
 さすがにハイリスクノーリターンすぎる。
 もう二度とやりたくないな。
 モーフィアスはバランスを崩し、膝をついていた。
 この瞬間、会心の一撃を入れることができる。
 だが俺はカーマインの腕を引き、距離を取った。
 あいつにダメージを入れるよりも、カーマインの安全を優先したのだ。

「……あ、あの攻撃を弾くなんて、君は一体……」

 先ほどの大きな成功を無視して、俺はカーマインと向き合った。

「君、ローリングやパリィはできるのか!?」
「え? う、うん。できるけど」

 いやできるんかい!
 だったら一緒にローリングすればよかったじゃないか!
 なんで最初に聞いておかないんだよ俺!
 ってか、こいつも最初に教えてくれよ!
 ああああああ、もおおおおお!
 計画通りにいかないとイライラするううううぅ!!
 なんで大事なところで抜けてるんだ、俺はっ!!
 とか思うも、すぐにその考えは払しょくした。
 余計なことを考えるとプレイに支障が出るからだ。
 ふー、落ち着け俺。

「あいつの攻撃は多彩で避けづらい。基本的に俺が前に出るから、君は後方から俺や敵の動きを見て覚えてくれ。最初は攻撃しなくていい。わかったな?」
「で、でもそれじゃ君が危険」

 心配そうにしているカーマインだが、俺はセリフを遮るように彼女の肩を掴んだ。
 驚いたように大きな目をさらに大きく見開くカーマイン。

「さっきの動き見たろ! 俺は大丈夫! むしろ君が心配なんだよ!」
「……え? ボ、ボクが?」
「そうだ! だが君の力が必要でもある! だから俺に任せてくれ! 必ず君を守る!」

 狼狽していたカーマインが、俺をじっと見つめる。
 そして、なぜかぷるぷると震えて、表情をふにゃっと崩した。
 顔がほんのり赤くなって、そして一気に紅潮する。
 彼女の目が忙しなく動き始めてしまい、俺は戸惑った。
 なんだ? この顔、どういう反応だ?
 ええい、もうよくわからんが、時間がないっての!

「とにかく俺の後ろにいてくれ!」
「わ、わかった。で、でもボクも戦えるから」
「もちろんだ! 相手の動きに慣れたら俺を助けてくれ。頼りにしてるぞ」

 正直、カーマイン自体は弱そうだが、カーマインの力は必要不可欠だ。
 彼女の攻撃でなければ【災厄の魔物は倒せない】のだ。
 俺がいくらモーフィアスを攻撃しても、奴の傷は再生するし、致命傷を与えられない。
 だがカーマインなら災厄の魔物を倒せる。
 簡単に言えば、彼女は勇者だ。
 そして俺はただのモブ。
 だからそれぞれの役割を担わなければならない。
 でも、ただのモブでも、何もせずにやられるつもりはない。
 主人公に大役は譲るけど、モブでもボスと戦うこともできる。
 そのために鍛えに鍛えてきたんだ。
 素質も才能もある人間ではないただのモブでも、準備すれば戦えると俺は信じている。
 モーフィアスは態勢を整えていた。
 思った以上に隙が大きかった。
 もしかしたら自分の攻撃を弾き返されるとは思ってもみなかったのかもしれない。
 表面上は冷静に見えるが、あいつも動揺しているのか?

 まあ、いい。
 例えそうでもやることは同じ。
 村人たちは、魔物たちと攻防を繰り広げている。
 だが魔物たちは徐々に前へ前へと進行している。
 俺たちに残された時間はあまりないだろう。
 魔物の大軍は崩れ森から次々に現れているのだ。
 ぐずぐずしていると、敵の軍勢に押しつぶされるだろう。
 モーフィアスを倒さなければ、この戦いに終止符を打つことはできない。
 カオスソードでも時間制限はあった。
 その時間は二十分。
 すでに五分は経過している。
 残り十五分で、あいつを倒さなければならないのだ。
 やるしかない。

「行くぞ!」

 俺は左右の手に武器を構え、地を蹴った。
 俺のモーフィアス攻略を見せてやる!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...