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28 異変の収束と新たなる疑惑
しおりを挟む「聖女って、聖なる魔力に目覚めた特別な存在だって聞いてたけど……」
「それはお前さんたちが、勝手にそう思い込んでおるだけじゃ」
呆然としながら呟くアレンに、エンゼルが苦笑しながら言う。
「まぁ、過去にちゃんと事実が明かされたとしても、どこかで間違って伝わってしまった可能性は、無きにしも非ずじゃがな」
「……あり得る話だわ」
事実が完璧に伝えられてくる歴史が、果たしてどれだけあることか。大抵、どこかで脚色され、大きな話に仕立てられるものである。
故にディアドラも、驚きはしたが信じられないほどではなかった。
むしろこれで、ほんのりと不思議に思っていた部分が解消されたほどだった。
(魔力って基本的に生まれつき持ってるものなのに、聖なる魔力は後から身につくなんて、おかしいとは思ってたのよね)
早い話が、生まれた時に魔力を持たない者が、後から魔力に目覚めることはあり得ないということである。
アレンがどれだけ成長しても魔力を得られないのがいい例だ。
しかし、聖なる魔力は生まれつき目覚めることはない。だから成長しても得られないのが普通ではないのか――そんな疑問を、ディアドラはひっそりと抱き続けていたのだった。
周りに相談しようにもできなかった。
魔族だからというのもある。しかしそれ以上に、皆が首を傾げるのだ。
そういうものなんだから疑問に思う必要もないだろう――と。
それだけ『当たり前』過ぎたのだ。むしろそれに疑問を抱くほうがおかしい。そんな雰囲気が漂っており、ディアドラも強く出られなかった。
(まさか、こんなところで一つの答えに出会えるなんて、思わなかったわ)
無論、これが全てとは思っていない。他にもまだまだ知らない答えが眠っているような気がしている。
しかしディアドラは、もうそれを探求するつもりはなかった。
長年つかえていたものが取れた――完全に気持ちがスッキリしてしまい、満足したのである。
子供の頃に抱いた疑問は、意外と自分の中で残り続ける。
それはディアドラも決して例外ではなかった――――要はそれだけのことだったのかもしれない。
――ゴアアアアァァァッ!!
その時、コアから聖なる魔力が激しく噴き出した。同時に再び揺れが発生し、近くにいた彼女たちは転げそうになる。
我に返ったディアドラは、表情を引き締めつつ見上げた。
「もう、のんびり話している場合でもないわね。なんとかしないと……」
「なんとかって、どうすればいいのさ?」
咄嗟に腕で顔をガードする姿勢を取りつつ、アレンが叫ぶ。
「あんな暴走、ちっとやそっとじゃ止まりそうにないよ!」
「しかしなんとかせねば、大変なことになるぞ。このまま負荷が続けば、コアそのものが壊れてしまう可能性もあり得るぞい!」
「ふえぇっ、こあがこわれちゃうの?」
ここでようやく、丸まったままだったクーが顔を上げてきた。
「ねーねー! そうなったら、どうなるのー?」
「……この島が崩壊するだけでは、到底済まないじゃろうな」
クーの問いかけに、エンゼルが厳しい表情を浮かべる。
「聖なる魔力そのものであるコアが壊れれば、世界に蔓延る魔力の調和が乱れる。大混乱は避けられんじゃろう」
「大混乱って……例えば、どんな感じのが?」
「色々考えられるが、世界中の魔物が一斉に暴走する可能性が一番高い。聖なる魔力で魔物たちの気を鎮めておるからの」
「聖なる魔力に、そんな効果があるんだ?」
「うむ。この島の魔物たちを思い出してみい。皆揃って大人しいじゃろう?」
「……言われてみれば」
エンゼルの指摘に、アレンは納得した。そこで彼はもう一つ、大きな仮説が浮かんでくる。
「もしかして、エンゼルじいちゃんたちがヒトの言葉を話せるのも?」
「全くの無関係ではないかもしれんが、ワシはそこまで関係ないとは思っておる」
「そうね。もし深く関係しているのだとしたら、島の魔物たち全員が、ヒトの言葉を話せているでしょうし」
「あ、そっか。そう言えばそうだね」
エンゼルに続いてディアドラの言葉は、アレンを納得させるのに十分だった。
そこもまた、魔物に隠された数多くある謎の一つ。聖なる魔法のおかげで、生き物の奥深さがより映えていることは、間違いないと言えるだろう。
「――いずれにせよ、このまま放っておくという選択肢はナシじゃ!」
改めて表情を引き締めつつ、エンゼルが宣言する。
「なんとか、手立ての一つでも考えねば――ぬおっ!?」
「きゃあっ!」
再び、ひと際大きな揺れが発生した。
聖なる魔力も更に大量の煙の如く噴き出しており、まるでコアが限界だと叫んでいるようであった。
それに合わせて揺れも大きくなり、立っていることすら難しい。
ディアドラがその場に尻餅をついてしまう中、アレンはなんとか倒れまいと耐えようとしていた。
「うわっ、とっと――」
「みゃあっ!」
しかし激しい揺れの衝撃は凄まじく、アレンは思わずクーを手放してしまう。驚きながらも、なんとかクーは地面に着地するも、アレンはそのままよろめきながら前方に飛び出してしまう。
まるでトランポリンの如く、揺れが地面を弾ませている。もはや自分の力で止まることは不可能だった。
そして――
「ふぎゅっ!」
アレンはそのまま、暴走するコアに抱き着くようにぶつかってしまうのだった。
「ア、アレンっ!」
ディアドラが思わず叫ぶ。魔力の塊に直に触れたも同然であり、悪い意味でアレンがどうなっても、何ら不思議ではない。
しかし――
「……えっ?」
「な、なんじゃ?」
ディアドラとエンゼルは驚きを示していた。揺れが急速に収まってきており、聖なるコアから噴き出していた魔力も、一気に落ち着いてきている。
やがて数秒と経たずに、周囲は静けさを取り戻した。
コアは淡い光を放ちながらも大人しく、暴走する気配は全く見られない。そのまま数分が経過したが、揺れが発生するようなこともなかった。
「……あ、あれ? どうしたんだ?」
ここでようやくアレンも、コアが大人しくなったことが分かった。無我夢中でしがみついていたため、気づくのが遅くなったのだ。
「えっと……壊れたとかじゃ、ないよな?」
なんとなくペタペタと触ってみるが、ほのかな温かさを感じるだけで、特になんともなさそうであった。
コアも聖なる魔力の粒子を、霧吹きの如く噴射している。
まるで嬉しそうに喜んでいるようであった。
「――アレン、大丈夫?」
「あれんー!」
ディアドラとクーが我に返り、急いで彼の元へ駆けつけた。
「あれん、だいじょぶ?」
「どこか変なところはない?」
「ん、あぁ、大丈夫。特になんともないよ」
「そう、良かったわ」
ディアドラが薄っすらと涙を浮かべ、アレンに抱き着く。
「あなたにもしものことがあれば、私……」
「よかったよー」
そしてクーも、嬉しそうに彼の体に飛びついてきた。アレンはそれを器用に片手で受け止め、抱きかかえる。
まるで若夫婦と小さな子供の姿のようであった。
そんな彼らを前に――
「バカな……こ、これはなんということじゃ……」
エンゼルは呆然としていた。とても信じられないものを見てしまった、今のは夢だったのではないかと、かなり本気でそう思っていた。
しかし、それこそが現実逃避であることも、エンゼルはすぐさま理解する。
だからこそ余計に、この事実に対して驚かずにはいられなかった。
「あの少年は――アレンは、まさか『聖なる神の子』なのか?」
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