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33 帝国~聖女の帰郷決意
しおりを挟む帝国の空は、どんよりとした曇りが続いていた。
まるで何かの前触れではないかと、そう心配する者もいる。しかしその度に、大丈夫という声も出ていた。
我が帝国には、勇者様と聖女様がいらっしゃるのだから――と。
「――はぁっ!」
しかし、今の聖女を見れば、安心できないことは明白であった。
無事に目覚め、怪我の具合もすっかり良くなり、後遺症は全く見られない。なのに聖なる魔力は少しずつ衰えていた。
まるで、このまま使えなくなってしまうのではないかと、そう思えるほどに。
「そんな……どうして?」
枯れた小さな花に聖なる魔力を施してみたが、効果は殆どなかった。これでは聖女の仕事も満足にこなせないことは、ミッシェル自身にも分かる。
だからこそ焦りが生じていた。
腕輪のアクシデントから、全てがおかしくなった。
あれさえ起こらなければ良かったのに。自分は光輝く道を、明るい笑顔で歩き続けることができたのに。
そんな悔しさが、彼女を少しずつ歪んだ表情へと変えてゆく。
根柢の部分には見向きもせずに。
(きっとあの魔法具が、わたしの聖なる魔力を吸い取ったんだわ。後遺症がないというのも、きっと検査結果がおかしかったからよ! わたしは聖女なんだから、聖なる魔力が使えないのはおかしいもの。わたしがこんなに惨めで辛くて悲しくて可哀想な思いをしているのも、周りがちゃんとしていないせいに決まってるわ!)
ミッシェルはどこまでも本気だった。自分の考えこそが全て正しいと、心の底から信じて疑わない。
他人が『間違っている』と指摘してくることこそが間違い。相手が勘違いしているからそんな指摘をしてくる――だから本当に困ったものだと思い込むのだ。
心の底から本気で。
どれだけ話してもまるで通じないのが、彼女の姿だ。
聖女に選ばれ、王都に来てからも、それが変わることはない。
自分が全てであるため、皮肉の類も通じない。そもそも皮肉という言葉を知っているかどうかも怪しい。
だから今日も、彼女は『自分』という名の世界の中で、ため息をつくのだ。
その幻想が現実であることを、疑わないままに。
(けど、ホントにおかしいわ……)
休憩がてら木陰に座り、ミッシェルは考える。
(魔力改善の治療は毎日受けているのに、全然効果が表れない。てっきり治療がおかしいのかと思いきや、同じ治療を受けて治った子もちゃんといるわけだし……)
それは、たまたまミッシェルが、その目で見たからに他ならない。
同じ手順で同じだけの時間をかけた結果の違いは、彼女に大きな衝撃を与えた。故に認めざるを得ず、心から悔しい思いをした。
聖女である自分に効果が出ないのは、絶対的におかしいと。
(まぁ、なんか周りが優しくなった感じがするけどね……よく分からないわ)
ちなみにこの話には余談がある。
当時居合わせていた魔導師やシスターたちは、ミッシェルがちゃんと自分と見つめ合うようになったと思い込んだのだった。
ある意味それは正解であり、決定的な部分で間違ってもいる。
彼女の根底は全く変わっていない――果たしてそこに気づいているのか、それとも見ないふりをしているのか。
いずれにせよ、都合よく考えるという点は、周りもさほど変わらないのだ。
全ては、『聖女』という肩書きを通して見ているが故の弊害。
聖女なのに、聖女なんだから、聖女として――誰も『ミッシェル』本人として見ていないのもまた事実。そしてそれに、彼女自身も気づいていない。
そういう意味では、ミッシェルもまた哀れなのだと言えるのかもしれない。
(そんなことよりも聖なる魔力よ! なんか最近、どんどん衰えてるのよねぇ)
もう体のどこも痛くない。なのに聖なる魔力を出せる量が減っている。
このまま出なくなってしまいそうな気さえしていた。それを想像した瞬間、ミッシェルはその考えを勢いよく振り払った。
あり得ない。あってはいけない。そんなことになったら最後、自分は聖女ではいられなくなるのだからと。
(そもそも治療した先生もシツレーしちゃうわよね! まるで最初から、聖なる魔力が存在していないみたいだ……なーんて言ってくるんだもの!)
こればかりは納得のなの字もできなかったので、ミッシェルは聞き流した。そんなことはあり得ないと思っているからだ。
(アレンも大概、わたしに色々なことを言ってきたけれど、流石に……アレン?)
そこでミッシェルは、ある一つの可能性に思い至る。
「そうよ! なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!?」
思わず立ち上がり、声を張り上げてしまう。周りに誰もいなかったのは、幸いだったと言うべきなのだろうか。
(アレンの料理! そう――アレンの料理を食べてないからじゃない? わたしが調子を出せていないのって!)
普通ならば『また突拍子もないことを……』と思うだろう。しかし今回ばかりは別の意味で凄いと言わざるを得ない。
いきなり確信めいたことを思いつくのも、彼女の才能なのかもしれない。
(アレンのご飯を食べると、必ず元気が湧き出ていた。きっと、わたしのために作ってくれた『愛の力』のおかげだったのよ!)
赤く染まった頬に両手を当てながら、ミッシェルはうっとりと微笑む。彼女の中で幼なじみの少年が、白馬に乗った王子のように浮かんでいた。
(そうよね。やっぱりセオドリック様よりも、ご飯を作ってくれたりして面倒を見てくれるアレンのほうが、わたしには合っているのかも……そうに違いないわ!)
ミッシェルは急に、アレンに会いたくなってきていた。しかしその瞬間、彼女の笑顔に陰りが出てきてしまう。
「でも、あの村はもう……ううん。きっとみんなは無事でいるわ!」
すぐに笑顔を取り戻すミッシェル。村は滅んでも人は生きていると、前向きに考えることにしたのだ。当然ながら根拠はないが――
(村の人たち、みんな揃ってタフだから、多少襲われても死なないだろうし。アレンもどこかで助かって、村のみんなで集まって、きっと村を再建して元気に暮らしているわ。わたしがそう思うんだから絶対そうに決まってる!)
もはや『信じている』を通り越した『思い込み』が、ミッシェルの頭の中でシンデレラストーリーの如く、バラ色に輝いてゆく。
疑う余地はない。自分の考えていることは正しいのだから、と。
(だったらもう、こんなところにいる理由なんてない。聖女を辞めて、山奥の村へ帰してもらわなくっちゃ! そしてすぐにアレンと結婚して、毎日ずっと幸せな生活を送るわ!)
ミッシェルは自然と動き出していた。善は急げと言わんばかりに、大聖堂を出て王宮へ――セオドリックの元へ向かおうとしている。
自分の考えを話すために。
疑いもしない正しさを突きつけるために。
「――お、ミッシェルじゃないか」
しかし王宮に入った瞬間、セオドリックが目の前に現れる。ちょうど良かったと思いながら笑みを浮かべるミッシェルだったが――
「ちょうどいい。これから会いに行こうと思っていたんだ。一緒に来てくれ」
それだけ言って返事を待つことなく、セオドリックは踵を返す。それに対してディアドラは数秒ほど呆けるも、すぐさま笑みを浮かべる。
(言わなくてもわたしのことが分かるなんて……流石はセオドリック様だわ!)
ミッシェルは意気揚々と彼の後をついていく。しかしその先に待っていたのは、彼女の想像していた内容ではなかった。
魔界との戦争が決定し、聖女と勇者も参加することが決められた、と――
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