俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章39 となりのひるごはん ①

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 何かに気が付いたような仕草を見せ、その後希咲に背を向ける形でベッドに寝そべりペタペタとスマホを触っている。


 そんな彼女――紅月 望莱あかつき みらいの様子を怪訝に思い、希咲 七海きさき ななみはその背、というかこっちに向いていて一番目に付くお尻に声をかけた。


「ちょっと、みらい? どうしたのよ」

「んー?」


 曖昧な返事をしながら希咲のスマホを触り続けていたみらいだが、やがて作業を終えたのか身体を捩じって希咲の方へ振り返る。


「メッセが届きました」

「は? あたしの?」

「はい」

「誰から?」

「水無瀬先輩からです」

「えっ」


 気のない反応だった希咲だがメッセージの送り主の名前を聞くと急にウキウキそわそわし始める。


「貸して」

「やーです」

「なんでよ。早く返事しなきゃなの」

「もうしました」

「はぁ⁉」

「みらいちゃんお返事出来てエライねってホメてください」

「おばかっ! なんで勝手に返事……っていうか、勝手に愛苗のメッセ見たの⁉」

「さっきは見て欲しいってスネてたのに、七海ちゃんったら理不尽カワイイです」

「うっさい!」


 非常識な行動をするみらいを叱りつける希咲だったが、彼女も彼女で愛苗ちゃんが絡むとわりと理不尽だった。


「愛苗なんて?」

「えっとぉー、『ねぇねぇ、今どんなパンツ穿いてるの?』ってきました」

「なんだ、ウソか」

「嘘じゃないですよぉ?」

「愛苗がそんなこと言うわけないでしょ。バカじゃないの」

「えー、ホントなのにー」

「……マジなの? あんた何て返したのよ」

「今パンツ穿いてないよーって返しました」

「はぁっ⁉」


 あっけらかんと言うみらいの言葉に希咲はサイドテールを跳ね上げ、慌ててみらいの手からスマホを奪い取り画面を覗き込む。


「あんたなにしてくれてんのよっ!」

「なにって、聞かれたことに正直に答えただけですけど……。七海ちゃん今パンツ穿いてないじゃないですかぁ?」

「ヘンな言い方しないでっ! インナーショーツ穿いてるから!」

「いいえ。文脈から察するにこれは一般的な下着のことを差していると思われます」

「……ってゆーか、本当に『パンツ』って送られてきてるし……。愛苗が、なんでこんな……」


 疑問を口にしながら希咲はせかせかとスマホを操作し始めた。


「なにしてるんですかー?」

「訂正してんのよ! ちゃんと言わないとヘンに思われちゃうでしょ!」

「む。まるでわたしがちゃんとしてないかのように。わたしはちゃんと七海ちゃんがパンツ穿いてないって言いました」

「それじゃ誤解されちゃうでしょ!」

「誤解じゃないです。だって七海ちゃん今パンツ穿いてないじゃないですか」

「水着なんだから当たり前でしょ!」

「はい。当たり前のことを当たり前に伝えました」

「ウソつけっ! あんた意図的に情報削ってんだろが!」

「水無瀬先輩も女の子。きっと察してくれます」

「もうっ! 愛苗に変態だって思われたらどうしてくれんのよ……っ!」

「嘘はよくないと思いまして」

「うっさい! 大体なんなのよ、この頭の悪そうな文章……っ!」


 表情をキリっとさせて自身の清廉潔白さをアピールしてくる妹分は無視して希咲はスマホの画面に真剣に向き合う。


『@_manamin_o^._.^o_nna73:ねぇねぇ 今どんなパンツ穿いてるの?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたしぃー いまぁー パンツはいてなくってぇー アゲアゲなのぉー』

『@_manamin_o^._.^o_nna73:そうなんだぁー ななみちゃんがアゲアゲでよかったぁ』


 みらいが勝手に返事を送ったことで、大好きな親友の愛苗ちゃんにお返事出来る機会が一回減ったことを悔しく思いながら、希咲はどうやって誤解を解くかを考える。


「完全にバカ女じゃないこんなの……っ! どうしよう……、愛苗にキラわれちゃう……っ」

「それはないと思いますけどー」

「あんたは黙ってて!」


 望莱を一喝してペタペタとスマホを触る。とても焦燥に駆られた様子だ。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ゴメンね! 今のは変換ミスなの! ホントは今は水着着てるから普通の下着は穿いてないって言いたかったの! あ、でもインナーショーツは穿いてるからセーフだから!』


「苦しくないですか? どう変換ミスしたらこれがああなるんです?」

「うっさい! あんたのせいでしょ!」

「あと、インナーショーツ穿いてるとセーフとはどういう意味なんです?」

「そんなのわかんないわよっ!」


 返信文にダメ出しをしてくる望莱に怒鳴り返しながら、その合間にペタペタと可愛らしいスタンプを送って、大好きな愛苗ちゃんに愛想を振りまく。

 望莱の目にはそれが、浮気バレしたのを誤魔化す為に必死に媚を売る地雷女ムーブに映り、胸の裡に充足感が湧き上がった。


「あっ、返事きたっ」


『@_manamin_o^._.^o_nna73:そうなんだぁ』


 ペポっと新たにチャットルームに吹き出しが追加される。


「よかったですね。信じてくれたみたいですよー……、七海ちゃん?」


 水無瀬からの返信を見た未来がどうでもよさそうに言いながら希咲の顏をに目に映すと、何故か彼女は顔を青褪めさせていた。


「どうしたんです?」

「ど……、どうしよう……っ⁉」

「え? なにがですか?」

「愛苗にキラわれちゃった……っ!」

「え? どこがですか?」


 さすがのみらいさんも『何を言ってるんだこいつは』と希咲に怪訝な目を向ける。


「だって……、なんか返事がそっけない気がする……っ!」

「そうですか?」

「だって! あたしはいっぱい文章打ったのにちょっとしか返してくれなかったし……!」

「普通では?」

「でもでもっ! いつもはいっぱいハートとかくれるのに今日はスタンプしてくれないし! 絶対怒ってる!」

「そもそもどこに怒る要素が?」


 自分がパンツを穿いてなかったことで親友の愛苗ちゃんが怒ってしまいそれによって嫌われてしまったのだと主張する彼女の言い分は望莱には到底理解出来ない。

 しかし「どうしよう、どうしよう」とオロオロする彼女の姿を見て段々面白くなってきた。


 やがて何か解決策を思いついたらしい七海ちゃんは「――そうだっ!」と顔を上げると、バッと素早く立ち上がる。

 そしてマイクロミニのショートパンツのファスナーをジっと下げて、腰の両サイドに親指をそれぞれ引っ掛けると勢いよくパンツを下げた。


 先程回想で登場した学校の廊下で脱衣をした頭のおかしい男に負けず劣らずの躊躇いのない脱ぎっぷりであった。

 膝を曲げてショートパンツを床に落とすと続けて羽織っていたラッシュガードもバッと脱ぎ捨てる。


 その潔の良い脱衣にみらいさんは痺れた。


 室内ではあるが今年度初となる七海ちゃんの水着姿を見ることが出来て、念願叶ったみらいさんはホクホクと満足する。

 そしてジッと希咲の下半身に目線を向けた。


 ショートパンツからチラ見えしていた黄色い部分は腰を周る水着の縁で、股やお尻を覆う布はショートパンツの裾から見えたものと同じミントブルーであった。

 浜辺で抱いた謎が解けてみらいさんは思わずグッと拳を握る。


 さらにその水着パンツの下からは2本の黒い紐が両サイドの腰骨へと伸びている。

 あれが先程彼女が着用していると供述していたインナーショーツに違いない。

 みらいさんの認識では『えっちなお姉さんがよく着てるやつ』なので、興奮度も鰻登りだ。


 水着のデザインの謎は解けたが、果たしてあのインナーショーツはTバックなのかどうかという謎が新たに浮かび上がる。

 実物を見たすぎてみらいさんの精神は不安定になった。


 鼻息を荒くするみらいさんの様子には気付かずに、開放的な姿になった希咲はスマホを自撮りモードにするとそれを持った手を斜め上に伸ばし、きゃるっと画面に向けてポーズを撮る。

 つい数秒前までグジグジとヘラっていたとは思えないほどに完璧な笑顔を作り、その表情は若干ドヤ顏だ。


 その姿を見てみらいさんは目頭を熱くする。


 先程自分が脱げと言った時には頑なに拒否したくせに、好きな子の気を惹くためとあらば躊躇いなく衣服を脱ぎ捨て、その柔肌をカメラの前に惜しげもなく晒し、そしてデジタルタトゥーとなることなど恐れることなく電波にのせて送信をする。


 その立派に育ったメンヘラ具合に、父の心を以てみらいは涙した。


 先程作った表情を維持したままスマホの画面を見ながら角度を調節していた希咲だったが、ふと顎に人差し指をあてて小首を傾げながら「うーん?」と何かを考える。


 そしてパッと振り返ると背後の床に転がっていた望莱のバッグを蹴っ飛ばしてカメラに写る範囲から排除した。

 水無瀬先輩とのあまりの扱いの差に若干の興奮を覚えるみらいさんを他所に、希咲はパッパッと手際よくカメラに写る範囲だけを綺麗にする。


 周囲を見回し自身の作業の結果に「うんうん」と満足げに頷くと元の位置に戻り再度ポーズをとってからカメラを調整し軽快にシャッター音を鳴らしていく。

 ある程度の枚数を撮影してからパチッとウィンクして笑っていた顔をスンっと真顔に戻し、険しい視線で画面を睨み写真を吟味する。


 やがて熟考の結果一枚の写真を選び出し水無瀬とのチャットルームに貼り付けた。


 そしてスマホをベッドの上に置いて、その前にペタンと座る。

 両手を膝の付近の腿で挟みこんでウキウキそわそわと返信を待つ。


 すると、わりとすぐにペポンっと水無瀬からの返事が届いた。


 画面を見張っていた七海ちゃんはハッとなると素早くスマホを手にして内容を確認する。


 ジーッと画面を見つめて、そしてすぐにそのお顔がパァーッと華やいだ。


「ねぇねぇっ! 見てよこれっ。愛苗がいっぱいカワイイって――」

「――僕が先に好きだったのにぃぃーーーっ!」

「――わっ⁉ なっ、なんなのっ⁉ いきなりおっきぃ声ださないでっ!」


 喪失感と嫉妬からくる倒錯的で仄暗い激情に駆られたみらいさんの絶叫に遮られ、大好きな愛苗ちゃんに褒められたことを自慢したかった七海ちゃんはプンスカする。


「さぁ、早く掃除をしますよ。いつまで遊んでるんですか?」

「なによそれっ! あんたがふざけてたんじゃない! いきなり一人だけマジメになるのズルイっ」

「過ぎたことをいつまでも言ってるのはメンヘラの証ですよ」

「あたしメンヘラじゃないから!」


 ギャーギャーと言い合いをしているとスマホがまたペポンと鳴った。

 ワガママで気紛れな妹分からスマホの方へパッと目線を身体ごと向ける。

 みらいさんはムッとした。


「今度はなんですって?」

「ちょっと待っ――って、えっ……? はぁっ⁉」

「どうしたんです?」


 最初はおざなりに問いかけた望莱だったが、希咲が素っ頓狂な声をあげたことで興味を持ち画面を覗き込む。


「あーー……、さっきの写真うっかり弥堂にも見せちゃったんだってさ」

「まぁ。それは最悪ですね。男子にあんなあられもない七海ちゃんの姿を勝手に見せちゃうなんて、これは絶交案件です」

「なんでよ。そこまで怒ることじゃないでしょ。てか、愛苗と絶交とか絶対ないし」


 ここぞとばかりに望莱が義憤を燃やしてみせるが、希咲の反応は醒めたものだった。


「おや、随分と余裕のある感じですね」

「だって、愛苗が悪気があってするわけないし。間違えて見せちゃったか、どうせあのクソヤローが勝手に覗き見たとかでしょ」

「そうですか? あの先輩って全然女の子に興味なさそうでしたけど」

「そんなことないわよ! 確かに興味はないかもだけど、アイツってば興味もないくせにスンゴイ変態なんだからっ!」

「あれれー? なんかそういう体験エピソードでもあるんですかー?」

「ないわよっ!」


 醒めたものだったが、先日の弥堂とのあれこれを思い出して一気に怒りが再燃しうがーっと声を荒げる。

 完全に八つ当たりなのだが、それをされている本人のみらいさんはとても嬉しそうだ。


「というかですね。そういうことだけじゃなくって、水着じゃないですか? ほぼ裸じゃないですか? 男子に見られちゃってキャーってなる七海ちゃんを期待してたんですけど」

「や。だって水着じゃん」

「じゃあ下着だったら? ブラとパンツ」

「イヤに決まってんでしょ!」

「露出一緒なのに?」

「だって水着だし。全然違うじゃん」

「なるほど」

「あ、だからってベツに見せたいわけじゃないし、どっちかって言ったら見せたくはないからねっ!」

「つまり水着はセーフと」

「そりゃそうでしょ。水着だし。見せても大丈夫なやつじゃん」

「ふふふ。七海ちゃんはえっちな女の子ですね」

「なんでよ! あんただって水着で歩いてんじゃん!」

「わたしは全裸でも構いません。そのへんの処女とは覚悟が違います」

「そこは構えよ。そのへんの人と同じ常識を持って。お願いだから」


 ドヤ顔でムフーっと鼻息を吹く望莱に希咲は切実な願いを訴える。

 そんな風にどうでもいいおしゃべりをしていると再び希咲のスマホに着信が入る。


「んっ。今度は……あれっ? ののか? なんだろ……」

「ののか? あぁ、あのロリ営業失敗してる先輩ですね」

「……あんた、それ絶対本人に言うんじゃないわよっ」

「大丈夫です。わたし清楚営業してますので」

「つーか、あんた普通に仲良くしてたじゃん。そんなこと思ってたわけ……?」

「わたし、基本的に年上といえどもわたしよりもオッパイが小さい人のことはナメてますので」

「…………」

「あれっ? 七海ちゃん? 聴こえませんでした? もう一回言いますね。わたし、基本的に年上といえどもわたしよりもオッパイが小さい人のことはナメてますので」

「うるさぁーーーーーいっ!」

「きゃーこわーい」


 両腕を振り上げて望莱を怒鳴りつけるが、彼女が自分に限らずほとんどの他人をナメきっているのは今に始まったことではないので、高校出るまでには更生させなきゃと今は胸に秘め、新着メッセージの方に目を向ける。


「んーーと……、んん? 動画……?」

「えっちなヤツですか⁉」

「ぅきゃっ⁉ もうっ! いきなりテンションあげるのやめてよっ。びっくりしちゃうでしょ!」

「……えっちなやつですかぁー?」

「やっ……、ちょっとくすぐったいでしょ。てか、えっちな動画なわけないじゃん。なに言ってんのよ……」


 煩いと注意したら耳元で囁いてきた望莱の顔をどかしつつ、希咲は送られて来た動画を特に何も考えずに再生する。


「なんの動画だろ……って――えっ⁉」


 そして、自身のスマホの画面に映し出された映像に目を見開き、その表情を驚愕に染めた。
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