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第107話 男と使い魔の名前

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 とある日の早朝、男と使い魔は静かな森の中で起きた。いや、正確には男によって静かにされた森の中だ。周辺の襲いかかって来るモンスターはすでに倒され、周辺で解体待ちの状態になっている。今日も解体するだけで1日のほとんどが終わりそうだ。

 そんな中、男はいつもと同じように倒したモンスターの肉を生のまま食らいつこうとする。しかしその行動は食らいつく寸前で使い魔によって止められた。男が戸惑っていると使い魔はすぐに朝食の準備を始める。

「おい、俺にはこれがあるから別に用意する必要は……わ、わかった。待つ。」

 男が朝食の準備を断ろうとするとすごい剣幕で使い魔が怒っている。別にそこまで怒ることでもないのだが、そういう振りをしないと男には伝わらない。使い魔はまず机として丸太を縦に切ったものを取り出した。さらにそこに布を敷き綺麗に食器を並べる。

 食事はシェフがスマホ内で調理したものだ。男は食事のバランスが悪いと判断した使い魔は魚や野菜、フルーツを中心としたさっぱりとした料理を出した。

「俺は肉が……いや、なんでもない。」

 男は今まで完全な肉中心の食生活を行なっていたため、野菜などは苦手なものが多い。しかし使い魔はそんな好き嫌いは許さず、残さず食べさせようとする。その上、手づかみで食事を始めようとした男の手を叩き、ちゃんとフォークとナイフで食べさせる。

 すでに男と出会ってから数日が経過している。このような食事もすでに行なってきたが、男はまだ慣れておらず、ちゃんと食器を扱うことができずにいる。それでも一切の甘えは許さず、使い魔はきちんとした教育を行う。

 やっとの思いで食事を終えたら次は文字の勉強だ。これは使い魔にとって死活問題である。なんせ文字を読めるようになってもらわないとちゃんとした会話が成立しない。だからここはかなり厳しく指導している。

「これは…果物だ。果物…果物はそう書くのか。」

 教え方は簡単、使い魔が男に何かを差し出しそれが何か男が答える。使い魔はその答えた言葉を文字にして男に書き方と読ませ方を教える。これを続けていけばそれなりに読み書きができるようになる。

 しかし男は今まで勉強というものをしたことがない。そのため、数十分も経つと知恵熱で頭から湯気が出て来る。まずは勉強をできる頭から作る必要があるので、この文字の読み書きはかなり時間がかかりそうだ。

 だから男が勉強を続けられなくなったら定期的にモンスターの討伐と解体を行い、体を動かしている。こうすることで気持ちがリフレッシュされ、また勉強に身が入るのだ。

「ん…甘い香りがする。こっちだ。」

 男が勉強中にふと頭を上げてそんなことを言う。サボりたいだけのようにも思えるが使い魔は何も文句を言わず男に張り付く。男が少し移動するとそこには蜂の巣のようなものがあった。なぜ、巣のようなものと言ったか、それはあまりにもその蜂の巣が本来の蜂の巣と呼ぶものと大きさがあまりにも違ったからだ。

 その蜂の巣はまるで1つの建物のようであった。小さな穴がいくつも点在しており、その小さな穴からは小さな蜂たちが様々な場所に飛び立っていた。

「良いものを見つけたな。少し分けてもらおう。」

 男は蜂の巣に近づくと巣に触れて魔力を込め出した。すると蜂の巣は先ほどまでよりも力強さを増したように思える。使い魔がその蜂の巣に触れてみるとまるで鉄のように硬くなっていた。

 すると蜂の巣から何匹もの蜂が飛び出してきた。襲われたと思い、蜂たちが臨戦態勢に入ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。蜂たちは小さなバケツのようなものをいくつも抱えていた。

「器を出してくれ。」

 男に言われるがまま使い魔は大きめの器を取り出す。すると蜂たちはその器に小さなバケツの中身を注ぎ出す。その注がれているものは蜂蜜だ。黄金色に輝き、重くもったりとしたその蜂蜜は器が満たされるまで注がれた。どう言うことかと不思議そうにしていると男が説明してくれた。

「昔会った男から聞いた。この蜂は精霊蜂と言う蜂で、半分蜂で半分が精霊らしい。何かを与えると代わりにこうして蜂蜜がもらえると言うことだ。」

 精霊蜂というすごそうな蜂のことにも驚いたが、過去に人と出会って話を聞いたということに驚いている。どうやら他にも過去に様々な体験をしていそうだが、それはまた今度聞くことにしよう。

 使い魔は試しに今もらったその蜂蜜を舐めてみる。するとその衝撃が頭を貫いた。美味すぎる、あまりにも美味すぎるのだ。蜂蜜というのはその蜜の元となる花にも影響されるが、蜂にも影響される。

 その蜂が精霊という超特別な蜂なのだ。そんな蜂が作った蜂蜜は濃厚でコクがあるが、すっきりとした後味だ。どんどん後を引く味であるが、一旦我慢して大至急シェフに蜂蜜を使ったお菓子を頼む。

 その場で少し待つとすぐに料理が提供された。シェフはこの蜂蜜は下手に手を加えない方が良いと考え、簡単にパンケーキを焼いた。そんなふんわりと焼けたパンケーキに蜂蜜をたっぷりとかけて食べる。

「うん、美味い。」

 男は淡々と語った。しかし使い魔はその美味さに飛び跳ねている。これほど美味いものはこの世界に生まれてから初めて食べた。これを食べてしまったら他のお菓子はもう食べられない。食べても味気なく感じてしまう。ただ甘いだけのものと感じてしまう。それほどこの蜂蜜は奥深い味を秘めている。

 そんなことを蜂の巣の真隣で行っていると、ひときわ大きな蜂を連れた蜂の集団が巣から飛び出してきた。その蜂たちはこちらを向いているではないか。男は何事かとわけがわからずにいた。もちろんそれは使い魔も同様だった。

 助けを求めるためにマザーに連絡を取るとマザー経由でドルイドからそれらしき回答が届いた。それは新たな女王蜂の旅立ちだ。なぜ今それが起きたのかはわからないが、新たに生まれた女王蜂が新しい土地を求めて旅立つのだろう。

 もしかしたらこの男の強さを見込んで新しい土地まで護衛を頼もうとしているのではないだろうか。この辺りはモンスターも多い、新しい土地を求めて移動するのはかなりの危険を伴うだろう。

 この時使い魔は知らなかったが、この蜂のように半分だけ精霊という生き物は数こそ少ないが他にも存在する。そしてその全ては精霊のように強いというわけではない。むしろ弱いことの方が多いのだ。

 精霊がその力の純粋さを失うとなぜか途端に弱くなるという研究結果がある。それはその生き物に溶け込むために力を無駄に消費してしまうからという説がある。しかしちゃんとしたところはあまりよく知られていない。ただ、半精霊と化した生き物はその寿命が大幅に長くなるというメリットだけはある。

 そんな精霊蜂を連れてこれから旅をする、そんなことを思っていたが、使い魔は新しい土地を探していると知った途端に自分を売り込み出した。さすがに半精霊なので言葉はうまく通じないが、知能はそれなりにあるためこちらがどうしたいか理解はできたようだ。

 精霊蜂は使い魔の話を納得したようでそれで頼んできた。使い魔はそれに喜ぶと口を開けて手招きする。すると精霊蜂の集団はその口の中に勢いよく飛び込んでいった。使い魔がした交渉、それは彼ら精霊蜂をスマホに招待することだったのだ。そして精霊蜂はその交渉を飲んでこうしてスマホの中に入っていった。

 スマホの中では急いで蜂たちの住処と餌となる花の栽培を始めた。かなりの大工事となりそうだ。しかしここで一つの問題が起きた。それは巣の素材がないということだ。巣は大部分が土から作られるのだが、その適した土がないのだ。

 しかしこの問題もすぐに解決してしまった。それはこの男に巣の材料になりそうな土に魔力を込めてもらっただけで済んだのだ。巣に必要なのは丈夫さだ。その丈夫さを出すために強い魔力のこもった土が必要だったのだ。だからその魔力さえ込めてもらえば済んでしまったのだ。

 材料が集まればそこからは早い。スマホの中では着々と蜂の巣作りが始まった。実際にその蜂の巣から蜂蜜が取れるようになるのは当分先だろうが、それでもこれからはこの美味しい蜂蜜が収穫できるようになる。

 全ての用事が済んだので男と使い魔は再び場所を移動する。そしてまた勉強を始めるのだ。こんな毎日を続けながら男はまだ少しだけだが、文字を通して使い魔と意思疎通ができるようになった。



「割と…読めるように…なった…ああ、ちゃんと読めるぞ。」

 男と使い魔は今日もこうして文字の勉強とともに会話を楽しんでいる。男も誰かと会話できるのはやはり楽しいようで、今までよりも文字の勉強に励んでいる。そんな男に使い魔はさらに文字を書く。

「じゃあ…名前が…欲しい…。そうか、お前も名前がなかったな。」

 今までお互いに名前で呼び合ったことはない。まあ名前がないのでしょうがないが、呼ぶときもおいとか使い魔とかそんな風でしか呼んだことがなかった。はたから見たらかなりそっけない感じになっただろう。

「わかった。お前の名前を考える。だからお前は俺の名前を考えてくれ。」

 お互いにお互いの名前を考える。なんとも不思議なことだが、彼らにとってはとても特別なことだった。その日はモンスターの討伐も薬草採取も行わず日がな一日中お互いの名前を考えた。

 いざ名前をつけるとなるとなかなかに難しいものだ。なんせ相手の一生呼ばれる名前をここで決めなければならないのだから。変な名前にしないよう、できるだけかっこいい名前を考える。しかしかっこよすぎると似合わないのではないかと色々考えてしまう。

 やがて夜になり、食事を用意し始める。いつものようにランタンをつけてあたりを照らそうとするとなぜか妙に明るい。なぜかと思い空を見上げるとまん丸の白銀に輝く月がいつもよりも大きくあたりを照らしていた。おそらくただの満月ではない。スーパームーンという月が接近して大きく見える状態なのだろう。

「決めたぞ。お前の名前はムーンだ。」

 男は唐突に空を見上げながらそう答えた。あまりに大きくきれいな月に影響されたのだろうか。しかしその顔はすっきりとした、何か憑き物が落ちたような表情だ。

「俺は今まで一人だった。暗闇の中を一人で歩いていた。しかしそれでもよかった。だが、やはり暗闇よりも月明かりくらいには照らされた方が安心する。」

 それを聞いた使い魔は何か文字を書き始める。今は夜だが、この明るさの月に照らされれば十分文字も読める。

「…ナイト、確か夜か。…夜には…月が…付き物…。確かにそうだな。まあ月が出ない夜もあるが。」

 そんなことを言うと使い魔が、ムーンが足先を蹴ってくる。そんなちょっとしたやりとりに男は笑みがこぼれる。こうして男と使い魔改め、ナイトとムーンのなんとも不思議な旅が再び始まった。

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