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第334話 忙ない旅

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 妖精の管理者によって何処かへ移動させられたミチナガは不思議な浮遊感を感じた。水の中にいるような、波に揺られるような心地良さもあり、思考までもがふわふわと流れて行くような不思議な感覚。やがて足元にしっかりとした硬さを感じる。地面の凹凸まで感じた。

 周囲は暗闇だ。しかし前方にはわずかな明かり、木漏れ日が見える。ミチナガはその木漏れ日目掛けてゆっくりと歩いて行く。やがて木漏れ日の下に出たところで今まで自分がいたところを知った。どうやら大樹の根の隙間から出て来たようだ。

 その立派な大樹は堂々とそこにそびえ立っている。そして続々と仲間たちもその大樹の根の隙間から出て来た。どうやら転移はうまくいったらしい。とりあえず全員揃うまで待っているとふと木の上から視線を感じた。肉眼では何も見えないが、スマホを通せば見ることができる。

「やあどうも。」

「あら?見えているの?珍しい人間ね。あなたたち…迷い込んだわけじゃないわね。あの方によってここに移動して来たのね?それに…仲間もいるじゃない。」

 大樹の上からこちらを見ている妖精はなんとも気だるさそうにこちらを見ながら、ミチナガと共にここに移動して来た妖精とも言葉を交わす。しかしどうやら妖精たちを歓迎しているわけではなく、何故ここに来たのかとイラつきを見せているようであった。

「ここの妖精の力はギリギリなのに何しに来たの?ここの妖精の数は定員20人まで。今だって23人いるから力が足りなくて困っているのに。あなたたちは帰りなさい。邪魔よ。」

「私たちはこれから人間の国に遊びに行くの。だからそんなこと言われなくても大丈夫よ。」

「人間の国に?あなたたち死ぬ気?人間のところに行ったら力が回復できなくてただ消えるだけよ。」

「あ、それでしたら今、力を回復する霊薬があるので…良かったらどうぞ。」

 ミチナガが取り出した霊薬をその妖精に渡す。怪訝な様子でこちらとその霊薬を観察し、試しに一口飲んで見る。すると突如体に妖精の力が溢れ出したのか、力が漏れ出し始めている。

「あ、やべ…原液渡しちゃった。」

 この霊薬は妖精女王の力でも大きく回復させることができる。だから一般的な妖精には効果が強すぎるのだ。だから現在流通させるものはジュースなどで薄めている。まあ別に効果がありすぎるせいで体に悪影響があるわけではない。問題があるとすれば…

「何これ!何これ!すごい!すごすぎ!!」

「あちゃ~…元気になりすぎちゃったか。」

 体の中から溢れ出す妖精の力が制御できず、周囲に力を撒き散らしながら空を飛び回る。これが霊薬をそのまま飲んだ時の問題。元気になりすぎるのだ。ちなみに半日も経てば落ち着いてくる。そしてその際にはしゃいだ時の反動として軽い筋肉痛を起こす。

「本当にこの霊薬はすごいわ。ねえ、この霊薬って植物にも効くの?」

「いや、妖精限定だと思いますけど…何故です?」

 その妖精は大樹に触れながら語った。この地の妖精の力の源はこの大樹であると。かつて世界樹がこの世界にあった時から存在したと言われているこの大樹は聖樹として、この地に神聖な力を振りまいていた。

「だけどさすがにもう歳なのよ。かつてほどの力はない。年々力は弱まる一方。あと100年持つかどうか…」

「まあ100年持てば十分…まあ妖精からしてみれば短いのか。そういうことならお任せください。ドルイド頼む。」

『ドルイド・御意…』

 突如スマホから現れたドルイドに周囲の妖精たちは思わず頭を垂れた。どうやらこの妖精たちは瞬時にドルイドの精霊としての格を見定めたのだろう。ドルイドは大精霊ほど大量の力を保有しているわけではないが、その力の質は大精霊にも劣らない。

『ドルイド・…盟友よ…再び汝に我が力を……かつての約定を再び結び直そう……』

 それは魔法とは異なるもの。だからと言って魔法より低次元というわけでも、高次元のものということではない。これはただの約束。今は失われた世界樹がかつて、この大樹が小さな苗木であった頃に交わされた約束だ。

 どんな約束だったかそれはもうわからない。約束の内容を知るのは世界樹とこの大樹、そして間を取り持ったドルイドだけだ。そんな約束が今再び交わされた。

「すごい…力がみるみる回復して行く……」

「おお、なんだかこっちまで体が軽くなってくるな。」

 大樹から溢れ出して来た力で妖精たちもミチナガたちも心地よい気分になる。どうやらこれでこの大樹は後500年、1000年は大丈夫だろう。

「ありがとう。本当にありがとう。」

「いえいえ、喜んでいただき何より。あ、それよりも実は急ぐ旅路なので道案内をお願いしたいんですけど…」

「わかったわ。とは言っても人間の世界はよくわからないの。どっちの方角にどのくらいの距離かだけ教えてくれれば案内できるわ。」

 ミチナガはスマホのマップ機能を使いながらおおよその位置を割り出す。それを伝えると妖精は問題ないとのことで準備を始めようとした。しかしミチナガはそこで大事なことを思い出した。妖精界の時間の流れのことだ。

「妖精の国に入ると時間の流れが違って出るときには数十年後とかそういうことになることがあるって聞いたんですけど…それは大丈夫ですか?」

「時間の流れが違う?ああ、そういうことね。あなたたちは大丈夫。ちゃんと管理者の許可は得ているから迷うことはないわ。」

 以前ルシュール辺境伯から聞いたとき、妖精の国に入ると時間の流れが違って出るときには丸一日入ったのに現実では1時間しか経っていなかったとか、10年経っていたという話を聞いたミチナガは不安に思ったのだが、問題ないとのことだ。

 そもそも時間が変わるというのは妖精界と人間界の間の空間を通る際に間の空間をどれだけ素早く抜けられるかにかかっているという。空間移動が素早くできれば時間の変化はなくなるという。ただ、空間移動の際に手間取り、揺蕩ってしまうと数年が経過してしまうことがあるという。

 なお、時間が巻き戻ることは時折起こるらしいが、まず無いとのことだ。時間が短く感じられるのは妖精界の中には時間が引き伸ばされている空間もあるのでその影響だろうとのことだ。

「力の強い人間なら空間移動くらい問題なくできるから問題ないわ。あなたたちの場合は管理者によって移動させられたのだから絶対に問題ない。そんなことよりも準備できたわ。この石を持って、全員手をつないだ状態でもう一度大樹の隙間を通って。」

「ありがとうございます。それじゃあまた。」

「ええ、またね。」

 ミチナガたちは一列になり、横歩きの状態で今出て来た大樹の隙間へと戻って行く。なんとも不思議な光景だ。今まさに出て来たのに再びそこに入りなおすなんて。

 暗闇の中を片手に妖精から渡された石を持ち、もう片手には仲間の手を握っている。どちらも決して離さないようにしっかりと握りながら歩いて行く。やがて体に密着するほど植物が生い茂り、徐々に周囲が明るくなって来た。

 ズボリ、まるでそんな音を立てるように植物の中から飛び出したミチナガは目の前にある街道をみてホッとため息をついた。どうやら無事にたどり着いたらしい。

 その後も最後の一人が出てくるまで手を決して離さずにいると無事に全員妖精界から脱出することに成功した。それからスマホで現在地を確かめ、微笑みを見せる。

「それじゃあ魔動装甲車に乗り込むぞ。後2時間も走らせたら…ヨーデルフイト王国。VMTランドに到着だ。」

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