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第二章 スローライフの足場作り(※書籍1巻からの続きとなります)
競売のススメ
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テーブルの上の料理を食べ終え、運ばれてきたデザートとホットの紅茶に似た飲み物を口にしながら、俺はトルタスさんとこれからについての話を始めることにした。
料理が片付けられ、代わりに並ぶのは家から持ち出してきた幾つもの品物。
それをエレーナが種類ごとに仕分けしてくれるのを待つ。
俺にはこの世界で売れるもの売れないものの区別はつかないので、彼女に任せるしか無い。
「あらあらうふふ。私もそういう悩みはありましたわ」
「ぜひ詳しく聞かせてください」
正面では引越の手伝いで、同じ母親同士仲良くなったのか、エリネスさんとファウナさんが、それぞれ眠ってしまったウリドラとレリナちゃんを膝に乗せて子育て談義を始めている。
エレーナという一人娘を育てた経験を持つエリネスさんに、ファウナさんは色々聞きたいことがあるそうな。
膝の上で寝息を立てるレリナちゃんを愛おしそうに撫でながらエリネスさんの話を真剣な目で聞いていた。
「出来ました」
「ではじっくり拝見させていただきましょうかね」
母親たちを眺めているうちにエレーナの仕分けが終わったようだ。
一応馬車の中で幾つかの品物はトルタスさんには既に見てもらっていたが、これからそれを売るためにはもう少しきちんとした鑑定が必要なのだそうな。
といっても俺の品質鑑定のような鑑定ではなく、商人として大まかな商品の価値を調べるのだという。
たとえば品質鑑定で『上級』とか『高級』と出たとしても、それ自体が数多く出回っていたり需要がなければ安値でしか取引されない。
逆に低品質なものでも出回っている数が少なく希少で、需要にピッタリ当てはまれば高値で売れるというわけだ。
そのあたりの情報は商人であるトルタスさん以外にはわからない。
もちろん家から持ち出すとき、エレーナが高く売れると見立ててはくれている。
だがそれは彼女が生まれ育ったダスカール王国の、さらにその貴族の基準でしかない。
「うむむ」
瓶やアクセサリー、ガラスの置物に薄い花柄の何かのケース。
幾つもの品物を手にしては、ルーペのような片眼鏡を嵌めて細かい部分まで調べるトルタスさんの真剣な表情は、まさしく商人のそれだ。
いつものほんわかした優しい彼とはまるで別人のようなその姿に、俺はまるで試験結果を待つ受験生のような気持ちになってきた。
そんな気持ちで待つことしばし。
最後の一つをテーブルの上に戻し、片眼鏡を外したトルタスさんが大きく息を吐く。
「ふぅ」
「どうでした? 売れそうなものはあります?」
トルタスさんは俺の問いかけに少し表情を和らげて頷くと、テーブルの上の品物を四つの山に仕分けて、一つ一つの山について説明を始めた。
「まずこちらの品々ですが、あまり高値はつきそうにないものです」
三つの山のうち、一番品数が多いのがそれだった。
この世界にとっては異世界のものであっても、女神さまが言っていたように俺以外に何人も転生者が既にこの世界に転生してきているおかげで、似たようなものを作る技術はすでに十分出回っているのだろう。
特にガラス製品は、ポーションが入っている瓶を見る限り前世のものとそれほど差異は感じられないくらいのものだった。
とはいえ、荷番目の山にもいくつかガラス製品が入っている。
その違いは何なのだろうと考えていると、トルタスさんがその山の説明を始めた。
「こちらは商業ギルドでもかなり高値で買い取ってくれそうな品々です。先程の品々との違いは特に色合いですね」
この世界には魔法という前世にない技術がある。
だからある程度は前世の世界に近いものは作れるが、微妙な色合いについてはこの世界の染料などでは表現できないものもあるらしい。
他には瓶や花瓶、皿のなどの柄も、この世界の芸術家では表現できないオリジナリティあふれるものが人気なのだとか。
機能や性能的には変わらなくても、そういったものを集めている好事家にとっては高いお金を払っても手に入れたい品なのだとトルタスさんが教えてくれる。
「次にこちらなのですが……」
俺から見て一番左側に置かれているのは、昔母親が『パワーストーン』だと騙されて買ってきた見かけだけは綺麗なこぶし大ほどのアメジストの置物だ。
いわゆるアメジストドームというやつで、たしか一万円くらいで買ったとあとで聞いて呆れた覚えがある。
そんな母のパワーストーンブームもすぐに終わり、玄関に飾られていたそれは妹が欲しがったのもあって、いつのまにか妹の部屋に飾られるようになっていた。
たぶんちょうど厨二病発症の年頃だったのだろう。
実は俺も欲しかったが、兄の威厳を保つために妹に譲ることにした。
後に密かに小遣いで小さなアメジストクラスターを買って、誰にも見られないように机の奥に仕舞って時々取り出してはニヤついていたのは永遠の秘密である。
「タクミ様。提案があるのですが」
「提案ですか?」
「ええ。こちらの紫水晶なのですが、商業ギルドが主催する競売に出品してみてはいかがかと」
紫水晶。
つまりアメジストドームをオークションに出せということか。
「私の見立てで、まだ確定とは言い切れないのですが」
トルタスさんは、そう前置きをして。
「私の知る限り、これほどの質と大きさを持った紫水晶は市場でもめったに見かけないものなので、きっとかなりの値がつくと思うのです」
「は? このアメジストがそんなに珍しいものなんですか?」
「ええ、それはもう」
正直言って前世ではアメジストドームなんてありふれたものだった。
小さいものなら数千円くらいで手に入ったはずだし、ドームでなければもっと安く手に入る代物である。
それがこの世界では競売にかけられるくらい貴重なものだったとは。
「特にこの純紫水晶は魔力増幅率がとても高く、ワシら庶民ではとても手が出ない魔道具や魔導器具に組み込まれていると聞きます」
魔導器具が前世で言う家電とかそういうもので、それ以外が魔道具だっけか。
厳密に区別されているわけではないらしいけど、エレーナたちが使った転移装置みたいなものは魔道具に入ると考えるとわかりやすいだろうか。
しかしこの世界ではアメジストにそんな力があるのか。
それは知らなかった。
「その競売ってのはいつでもやってるんですか?」
トルタスさんがここまで言う以上は競売に出品しないという手はない。
この世界で生きていくためにも、早めに纏まったお金は欲しい。
なんといっても、トルタスさんから貰った護衛料を除けば無一文に近い状況なのである。
「ここから北西にサーディスという大きな街があるのですが、そこで十日ごとに競売会が開かれているのです」
「ファルナスではやってないんですね」
「ええ。競売ともなると小さな町では無理なので」
トルタスさんによると、サーディスという街はエルフ領と他領を結ぶ交易路が交差する場所に作られた街で、毎日のように数多くの商人が市場で様々な品物を売っている賑やかな街なのだとか。
ファルナスには支部しかないエルフ領の傭兵ギルドや商業ギルドなどの本部も置かれているらしく、俺が求めている野菜の種や苗もそこでなら確実に手に入るらしい。
「もし競売に参加なされるなら、サーディスでワシ……というよりファウナが懇意にしてる種屋もご紹介出来ますが」
もしかして裏庭で育てている薬草の種の仕入先なのだろうか。
とりあえず俺にはこの提案を拒否する理由が思いつかない。
「ぜひお願いします」
「わかりました。では早速明日早くにでも商業ギルドに申請を出しておきますね」
そうして、俺はサーディスという街で行われる競売会へ出席することが決め、トルタスさんと簡単な打ち合わせをしてから店をあとにした。
店を出ると、来たときと違い道を歩く人達の数もかなり減っていた。
時計がないのでわからないが、周囲の店も殆どが店じまいをしているところを見ると、かなり長居してしまったようだ。
「店に寄ってからタクミ様たちの宿へ案内させてもらいますね」
「何から何までありがとうございます」
トルタスさんの店でファウナさんとレリナちゃんの二人と別れ、今日の宿に向かう。
場所は表通りから少し中に入ったところにある、まだ出来て一年ほどの新しい宿らしい。
「宿の主人とは同郷でしてね。若い頃は共に旅をしたこともありました」
「同郷ってことは人間族の国ですよね」
「ええ。人間族領の南にあるヤイハという国なのですが。とても穏やかで良い国でした」
トルタスさんは若い頃、そのヤイハ国のとある商家に商人見習いとして勤めていたという。
ヤイハでも指折りの商家だったそうだが、色々あって独立しエルフ領で商売を始めたのだとか。
そんな話をしつつ俺たちは宿にたどり着くと、それぞれの部屋に入って俺たちはすぐに眠りについたのだった。
料理が片付けられ、代わりに並ぶのは家から持ち出してきた幾つもの品物。
それをエレーナが種類ごとに仕分けしてくれるのを待つ。
俺にはこの世界で売れるもの売れないものの区別はつかないので、彼女に任せるしか無い。
「あらあらうふふ。私もそういう悩みはありましたわ」
「ぜひ詳しく聞かせてください」
正面では引越の手伝いで、同じ母親同士仲良くなったのか、エリネスさんとファウナさんが、それぞれ眠ってしまったウリドラとレリナちゃんを膝に乗せて子育て談義を始めている。
エレーナという一人娘を育てた経験を持つエリネスさんに、ファウナさんは色々聞きたいことがあるそうな。
膝の上で寝息を立てるレリナちゃんを愛おしそうに撫でながらエリネスさんの話を真剣な目で聞いていた。
「出来ました」
「ではじっくり拝見させていただきましょうかね」
母親たちを眺めているうちにエレーナの仕分けが終わったようだ。
一応馬車の中で幾つかの品物はトルタスさんには既に見てもらっていたが、これからそれを売るためにはもう少しきちんとした鑑定が必要なのだそうな。
といっても俺の品質鑑定のような鑑定ではなく、商人として大まかな商品の価値を調べるのだという。
たとえば品質鑑定で『上級』とか『高級』と出たとしても、それ自体が数多く出回っていたり需要がなければ安値でしか取引されない。
逆に低品質なものでも出回っている数が少なく希少で、需要にピッタリ当てはまれば高値で売れるというわけだ。
そのあたりの情報は商人であるトルタスさん以外にはわからない。
もちろん家から持ち出すとき、エレーナが高く売れると見立ててはくれている。
だがそれは彼女が生まれ育ったダスカール王国の、さらにその貴族の基準でしかない。
「うむむ」
瓶やアクセサリー、ガラスの置物に薄い花柄の何かのケース。
幾つもの品物を手にしては、ルーペのような片眼鏡を嵌めて細かい部分まで調べるトルタスさんの真剣な表情は、まさしく商人のそれだ。
いつものほんわかした優しい彼とはまるで別人のようなその姿に、俺はまるで試験結果を待つ受験生のような気持ちになってきた。
そんな気持ちで待つことしばし。
最後の一つをテーブルの上に戻し、片眼鏡を外したトルタスさんが大きく息を吐く。
「ふぅ」
「どうでした? 売れそうなものはあります?」
トルタスさんは俺の問いかけに少し表情を和らげて頷くと、テーブルの上の品物を四つの山に仕分けて、一つ一つの山について説明を始めた。
「まずこちらの品々ですが、あまり高値はつきそうにないものです」
三つの山のうち、一番品数が多いのがそれだった。
この世界にとっては異世界のものであっても、女神さまが言っていたように俺以外に何人も転生者が既にこの世界に転生してきているおかげで、似たようなものを作る技術はすでに十分出回っているのだろう。
特にガラス製品は、ポーションが入っている瓶を見る限り前世のものとそれほど差異は感じられないくらいのものだった。
とはいえ、荷番目の山にもいくつかガラス製品が入っている。
その違いは何なのだろうと考えていると、トルタスさんがその山の説明を始めた。
「こちらは商業ギルドでもかなり高値で買い取ってくれそうな品々です。先程の品々との違いは特に色合いですね」
この世界には魔法という前世にない技術がある。
だからある程度は前世の世界に近いものは作れるが、微妙な色合いについてはこの世界の染料などでは表現できないものもあるらしい。
他には瓶や花瓶、皿のなどの柄も、この世界の芸術家では表現できないオリジナリティあふれるものが人気なのだとか。
機能や性能的には変わらなくても、そういったものを集めている好事家にとっては高いお金を払っても手に入れたい品なのだとトルタスさんが教えてくれる。
「次にこちらなのですが……」
俺から見て一番左側に置かれているのは、昔母親が『パワーストーン』だと騙されて買ってきた見かけだけは綺麗なこぶし大ほどのアメジストの置物だ。
いわゆるアメジストドームというやつで、たしか一万円くらいで買ったとあとで聞いて呆れた覚えがある。
そんな母のパワーストーンブームもすぐに終わり、玄関に飾られていたそれは妹が欲しがったのもあって、いつのまにか妹の部屋に飾られるようになっていた。
たぶんちょうど厨二病発症の年頃だったのだろう。
実は俺も欲しかったが、兄の威厳を保つために妹に譲ることにした。
後に密かに小遣いで小さなアメジストクラスターを買って、誰にも見られないように机の奥に仕舞って時々取り出してはニヤついていたのは永遠の秘密である。
「タクミ様。提案があるのですが」
「提案ですか?」
「ええ。こちらの紫水晶なのですが、商業ギルドが主催する競売に出品してみてはいかがかと」
紫水晶。
つまりアメジストドームをオークションに出せということか。
「私の見立てで、まだ確定とは言い切れないのですが」
トルタスさんは、そう前置きをして。
「私の知る限り、これほどの質と大きさを持った紫水晶は市場でもめったに見かけないものなので、きっとかなりの値がつくと思うのです」
「は? このアメジストがそんなに珍しいものなんですか?」
「ええ、それはもう」
正直言って前世ではアメジストドームなんてありふれたものだった。
小さいものなら数千円くらいで手に入ったはずだし、ドームでなければもっと安く手に入る代物である。
それがこの世界では競売にかけられるくらい貴重なものだったとは。
「特にこの純紫水晶は魔力増幅率がとても高く、ワシら庶民ではとても手が出ない魔道具や魔導器具に組み込まれていると聞きます」
魔導器具が前世で言う家電とかそういうもので、それ以外が魔道具だっけか。
厳密に区別されているわけではないらしいけど、エレーナたちが使った転移装置みたいなものは魔道具に入ると考えるとわかりやすいだろうか。
しかしこの世界ではアメジストにそんな力があるのか。
それは知らなかった。
「その競売ってのはいつでもやってるんですか?」
トルタスさんがここまで言う以上は競売に出品しないという手はない。
この世界で生きていくためにも、早めに纏まったお金は欲しい。
なんといっても、トルタスさんから貰った護衛料を除けば無一文に近い状況なのである。
「ここから北西にサーディスという大きな街があるのですが、そこで十日ごとに競売会が開かれているのです」
「ファルナスではやってないんですね」
「ええ。競売ともなると小さな町では無理なので」
トルタスさんによると、サーディスという街はエルフ領と他領を結ぶ交易路が交差する場所に作られた街で、毎日のように数多くの商人が市場で様々な品物を売っている賑やかな街なのだとか。
ファルナスには支部しかないエルフ領の傭兵ギルドや商業ギルドなどの本部も置かれているらしく、俺が求めている野菜の種や苗もそこでなら確実に手に入るらしい。
「もし競売に参加なされるなら、サーディスでワシ……というよりファウナが懇意にしてる種屋もご紹介出来ますが」
もしかして裏庭で育てている薬草の種の仕入先なのだろうか。
とりあえず俺にはこの提案を拒否する理由が思いつかない。
「ぜひお願いします」
「わかりました。では早速明日早くにでも商業ギルドに申請を出しておきますね」
そうして、俺はサーディスという街で行われる競売会へ出席することが決め、トルタスさんと簡単な打ち合わせをしてから店をあとにした。
店を出ると、来たときと違い道を歩く人達の数もかなり減っていた。
時計がないのでわからないが、周囲の店も殆どが店じまいをしているところを見ると、かなり長居してしまったようだ。
「店に寄ってからタクミ様たちの宿へ案内させてもらいますね」
「何から何までありがとうございます」
トルタスさんの店でファウナさんとレリナちゃんの二人と別れ、今日の宿に向かう。
場所は表通りから少し中に入ったところにある、まだ出来て一年ほどの新しい宿らしい。
「宿の主人とは同郷でしてね。若い頃は共に旅をしたこともありました」
「同郷ってことは人間族の国ですよね」
「ええ。人間族領の南にあるヤイハという国なのですが。とても穏やかで良い国でした」
トルタスさんは若い頃、そのヤイハ国のとある商家に商人見習いとして勤めていたという。
ヤイハでも指折りの商家だったそうだが、色々あって独立しエルフ領で商売を始めたのだとか。
そんな話をしつつ俺たちは宿にたどり着くと、それぞれの部屋に入って俺たちはすぐに眠りについたのだった。
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