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ユーリスの消失
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「なんでぇ、お前もハンターなのかよ」
「早く言えよ! お前ら、新しいシーハンターの誕生に乾杯だ!」
激しく打ち鳴らされるジョッキと飛び散るエールに、俺は思わず顔をしかめながら、同じようにジョッキを掲げる。
こういうノリは苦手だが、この状況でそんなことを言えるわけが無い。
「いやーしっかしあれだな。ニーニャの犬嫌いはなかなか治らねぇな」
例の受付嬢の名前はニーニャというらしい。
しかも受付ではなく受付代理だとのこと。
本来の受付係は、彼女に夕飯を奢ると言って近くの浜辺に波乗りをしに行ったらしい。
ニーニャはそうやってよく受付代理をしてることが多いとか。
そんな彼女は犬がとんでもなく苦手なのだそうで、シショウを見て悲鳴を上げたあとはカウンターの奥でブルブル震えていた。
囲まれた男たちは、俺を取り囲んだとき驚いて俺の足にしがみついていたシショウに気がつき、事の次第を察してくれた。
おかげですぐに誤解は解けたのだが、さすがにシショウがそのまま中に居てはニーニャがカウンターの奥から出てこない。
なので、今シショウはギルドの外で海鮮丼を一生懸命食べている。
「なんでも小さい頃に行商人が連れていた子犬の頭を撫でようとして噛まれたのがトラウマらしくてよ」
「猫族って本能的に犬を苦手にしてるらしいのも合わさってあの有様よ」
未だにカウンターで青い顔をしているニーニャを指さして、男たちは笑う。
「なんニャ! 悪いかニャ!! もう仕事してやんないニャ!!!」
カウンターから精一杯の震える声でニーニャが怒鳴る。
だが、男たちはそれを聞いて逆に笑い声を大きくした。
「これだから海の男はガサツでダメなのニャ」
バンバンとカウンターを叩く音がギルド内に鳴り響く。
「ニーニャ、絶対にお金貯めてこの町を出て王都に行くにゃ! そこで格好いい雄を見つけるにゃ!」
かなりご立腹の様子のニーニャ。
だけどその声音からはすっかりシショウを怖がっていた震えは消えていた。
どうやらこの男たちはわざとニーニャを怒らせることで、いつもの調子を取り戻そうとしたらしい。
「おう。立派な王子様に出会えると良いな」
「でも俺たちだって負けてねぇと思うんだが」
「おいおい。その顔で王子様は無理ありすぎるだろ」
「オッサンどもにも筋肉ダルマにも興味はナイにゃ!」
ギルドの中がまた大きな笑い声で満たされる。
もちろんそんな空気の中、俺は会話に入ることも出来ず一人ちびちびとエールを飲んでいるしか無かった。
「ほら新人! 入会手続きしてやったニャ!」
暫くしてニーニャが俺のハンターカードを持ってやって来た。
俺のシーハンターギルド入会手続きはいつの間にか終わっていたらしい。
「あ、ありがとう」
「これでもう用はナイにゃ? さっさとアレを連れて帰るにゃ。そして二度と連れてくんにゃニャ」
ニーニャが震える指で指す先。
そこにはギルドのスイングドアの下から中を覗き込んでいるシショウの顔が有ったのだった。
★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇
「これならやるぞ」
シショウを引き連れて外に出た俺は、親切な筋肉ダルマ――もとい、シーハンターのウミウシに案内されて船着き場にある造船所にやって来ていた。
造船所とは言ってもここで船を作っているわけではなく、主に修理などに使われる場所なのだとか。
「ありがとうございます」
「しかしお前、本当にこんな船を修理するつもりか?」
「はい。見る限り竜骨は壊れてないようですし、なんとかいけると思います」
目の前で野ざらしにされている船は、何年か前に海の魔物に襲われたせいで破損し、修理するよりも新しく作り直した方が良いということで陸に揚げられたまま放置されていたものらしい。
一応船の一番大事な部分である中央の竜骨は無事だとのことで、是非譲って欲しいと頼んでみたのだ。
「うちの船大工でもお手上げだったんだぞ」
「俺、こう見えて大工や鍛冶の経験がありますから。それに完全に修理するんじゃなくて、近くで魚漁をするだけなら」
「まぁ、そこまで言うなら止めねぇけどよ。道具とかはこの造船所にあるもんを使ってくれてかまわねぇ」
ウミウシはそう言ってから、造船所から少し離れた一軒家を指さす。
「それと船大工の爺さんはあの家に住んでる。仕事が無い時は大抵あそこか町の酒場で飲んだくれてるから、聞きたいことがあったら聞きに行ったらいい」
それだけ告げるとウミウシは「じゃあな」と一言告げて町の方へ向かっていった。
朝が早い彼らは、これから家に帰って家事をしてから眠るらしい。
シーハンターの仕事は体力勝負なので、なるべくちゃんと休まないといけないとか。
「思ったよりシーハンターの仕事って大変そうだな。さて、さっそくやるか」
『わふっ』
俺は一つ気合いを入れると、目の前の廃船の修理を始めた。
船の知識はほとんど無かったけれど、一から作る訳でもない。
その上周りには見本となる船も沢山有るので、修理自体はそれほど手間取らず終えることが出来た。
途中、どうしてもわからない所や仕上げに関しては船大工の爺さんを頼った。
彼も俺と同様人付き合いが苦手なタイプらしく、最初怒鳴られたりしたが、ウミウシから「酒を渡してやればいい」とのアドバイスを受け、酒を差し入れて以来上機嫌で手伝ってくれるようになった。
そして出来上がった船で大海原に漕ぎ出した俺とシショウを待っていたのは――激しい船酔いだった。
「水魔法」
海の波を舐めていたと知った俺は、水魔法で船の周りだけ波を止め揺れないようにしたり色々工夫を重ねた。
そして少しずつ酔いにも慣れ、釣り上げた魚を使った料理を色々と教えてもらいながらギリウスと約束した手紙と共に使い捨て収納魔道具に料理した魚と生魚を入れて送ったりという生活を続けていたのだが。
巨大魚との死闘でその大事な船をまた破損させてしまったのである。
「はぁ、また修理か。今度は竜骨もやばそうだし、部品も結構海に沈んだみたいだし材料費7万イーエンコースじゃ済まないよな」
『落ち込むなゴシュジン』
俺はとぼとぼと港から少し離れた岩陰から町へ向かって歩いて行く。
「巨大魚がいくらで売れるかだな」
『ゴシュジン。喰わないのカ?』
「喰いたいけど、船の修理費を稼がないといけなくなったからな」
『……シショウ、とてモ……辛イ』
「代わりにお前には靴を買ってやるから。そうだ、お前はどんな靴がい――……」
町へ向かってそんな話をしている最中だった。
突然俺の胸元から魔力が広がったと思うと、一瞬で体全体を包み込む。
『ゴ、ゴシュジン!?』
異変に慌てたシショウが俺の足にしがみついてくる。
「まさか……あいつ、あのボ――……」
そう言いかけたまま俺とシショウはその場から一瞬で姿を消すと、その場には岩場に打ち付ける波の音だけが残ったのだった。
「早く言えよ! お前ら、新しいシーハンターの誕生に乾杯だ!」
激しく打ち鳴らされるジョッキと飛び散るエールに、俺は思わず顔をしかめながら、同じようにジョッキを掲げる。
こういうノリは苦手だが、この状況でそんなことを言えるわけが無い。
「いやーしっかしあれだな。ニーニャの犬嫌いはなかなか治らねぇな」
例の受付嬢の名前はニーニャというらしい。
しかも受付ではなく受付代理だとのこと。
本来の受付係は、彼女に夕飯を奢ると言って近くの浜辺に波乗りをしに行ったらしい。
ニーニャはそうやってよく受付代理をしてることが多いとか。
そんな彼女は犬がとんでもなく苦手なのだそうで、シショウを見て悲鳴を上げたあとはカウンターの奥でブルブル震えていた。
囲まれた男たちは、俺を取り囲んだとき驚いて俺の足にしがみついていたシショウに気がつき、事の次第を察してくれた。
おかげですぐに誤解は解けたのだが、さすがにシショウがそのまま中に居てはニーニャがカウンターの奥から出てこない。
なので、今シショウはギルドの外で海鮮丼を一生懸命食べている。
「なんでも小さい頃に行商人が連れていた子犬の頭を撫でようとして噛まれたのがトラウマらしくてよ」
「猫族って本能的に犬を苦手にしてるらしいのも合わさってあの有様よ」
未だにカウンターで青い顔をしているニーニャを指さして、男たちは笑う。
「なんニャ! 悪いかニャ!! もう仕事してやんないニャ!!!」
カウンターから精一杯の震える声でニーニャが怒鳴る。
だが、男たちはそれを聞いて逆に笑い声を大きくした。
「これだから海の男はガサツでダメなのニャ」
バンバンとカウンターを叩く音がギルド内に鳴り響く。
「ニーニャ、絶対にお金貯めてこの町を出て王都に行くにゃ! そこで格好いい雄を見つけるにゃ!」
かなりご立腹の様子のニーニャ。
だけどその声音からはすっかりシショウを怖がっていた震えは消えていた。
どうやらこの男たちはわざとニーニャを怒らせることで、いつもの調子を取り戻そうとしたらしい。
「おう。立派な王子様に出会えると良いな」
「でも俺たちだって負けてねぇと思うんだが」
「おいおい。その顔で王子様は無理ありすぎるだろ」
「オッサンどもにも筋肉ダルマにも興味はナイにゃ!」
ギルドの中がまた大きな笑い声で満たされる。
もちろんそんな空気の中、俺は会話に入ることも出来ず一人ちびちびとエールを飲んでいるしか無かった。
「ほら新人! 入会手続きしてやったニャ!」
暫くしてニーニャが俺のハンターカードを持ってやって来た。
俺のシーハンターギルド入会手続きはいつの間にか終わっていたらしい。
「あ、ありがとう」
「これでもう用はナイにゃ? さっさとアレを連れて帰るにゃ。そして二度と連れてくんにゃニャ」
ニーニャが震える指で指す先。
そこにはギルドのスイングドアの下から中を覗き込んでいるシショウの顔が有ったのだった。
★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇
「これならやるぞ」
シショウを引き連れて外に出た俺は、親切な筋肉ダルマ――もとい、シーハンターのウミウシに案内されて船着き場にある造船所にやって来ていた。
造船所とは言ってもここで船を作っているわけではなく、主に修理などに使われる場所なのだとか。
「ありがとうございます」
「しかしお前、本当にこんな船を修理するつもりか?」
「はい。見る限り竜骨は壊れてないようですし、なんとかいけると思います」
目の前で野ざらしにされている船は、何年か前に海の魔物に襲われたせいで破損し、修理するよりも新しく作り直した方が良いということで陸に揚げられたまま放置されていたものらしい。
一応船の一番大事な部分である中央の竜骨は無事だとのことで、是非譲って欲しいと頼んでみたのだ。
「うちの船大工でもお手上げだったんだぞ」
「俺、こう見えて大工や鍛冶の経験がありますから。それに完全に修理するんじゃなくて、近くで魚漁をするだけなら」
「まぁ、そこまで言うなら止めねぇけどよ。道具とかはこの造船所にあるもんを使ってくれてかまわねぇ」
ウミウシはそう言ってから、造船所から少し離れた一軒家を指さす。
「それと船大工の爺さんはあの家に住んでる。仕事が無い時は大抵あそこか町の酒場で飲んだくれてるから、聞きたいことがあったら聞きに行ったらいい」
それだけ告げるとウミウシは「じゃあな」と一言告げて町の方へ向かっていった。
朝が早い彼らは、これから家に帰って家事をしてから眠るらしい。
シーハンターの仕事は体力勝負なので、なるべくちゃんと休まないといけないとか。
「思ったよりシーハンターの仕事って大変そうだな。さて、さっそくやるか」
『わふっ』
俺は一つ気合いを入れると、目の前の廃船の修理を始めた。
船の知識はほとんど無かったけれど、一から作る訳でもない。
その上周りには見本となる船も沢山有るので、修理自体はそれほど手間取らず終えることが出来た。
途中、どうしてもわからない所や仕上げに関しては船大工の爺さんを頼った。
彼も俺と同様人付き合いが苦手なタイプらしく、最初怒鳴られたりしたが、ウミウシから「酒を渡してやればいい」とのアドバイスを受け、酒を差し入れて以来上機嫌で手伝ってくれるようになった。
そして出来上がった船で大海原に漕ぎ出した俺とシショウを待っていたのは――激しい船酔いだった。
「水魔法」
海の波を舐めていたと知った俺は、水魔法で船の周りだけ波を止め揺れないようにしたり色々工夫を重ねた。
そして少しずつ酔いにも慣れ、釣り上げた魚を使った料理を色々と教えてもらいながらギリウスと約束した手紙と共に使い捨て収納魔道具に料理した魚と生魚を入れて送ったりという生活を続けていたのだが。
巨大魚との死闘でその大事な船をまた破損させてしまったのである。
「はぁ、また修理か。今度は竜骨もやばそうだし、部品も結構海に沈んだみたいだし材料費7万イーエンコースじゃ済まないよな」
『落ち込むなゴシュジン』
俺はとぼとぼと港から少し離れた岩陰から町へ向かって歩いて行く。
「巨大魚がいくらで売れるかだな」
『ゴシュジン。喰わないのカ?』
「喰いたいけど、船の修理費を稼がないといけなくなったからな」
『……シショウ、とてモ……辛イ』
「代わりにお前には靴を買ってやるから。そうだ、お前はどんな靴がい――……」
町へ向かってそんな話をしている最中だった。
突然俺の胸元から魔力が広がったと思うと、一瞬で体全体を包み込む。
『ゴ、ゴシュジン!?』
異変に慌てたシショウが俺の足にしがみついてくる。
「まさか……あいつ、あのボ――……」
そう言いかけたまま俺とシショウはその場から一瞬で姿を消すと、その場には岩場に打ち付ける波の音だけが残ったのだった。
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