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第三章 月下
4話 懐かしい
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二人は、男の場所に背を向けた。歩き出してもなお、冬馬の表情は固かった。目を細めて睨む勢いで晴臣のもつ、新聞紙を見つめている。
声に出さなくとも「怪しい」と言っているように感じ、その気持ちはよく理解ができる。
そういえば、あの男と出会ったのはかなり昔だよなぁ。懐かしいな。
あの時も恒星の無茶振りが酷く、「ハッキングでもして他国の情報を得てこい」と言われたことがあった。そんなことをしたことも、できない晴臣は困り果てていた。
先ほどの場所でうずくまるようにして、座り込んでぼやいていたのだ。そんな晴臣に声をかけたのが、先ほどの男だった。
自分は昔頼って成功した例があるが、そんなのは過去の話にしか過ぎない。
普通に考えたら、こんなおじさんからの情報なんて疑いたくなるよな。
「冬馬の心配したくなる気持ちも、よく分かる。でも、本当に信用して問題ない」
始発の電車も動き始め、電車の来る合図であるチャイムが構内に軽快な音楽と共に鳴る。
それなのに陰の気を纏ったプラットフォームの中は、どんよりと重たくて暗い。まとわりつくものを落とすようにして、肩についた埃を払う。
「そろそろ、店も開く時間になる頃か?」
「そうだな……」
晴臣の問いに対して、袖を軽く捲って黒の縁の腕時計を確認する。以前は大きな時計が構内に置かれていたが、今は撤去されてしまっている。
スマホか、腕時計でしか確認ができない。すぐに確認できる腕時計を身につけた、冬馬に聞くのが早いと思った。
晴臣はいつもの癖で、着けていないのに銀縁メガネを押し上げる仕草をとった。
そういえば……メガネをしていないんだったな……。
「ここから歩いていけば、ちょうど良さそうだ」
「じゃあ、早く行こう」
何時ごろにやってくるか分からないので、早めに行くに越したことはない。ここからは、目と鼻の先でもあるので時間はかからなさそうだ。
* * * *
男二人の足は、やはり時間をかけずにコーヒーショップに辿り着いた。まだクローズの看板をかけており、ほんのりと灯る灯りが窓から溢れている。
ラフな格好をしている女が、扉の前でオープンを待っている。今から出勤なのか、それとも夜勤明けなのか分からないが、疲れた表情で大きなあくびをしている。
呑気なものだな。
自分たちが探していることが、大事にならないように祈って動いているというのに。
晴臣は、先ほど貰った新聞紙を開いた。
他言語は完全に習得していないが、簡単な言葉は読み解ける。特にソフィアの国の言葉は、文法も複雑で習得は難しい。
この情報……日本には入ってきてないはずだよな? 隠しておきたい事実ってことだよな。
事実を突き止めたい気持ちと、後戻りのできない恐怖心との狭間にいる。やると言った以上、冬馬は全力で取り組むのだろう。
「当たり前か」
消え入る声で、そう呟いた。できることはやるつもりだが、それでも立ち止まって悩んでしまう。杭を刺され、ズキズキと心臓が痛む。
「さあ、お待たせいたしました」
鈴を鳴らして扉を開かれ、マスターと呼ぶのに相応しい初老の男性が出てきた。一人で考えごとをして新聞を眺めていたら、開店時間になったらしい。
入店待ちの疲れ気味の女性が、その声に釣られるようにして中に入っていった。それに続いて、冬馬が中に入っていく。晴臣は新聞を小さく畳んで、ポケットに入れた。
店内はアンティーク調のインテリアで揃えられていて、照明もステンドグラスでできている。小洒落ているのに、ホッと一息をつける空間だ。
窓際のテーブル席に腰を下ろした。
カウンター前に置かれた、サイフォンの中で水が沸騰する柔らかい音が聞こえてくる。ステンドグラスから溢れるライトも固まる心をほぐしてくれるが、サイフォンを温めるアルコールランプも溶かしてくれる。
この店内の全てが、温もりに満ち溢れていた。
清潔感のある若い男が、メモとペンを持ってこちらのテーブルへと近づいてきた。
「いらっしゃいませ。いかがなさいますか」
「コーヒーを二つ」
「かしこまりました」
しばらくして、テーブルにほろ苦い香りのコーヒーが運ばれてきた。藍色のコーヒーカップに、ブラックのコーヒーは並々に注がれている。
指先を引っ掛けて、口に運ぶ。
雑味のない、優しい風味が鼻を抜けた。
やっぱり、こういう店のコーヒーは美味しいな。
「そういえば……これ」
「ん?」
四角い黒色の眼鏡ケースをテーブルの上に置き、晴臣に差し出してきた。冬馬は視線を逸らし、店内に向けられている。
両手で包み込んで、布製の眼鏡ケースを開いた。
声に出さなくとも「怪しい」と言っているように感じ、その気持ちはよく理解ができる。
そういえば、あの男と出会ったのはかなり昔だよなぁ。懐かしいな。
あの時も恒星の無茶振りが酷く、「ハッキングでもして他国の情報を得てこい」と言われたことがあった。そんなことをしたことも、できない晴臣は困り果てていた。
先ほどの場所でうずくまるようにして、座り込んでぼやいていたのだ。そんな晴臣に声をかけたのが、先ほどの男だった。
自分は昔頼って成功した例があるが、そんなのは過去の話にしか過ぎない。
普通に考えたら、こんなおじさんからの情報なんて疑いたくなるよな。
「冬馬の心配したくなる気持ちも、よく分かる。でも、本当に信用して問題ない」
始発の電車も動き始め、電車の来る合図であるチャイムが構内に軽快な音楽と共に鳴る。
それなのに陰の気を纏ったプラットフォームの中は、どんよりと重たくて暗い。まとわりつくものを落とすようにして、肩についた埃を払う。
「そろそろ、店も開く時間になる頃か?」
「そうだな……」
晴臣の問いに対して、袖を軽く捲って黒の縁の腕時計を確認する。以前は大きな時計が構内に置かれていたが、今は撤去されてしまっている。
スマホか、腕時計でしか確認ができない。すぐに確認できる腕時計を身につけた、冬馬に聞くのが早いと思った。
晴臣はいつもの癖で、着けていないのに銀縁メガネを押し上げる仕草をとった。
そういえば……メガネをしていないんだったな……。
「ここから歩いていけば、ちょうど良さそうだ」
「じゃあ、早く行こう」
何時ごろにやってくるか分からないので、早めに行くに越したことはない。ここからは、目と鼻の先でもあるので時間はかからなさそうだ。
* * * *
男二人の足は、やはり時間をかけずにコーヒーショップに辿り着いた。まだクローズの看板をかけており、ほんのりと灯る灯りが窓から溢れている。
ラフな格好をしている女が、扉の前でオープンを待っている。今から出勤なのか、それとも夜勤明けなのか分からないが、疲れた表情で大きなあくびをしている。
呑気なものだな。
自分たちが探していることが、大事にならないように祈って動いているというのに。
晴臣は、先ほど貰った新聞紙を開いた。
他言語は完全に習得していないが、簡単な言葉は読み解ける。特にソフィアの国の言葉は、文法も複雑で習得は難しい。
この情報……日本には入ってきてないはずだよな? 隠しておきたい事実ってことだよな。
事実を突き止めたい気持ちと、後戻りのできない恐怖心との狭間にいる。やると言った以上、冬馬は全力で取り組むのだろう。
「当たり前か」
消え入る声で、そう呟いた。できることはやるつもりだが、それでも立ち止まって悩んでしまう。杭を刺され、ズキズキと心臓が痛む。
「さあ、お待たせいたしました」
鈴を鳴らして扉を開かれ、マスターと呼ぶのに相応しい初老の男性が出てきた。一人で考えごとをして新聞を眺めていたら、開店時間になったらしい。
入店待ちの疲れ気味の女性が、その声に釣られるようにして中に入っていった。それに続いて、冬馬が中に入っていく。晴臣は新聞を小さく畳んで、ポケットに入れた。
店内はアンティーク調のインテリアで揃えられていて、照明もステンドグラスでできている。小洒落ているのに、ホッと一息をつける空間だ。
窓際のテーブル席に腰を下ろした。
カウンター前に置かれた、サイフォンの中で水が沸騰する柔らかい音が聞こえてくる。ステンドグラスから溢れるライトも固まる心をほぐしてくれるが、サイフォンを温めるアルコールランプも溶かしてくれる。
この店内の全てが、温もりに満ち溢れていた。
清潔感のある若い男が、メモとペンを持ってこちらのテーブルへと近づいてきた。
「いらっしゃいませ。いかがなさいますか」
「コーヒーを二つ」
「かしこまりました」
しばらくして、テーブルにほろ苦い香りのコーヒーが運ばれてきた。藍色のコーヒーカップに、ブラックのコーヒーは並々に注がれている。
指先を引っ掛けて、口に運ぶ。
雑味のない、優しい風味が鼻を抜けた。
やっぱり、こういう店のコーヒーは美味しいな。
「そういえば……これ」
「ん?」
四角い黒色の眼鏡ケースをテーブルの上に置き、晴臣に差し出してきた。冬馬は視線を逸らし、店内に向けられている。
両手で包み込んで、布製の眼鏡ケースを開いた。
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