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人族と冒険とキングオーク

侵攻の足音

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『そうだわ。多分そろそろだし、あなたちゃんと迎えてあげないと…』

 そろそろ? 迎え?

 朝日が本格的に顔を出し始め、柔らかな光を身に纏いながら未だ寒い風に身を震わせる。優しく身体を摩ってくれるフェーズさんだが唐突にオレを下ろして街とは逆の方に向けられた。隣で一緒にしゃがむフェーズさんにどうしたのかと聞こうとしたが、彼女はスッと森の方を指差した。

『…ぁ、』

 朝日に照らされながらもあからさまに肩を落とし、視線を落としながら歩いて来る二つの人影。

『ずーっとあなたを探してたの。血相変えてギルドに怪我人抱えて報告に来て、それからずっとよ。

 まだ生きてる、あの子は賢いから…そう言って何時間も森を探し回ってたわけ。誰からも見つからないよう下を向いて、今にも消えちゃいそうなくらい気配を消して生きていたアイツらが、たくさんの冒険者に情報はないか…あなたを見なかったかって聞きまくってたわ。

 さぁ。行ってあげて、ラック。あなたもよく頑張ったわね』

 オレはこんなに幸せで良いんだろうか。

 ゴト、と背中に背負っていた籠を落として震える足を一歩前に出す。

 オレは騙してる。優しさに付け込んで、あの二人の人生に入ってしまった。だけど知らなかった。こんなに心地よくて、こんなに苦しくて、こんなに幸せになるなんて思わなかった。

『…少し休んだらまた行くぞ』

『当然です。殿下は休んでいて下さい…こんなことになったのは私のせいです…』

『誰が悪いかなんて話したらそんなのあのクソゴブリンとクソデビル共に決まってんだろ』

 どうして人間に産まれてこなかったのかとは、言わない。オークである自分にも幸せな思い出があり大好きな者たちがいる。事実、オレがオークでなければ無傷でなんて帰れなかった。

 いつか。

 いつか、別れの時は来る。彼らと生きるにはあまりにも時間の流れが違う。僅かで良い。もう少し、もう少しで良いから。

 どうか、どうか…この二人と、共に。

『ママぁあああ!! ジゼぇえええ!!』

 うわぁあああ、と大号泣のまま駆け出した。今までの余裕はどこへやら。二人の姿を目にしたらもう、ダメだった。

『ら、っく…? らっく、ラック…!?』

『は。ラック…? ラック!!』

 あーん!! といつかの幼子のような泣き声を上げながら走るオレ。そしてオレの存在に半ば呆然とし目を擦ってから夢じゃないと判断したのか二人が猛ダッシュでやって来る。

 …ってちょっと待て!!

 なんか勢いつけ過ぎじゃない?!

『ラック!! 本当にラックなんですか?!っ無事だったんですね!? ああっ神よ…!!』

『ラック…!! すまない、…本当にすまなかった…!』

 二人の勢いに完全に畏縮して急ブレーキ。涙も引っ込んでその場に踏ん張ると、大の男が二人して抱きついて来た。

 ちょ、ジゼなんか杖まで吹き飛ばして来てるし!

『怪我は?! 何かされませんでしたか?! 痛いことや服を脱がされたりと、ふぐっ』

『バカ!! 他の人間もいるのにもう少し気を遣えないのかバカ!』

 めっちゃバカバカ言うじゃん…。

 だが、ダイダラが心配するのも無理はない。なんせオークだって戦場では同じようなことをする。

 しかし!!

 オレはエッチなことは合意派です! Win-Winな関係でも可!!

 まぁ、オレはそんな経験ありませんけど…。

『詳しい事情はこれからギルドに来て話してもらうわ。…だからまぁ、今は無事を喜びなさいよ。ラック、凄い頑張ったんですって』

 泣きながらオレに抱き着くダイダラに、ずっと頭を撫でて切なそうに顔を歪めるジゼ。すぐに二人に抱き着き返して甘えた。

『寂しかったー! もっとくっ付く!!』

『いくらでもくっ付きます!!』

『あ。ママっ、ちょ、まっ…むぎゅぅ?!』

 最近やっと身体に肉が付き始めたジゼだが、何故か発達するのは胸。ふかふかな胸に押し込められ窒息寸前。なんとか顔をズラすことに成功するも頬に食い込む圧倒的な…パイ。

 …揉みまくってやろうか。

『ママ。ラック苦しい』

『っ私もずっと苦しかったんですからね…!』

 スンスンと涙を流すダイダラ。温かい涙がポタポタと降り、オレの頬に落ちる。手を伸ばして泣き虫になった騎士の頬を撫でれば再び抱きしめられた。

 …やれやれ。これじゃあ文句も言えやしない。

『おかえりなさい…、こうしてまた触れ合えるなんて夢のようです…』

『ふふっ。夢じゃないよ。もう悪い夢は醒めたんだもん。

 ただいま!』

 ダイダラに抱っこをされ、背負っていた籠も彼がオレを持ってない方の手で担いでしまう。ジゼは自分が杖をついていないとやっと気付いたようで拾った杖をぶんぶん振り回しながら一緒に歩き出す。

 …遂にジゼも全快に近いんだなぁ。

 ふと辺りを見渡すと、さっきまでいたマキヤがいなくなっている。どこに行ってしまったのかと不思議に思うが別れは済ませたし…仕方ない。

 先に戻ったフェーズさんを追うように、三人並んで朝日を浴びながら楽しくワイワイ進む。

 ここから先の未来が、険しくて波乱に満ちたものだとこの時は知る由もなく…ただ幸せを感じながら過ごしていた。


『状況の確認。

 …ラックはデビルたちに攫われるも、途中で拘束を解かれて一人では街に帰れないと判断。近くに巣穴らしき場所を見付けて冒険者が捕まっているだろうと中に入って攫われた人々を解放した…、と?』

 ギルドでは事情聴取の真っ只中。

 攫われた人の中でも詳しく状況を話せる人を数人と、救った本人であるオレが奥の応接室に呼ばれていた。勿論オレは保護者同伴で、何故かダイダラの膝の上でフェーズさんの問いに元気よく頷いた。

『ゴブリン、落ちたお花凄く嫌がった。すぐ逃げたから嫌いなんだって思ったの。だからラックね、お花の花粉いっぱい付けたんだ』

『なるほどね…。だからラックが侵入した際も匂いが消されてたわけか…筋は通るわね。

 頭の良い子ね、咄嗟にそれを思い付いて実行するまでの勇気は相当よ。しかも魔族とは一度も接触しなかったなんて、運が良いわ』

 すぐにダイダラがそうでしょう? ウチの子は凄いでしょう? とばかりにオレの肩に手を置き、隣に座っていたジゼもうんうんと深く頷く。

 やだ照れちゃう。

『問題はゴブリンとデビルよね…。他種族が行動を共にするのはたまにあるけど、今回のは特に連携が取れていたようだし、強かったわ。ギルドの冒険者もゴブリンやデビルとの戦闘には割と慣れているはずなのに、何人か捕まって…中には助からなかった者もいる』

 途端に静まり返る室内。

 特別にギルドの食堂で作ってもらったパンケーキがテーブルに置かれており、オレはそれに釘付けだ。

『今回の件はラックのお陰でなんとか命を繋いだ人間が多いわ。だけど、…もしかしたらこれは兆候なのかもしれないわね…』

 は、早く食べたいなぁ…。

『それはつまり、この辺りでも…始まるかもしれないってことか?』

『それどころかもう…始まったのか』

 新たに入って来た受け付け嬢さん。パンケーキに釘付けになったオレに気付いて慌てて駆け付けると中腰になってパンケーキを切り分けてからそのお皿とフォークを渡してくれる。

 や、やったー!!

『隣国では随分攻め込まれて、向こうはもう数年以上弄ばれている状態。こっちは暫くは大丈夫だろうって話だったけど、まぁ時間の問題よね…こんなの』

 お礼を言ってパクパクとパンケーキを頬張る。

 ふかふかで甘くて美味しい、卵の味がしっかりしていて…アイスはないけど一緒についたフルーツの酸味が最高にマッチした一品! これは良いもの!!

『…魔族、魔王軍の侵攻が始まったか…調査してもらわなきゃね。

 他言無用よ、アンタたち』


 …魔王…?

 魔王って、魔王様…?


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