May

樫野 珠代

文字の大きさ
上 下
70 / 109
side 壱也

3-2

しおりを挟む
琴未の件を聞いた日から、俺は仕事の鬼となった。
いや今までもそんな感じだったが、それでもプライベートはそこそこ満喫していた。
しかし今は、そんな時間さえも仕事に没頭していた。
そうしなければどうしても彼女の事を考えてしまうからだ。
例えば、起きた瞬間や食事中、そして寝る時など。
最悪なのは、夢にまで出てきた事だ。
そして必ず、最後に出てくる彼女の表情は最後に会った日の作られた笑顔。
何かを隠した笑顔。
それがなんなのか、気になって仕方がない。
末期だな。
一人で自嘲していた。
そんな自分が可笑しくてたまらない。
しかも今まで関わった全ての女達と縁を切る始末。
もともと俺からは連絡をしない奴らばかりで、割り切った関係という前提で付き合ってきた。
だから当然、すっぱりと関係を清算できるはずだった。
が、やはり聞き分けのない女はいるわけで、お構い無しに電話をかけてくる奴が一人いた。
そして今、俺の目の前に存在している。
「何をしている、こんな所で。」
ちょうど会社を数歩出た所で前島 園子はいた。
にこにこと愛想のいい笑みを浮かべ、俺に近付いてくる。
「やだわ、壱也ったら。会いに来たに決まってるでしょ?ね、今から出かけない?」
「・・・見てわからないのか?俺は仕事中だ。」
「壱也は優秀だから仕事なんて明日でも出来るでしょ?ね?行きましょうよ。」
「おまえに付き合ってる暇はない。」
「冷たいわねぇ、相変わらず。でもそこがいいのよね。」
俺が車へと向かっている間も彼女の独り言は続いていた。
これ以上、付きまとわれるのもごめんだと思い、園子へと言い放つ。
「いい加減にしろ。よく聞け。今後、2度と俺に関わるな。もし、守れないようなら俺もそれなりの考えはある。わかったか?」
冷酷なまでの視線を向け、彼女を黙らせる。
俺に怯え、強張ったソイツはその場を動く事が出来ないようだった。
それを目の端で捉え、そのまま車に乗り込もうとドアを開けた。
ふと、園子と別の視線を感じ、その方向に目を向けた。
琴未?
彼女だと気付いた時、すでに彼女は俺のいる方とは逆の方へと走り出していた。
「琴未!」
車のドアを閉め、彼女を追いかけようとした。
しかし腕をぐいっと引っ張られ、その行動を遮られた。
「ちょっと!壱也!」
すっかり存在を忘れていた女が俺に縋り付く。
「放せ。」
「イヤッ!さっきの女、誰っ!?」
「おまえには関係ない。」
「関係あるわよ!全ての女と手を切るって言ってたじゃない!だったらさっきの女もでしょ?」
「アイツはそんなんじゃない。いいから放せっ!」
無理矢理、園子の手を振り切った。
「壱也っ!」
「失せろ!今すぐ!」
怒りを含んだドスの聞いた声でソイツを突き放す。
園子は目に涙を溜めながらも俺を睨み、そのまま去っていった。
俺は琴未の去った方へと目を向けたが、すでに彼女の姿は見えない。
ちっと舌打ちをして踵を地面に打ち付けた。
久々に見た彼女は、少し線が細く見えた。
また痩せたのか?
ただでさえ、痩せすぎなのに・・・。
彼女はどこに向かっていたのだろうか。
ふっと彼女の足取りを思い浮かべた。
彼女が来た方向と向かっていた方向を考えると自然に答えが見えた。
彼女は自分の会社に戻るところだったのだと。
俺の会社から彼女の会社までは、歩いても15分程度の所にある。
俺の会社の前を通らなくても彼女の会社には戻れる。
しかし、再びここを通る方に賭け、車を近くに移動させ、そのまま彼女が来るのを待った。
何をやってるんだ、俺は。
彼女が通るとも限らないのに。
彼女に会ってどうしようと言うんだ?
会いたい気持ちと会い辛い気持ちがぶつかっていた。
どのくらいそこに居たのだろうか。
これ以上待っても来ないだろうと諦めた頃、彼女を発見した。
俯いたまま歩いていた。
どこか元気がないように見える。
静かに彼女の前へと歩み寄った。
俺の影に気付いた彼女が顔を上げ、目を見開いた。
「きゃっ!」
よほど俺がいることに驚いたのだろう。
そんなに驚く事か?
ちょっとした憤りを感じた。
「非常に有り難い出迎えをしてくれるな、君は。」
「あ・・・の、・・・どうして・・・。」
驚きのあまり、言葉もうまく出ないらしい。
どうして?
待っていたに決まってるだろう!
目が合った瞬間、逃げられた俺の身にもなれ!
次第に怒りが込み上げる。
「俺を見て逃げた奴がいてね。そいつの顔を見てやろうと思って待ち伏せしてたんだよ。」
なんとか怒りを押さえ、彼女には皮肉交じりの言葉を返した。
その言葉で彼女は恐縮しているようだった。
「へ、へぇ。それで・・・待ち伏せしてどうしようと?」
引き攣った顔のまま、彼女が徐々に後退して行く。
逃がすわけがない。
「どうしようか。どうしたらいいと思う?」
「え・・・と、顔だけ見てそのまま立ち去る、とか。」
彼女と普通に会話しながらも、しっかりと彼女の腕を掴んで放さない。
「それは俺の道理に反する。俺に待ち伏せまでさせたんだ。しっかりと報いてもらわないとな。」
腹の虫が収まらん。
心の中でそう呟いていた。
とりあえず逃げられないように彼女を車へと連れて行く。
「え?あ・・ちょっと!」
腕を引っ張られた彼女は戸惑い、呼び止めようともがく。
しかしそんなもの聞くはずがないだろう。
助手席のドアを開け、彼女に入るように促すが、彼女は立ち止まったまま、足を進めない。
そこで改めて思い出す。
彼女は助手席に乗らないのだと。
助手席のドアを素早く閉め、後部座席のドアを開けた。
おそらく彼女は助手席に『乗らない』んじゃない。
『乗れない』んだ。
彼女の過去を聞いてから、俺なりに出した答え。
男嫌いな理由も今なら解る。
誰とも付き合わない理由もそして倒れる理由も。
だが、俺が知っているという事を彼女には知られたくなかった。
浅はかな考えで過去を穿り返した自分を彼女はきっと拒絶する。
彼女だけには拒絶されたくない。
だから知らないフリをする。
嫌われたくないから。
「こっちがそんなに気に入ったのか?それとも俺の運転がそんなに信頼がもてないか?」
なるべく自然に、冗談で彼女の緊張を解す。
おそらく彼女はこの狭い空間に男と2人きりでいることにも我慢が出来ないのだろう。
彼女が気分が悪くなったり、倒れたりした時、必ず二人きりだった。
しかも限られた空間の中。
まだ傷は癒えていないのだ。
そんな俺の考えを他所に彼女は明るく答えていた。
「両方よ。」
笑顔でそう言う彼女に、俺は心の中で安堵していた。
少なくとも冗談が言える程度には、落ち着いているということだ。
そんな些細な事にも嬉しさがこみ上げてきた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

極道恋事情

BL / 連載中 24h.ポイント:1,515pt お気に入り:777

時間を戻して異世界最凶ハーレムライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:453

フェロ紋なんてクソくらえ

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:387

【R18】お世話した覚えのない後輩に迫られました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:149

王太子殿下と婚約しないために。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:1,014

処理中です...