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8.料理苦手女子が作るたまご雑炊

美味しいの種類

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 マンションの外周と、大通りを歩いて帰宅した。

「あんよをキレイにしましょうねーー!」

 玄関を入ってすぐのところに、わたあめ用の足拭きシートがある。公園へ行ったり汚れがひどかったりすると風呂場でしっかり洗っているそうなのだけど、普段の散歩だとこれでじゅうぶんらしい。

 玄関から続く廊下に座り込み、わたあめを仰向けの状態にして抱える。拭かれることが分かっているのか、されるがままになっている。肉球を触られるのが苦手なわんこも多いのに、わたあめは毛刈りされている最中の羊みたいに無抵抗だ。

「羊ちゃんも同じ白いくるくるの毛でしゅねーー!」

「わたあめちゃんの毛はかわいいでしゅねーー!」

「肉球もお爪もお手ても、ぜんぶ可愛いでしゅねぇ!」

 ふきふきしながら話しかけていると、スマートフォンが震えた。手はふさがっていたが、なんとかタップしてメッセージを確認する。

『前脚をお手てとかいうのやめてくれる?』

 郡司からだ。

 思わず辺りをきょろきょろする。

『どこで聞いてるの?』

『自分の部屋だけど? すげえ聞こえてくる』

 まさか、そんなに自分の声が大きかったなんて。身振り手振りもデカい。声もデカい。少しは控えなければ。

『静かにしまーす。でも、わんこの前脚はさ、もうお手てでよくない?』

 以前から思っていたことをぶつける。

『別にいいんじゃない』

 賛成というよりどうでもよさげな返事にムッとする。でも、何だか元気になった気がする。メッセージの返信も早い。

『少しは元気になった?』

 仕上げにもう一度、わたあめを拭いてからリビングへ行く。

『まあ』

 ソファによじ登り、休憩とばかりにドテッと横になるわたあめに便乗して、ソファの端っこにお邪魔させてもらう。
 
 郡司によると、元気よく散歩をした後、少しだけ休憩してから夜ごはんを食べるのが、わたあめのルーティンらしい。

『めし』

『うん?』

『美味かった』

 心臓が、ぎゅっとした。何か、すごく照れる。ソファに座ったまま、両脚を静かにバタバタさせる。

『お世辞いうなんて、めずらしいね』

『本心だけど?』

『風邪のときって、味とか分からないじゃん』

 嬉しいが過ぎた。照れ隠しでつい、嫌味な言葉を送ってしまった。

『美味しいって、味だけじゃなくない?』

 あ、それは……、分かる。

『温かいものを食べて心がぽかぽかする感じとか、体にじんわり沁みていく感覚とか?』

『そう』

 味覚ではない。しょっぱいとか、甘いとか、何味だと聞かれても説明できない。でも、まぎれもなく「美味しい」。

『貴重だから、美味しいってのもあるよね』

 子供のころ、たまにしか食べられない母の味が好きだった。やさしい和食ごはん。

『珍味ってこと?』

 イマイチ伝わらなかったらしい郡司に、母の味のことを説明する。

『もともと、お料理代行サービスを利用し始めたのも、母の味が懐かしいからで。それで、和食料理が得意なベテラン主婦のスタッフさんを指名してたんだ』

 お世話になった、西依さんのにっこり笑顔を思い出す。

『そうなんだ』

『あ、懐かしいから美味しいってのもあるね!』

 そう考えると、「美味しい」は複雑で奥が深い。

『懐かしいからってのは、ないかな』

 まさかの意見の食い違い。

『俺には懐かしい味がないから』

 郡司から送られてきた文面を見て、返す言葉を見失った。

 たぶん、繊細な意味合いを含んでいる。どんな返事をすれば良いんだろうと、メッセージを見ながら逡巡する。

 ここから先へ立ち入るには、彼の許可が必要だ。自分にその資格があるとは思えなかったけれど、それを判断するのは彼で。

『どうして、懐かしい味がないの?』

 できる限り淡々と返信した。
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