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16 ホストクラブ『Φblivion』-オブリビオン- ②
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「楽しそうだな」
気怠るげに声を掛けて来たのが、この店のNo.1ホスト――高城皇だと分かり、蓮に緊張が走る。蓮は素早く、ユキはその動きにつられて、2人ともソファから立ち上がった。
「お疲れ様です、高城さん」
「お疲れ様です」
「おー」
高城のために真ん中の場所を空けた。
高城は蓮とユキに挟まれる形で、ゆったりとソファに腰掛けた。
蓮より更に背が高く、スタイルが抜群にいい。服の上からでも鍛えられた体のラインがはっきり分かる。
男らしいがしなやかさも兼ね備えた美形で、少し目にかかる長めの前髪から覗く目付きにゾクッとさせられる色気がある。
隣に座られるだけで、その身体から発せられるオーラに圧倒されてしまう。
群れのボス――と、店の全員に認められている人だ。
「お前ら、随分仲良くなったな。ユキが来たばっかりの頃は大分浮いてて心配したが……蓮夜が上手くクッションになってるみたいで安心したよ」
オブリビオンでは接客時の服装はスーツ、と決まっている。
もちろん今いる3人は全員スーツを着ているが、高城のブラックスーツ姿は何とも言えない迫力があった。
その身を沈める深い臙脂色のソファと、天井を彩るアンティークのシャンデリアから注がれる光。
インテリアとして置かれている凝ったデザインの鳥籠やキャンドルスタンド。
それらに囲まれた高城は主として相応しい風格を備えている。
この大仰に演出された非現実的空間の中にいて、これほど違和感なくしっくり来る人間はそうはいないだろう。
高城皇という男をあらためて眺め、本当にホストらしい煌びやかな人だなと蓮は思う。
高城がジャケットの懐から煙草ケースを取り出した。
それを見たユキがライターを手に取る。煙草に火を点けるのは、その場で一番下の立場の人間がやる仕事と決まっているのだが、高城はそれを手で制し、
「蓮夜」
とだけ告げた。
相手の望みをいち早く察し、蓮は自分のライターを取り出す。
純銀のジッポを高城の口元に捧げるように差し出し、咥え煙草の先に火を点けた。
キンと甲高い金属音を響かせて蓋を閉じると、高城は満足気にふうっと白い芳醇な薫りを漂わせる。
わざわざ自分を指名したことに何かを感じ――項のあたりがざわついた。高城になら顎で使われても全く構わないが、何か言いたいことでもあるのだろうか。
「……自分の名前に合わせてるのか」
その指を蓮の手元に伸ばしてきた。
このジッポはアンティークの一点物で、蓮の花を図柄にした細かい手彫りの模様が施されている。
「そうなんです。この仕事を始めた時、これで名前を覚えてもらおうと思って。こっちから言う前に気付いてくれたの、皇さんが初めてですよ」
高城にライターを見せながら、こういうことにすぐ気付くのが流石だなと本気で感動した。「観察力がスゴいですよね」と、蓮は思ったことをそのまま口にする。
「………」
高城がしばし無言になったので、言い方がマズかっただろうかと思った時。
「くすぐったいことを平気で言うんだな」
と、高城が笑った。
不意打ちを食らって蓮の心臓が跳ねる。
どちらかと言えば強面なイメージがある高城だが、笑顔は思いのほか優しい。
そのギャップにやられる女子が多いと、ウワサには聞いたことがある微笑だった。
「お前は、そういう風に素で人を褒められるところが長所なんだろうな。ユキの様子を見ていても分かるが……案外教育係にも向いてるんじゃないか」
「!」
初対面の時に下の名前で呼ぶことを許してくれたのも意外だったのだが、こんな言葉をかけてくれるのも予想外で。少し戸惑ってしまう。
どちらかと言えば自分は高城に受けが良くない――と蓮は感じていたからだ。
「ありがとうございます。いやでも、向いてるかどうかは微妙ですね……ユキ、お前も周りにあんまり心配かけるなよ?」
「はい。心配してくれてありがとうございます」
ユキが軽く頭を下げた。
たったこれだけのやり取りも最初は難しかったので、随分進歩したな……と、蓮の胸は思わず熱くなった。
「髪、ボサボサだな」
「はい。蓮夜先輩にやられました」
「俺ともそれくらい打ち解けてくれていいんだぞ?」
「……努力します」
「はは、努力ね。そういう正直な所は相変わらずだな」
安心したのも束の間、相変わらず危なっかしいユキの受け応えに、蓮はずっとハラハラして落ち着かない。
「生意気ですみません」
「お前が謝るなよ。俺は案外ユキのことは買ってるんだ……最低限の礼儀はもちろん必要だと思うが――ところで、蓮夜」
「はい?」
高城が意味あり気な視線を送ってきた。
気怠るげに声を掛けて来たのが、この店のNo.1ホスト――高城皇だと分かり、蓮に緊張が走る。蓮は素早く、ユキはその動きにつられて、2人ともソファから立ち上がった。
「お疲れ様です、高城さん」
「お疲れ様です」
「おー」
高城のために真ん中の場所を空けた。
高城は蓮とユキに挟まれる形で、ゆったりとソファに腰掛けた。
蓮より更に背が高く、スタイルが抜群にいい。服の上からでも鍛えられた体のラインがはっきり分かる。
男らしいがしなやかさも兼ね備えた美形で、少し目にかかる長めの前髪から覗く目付きにゾクッとさせられる色気がある。
隣に座られるだけで、その身体から発せられるオーラに圧倒されてしまう。
群れのボス――と、店の全員に認められている人だ。
「お前ら、随分仲良くなったな。ユキが来たばっかりの頃は大分浮いてて心配したが……蓮夜が上手くクッションになってるみたいで安心したよ」
オブリビオンでは接客時の服装はスーツ、と決まっている。
もちろん今いる3人は全員スーツを着ているが、高城のブラックスーツ姿は何とも言えない迫力があった。
その身を沈める深い臙脂色のソファと、天井を彩るアンティークのシャンデリアから注がれる光。
インテリアとして置かれている凝ったデザインの鳥籠やキャンドルスタンド。
それらに囲まれた高城は主として相応しい風格を備えている。
この大仰に演出された非現実的空間の中にいて、これほど違和感なくしっくり来る人間はそうはいないだろう。
高城皇という男をあらためて眺め、本当にホストらしい煌びやかな人だなと蓮は思う。
高城がジャケットの懐から煙草ケースを取り出した。
それを見たユキがライターを手に取る。煙草に火を点けるのは、その場で一番下の立場の人間がやる仕事と決まっているのだが、高城はそれを手で制し、
「蓮夜」
とだけ告げた。
相手の望みをいち早く察し、蓮は自分のライターを取り出す。
純銀のジッポを高城の口元に捧げるように差し出し、咥え煙草の先に火を点けた。
キンと甲高い金属音を響かせて蓋を閉じると、高城は満足気にふうっと白い芳醇な薫りを漂わせる。
わざわざ自分を指名したことに何かを感じ――項のあたりがざわついた。高城になら顎で使われても全く構わないが、何か言いたいことでもあるのだろうか。
「……自分の名前に合わせてるのか」
その指を蓮の手元に伸ばしてきた。
このジッポはアンティークの一点物で、蓮の花を図柄にした細かい手彫りの模様が施されている。
「そうなんです。この仕事を始めた時、これで名前を覚えてもらおうと思って。こっちから言う前に気付いてくれたの、皇さんが初めてですよ」
高城にライターを見せながら、こういうことにすぐ気付くのが流石だなと本気で感動した。「観察力がスゴいですよね」と、蓮は思ったことをそのまま口にする。
「………」
高城がしばし無言になったので、言い方がマズかっただろうかと思った時。
「くすぐったいことを平気で言うんだな」
と、高城が笑った。
不意打ちを食らって蓮の心臓が跳ねる。
どちらかと言えば強面なイメージがある高城だが、笑顔は思いのほか優しい。
そのギャップにやられる女子が多いと、ウワサには聞いたことがある微笑だった。
「お前は、そういう風に素で人を褒められるところが長所なんだろうな。ユキの様子を見ていても分かるが……案外教育係にも向いてるんじゃないか」
「!」
初対面の時に下の名前で呼ぶことを許してくれたのも意外だったのだが、こんな言葉をかけてくれるのも予想外で。少し戸惑ってしまう。
どちらかと言えば自分は高城に受けが良くない――と蓮は感じていたからだ。
「ありがとうございます。いやでも、向いてるかどうかは微妙ですね……ユキ、お前も周りにあんまり心配かけるなよ?」
「はい。心配してくれてありがとうございます」
ユキが軽く頭を下げた。
たったこれだけのやり取りも最初は難しかったので、随分進歩したな……と、蓮の胸は思わず熱くなった。
「髪、ボサボサだな」
「はい。蓮夜先輩にやられました」
「俺ともそれくらい打ち解けてくれていいんだぞ?」
「……努力します」
「はは、努力ね。そういう正直な所は相変わらずだな」
安心したのも束の間、相変わらず危なっかしいユキの受け応えに、蓮はずっとハラハラして落ち着かない。
「生意気ですみません」
「お前が謝るなよ。俺は案外ユキのことは買ってるんだ……最低限の礼儀はもちろん必要だと思うが――ところで、蓮夜」
「はい?」
高城が意味あり気な視線を送ってきた。
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