【完結】独占欲の花束

空条かの

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4章『恋路編』

78「監督不行き届きよ!」

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「命に別状はないとは思うけど……。昏睡状態は免れないわ」
「遅くに悪かった紗奈」

尚政は、尚人のために呼び出しに応じてくれた恋人の如月きさらぎ紗奈さなに謝罪する。
女医であり、この病院の娘でもある彼女に無理いって診てもらったのだ。
紗奈は振り返り尚政と尚希を睨む。

「一緒に服用してはいけないって、言ってあったんだけど……」
「ごめん紗奈ちゃん、僕たちほんと知らなかったんだ。尚ちゃんの薬のこと」
「今、知ったんだ」

二人は申し訳なさそうに肩を落とすと、紗奈に顔向けできないと俯く。申し訳ないと肩をおとした二人を見て、紗奈は両の腕を組むと仁王立ち。

「監督不行き届きよ!」

一言強くいい放つと、紗奈は小さなため息を溢した。

「最近眠れなくて、情緒不安定なんだって、今朝薬をもらいに来たのよ、尚人くん」
「尚人が」
「ええ、だから睡眠薬と精神安定剤をいくつか処方したんだけど、まさか全部一緒にしかも大量に飲むなんて」

一つずつ試して、効いたものを今度から処方するつもりだったのだが、尚人は自分で実践するから、全部処方してほしいと懇願してきた。しかも2週間分。
それを許してしまった自分にも非はあると、紗奈は肩を落とす。

「……まあ、私の落ち度も認めるわ」

尚人くんなら大丈夫と過信した結果だと、紗奈もまた責任を感じた。

「尚人はどうなるんだ」
「はっきりとしたことは何も。副作用の効力もまだわからないわ」
「くっ、私のせいだ」

奥歯を噛み締め、尚政は苦痛の表情で俯く。広い特別室の病室は重たい空気で満たされ、尚人はいつ目を覚ますとも分からないまま静かに眠っていた。

「何があったの? 尚人くんがこんなになるなんて」

紗奈は、尚人がこんなにやつれてしまった理由を求めた。病院へ来たとき、元気がないのはすぐにわかった、それに生気さえ薄かったのをはっきりと覚えていた。
尚人のことは小学生の頃から知ってるが、聞き分けがよく、人に優しく、とてもいい子だったのが印象深い。怒ったり、わがままを言ったり、拗ねたり、なんて一度も見たことがないくらいいい子。
そんな尚人がこんなになるまで、何かを思い詰めていた……。紗奈はそれがとても不可解だった。
天王寺家の家族はみんな尚人くんに甘い、そりゃあもう愛されてるのが目に見えるほどに。
紗奈は付き添い用の椅子に腰かけると、クルリと二人に振り向いた。

「尚政」
「あ、ああ。紗奈には話すよ」

重たい口を開いた尚政は、尚人に好きな人ができたこと、事件の事、自分が誤解させてしまったことを話した。






「ねえ、その姫木ちゃんだっけ、連れてこれる?」

話を聞いた紗奈は唐突にそう告げる。

「姫木を?」
「尚人くんがこうなったのは、尚政が悪いわ」
「やはりな……」
「罪の意識を感じるなら、その子、絶対連れてきなさい」

『いい、わかった!』と、人差し指を尚政の鼻先に押し当てて、紗奈は険しい表情をして見せた。

「姫ちゃんと尚ちゃんって、何か関係あるの?」
「賭けよ」

尚希に言われ、紗奈は再び両腕を組むとそっと尚人を見る。

「賭けって?」
「尚人くんの一番大切な人だったんでしょう。姫木ちゃんの声がしたら戻ってくるかもしれないってね」

深い眠りに落ちている尚人を呼び起こすきっかけになるかもしれないと、紗奈は苦笑して見せた。
大好きな人の声が聞こえたら、意識が戻るかもしないと、非科学的なことを提案した。

「必ず連れてくる。私は尚人に謝らなければならないんだ」
「僕も協力するよ」

二人は明日、姫木を連れてくると紗奈に約束した。

「一応、忠告しておくけど、誘拐と同行は別よ」

この二人は姫木を誘拐してくるんじゃないかと、心配になった紗奈は先手を打つ。
一般常識をあまり認識できていないこの兄弟。
性格はあまり似てないのに、そういうこところは兄弟だと、紗奈は呆れた苦い表情を浮かべる。
付き合いが長いせいで、慣れてしまっている自分も大概だと思いながら、ため息もでる。

「大丈夫だよ、紗奈ちゃん」

尚希が無邪気に笑って見せた。ちゃんと説明してから連れてくると約束してくれた。その一方で尚政は責任を感じたまま静かに項垂れている。
目を覚まさない尚人をそっと見ながら、尚政はただひたすらに自分を責めた。
自分の言葉がもっと足りていたら、尚人をこんな目に合わせずに済んだ、このまま目を覚まさなかったら私は……。


コツン


俯いたまま重たい空気を纏う尚政の頭に、衝撃が加えられた。

「紗奈」

叩いたのは紗奈。

「後悔する暇があったら、今できることをしなさい」
「今できること?」
「尚政の悪い癖。全部自分のせいにして、勝手に責めて、落ち込んで、弱音を吐かない」

だから、いつも私が強くありたいと思ってしまう。もっと頼ってほしいのに、わがままだって言って欲しいのに、尚政と尚人はそれをしない。
紗奈は、尚希くらい気さくになんでも話してくれたら楽なのにとふと思う。
への字口にして尚政を見れば、驚いたような顔をされた。

「紗奈、私は……」
「私はあなたの何? 尚政の言葉、ちゃんと聞くわよ」

だから弱い心を話して。
私に心配させて。
紗奈はじっと尚政を見る。

「すまない紗奈。尚人を助けてほしいんだ」
「わかったわ」
「それと……」
「それと?」

尚政は少しだけ顔を染めて、紗奈を見つめた。自分の恋人はなんて素敵なんだと考えながら。

「今すぐ抱き締めたい」
「え、……」

ストレートにぶつけられた言葉に、紗奈の方が動揺を隠せず真っ赤に沸騰した。
こういう、ど直球なところが、正直恥ずかしいとは思うけど、嫌いじゃない。けど、いつも唐突に、突然過ぎるんだと、紗奈は恥ずかしさで眩暈を起こしそうになる。

「駄目か」
「あのね、そういうのは黙ってしなさい」

いちいち口に出さなくていいからと、恥ずかしさでそっぽを向いた紗奈が尚政に抱きしめられた。強く抱きしめられる腕に、尚政の不安が全部込められていて、紗奈は自然と抱きしめ返していた。
いつの間にか姿を消してくれた尚希に感謝しつつ、尚政と紗奈は自然とその唇を重ねた。
年に数えるほどしか会えなくても、紗奈は自分をこうやって甘やかしてくれる、叱ってくれる、尚政はいつか必ず紗奈を世界で一番幸せにしてみせると心に誓った。
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