信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

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裏切り

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  話を終えた私達は帰宅する為、三階の図書室から一階の玄関口へ向かった。

  たわいのない世間話をしながら歩いていた私達は二階に差しかかった所で貴族令嬢とは思えぬ姿で走り去っていく者達の姿を見た。

「やりましたわ!」

「あれであの女も少しは大人しくなりますわね」

「いい気味ですわ!」

  階段の上にいる私達に気がついていないのか、声量を落とすことなく怪しげな会話をしていった。

  その光景に私達は足を止めた。

「聞きましたか?」

「ああ、何かあったようだな」

「どうします? 見に行かれますか?」

「……何かあるといけない。私が様子を見てくるからシェルト嬢は先に帰ってくれ」

  私を危険な目にあわせないよう先に帰らせようとするトルタンド様はそう言うと、足早に令嬢達が駆けてきた方向へ向かった。

「あ、トルタンド様っ!」

  あの会話から察するに令嬢達は何か良からぬ事をしている。そんな現場に公爵子息だけを向かわせていいのか? いや、よくないだろう。

  もしもの時は助けを呼びに行ける人手はあった方がいい。

  そう思った私はトルタンド様の後を急いで追いかけた。


  その先に私の心を砕く光景があるとも知らずに……















  はしたないとは思ったが非常事態の為、学園の長い廊下を長い制服のスカートを持ち上げて走った。下校時間ギリギリだったし、人に見られる事はないだろうと思っていた。

「あ、トルタンド様!」

  何故か私達の教室の前で立ち尽くしているトルタンド様の姿を見つけた私はスカートの裾を直して、淑女らしくゆっくりと近付いていった

  近付くにつれ、険しい顔をしたトルタンド様の姿がはっきりとわかった。教室内を睨みつけるようにして見つめる姿に私は声をかける事が出来なかった。

  ただ単にトルタンド様が怖かったというのもある。
  だけど私は何故か嫌な予感がした。

  教室の中にトルタンド様が怒る何かがある。
  
  気がついた時には私は教室の前まで来ていた。

「……うそ……」

  こっそり教室の中を除き見てみると、其処にはユリア様を抱きしめているアルバート様の姿があった。

  ユリア様は泣いているのか、アルバート様が目元や頬に何度も触れて涙を手で拭っていた。

  その光景は誰がどう見てもただの親戚ではなかった。
  
  今にも口付けをしそうなほど二人の距離は近く、あれでは二人の仲を疑われても仕方がないと思ってしまった。

  現に私の中に残されていたアルバート様への信頼は疑惑が確信に変わった事によって砂のように崩れていった。

  嘘つき。
  信じてくれって言ったのに。
  婚約者の私だって抱きしめられた事ないのにどうして? どうしてユリア様を抱きしめているの?
  これも事情があるというの?
  だから我慢しろと?

  ユリア様に心があるのならはっきり言ってほしい。
  在学中だけユリア様との関係を続けたい。嘘をつかずそう言われた方がよかった。意味のわからない言葉で濁して私を騙して三年間やり過ごそうだなんて許せない。

  どうして?
  愛する人がいるのならどうして私と婚約を結んだの?
  どうして私がこんな気持ちにならなきゃいけないの?

  どうしてよ!

  溢れ出る涙を拭う気力もなく、私はただひたすらに目の前の光景を見続けた。

  私が此処にいるとも知らずに私を裏切り続ける婚約者の愚かな姿を目に焼き付けていた。

「な、シェルト嬢! 何故君が此処にいるんだ! 先に帰るよう言っただろう。……とりあえず此処から離れよう。あんなもの君が見る必要はない」

  私の存在に気がついたトルタンド様は焦った様子で私の元へ駆け寄ってきた。そしてそのまま私の背中を押してその場から立ち去らせてくれた。

  鋭い視線を教室内に向けたまま。

「いいか、あの光景は忘れるんだ。きっとあれにも何か事情がある筈だ。私がそれとなく聞いてくるから早まった真似はしないでくれ」

「………………」

「シェルト嬢、今日はもう帰って休むといい」

  私を見るトルタンド様の視線が辛い。
  気遣ってくれているけれど、その瞳の奥には憐れみの色があった。

  きっとこの方も本当はもう理解しているのだろう。
  
  アルバート様が信頼するに値しない人物だと。

「トルタンド様、私は……私にはもう無理です。事情があるかは関係ありません。あの方が人に見られる可能性がある場であのような浅慮な行動をとってしまうこと事態が問題で、私に対する裏切りなのです」

「シェルト嬢……」

「家同士の婚約ですから私の一存で解消することは出来ませんが、もうあの方の言動を黙っておく訳にはいきません」

  アルバート様の醜聞はルヴェルダン侯爵家だけでなく、我がシェルト家にも降りかかる問題だ。あのように考えなしに問題行動ばかり起こす方と縁繋ぎになる訳にはいかないのだ。

  ここまできたらもうアルバート様への情では庇えない。
  事情があろうが、なかろうが、もう私には関係ない。
  そもそも、私はその事情すら聞かされていないのだから考慮する必要がない。

  それに浮気だろうが、浮気ではなかろうが、私以外の女に触れた時点でアウトだ。許すつもりはもうない。

「わかっている。アルバートの行動はもう常識の範疇を越えてしまっている。だが、だがせめて事情を知ってからでは駄目か?」

「だめです。私はもう一秒たりともあの方の婚約者ではいたくありません。信頼や情がなくなったという話ではないのです。私は既にあの方に対して嫌悪感すら抱いているのです。もう耐えられません」

「……そうか……そうだな。君に我慢を強いるのは間違いだ。すまない。……私も今日の光景を見た者として伯爵へ証言しよう」

  揺るがない私の言葉を聞き、決意を感じ取ったトルタンド様は自身の行動を恥じ入るように目を伏せた。

  友人を庇いたい気持ちはわからなくもないが、その代償を私に強いるのはやめてほしい。
  私は既に何度も耐えてきた。
  本当にこれ以上は無理なのだ。

  私達は無言のまま馬車へ乗り込み、シェルト家の屋敷へ向かった。……が、運の悪い事にお父様達は夜会に出席する為、既に出かけていた。

「せっかく来ていただいたのに無駄足を踏ませてしまい、申し訳ございません」

「いや突然来たのだ、仕方がない」

「明日は家にいる予定なのですがーー」

「では学園が終わり次第、シェルト家にお邪魔させてもらうよ」

「はい。お気遣い感謝致します」

  互いに自分の感情がまだ飲み込めておらず、強張った表情で別れた私達はその夜、それぞれ自分の心と向きあった。

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