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崩れ去る理想
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侍女へ私の手当てを命じたイザベラ様は瞳に浮かんでいた涙をソッと拭い、そしてお母様の元へゆっくりと向かった。
「なによ。子供の躾に他人が口をはさぶへっ!」
無言でお母様の頬を何度も平手打ちするイザベラ様
「ちょっ……べぶっ……なにすん……ぐへっ……」
パチン、パチンという可愛らしい平手打ちではない。
鉄でも手のひらに仕込んでいるのかと思うぐらい鈍い音が室内には響いた。
顔が三倍以上に膨れ上がったお母様の姿に満足したイザベラ様はお母様の前髪をぐいっと掴み取り、そして冷酷な表情で凄んだ。
「私が手塩にかけて育てた可愛いジュリエッタに二度と手を上げる事は許さないわ。子供の躾? は? そんなもの貴女がした事があったかしら? ジュリエッタがここまで立派に育ったのは伯爵様の教育と、あの子が努力を惜しまない優しい子だったからよ! ロブゾ家と父親の為に必死で努力し続けてきたあの子に今更貴女が何か言えると思ってるの!?」
「わ゛、わたしはあの子の母親よ……」
「それを貴女は五年前に放棄したんでしょ!」
「……っ ……そ、それはアルバートがーー」
「辛かったのは皆同じよ! 自分一人が被害者だなんて思わないでちょうだい! 伯爵様もジュリエッタも何一つ文句を言わず、腐らずに堪え忍んで此処までやってきたのよ! 貴女はその時一体何してたの!?」
「な、なんでそんな事……」
「えぇ、えぇ、私はジュリエッタとは血の繋がりはない部外者よ! でもね、この子の五年間を間近で見てきた私には血縁以上の絆があるつもりよ! 少なくとも五年間必死に家の為に尽くしてきた娘ではなく、全ての元凶な兄を選ぶ愚かな母親よりはねっ!」
「………………」
辛辣なイザベラ様の言葉は全て事実。
ぐぅの音も出ないお母様は俯きながら小さな声で「私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない」と壊れたように何度も言い続けていた。
その様子にケルヴィン叔父様は深い溜め息をついた。
「イザベラ、やりすぎだぞ。これでは何の話も出来ないじゃないか」
「良いわよ、もうこんな女の説得なんて。どうせ見たくないものは見ないで全部人のせいにしちゃうんだから」
ハンカチで手を拭いながら、ケルヴィン叔父様の言葉を聞き流し、しれっとした表情をするイザベラ様。
「はぁ~。それを決めるのはジュリエッタだろ? いくら心配したからってあの子の選択肢を奪うんじゃない」
厳しい表情でイザベラ様を諌めるケルヴィン叔父様。
方向性は違えど、どちらも私の事を守ろうとしてくれている。その気持ちはどちらもありがたいと思う。
家族の事だから後悔しないように最終決定は自分でさせたいケルヴィン叔父様。
既にお母様を見限っているイザベラ様は私がお母様を切り捨てなくて済むように辛い役目を引き受けようとしてくれる。
何を選んでもきっと後悔は残る。
お父様ならどうしただろうかと生涯考えるだろう。
壊れかけていた我が家に最後の一撃を食らわせる役目を負うのが私だなんて本当は嫌だ。やりたくない。逃げ出したい。
でももう決めたのだ。
お父様の愛したロブゾ家を私が引き継いで守っていくと。
私は心配そうに様子を窺ってくるケルヴィン叔父様達へにっこりと微笑み、そして未だ壊れたように呟いているお母様へ話しかけた。
「お母様……報告書をもう一度よく読んでみて下さい。あれは事実です。アルバート・ロブゾが実際に行った卑劣な行いです。目を背けるのはもう止めてください」
床に落ちていた報告書を拾い上げ、お母様へ手渡した。現実から逃げるなと鋭い視線を向けて。
現実をまとめて、一から立ち直るというのなら私とお母様にはまだやり直すチャンスがある。
最後の最後。未だ母と娘の間に大きな溝があるものの、私がお母様に与えられる最後の優しさだった。
だがお母様は私の差し伸べた手を取らず、鼻で嘲笑した。
「この報告書が事実だからってなんなの? アルバートがあの女狐を死に追いやった? 借金を背負わせた? 虐待? ねぇ、それがなんだっていうの? 私に関係あるの?」
「………………え、」
親なら確実に心が痛む事実にお母様は自分には関係ないと言いきった。
「伯爵家の嫡男を拐っていったのよ? 身を削って尽くすのは当然じゃない。あの子に全てを捨てさせたのに何を文句言ってるの? むしろその女狐に問題があるわよ! 貴族の暮らししか知らないアルバートにいきなり平民になれだなんて考えが甘過ぎるわ」
「…………ですがそれはあの男が自分で決めたこと」
「そんなの関係ないわよ。平民が分不相応にも伯爵家嫡男に選ばれたのよ? 私から愛する息子を奪ったのよ? 命ぐらいでガタガタ言わないでちょうだい」
「………………」
「虐待だってどうせ教育の範囲内でしょ? 大袈裟に言っちゃって鬱陶しい。仮に虐待が事実だとして、自分の子供をどうするかなんてアルバートの勝手でしょう」
「……お母様はあの男が本当に悪くないと思っているのですか? あの男は二人の女性の人生を壊し、そして今、自分の息子を壊しかけているんですよ?」
二人の女性や虐待されている子供が自分だったら? 娘だったら? それでもあの男がした事を許せるの?
興味のない他人事ではなく、どうか自分の身に置き換えて考えて欲しい。
真剣な表情で私は訴えた。
貴女が愛する息子は人としてありえない、極悪非道な行いをした事を理解して欲しかった。多くの人を巻き込み、そして傷つけた事を。
だがお母様には私の言葉は届かなかった。
「アルバートは悪くないわ。あの子は外で少し羽目を外していただけ。全てはきちんとあの子の生活環境を整えられなかった女狐の不手際よ」
「ふふふ……ジュリエッタったら本当にお堅くて甘ったるい子ね。私達は伯爵家の人間なのよ? 平民の一人や二人どうにかなった所で処罰なんてされないわよ。カナリア様との事だって慰謝料をあれだけ支払ったんだもの。これ以上何かを言われる筋合いはないわ」
「アルバートは私に会いに来てくれた。レオナルドさえ引き取ればきっとあの子も戻ってきてくれるはず。そうすれば全ては元通り……ロブゾ家は幸せな家族にまた戻れるわ。ねぇ? 素敵だと思わない? ジュリエッタ」
お父様が死んでしまったロブゾ家がどうして元に戻れるの? お母様が考える幸せな家族って何?
自分に都合のいい幻想の中で生きているお母様の考えは私には理解できない。
「なによ。子供の躾に他人が口をはさぶへっ!」
無言でお母様の頬を何度も平手打ちするイザベラ様
「ちょっ……べぶっ……なにすん……ぐへっ……」
パチン、パチンという可愛らしい平手打ちではない。
鉄でも手のひらに仕込んでいるのかと思うぐらい鈍い音が室内には響いた。
顔が三倍以上に膨れ上がったお母様の姿に満足したイザベラ様はお母様の前髪をぐいっと掴み取り、そして冷酷な表情で凄んだ。
「私が手塩にかけて育てた可愛いジュリエッタに二度と手を上げる事は許さないわ。子供の躾? は? そんなもの貴女がした事があったかしら? ジュリエッタがここまで立派に育ったのは伯爵様の教育と、あの子が努力を惜しまない優しい子だったからよ! ロブゾ家と父親の為に必死で努力し続けてきたあの子に今更貴女が何か言えると思ってるの!?」
「わ゛、わたしはあの子の母親よ……」
「それを貴女は五年前に放棄したんでしょ!」
「……っ ……そ、それはアルバートがーー」
「辛かったのは皆同じよ! 自分一人が被害者だなんて思わないでちょうだい! 伯爵様もジュリエッタも何一つ文句を言わず、腐らずに堪え忍んで此処までやってきたのよ! 貴女はその時一体何してたの!?」
「な、なんでそんな事……」
「えぇ、えぇ、私はジュリエッタとは血の繋がりはない部外者よ! でもね、この子の五年間を間近で見てきた私には血縁以上の絆があるつもりよ! 少なくとも五年間必死に家の為に尽くしてきた娘ではなく、全ての元凶な兄を選ぶ愚かな母親よりはねっ!」
「………………」
辛辣なイザベラ様の言葉は全て事実。
ぐぅの音も出ないお母様は俯きながら小さな声で「私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない」と壊れたように何度も言い続けていた。
その様子にケルヴィン叔父様は深い溜め息をついた。
「イザベラ、やりすぎだぞ。これでは何の話も出来ないじゃないか」
「良いわよ、もうこんな女の説得なんて。どうせ見たくないものは見ないで全部人のせいにしちゃうんだから」
ハンカチで手を拭いながら、ケルヴィン叔父様の言葉を聞き流し、しれっとした表情をするイザベラ様。
「はぁ~。それを決めるのはジュリエッタだろ? いくら心配したからってあの子の選択肢を奪うんじゃない」
厳しい表情でイザベラ様を諌めるケルヴィン叔父様。
方向性は違えど、どちらも私の事を守ろうとしてくれている。その気持ちはどちらもありがたいと思う。
家族の事だから後悔しないように最終決定は自分でさせたいケルヴィン叔父様。
既にお母様を見限っているイザベラ様は私がお母様を切り捨てなくて済むように辛い役目を引き受けようとしてくれる。
何を選んでもきっと後悔は残る。
お父様ならどうしただろうかと生涯考えるだろう。
壊れかけていた我が家に最後の一撃を食らわせる役目を負うのが私だなんて本当は嫌だ。やりたくない。逃げ出したい。
でももう決めたのだ。
お父様の愛したロブゾ家を私が引き継いで守っていくと。
私は心配そうに様子を窺ってくるケルヴィン叔父様達へにっこりと微笑み、そして未だ壊れたように呟いているお母様へ話しかけた。
「お母様……報告書をもう一度よく読んでみて下さい。あれは事実です。アルバート・ロブゾが実際に行った卑劣な行いです。目を背けるのはもう止めてください」
床に落ちていた報告書を拾い上げ、お母様へ手渡した。現実から逃げるなと鋭い視線を向けて。
現実をまとめて、一から立ち直るというのなら私とお母様にはまだやり直すチャンスがある。
最後の最後。未だ母と娘の間に大きな溝があるものの、私がお母様に与えられる最後の優しさだった。
だがお母様は私の差し伸べた手を取らず、鼻で嘲笑した。
「この報告書が事実だからってなんなの? アルバートがあの女狐を死に追いやった? 借金を背負わせた? 虐待? ねぇ、それがなんだっていうの? 私に関係あるの?」
「………………え、」
親なら確実に心が痛む事実にお母様は自分には関係ないと言いきった。
「伯爵家の嫡男を拐っていったのよ? 身を削って尽くすのは当然じゃない。あの子に全てを捨てさせたのに何を文句言ってるの? むしろその女狐に問題があるわよ! 貴族の暮らししか知らないアルバートにいきなり平民になれだなんて考えが甘過ぎるわ」
「…………ですがそれはあの男が自分で決めたこと」
「そんなの関係ないわよ。平民が分不相応にも伯爵家嫡男に選ばれたのよ? 私から愛する息子を奪ったのよ? 命ぐらいでガタガタ言わないでちょうだい」
「………………」
「虐待だってどうせ教育の範囲内でしょ? 大袈裟に言っちゃって鬱陶しい。仮に虐待が事実だとして、自分の子供をどうするかなんてアルバートの勝手でしょう」
「……お母様はあの男が本当に悪くないと思っているのですか? あの男は二人の女性の人生を壊し、そして今、自分の息子を壊しかけているんですよ?」
二人の女性や虐待されている子供が自分だったら? 娘だったら? それでもあの男がした事を許せるの?
興味のない他人事ではなく、どうか自分の身に置き換えて考えて欲しい。
真剣な表情で私は訴えた。
貴女が愛する息子は人としてありえない、極悪非道な行いをした事を理解して欲しかった。多くの人を巻き込み、そして傷つけた事を。
だがお母様には私の言葉は届かなかった。
「アルバートは悪くないわ。あの子は外で少し羽目を外していただけ。全てはきちんとあの子の生活環境を整えられなかった女狐の不手際よ」
「ふふふ……ジュリエッタったら本当にお堅くて甘ったるい子ね。私達は伯爵家の人間なのよ? 平民の一人や二人どうにかなった所で処罰なんてされないわよ。カナリア様との事だって慰謝料をあれだけ支払ったんだもの。これ以上何かを言われる筋合いはないわ」
「アルバートは私に会いに来てくれた。レオナルドさえ引き取ればきっとあの子も戻ってきてくれるはず。そうすれば全ては元通り……ロブゾ家は幸せな家族にまた戻れるわ。ねぇ? 素敵だと思わない? ジュリエッタ」
お父様が死んでしまったロブゾ家がどうして元に戻れるの? お母様が考える幸せな家族って何?
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