駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~

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裏話

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「ーーという事になりましてサイモンは犯罪奴隷として鉱山へ昨日送られました」

「そう」

「皆様もご存じの通り鉱山では崩落事故が多発しており多くの犯罪奴隷達の命が失われています」

「まぁ例え崩落事故に巻き込まれなくても、肉体労働なんてした事ない人間が鉱山へ向かえば一年と持たないでしょうね」

「……はい」

  重苦しい空気の中、執事から報告を聞く。
  自分がした事の罪の重さに吐き気がするけどそれを表に出すわけにはいかない。

「ジュリエッタ……当主とはこういうものだ。時に汚い事にも手を染めて家や領地を守らなくてはならない」

「はい、ケルヴィン叔父様。わかっています」

「……今回はよくやったよ。あの男をロブゾ家には無関係の平民サイモンとして処分できた」

「その為にゴーラ殿にも架空の被害届を提出してもらいました。ご息女様にも証言をしてもらったり色々と……本当に色々と汚い真似をしました」

「全てはロブゾ家の為で、兄上も通ってきた道だ」

「お父様も?」

「そうだ。自分の冷酷さに恐怖を感じる事も罪悪感に押し潰される事もある。だが兄上もそして私も大切な物を守るためならば決して手段は選ばない。己の手が汚れようとも街で幸せそうに暮らす民の為ならば喜んで泥を被ろう。……その覚悟を私達は決めている。」

  ーーお前にその覚悟が決められるか?

  ケルヴィン叔父様の鋭い視線から逃げ出すことを許されない。

  だがそんなのは当の昔に覚悟している。
  お父様からロブゾ家を任された時に決めていた。
  ロブゾ家や領地を守るためなら何でもすると。

  私はケルヴィン叔父様の瞳を反らさず見つめた。

「…………わたし……私は後悔してません。再びロブゾ家の醜聞が起きたら今度こそ我が家は終わりでした。二度と周囲の方々には受け入れてもらえなかったでしょう」

「ああ、その通りだ。」

「ケルヴィン叔父様とイザベラ様のお陰で騎士団の方々の協力も得られてこの結果があるんです。……多くの人を巻き込んだ私が後悔など絶対に致しません! ロブゾ家の危機は当主である私が退けますわ!」

  そう啖呵をきると、厳しい表情をしていたケルヴィン叔父様は柔らかな笑顔を浮かべて頷いてくれていた。

「ふふふ……立派になったわね? ジュリエッタ」

「イザベラ様……」

「あのね? 一つだけ貴女に伝えていなかった事があるのよ」

「……え?」

  ケルヴィン叔父様との会話が終わったのを確認したイザベラ様は軽やかで楽し気な口調で話しかけてきた。

「貴女は騎士様達の協力は私達が取り付けたと思っているでしょうがそれは違うのよ。……あれはね、未成年の女の子が必死で伯爵家当主となろうとしているのを密かに応援していた社交界の夫人方のお陰なのよ?」

「……そ、それは一体どういう」

「父娘で必死になって家を再興しようとしていた貴女達の味方はジュリエッタが思っているよりも多いのよ? 幼かった貴女を皆が見守ってきたの。ねぇ覚えているかしら? これまでお茶会で何も知らなかった貴女を助けてくれたのは私だけではなかったでしょう?」

「あ……」

「ふふふ、皆様の情報網は凄いのよ? いくら口止めしても噂が流れるのはあっという間。……でもね? 社交界の噂を作るのは女の役目なの。だからその上位に立つ夫人達が貴女の味方につけば醜聞にはならないのよ」

  隠していた秘密を暴露出来て楽しそうな表情で笑うイザベラ様の姿に私は胸が熱くなった。

「…………可笑しいとは思っていました。あれだけの大騒ぎを繰り広げていたロブゾ家の噂が何一つ流れないなんて」

  毎日屋敷前で騒ぎ立てるアルバート兄様に似た男。
  引きこもっていた前伯爵夫人の療養。
  
  徹底的な情報制限はしていたが、疑惑程度の噂は覚悟していた。社交界に流れるまでに全てを終わらせれば後は知らん顔してやり過ごすつもりだった。それなのに待てども待てども一向にロブゾ家の噂は流れなかった。

  それがまさか社交界の夫人達のお陰だなんて……

「あの方達、自分の夫や友人、使用人にまでも口をつぐませたのよ。ロブゾ家の噂を口にしたら許さないってね」

「そこまで……」

「それでね、騎士団にツテがある方や夫が勤めている方々に声がかけられていたらしいのよ。まぁといっても何をした訳でもないわ。ただほんの少しの違和感を見逃してただの平民として処罰しただけのこと」

「どうしてそこまで……そんな事が可能なんですか?」

  噂を制御して騎士団を動かす?
  今の私では到底敵わない。
  というより、一生そんな真似出来る気がしない。

  一体誰がそんな事を……?

  名前を教えてほしい。
  感謝を伝えたい。
  でも……きっと名前は教えてもらえないだろうな

  普段なら絶対にありえない私の少しだけ情けない表情にイザベラ様とケルヴィン叔父様は笑い声を上げた。

「ジュリエッタが今までで参加したお茶会で一番の高位だった方って誰かしら? ジュリエッタの活躍を誰よりも楽しみにされていた女性といったら?」

「…………え、うぇ!? はあああっ!?」

  イザベラ様の言葉に一人だけ合致する方がいた。
  その方の顔が脳裏に浮かんでしまい、私は奇妙な声を上げてしまった。

「なんですか、その声はジュリエッタ! 淑女がはしたないですよ!」

「し、失礼致しました!」

  ……え、え、えええええ!?
  お、お、王妃様だよね? イザベラ様が言ってるのって。

  昔、経験を積ませる為にってイザベラ様に連れられて参加した王城のお茶会。あの時の主催が王妃様だった。

  確か散々な言葉でロブゾ家の醜聞を話題にされた後、ロブゾ家の次期当主に繰り上げで選ばれた私へ興味が集まったのよ。

『女の身で当主となる事は並大抵の努力では叶わないでしょう。法では認められていても当主は基本的に男の領域。醜聞付きの貴女が入り込むのは想像以上に困難な筈。男達は女の貴女が自分達と対等な場に居ることを良しとは思わないでしょうね。』

  ーーお前のような小娘には無理だ。

  頑張るとは決めたけど、来る日も来る日も好奇や侮蔑の眼差しを向けられる事に意気消沈していた頃。
  この国の最高位の女性にそう言われた気がして心が折れかけてしまった。

  だがあの方が仰りたかったのはそうではなかった。

『これからは女とて表舞台で生きる者がいても良い筈なのに心の狭い方達よね。女が何も出来ないと思ってるのよ。女は着飾って黙って隣に居ろですって!? 本当に私達、女を嘗めているのよね。女は子供さえ産めばいいと本気で思っているから始末に負えないわ』

  怒り混じりの王妃様の愚痴に同意する夫人の姿はかなり多かった。それぞれ夫や周囲に不満があるようで女が蔑ろにされ、下に見られる事が耐えられないらしかった。

『幼い貴女にこんな事を言うのは重荷でしかないとわかっています。……ですが私達は貴女に期待しているの。女だって男と同じ立場に立てるのだと証明して欲しいのです。その代わり貴女がロブゾ家を立派に守護出来る者となった暁には必ず私達が貴女の力になります。貴女やロブゾ家の危機には同じ女として私達が男を抑えてみせますわ』

  お茶会での軽口。
  王妃様が一介の伯爵令嬢との約束なんて覚えている訳ない。そう思ってこれまですっかり忘れていた。

「あの頃のあの方はまだ嫁いできたばかりで周囲の者とも信頼関係が薄かったのよ。それで女という理由だけで執務に関わらせてもらえない事に相当鬱憤が溜まってたの。他の方々も色々と事情があって男に対する不信感が相当酷かったのよ。そんな中に現れたのが兄の行動の責任を負わされて必死に跡継ぎになろうとしてる幼い少女でしょ? それはもう皆様、興味津々でいらしてね。『ジュリエッタの成長報告会』なんて名目のお茶会もあったのよ。ふふふ、愛されてるわね」

「……っ!」

  う、え、は? はああああ!?
  『ジュリエッタの成長報告会』!?
  なにそれ、親戚の集まりみたいな恥ずかしい集会は!

  羞恥から真っ赤な表情で俯く私にケルヴィン叔父様は更なる爆弾を落とした。

「私の聞いた話だとその例の方の旦那様もジュリエッタの動向には目を光らせてるらしいぞ? ジュリエッタがもしも立派な当主になれたのなら自分の娘もそうしようかと悩んでいるそうだよ?」

「ぶっ! は、はい!?」

「長男に些か問題行動があるから跡継ぎにはしたくないらしいんだ。だが残りの子供達の中で一番素質がある娘に継がせるにはまだまだ前例が足りない。……だからジュリエッタにはその前例になってほしいらしくて『期待している』と仰ってたよ」

  王妃様の旦那って国王陛下だよね!?
  え? 王子様、王位継げないの? ひ、姫様なの!?
  そもそもこれって私が聞いてもいい話なの!?

  まだまだ未熟者の小娘に王家の未来をかけないで!
  荷が重すぎる! 
  やるならこれまで同様ひっそりと裏でやってください!

  私は冷や汗ダラダラになりながら、了承の意を示した。

「は、はい……こ、これからも精進していきます」
  
  何年ぶりかの私の素がチラホラ出てくる状況が楽しいのだろう。ケルヴィン叔父様とイザベラ様はこの後もこの話題で私をからかいまくっていった。


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