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「2人っきりで呼び出されて、王太子に話かけるなと言われました!」

男爵令嬢が王太子に肩を抱かれ、小動物のように震えました。
傷ついた可憐な少女を演じ、王太子だけでなくその場にいる全員の同情を誘いました。

「ティア、どうなんだ?」
辺境伯は隣に立つ彼女を眩しいものを見る顔でみつめます。

「私は王太子ではなく、王族の方に許可を頂かずにお声掛けし、腕を組んでお話を始められるのは彼女が恥をかくので控えるようにとお伝えしました。」

しっかりと自分で立つ彼女は淑女然として彼は感嘆の声をあげました。

「はぁ!?そんなのいつまで経っても仲良くなれないじゃない、王様達がお可哀想よ!」
男爵令嬢の言葉には呆れて誰も何も言えませんでした。
王族との適切な距離については3歳児でも知っている常識なのですから。

「シヴァ嬢の気持ちはありがたいが、決まりは決まりなのだ。決まりがなければ、私たちは次から次へと話しかけられて公務が出来なくなってしまう。」

陛下は幼い子供に言い聞かせるように言いました。


「他にもあるんだろう?」
王太子に促され、男爵令嬢は悲劇ぶった動作で叫びました。

「他にはっ!ドレスが見苦しいとみんなの前で侮辱されました!」

「それはその通りだろ」
真底馬鹿にした声がどこからか聞こえます。
王子には溢れんばかりに曝け出された胸元が美しく見えているのでしょう、声の方を剣呑な目で睨みつけました。

「なっ!?誰!」
男爵令嬢を笑う声が波のように広がります。

「なぜそのようなことを?」

陛下は彼女に聞きました。

その目は、今後の判断を憂いている目をしていました。

「侮辱などしていません。ご自分の身体を大切にして欲しいと、契りを結んだひとりの殿方しか見られないような格好は控えるように伝えただけです」

「っ…1人の人って!?王太子が居ながら他の殿方から言い寄られて喜んでたのはあんたでしょ!?このっ、見境なし!」

男爵令嬢がそう言いながら王太子に寄り添って不敵に笑います。
勝ち誇ったような顔をしていました。

「見境なし…?」
辺境伯の疑問の声を聞いたのは誰もいませんでした。
一番近くにいる彼女でさえも聞き取れない小さな呟きだったのです。



そんな時、ひとりの男が現れました。
彼が握りしめたスケッチブックには王家の絵師としての紋が入っています。

「シヴァ!君は本当に王太子と結婚するのか!?」 
「ええそうよ」

「俺の為の女神でいてくれると言っていたのに!」

そう言って現れた男はギラついた目で男爵令嬢に向かってスケッチブックから引きちぎった紙を投げつけました。

「ひぃ!なんとおぞましい!」
「いやぁあああ!!!?!」

それらは皆、霰もない格好をした男爵令嬢の姿でした。

相手は、下卑た顔の者、見目がいい男、婚約者がいる者、愛妻家の者などと見たことがある男たちとまぐあい、時にはあらぬ所を見せつける。
そんなみるも悍ましい買春絵でした。

「シヴァ!どういう事なんだ!私だけだと寝室で言っていただろう?!」
王子は驚いた様子でシヴァをみつめました。
その手は離れ、口は新たな火種を生んだのに気がついていません。


男爵令嬢は急いでその紙を集めようとしますが、誰もが争うようにそのスケッチ絵を見ようとします。


「嘘よ!!私じゃないわ!勝手にこの男が描いたのよ」
騒動はやがて大きく大きくなりました。
誰もが止められない好奇心で城内は大きな熱を孕みます。


「やめなさい」

すっと、喧騒に矢が一本放たれました。

辺境伯は彼女をその場に残し、男爵令嬢に近寄りました。
散らばった紙を一枚、また一枚と回収する辺境伯は絵をみても、聖母を思わせる笑顔を浮かべたままでした。


「殿下っ…!」

男爵令嬢の顔に、仄かに熱がともります。
期待を存分に含んだ女の顔で辺境伯を見ていました。


辺境伯は男爵令嬢に絵を渡しました。
その手に男爵令嬢は表情を明るくして縋り付きます。 

「見境なしとは貴方の事を言うのでしょうね」

その手が辺境伯に触れようとした時でした。
空中で男爵令嬢の手が止まります。

「え」

「美しいシンデレラストーリーが見られなくて残念です」

辺境伯はそれはそれは美しい笑顔を浮かべていました。
まるで何もかもを許容するようで、その実何の慈悲を持たない恐ろしさの笑みでした。

「まって、誤解!誤解です!私は本当はシュラウド殿下、貴方を……!」

男爵令嬢に触れられる前に辺境伯は後ろに下がり距離を取りました。

「名を呼ぶ事を許した覚えはない」

辺境伯の声は震える力すら起こらないほど、恐ろしい声で男爵令嬢を拒絶しました。


陛下は重々しい口を開きました。

「王子、どう責任を取るつもりだ」


「俺は命令しただけで何も悪くないです父上!皆が勝手にしたことです!」

「だかここまでの騒ぎになった以上お咎めなしとはなるまいよ」

「何故ですか!私はヘスティア嬢の噂の証拠を集めさせました、無能なのはあいつらで、私は騙されていたのです!」

「王子、お前は『噂の真実を突き詰めろ』と何故言わなかった?」

辺境伯は静かに問いかけました。

王子はさっと、顔色を変えてガタガタと震えだしました。

「お前は一時期の感情に流されて自分の都合のいいように皆を操った。この意味がわかるな」

辺境伯はいつの間にか伯としてでなく王弟として王子に厳しい言葉を向けました。

それを聞いて、陛下は心づもりの整った顔で静かに最後の審判を下しました。

「お前は王族の立場でありながら、公平な目を私利私欲によってくらました。王とは国の天秤なのだ。その王となるように育てたお前がこれほどまでとは、私もまた王に座する資格はない。」

「そんなっ!では誰が王家を名乗るのです」

「いるだろうそこに、もう1人しか残されていない立派な王が」

「陛下、私は…王家の血が流れるだけの貴族です」

「シュラウドすまない、理不尽にお前を振り回し、王位継承権までを剥奪しながら都合のことを言っている。ただ、民の為に考えてくれまいか?」


陛下はそう言って辺境伯を見つめました。
その目は、強い意志を含んでいました。

「…わかりました、後で話し合いましょう」

「ありがとうシュラウド、不甲斐ない兄ですまない」

陛下は王でありながら自分の非を詫びました。

王は簡単に謝るものではありません。
相手につけいられる隙を与えるようなものなのです。

「貴方はまた王に立つものだ、謝罪を口にしてはいけません。」

「それでも言わせてほしいのだ」
「でしたら殿下、ひとつだけ約束してください。」

辺境伯は、曇りのない人見て彼女を見ました。
彼女もまた、辺境伯をその澄んだ瞳に映します。

「私の妻は生涯ただ一人、ヘスティア嬢だけであると、今ここで認めていただきたい」

「私の最後の王命にかけて、必ず守ろう」

彼は見ていた。
辺境伯の恋が叶う奇跡を。

喜びに胸がいっぱいとなりただ見ていることしか出来なかったのです。

_______

お付き合いありがとうございました♡
次のページはハッピーエンドで終わりたい人は読まない事をおすすめします。
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