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第一章:レト・サアレ

【02:サアレ家の人々(2)】

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父親である先代教皇に連れられて行ったのは隣の部屋だった。
ゲームでは主人公の生家については部屋のスチルと外観のスチルのみだったので新鮮だ。
ヨーロッパ風の小さな木造のお家とだけ言えば、よくある定番の家なのだけど、至る所に鉢植えが吊されたり置かれたりと草花が活き活きとしている。
まるで、この部屋だけ森の中だと錯覚してしまいそうだ。

そんな緑の隙間から、ふわりと笑う気配がした。


「ティオレ、遅いぞ。ロレールが寝てしまったじゃないか」
「えー、マジかぁ。ごめん、ごめん。ヘレート。代わろうか?」
「ふんっ。そんな柔じゃない。それより、おいで、レト」


ティオレ、とはどうやら父親である先代教皇の名前らしい。
ヘレート、とは母親である精霊王の名前なのだろう。
精霊王に名前ってあるんだ、なんて事を考えていると俺は父親であるティオレに両脇を抱えられていた。


「あ、あー!」
(ま、待てよ)


咄嗟の事に口周りの筋肉が動かず恥ずかしい。
プラプラと力の入りきらない両腕をバタバタと動かすと、父親であるティオレはゆっくりと俺をベッドの上へ降ろそうとする。


「ははは。レト、ゆっくりだよ。ほーら、ママの隣にゆっくり座って」
「レト、弟のロレールだ。パパと同じ赤茶色の髪だろ。瞳はレトより少し薄い水色だ」


引き寄せられた母親であるヘレートの腕の中には、フニフニの皺くちゃが眠っていた。

赤ちゃんだ。
生まれたばかりの、赤ちゃんだった。
甥っ子と姪っ子も最初はこうだったな、と思い出して目頭が熱くなる。

俺は、おずおずと短い腕を伸ばして、赤ちゃん…ロレールに手を伸ばした。
少し触れた頬は柔らかく、温かい。


「今回は控えめで良かったよ」
「それでも可愛すぎるがな」


父親であるティオレもベッドへ腰掛けると、母親であるヘレートの髪の毛に手を差し込んだ。
金色にも見える秋の稲穂色の髪がスルスルと器用な指先に梳かさされていく。
母親であるへレートは髪を梳かしている父親であるティオレの腕を掴むと強引に引き寄せて唇を重ねた。


「あうーっ!?」
(まじかよ!?)


しかも、舌絡めるやつ。

幼い子供の前で何してんだ?
流石は18禁BLゲームの世界か?

あ、今更だけど母親であるヘレートも男だ。
この『結んで開いて手折れるまで』はBLゲームではありつつ性の多様性を極限まで盛り込んでいる。
男女の性別に関わらず同性での結婚、そして妊娠出産も可能となっている。
その為、父親と母親の定義としてゲームの進行上、妊娠出産した側を母親としていた。


「………同感だ。レトは、やり過ぎだから。心配だよ」
「精霊の長達からの贈り物だからな。可愛い、レト。ほら、そんなに怯えずにロレールを抱きしめてごらん」


唾液で濡れた唇を舌で拭いならが言う台詞ではないだろう。
しかも、俺的にはへレートが攻めなんだよな…。
姉ちゃんは喜んでたけど…ちょっとムチっとした筋肉質の男前美人が喘ぐの堪んないのよね…って。

はぁ…。
姉ちゃんに会いたい…。


「どうした?レト」
「あぁ、そうか。急にお兄ちゃんになって戸惑っているんだな。ティオレ、ロレールを抱っこしててくれ」
「うん。わかったよ」
「ほら、おいでレト。ぎゅーっしよ」


両手を広げて母親であるへレートが息子であるレトを、俺を、待ち構えている。
少しばかり感傷に浸っていた俺は、迷わずその腕に向かって飛び込んだ。

ざ・ま・あ・だ、姉ちゃん!

そこは暖かくて、弾力のある柔らかい筋肉が心地よかった。
父親であるティオレはこの体を好きにしているのかと思うと、ソレはソレで萌えるかもしれないと考えを改める。

首元の隙間から見えた乳首がピンク色で尖っていて、俺は思わず『姉ちゃーん』と叫びそうになった。


「落ち着いたかい?レト」
「…おちーた(別の意味で落ち着かないけど…!)」
「ティオレ、レトにロレールを…」
「うん。うん。わかってるよ。ほら、レト。ロレールを抱きしめてあげて」


父親であるティオレが満面の笑みでロレールを俺の小さな両腕に乗せてくる。
背後で母親であるへレートが俺ごとロレールを抱きしめる様に包んでくれた。


「どうだ。レト。弟のロレールだぞ」


ふわふわの赤茶色の髪が腕を撫でる。
確かにストレートではなく、少し癖がある髪だった…。

18禁BLゲーム『結んで開いて手折れるまで』の主人公ロレール・サアレ。
ゲーム開始時点では既に、ロレールは天涯孤独の身になっている。

時系列を考察するタイプではないので詳しい年数は把握していないが、最初に母親である精霊王が姿を消し、次に父親である先代教皇が病に倒れ帰らぬ人となる。
それからは兄であるレトが一人でロレールを育てるが…、ロレールの18歳の誕生日に失踪する。

ゲームはロレールの兄レトが失踪した所からスタートする為、サアレ家の人々について公式からの情報は少ない。
ストーリー上、両親の描写はあれど詳しく掘り下げられる事はなかった。


「レト?」
「ティオレ、ロレールが起きそうだ」


あくまで、俺がクリアーしている範囲では…。
姉ちゃんのあの盛り上がり方からすると、何かあるに違いない。

おそらく、限定版の特典が両親についての内容で、全キャラ攻略後の裏ルートは失踪した兄レトの話だろう。
精霊王が姿を消したり、先代教皇が病に倒れる…って設定も今になれば怪しすぎる。
裏設定がありますよー、と声を大にして言っている様なものだ。
まぁ、両親についてのこの設定は主人公であるロレール本人も知らない事で、ゲームの中盤以降で徐々に解き明かされて行く謎みたいなものだったから仕方がない。
その頃には攻略対象者に夢中で、ロレールの両親の設定を深く疑問に思いすらしなかったから…。

上手いな!脱帽だよ!ゲームシナリオの作家さん!!


「あ、ほらレト。ロレールが目を開けるよ」
「ロレール。ほら、お前のお兄ちゃんのレトだよ」


ロレールが俺を視界に入れやすい様に、母親であるヘレートが少しばかり体勢を変える。
俺は促されるまま、うっすらと開き始めているロレールの目を覗き込んだ。


「………ロレール」


名前を呼ぶと大きな瞳が見開いて、クルクルと、探す仕草をする。
握られたままの小さな手に、人差し指を差し込むとそのまま握られた。

ジワジワと暖かさが伝わってくる。
小さな小さな手が、俺の小さな人差し指を握りしめて離さない。

俺は今、本当にロレールの兄なんだ、と改めて実感した。


「めち、かあいい」
(めっちゃ、可愛い)


しっかり守って、幼馴染EDへと無事に導いてやるからな、と心に誓う。


「うっ、レトもロレールも可愛すぎる!」
「へレートも可愛いよ。美人が3人も家にいるなんて俺は幸せ者だなぁ」


母親であるへレートは俺とロレールに交互に頬擦りをしていく。
そんな光景を見ながら鼻の下を伸ばした、父親であるティオレが笑った。


「ん?ティオレも可愛いぞ」
「…ふふふ。ありがとう、ヘレート」


見つめ合った二人は、再び唇を重ねる。

あぁ、また始まった。

器用にも母親であるへレートがロレールを反対側の腕で抱き、俺は父親であるティオレに抱き上げられていた。
俺達が潰されない様に気を配りながら、二人の口付けは濃厚さを増していく。

産後という事もあり、これ以上は進まないだろうが…。


「むっちぇそ」
(無節操)


クチュクチュと響く生々しい音を聞きながら、俺は今後の流れを整理し始めた。

母親である精霊王へレートが姿を消す。
父親である先代教皇ティオレが病に倒れ帰らぬ人となる。
そして俺、兄レトが主人公の18歳の誕生日に失踪する。

ココ迄の出来事を根こそぎ変えていかないと俺の安全は保証されない気がする。

正直な所…先ずは自分の身を守れる様になっておかないと生き残りは無理だろうと思う。

18禁BLゲームの主人公の兄が全キャラ攻略後の裏ルートって、普通に考えてもヤバイ内容でしかない。
本編よりもヤバイ内容って事だろ?
そもそも、この主人公の兄『レト』は回想シーンを除いてゲーム本編には登場しない。
主人公の18歳の誕生日にケーキを買いに行ったきり、失踪するからだ…。

と言う事は、主人公の18歳の誕生日以降はヤバイ目に遭わされ続けているって事だ…よな?
もしかしたら裏設定でそれよりも前から…?

うーわー。
ヤバイヤバイヤバイ。
無理無理無理無理無理。

泊まり勤務明けに組織犯罪対策課の同期に人数合わせで拉致されて組同士の抗争現場に防弾チョッキも拳銃の携帯もなしに放置された時並に涙目になりそう。

考えろ。
考えるんだ…無事に生き抜く方法を……。


「ん…はぁ、ティオレ」
「へレート…もう少し舌を出して」
「も、変にな、る…っ」


相変わらず俺の頭上ではクチュクチュ、グチュグチュと煩い。
心なしか、ロレールの視線も冷ややかな気がした。
いや、まさか、だよな。

そんな事よりも、この世界で強くなる方法を探さないと…。
俺の警察官としての経験で活かせそうなのは、剣道、柔道、射撃だろう。

過去の経験が活かせ、日常的に武装でき、どうせならお金に困らない平民でも成り上がれる…職業!


「ぱ!ぱ!」
「ん?どうしたレト?お腹空いたか?」
「おりぇ、ロレールまもう。けんおちえて!きちになう!」


そうだ、ファンタジー系では多分一番の努力家集団!騎士団!!
常に帯刀出来る上に基本的に単独行動は少なく、馬にも乗れる!
功績を上げれば爵位も夢ではなく、帝国騎士団に入団できれば老後の生活も安泰。

これぞ、異世界公務員!


「え、レト…騎士になりたいのか?」
「うん。つよくなう」
「えー…でも、レトはそんな強くならなくても大丈夫だぞ?ほら、パパとママが強いから」
「らめ!ふたり、いないとき、ロレールまもうのおりぇ」
「えー!?あー、ん、んー!ど、どうしよう、ヘレート!?」


引き攣っていた父親であるティオレの顔が、今度はみるみるうちに青くなっていく。
半べそ、とでも言えばいいのか…些か情けない様子で母親であるへレートに泣きついた。

これでも俺は、父親であるティオレに抱き抱えられたままである。

ため息混じりに母親であるへレートが俺を覗き込んだ。
上気した頬に、テカテカの唇で真面目そうな事を言うのは本当にやめてほしい。


「レト。本当に騎士になりたいのか?剣は重いし、赤い血も沢山見るんだぞ?」
「たいしょーぶ。おりぇがんばう。ならう、けん、おしーて」
「……ティオレ」


諦めた様に母親であるへレートは父親であるティオレの名前を呼んだ。
全てを察した父親であるティオレは、盛大に首を横に振り、嫌だ嫌だと子供の様に駄々をこねる。


「聖騎士団呼ぶの?彼奴ら絶対ヘレートを口説いてくるから嫌だ!」
「俺を口説いてきたのはお前だけだ」
「え?本当に?本当?」
「本当だ。それに、誰も現役を連れてこいなんて言ってない。先代の団長に頼めばいい」


キョトンとした顔の父親であるティオレは少し可愛いと思ってしまった。
なるほど、コレが姉ちゃんの大好物ヘタレ攻め…?


「へ?でもアイツは先代の副団長と修行とかなんとか言って放浪の旅に…」
「明日にはココを通るらしい。風の精霊が教えてくれた」
「それは、それは…えー、なんてタイミングなんだ」


父親であるティオレは俺を抱き直すと、優しく頭を撫でた。


「ぱーぱ?」
「レト。明日は忙しくなるから、今日はママとロレールと4人でゆっくりすごそうな」


ゴシゴシと音がしそうなほど頬擦りをされ、俺はギューと抱きしめられた。
それからベッドに座らされると、父親であるティオレは昼食を作りに部屋を出て行った。

母親であるへレートはいつの間にかロレールに授乳している。
なんとなく見るのは憚られ、俺はそのまま体を横たえた。

子供の体は眠い。

最初の一歩的に剣を習う許可は得たし、師匠?先生?もつけてくれる流れになっている。
けれど、その聖騎士団の先代団長とは…大丈夫なのだろうか。
ゲーム内で聖騎士団の描写なんてあったか?
攻略キャラである教皇が嫌いすぎて、神殿イベントや教皇関連の記憶が曖昧だ。

あぁ、でも、考えても仕方がないか…。

ずるりずるりと、睡魔に引き寄せられる。
瞼が重くなり、何も考えられなくなる。

まぁ、いいか。
今はまだ、安全だろうから…と、俺は意識を手放した。




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