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第五章
謎の男が告げるのは――
しおりを挟む私はいつもの部屋で目覚めた。
日付は連休の最終日――夜は明けていた。
私は生きている。金糸雀隊に狙われることもなく。
私は信じている。きっと、エミルさんも生きていると。
「よしっ」
とりあえずは動こう。ループをしたから、あの像が残っている可能性だってあるから。
「うーん……シャーリー?」
「リッカ、起こしちゃったね」
出かける準備をしていると、リッカが起き上がってきた。目がショボショボしていた。可愛い。
「リッカも行こうね。お膝に乗って」
「うんっ!」
今から借りるのもなんだし。それにループの性質上、何回も借りていることになるから。こっちの心情的にアレだった。そうだね、キャリーバッグを買っておこう。
鉄道に乗って、山道を歩いて、そして集落の中心地を目指す。
庭園にはちらほらと観光客が見えた。そうだよね、いるよね。よくあの時、いなかったね……?
あの巨大花の花園となると、さすがに人はいなかった。ここから集落に向かうとなると、だけれど。
「僕、もうわかるのっ! 案内は任せてっ」
「リッカ……! リッカは偉いね、賢いねぇ!」
「えへへ」
私は屈んでリッカを撫でまわした。まだ撫で足りないけれど、キリがないのもあって切り上げた。リッカは尻尾を振りながら先導していく。
獣人族の皆さんは朝から活動していた。リッカが通ると恭しく跪いていた。
「困るの……」
リッカがしょんぼりすると、彼らは立ち上がった。軽やかな挨拶に変わっていた。リッカも笑顔に戻った。私も続いて挨拶した。
「――来る気がしていた」
装束ではない普段着のエミルさん、彼が私たちのもとにやってきた。
「行こう」
「うん」
私たちの目指す場所は一致していた。
朽ちた神殿の前に鎮座していた像は――無かった。
新たにループしているのに、壊れた事実はそのまま残ったという。それもそうなのかも。彼らを増長させていたアイテムは、壊されたらそれまでだったから。
「……春は来なかった。まだ何かあるというのかな」
エミルさんが空を見上げた。私の家にも、彼の集落にも。どこだろうと迫る脅威。像を壊しても変わることのなかった未来。
「でもね、シャーロット。これも一歩、だよね?」
「うん、エミルさ――」
前向きな彼に頷こうとするも――草むらを踏みしめる音と共に、声がした。
「――いやぁ、壊してくれてありがとなぁ」
重低音の男性の声、香水の香りがした。振り返った私は。
「えっ……」
愕然とした。何故、何故、この人が……!?
「よう、シャーロットちゃーん?」
夢の中に現れた人。犬歯を覗かせる大柄な人……ガラがよくない人。もっとも、夢で見た時と服装は違っていた。今は上質なスーツを纏っていた。うん、そういえば夜の都でも見かけていたね……。
――素性の知れない、紫の瞳の人。
「な、ななな……」
ううん、素行とか見た目とかそれはいい。いいの。この人はよりにもよって、錠前を増やした人で……! それも面白半分ともとれるような!
「……ううん」
深呼吸をして私は自身を落ち着かせた。そうだ、この人は像を壊したことに感謝した。まさか……。
「……お前が破壊したのか。何者だ」
「!」
エミルさんも負けない、這うような声。相手を見上げ、剣呑とした目つきとなっていた。
「おっと、怖ぇな……金糸雀隊ってのは。完全にぶっ壊したのはそっちだろうが。キレる筋合いあんのか、なあ?」
全然怖がってない素振りで、エミルさんを煽っていた。
「こんの……」
……いや、エミルさん? 青筋浮かべてない? 挑発に乗る人なの……?
「エミルさん……?」
声をかけてみると、エミルさんはハッとした。
「……っと。その、シャーロット? 貴女の知り合い? ……何者なの」
エミルさんは努めて冷静であろうとしていた。
「知っている人ではあるけれど……私もよくはわからなくて」
それは私が知りたくもあった。この謎の人は、エミルさんの正体も見抜いている。それに気づいたエミルさんも、ますます警戒を強めているようだった。
「おいおーい、オレとオマエの仲だろ?」
「……は?」
私より先にエミルさんが反応した。ああ、あの綺麗な顔が歪んでいく……。
「……いえ、私はあなたのことよく存じなくて」
収拾がつかなくなる前に、私は事実を述べることにした。本当によく知らない人。仲も何もないというか……。
「……存じない、ねぇ」
私のことをジロジロと見てくる。いえ、そうでしょう? 私とあなたの接点って、あの時の夢くらいじゃ――。
「……?」
そう、だよね? ……それくらい、だよね? なんだろう、この感じ……。
「ま、おかげでこっちも助かったわけだ。お礼に一つ、教えてやるよ」
尊大な態度のまま、彼が告げること。
「このままじゃ春は訪れねぇよ――肝心の女神様がいねぇんだから」
「え……」
あまりにも驚愕の事実過ぎた。
「何をふざけた事を……何を」
エミルさんも疑ってかかるけれど、彼の語気は弱くなっていく。
突然現れた怪しい人、謎の存在。そんな彼の言葉を鵜呑みにすることもない。だけれど。
「……」
リッカは彼をじっと見ていた。吠えることも、怯えることもせず。ただ、じっと。あのつぶらな瞳はどんな思いを抱いているの?
君は確か、女神様の御許から離れてしまった。君を放っておくなんて、そう思っていた。君は大丈夫と返していた、心配しないでとも。
……リッカ?
「……犬コロ、ねぇ」
相手もそうだった。彼らは意味深に視線を重ねていた。
「じゃ、またなぁ――シャーロットちゃん?」
不敵に笑う彼は、紫がかった靄に包まれていく。一瞬の瞬きのあと。
彼の姿は無かった。
「リッカ……?」
リッカの視線は彼を追ったまま。
私たちはまだ――知らないことばかり。
突然現れた謎の男、彼の真意もわからないまま。
それでも立ち向かわないと。
冬が終わらない限り、私たちの未来は……だから、進もう。
春を迎える為に――。
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