わがままに愛して

よしゆき

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 そんな経緯を経て、マイラとリュリュは体を触ったり触られたりする関係になってしまった。
 恋人でもないのに。キスをして、互いの体に触れ合うなんて。こんな関係不純過ぎる。
 何より、リュリュは女性であれば誰でもいいと思っているかもしれないが、マイラは違う。リュリュが相手じゃなければ、キスだって触れるのも触れられるのも絶対に嫌だ。
 リュリュは興味本意や性欲を発散させる為だけにマイラに触れているのだ。そう考えると虚しくて、堪らなく悲しい。
 でも、この関係もそう長く続かずに終わるだろう。
 リュリュがマイラ以外の女性と関わる事になれば、彼はマイラではなく他の女性に興味を持ち、他の女性と関係を持つようになってしまう。
 そうなればもう、マイラにキスしてくる事も、触れてくる事もなくなる。こんな関係続けても悲しくなるだけなのに、そうなってしまったらそれもまたマイラにとってはとても辛い事なのだ。
 そして、遂にその時はやってくる。
 十五歳になったリュリュにパーティーの招待状が届いたのだ。
 今までもパーティーに参加する事はあったが、それはパーティーに参加するマイラの両親に同行するだけだった。
 けれど今回は違う。リュリュ本人に招待状が届き、マイラの両親の付き添いなく参加するのだ。
 保護者の目もなくなり、彼は思う存分女性と楽しい時間を過ごす事ができる。
 幼い頃は少女と見紛うような美少年だったが、成長し順調に美青年へと変貌していっている。彼に女性達が群がるのが容易に想像できた。そしてリュリュはきっと喜んでそれを受け入れるのだろう。
 招待状はマイラにも届いている。けれどマイラは参加するつもりはなかった。
 だからパーティー当日、マイラは体調が悪いと言って仮病を使い欠席する事にした。

「えっ!? マイラ、パーティーに参加しないの?」

 それらしくベッドに横たわるマイラを見て、リュリュはショックを受けている。

「ええ……。ちょっと体調が優れなくて」
「なら僕も行かない。マイラの看病するよ」
「だ、ダメよ。リュリュは行ってきて」
「でも……マイラが苦しんでるのに……」
「そんな大した事はないの。少し横になっていればすぐよくなるわ。だからパーティーにはリュリュ一人で行ってきて」

 リュリュはしょんぼりと肩を落とす。

「残念だなぁ……。マイラと踊りたかったのに……」
「私は行けないけど、ユスティーナも参加してるはずよ」
「ユスティーナって誰?」
「私のいとこよ。前にここで会ったでしょ? リュリュと同い年の女の子よ」
「ああ……」

 リュリュは興味なさそうに頷いた。
 ユスティーナは誰もが認める美少女だ。あの時から成長しているが、それは今も変わらないだろう。
 あんなに可愛い女の子と再会できるというのに、リュリュはあまり嬉しそうではない。
 ユスティーナはマイラのいとこだ。お世話になっているエルヴァスティ家の親戚だ。だから、手は出せないと彼は考えているのかもしれない。
 しかしパーティー会場にはユスティーナ以外に、彼と同年代の色んなタイプの女性で溢れているリュリュにとっては楽園なのではないか。
 マイラは不安だった。
 女性に強い興味を抱いているリュリュの事だ。手当たり次第に声をかけ、アプローチしまくるのではないか。
 リュリュはとにかく顔がいい。性格も穏やかで落ち着いている。そんな彼に誘われたら、受け入れてしまう女性はいるはずだ。さすがに体の関係まではいかないとしても、リュリュならばキスくらいは簡単にしてしまいそうだ。
 マイラの中でリュリュは完全に節操なしの女好きとなっていた。
 リュリュは遊びのつもりでも、相手の女の子は本気で彼を好きになってしまうかもしれない。
 女性を傷つけるような真似はしてほしくない。

「リュリュ、今日はお父様もお母様も同行しないわ。でも、一人だからって羽目を外さないようにね」
「うん」
「初対面の女性に馴れ馴れしくしちゃダメよ。ちゃんと距離を保って。いきなり触れてはいけないのよ。紳士的に接するの」
「うん」

 リュリュはしっかりと頷く。けれど微塵も信用できなかった。

「くれぐれも、女性と二人きりになんてならないようにね。女性を人目のつかないところへ連れ出したりなんてしちゃダメよ」
「もちろん。そんな事しないよ」

 きっぱりと言いながら、リュリュは嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
 これから色んな女性に出会える喜びを抑えきれないのだろうか。
 マイラは不安で堪らなかったが、時間になり部屋を出ていくリュリュをベッドの上で見送った。
 部屋の窓から、正装し、馬車に乗り込むリュリュの姿を見つめる。彼を乗せた馬車は走り出し、やがて見えなくなった。
 落ち着かなくて、マイラは部屋の中をうろうろする。胸がもやもやする。
 パーティー会場には、綺麗に着飾った女性が沢山いる。マイラよりも美しく可愛らしい女性達が。
 きっとリュリュは彼女達に笑顔を振り撒き、楽しい時間を過ごすのだろう。マイラといるよりも、ずっとずっと楽しい時間を。
 何せ彼は女性が大好きな女たらしなのだ。
 リュリュの美貌があれば、女性だけでなく男性すら虜にしてしまうだろう。選り取り見取りだ。
 果たして彼はその誘惑に勝てるのだろうか。
 マイラの言葉など忘れて、あっさり手を出してしまわないだろうか。彼を止める者など誰もいないのだ。
 不安ならばマイラが一緒に行って、リュリュを見張ればいいのだ。わざわざ仮病を使ってパーティーを欠席せずに。
 それはわかっているのだが、マイラはリュリュの隣に並ぶ自信がなかった。頭のてっぺんから爪先まで、洗練された麗しさを兼ね備えた彼の隣になんて。
 どれだけ着飾ろうと、マイラは彼の隣には相応しくない。
 幼い頃にぶつかった、あの時の少年の言葉は今も耳にこびりついている。彼にぶつけられた暴言が忘れられず、マイラはすっかり自分に自信をなくしていた。
 自分がリュリュの隣に立ちパーティーに参加したら、嘲笑の的だ。惨めな思いをするだけだ。
 そう思い込み、マイラはパーティーに行けなくなってしまった。
 暫く部屋の中を歩き回っていたマイラだが、もうリュリュは行ってしまったのだ。今更自分がここで悶々としていても意味はない。
 だからマイラは気持ちを切り替える為に風呂を使い、さっさと寝てしまう事にした。
 体を洗い、寝巻きに着替えて再びベッドに上がる。
 布団の中に潜り込んでも、色々考えてしまいなかなか眠気は訪れなかった。
 リュリュの事を頭から追い払うのに、いつの間にかまた彼の事を考えてしまう。それを何度も繰り返していると、ドアがノックされた。
 返事をすると、入ってきたのは正装姿のリュリュだった。

「マイラ、ただいま」
「リュリュ……」

 マイラは呆然と近づいてくる彼を見つめる。
 もうそんなに時間が経ったのだろうかと部屋の時計を確認する。やはり、まだ早い時間だった。会場までの往復の移動時間を考えると、彼がパーティーにいた時間はかなり短い。

「もう帰ってきたの? もしかして、何かあった……?」

 不安になって尋ねれば、リュリュは首を横に振る。

「ううん。マイラが心配だったから早く帰ってきたんだ。必要な挨拶はちゃんと済ませてきたよ」
「……ユスティーナには会えた?」
「うん。彼女にも挨拶したよ」
「そう……」

 まさかこんなに早く帰ってくるなんて思っていなくて、マイラは戸惑ってしまう。
 パーティー会場には綺麗な女の子で溢れていただろうに。てっきり手当たり次第に女の子に声をかけまくっているだろうと失礼な事を考えてしまったが、そこまで非常識ではなかったようだ。
 マイラを心配してくれる彼の気持ちに嘘はないはずだ。
 
「マイラ、まだ具合悪い?」
「え……いいえ、もう大丈夫よ。休んでいたら、よくなったわ」
「ほんと? よかったぁ……」

 リュリュはふにゃりと顔を綻ばせた。そして息をするように自然な動作でマイラの頬にキスをする。
 可愛い女の子を沢山見てきた後だろうに、よく自分にキスをする気になれるものだとマイラは思った。パーティーで会った女の子達にできなかったから、マイラで発散してるのだろうか。
 リュリュにとってマイラは、他の女性と違い手軽に手を出せる存在なのかもしれない。キスもそれ以上の事も、先に手を出したのはマイラの方なので、そうなってしまったのは自業自得なのだけれど。
 マイラの頬を撫でながらリュリュは言う。

「マイラ、今日は一緒に寝よう?」
「えっ……!?」

 突然の誘いにマイラはギョッとする。キスや色々としてはいるが、彼とはもうずっと一緒には寝ていない。

「どうしたのよ急に。さすがにもう、一緒に寝るなんて……」
「いいでしょ、前は一緒に寝てくれたじゃない」
「それは、リュリュが寂しがってたから……。今はもう大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃないよ。寂しかったよ、マイラと離れ離れになって……」
「離れ離れって……そう言うほど長い時間じゃないでしょ」
「でも寂しかった……。マイラが傍にいなくて、心細かったよ……」
「っ……」

 切なげな瞳で見つめられ、マイラは言葉を詰まらせる。リュリュのこの目に弱いのだ。

「だから、この後はマイラとずっと一緒にいたい。ね、いいでしょう?」
「…………」

 マイラは了承しなかった。しかし駄目とも言えなかった。
 そしてリュリュは都合よく無言を了承と解釈した。

「じゃあ、お風呂に入って着替えてくるから待っててね」
「あっ、ちょっと……!」

 にっこり笑ってリュリュは部屋を出ていってしまった。
 結局、その日はマイラの部屋で彼と一緒に寝る事になった。
 おやすみのキスはされたが、それだけだ。リュリュはマイラを抱き締めて眠りに就く。
 出会った頃に比べれば随分大きくなったが、寝顔は変わらずあどけなくて天使のように愛らしい。
 自分の容姿など気にせず、彼と無邪気に接していた頃が懐かしい。
 できるなら彼と出会った頃からやり直したい。そうしたら、もう自分の我が儘で彼を振り回したりしない。彼ともっとちゃんとした関係を築き直したい。
 彼の穏やかな寝息を聞きながら、マイラもやがて眠りに落ちていった。





 翌朝。寝返りを打ったマイラは、頬に触れるふわふわの感触にぼんやりと目を覚ます。リュリュの綺麗な髪の色が視界に映る。
 寝惚けていたマイラは、彼の頭を抱き寄せる。

「なによ、リュリュ。また寂しくなっちゃったの? 私が傍にいるわ。リュリュは一人ぼっちじゃないから、大丈夫よ……」

 寂しくて泣いていた幼い頃のリュリュの夢を見ていたマイラは、夢の続きのつもりで彼の頭を優しく撫でた。
 うとうとしながらリュリュの頭を撫でていたマイラだが、ふと違和感に気づく。明らかに彼の体が夢で見ていた頃より大きいのだ。
 ハッとマイラの意識は覚醒する。

「ごめん、寝惚けてたわ……!!」

 慌ててリュリュの頭を離し、彼から距離を置く。
 彼が寝ていてくれたらと思ったが、リュリュはしっかりと目を覚ましていて柔らかく目を細めマイラを見つめていた。

「ほ、ほんとに、ごめんなさい……。昔の夢を見てて……」

 言いながら、昔の自分の振る舞いを思い出して恥ずかしくなる。
 寂しがるリュリュを、お姉さんぶりたくて慰めていた。偉そうに、あの時リュリュがどんな気持ちでいたのかも考えず、「私が一緒にいてあげる」なんて上から目線で傲慢なセリフをペラペラと口にしていた。
 今思うと恥知らずな自惚れた発言だ。

「ご、ごめんなさい……リュリュ……」

 マイラは真っ赤な顔を俯けてか細い声で謝った。謝らずにはいられなかった。

「え、どうしたの、マイラ? 寝惚けてたのがそんなに恥ずかしかったの?」

 リュリュは体を起こし、マイラの顔を覗き込んでくる。

「違うわ……昔の事よ……」
「昔? 何の事?」
「私、リュリュの気持ちも考えないで……あんなに寂しがってたリュリュに、『私が傍にいてあげる』、なんて言って……。私が、リュリュのご両親の代わりになれるわけないのに……」

 マイラの存在が、リュリュの寂しさを紛らわせてあげる事なんてできるはずがないのに──。それなのに、あんな的外れな事を得意気に口にして。己の稚拙で愚かな発言に、激しい自己嫌悪に陥る。

「ほんとにごめんなさい……」
「どうして謝るの、マイラ?」
「え……?」

 リュリュの手が頬に触れ、項垂れていた顔を上げられる。
 彼と目が合った。リュリュは優しく微笑んでいる。

「僕はすごく嬉しかったよ。マイラがずっと傍にいてくれるって言ってくれて」
「リュリュ……」
「僕、子供の頃は自分がどうしてこの屋敷で暮らす事になったのかよくわかってなかったんだ。自分はいらない子で、だから両親に捨てられちゃったのかと思ってた。いつかこの屋敷も追い出されて、一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって怯えて、悲しくて、不安だった……」
「…………」

 はじめて彼の気持ちを聞かされて、本当に自分は彼が何を考えてどう思っているかなんて何も知らなかったのだと気づいた。何も知らないまま、不安を抱えるリュリュを我が儘放題振り回してきたのだ。
 深く落ち込むマイラの頬を、リュリュの手が撫でる。

「だからね、僕は嬉しかったんだよ。マイラの言葉が。リュリュは一人じゃない、私がいるって言ってくれて、すごくすごく安心できた」

 リュリュはマイラをまっすぐに見つめ、そう言った。
 自分の言葉は、少しは彼を励ます事ができていたのだろうか。そうならば、自分の愚かな言動も僅かでも役に立ったのだと救われる思いだ。
 自分は彼に嫌われるような事しかしてきてないと思っていた。リュリュが逆らわないのをいい事に、散々な事をしてきたという自覚がある。
 それでも、ほんの少しでも彼が嬉しいと思えるような事ができていたのなら、それはマイラにとっても喜ばしい事だった。

「それなら……よかったわ。リュリュに嫌な思いをさせてたんじゃないかって不安だったから……」
「嫌なんて、とんでもないよ。寧ろ僕は、マイラの事がすごくすごく好きになったんだよ」
「っ……」

 さらっと「好き」と言われて一瞬ドキッとしてしまったが、もちろん深い意味などないだろう。家族に対する好き、と同じ意味だ。彼が自分なんかを恋愛対象として見るはずがないのだから。
 まるで愛しいものを見るような目で見つめられている気がするが、それもマイラの願望による錯覚だろう。






 ダンスの練習中に足を挫いたとか、生理痛が辛いとか、色々理由をつけてリュリュとパーティーに参加するのを避けていたが、さすがに毎回となれば怪しまれる。
 マイラは観念してリュリュとパーティーに参加する事にした。
 正装姿のリュリュはいつも以上に輝いている。きっとパーティー会場では注目の的だろう。
 会場に着いたらできる限り彼から離れようと、マイラは考えていた。
 彼とパーティーに参加する事に乗り気ではないマイラは、ずっと憂鬱だった。そんなマイラとは反対に、リュリュはずっとウキウキしている。

「今日のドレスも可愛いね、マイラ。すごく似合ってるよ」

 ドレスに着替えたマイラを見て、いつものようにお世辞を言ってくる。

「楽しみだなぁ、マイラとパーティー。さあ、行こう」

 彼はニコニコしながらマイラの手を取り、紳士らしくエスコートしてくれた。
 馬車の中でも彼はご機嫌だった。
 もしかして、彼には既にお気に入りのご令嬢がいるのかもしれない。その子と会えるのが楽しみでこんなに嬉しそうなのではないだろうか。そして彼は、マイラにその子を紹介しようとしているのではないか。
 そんな妄想にとらわれ、マイラは一気に不安になった。そんな心の準備はできていない。
「この子が僕の好きな子だよ」なんて彼にとびきり可愛い女の子を紹介されたらショックでどんな反応をしてしまうかわからない。
 その可能性も考慮しながら、マイラは懸命に心を落ち着けた。そうなったら、ちゃんと冷静に受け止めなくては。あと、結婚するまでは清く正しいお付き合いをしなくては駄目なのだと改めてリュリュに言い聞かせておく必要もある。
 そんな事を考えている内に会場に着いた。
 きらびやかなパーティー会場には美しく着飾ったご令息ご令嬢が沢山いる。
 マイラも子供の頃はパーティーに憧れていた。お姫様のような綺麗なドレスを着てパーティーに参加する事を楽しみにしていた。
 でも今は、自分の存在が浮いているような感じがして落ち着かない。楽しめない。
 あの赤毛の少年のように、心の中では皆マイラを罵倒しているのではないかと思ってしまう。隣に並ぶリュリュと比べ、マイラの醜さを嘲笑っているのではないかと、そんな被害妄想に襲われるのだ。
 会場に着いたらさりげなくリュリュから離れようと思っていたのに、彼はマイラの手をしっかり握っていて離れられない。

「見て、マイラ。美味しそうなケーキが沢山あるよ。食べようか」
「いらないわ。リュリュが食べたいなら、食べてきていいわよ」

 それを理由に彼から離れようと思ったのだが、リュリュは首を横に振る。

「マイラが食べないなら僕もいらない」
「別に、我慢しなくていいのよ」
「してないよ。マイラと一緒に食べたかっただけだから」

 少し残念そうにリュリュは言った。
 マイラは甘いものが好きだ。ケーキや焼き菓子が大好物だ。それこそ昔はリュリュの分まで分けてもらっていたくらいに。
 でも、あの赤毛の少年の言葉に傷つけられてからはあまり食べないようにしていた。食べたい気持ちを必死に我慢して過ごしている。
 もしあの少年に出会っていなかったら、きっとマイラは彼に誘われるまま好きなだけケーキを食べていたのだろう。
 周りの視線など気にせず、気後れする事なくリュリュの隣に立っていられたのだろう。
 けれど、今はもう無理だ。

「あ、皆踊りはじめたよ。僕達も踊ろうよ、マイラ」

 だから、彼のダンスの誘いなど絶対に受けられないのだ。
 一目でわかるほどにリュリュと不釣り合いな自分がダンスなんて、嗤われるに決まっている。そう思い込んでいるマイラはホールへ向かおうとするリュリュの手を引き離した。

「私はいいわ」
「えっ、どうして……!?」

 リュリュはショックを受けている。断られるなんて思っていなかったようだ。

「その……緊張して、失敗しちゃいそうだから……」

 それはあながち嘘ではない。
 マイラは周囲の反応が気になって、どう思われているのかが怖くて、きっとダンスに集中できない。ミスしてしまう可能性は高かった。

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。練習では全然失敗なんてしないでちゃんと踊れてるじゃない」
「練習では、リュリュと先生しかいないからよ。でも今は、周りに沢山人がいるでしょう?」
「もし失敗しても平気だよ。気にする事なんてない」
「ダメよ。私が失敗したら、リュリュにまで恥をかかせてしまうもの」
「そんな事……」
「お願いよ、リュリュ」
「………うん」

 しょんぼりと肩を落とすリュリュを見ていると胸が痛んだが、こればかりは了承できない。
 そもそも無理にマイラと踊ろうとしなくても、リュリュと踊りたがっている女性は沢山いるのだ。ダンスがしたいのなら彼女達と踊ればいい。

「リュリュ、ここからは別行動しましょう」
「えっ……!?」
「折角パーティーに来ているのだから、私とばかりいても意味がないでしょ。こういう場での付き合いは大事よ。私も私で挨拶しなければならない人もいるから、リュリュはリュリュで好きに楽しんできて」
「待って、マイラ……っ」

 呼び止めるリュリュを無視してマイラは彼から離れた。
 必要な挨拶を済ませた後、マイラは目立たないよう隅の方でじっとしていた。
 もしかしたらこの後、リュリュが女の子を連れてマイラのところへ来るかもしれない。そう考えると暗澹とした気持ちになる。
 もう、先に帰ってしまおうか。
 そう思っていた時、一人の青年がマイラに近づきダンスに誘ってきた。
 断るマイラの手を強引に引き、ホールの方へと連れていかれる。踊らざるを得ない状況になってしまった。
 マイラは渋々、見知らぬ青年とダンスをする。誰とも踊る気などなかったマイラは、早く終わってくれる事を祈る。
 そんなマイラに顔を寄せ、青年が言ってくる。

「実は、君にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「君は、あのリュリュという子と親しいんだろう?」
「え? ええ、まあ……」
「俺の妹が、彼に気があるようなんだ。だから君から、彼に妹を紹介してもらえないか?」

 青年の言葉にマイラは納得した。どうしてダンスに誘ってきたのか意味がわからなかったが、目当てはリュリュの方だったのだ。それならば腑に落ちる。

「俺が言うのも何だけど、妹は可愛い顔をしてるんだ。きっと彼とお似合いだと思うんだよね」

 青年は得意気な顔で妹の事をアピールしてくるが、そんな事を聞かされても困る。
 別にマイラに頼まなくても、リュリュは可愛い女の子に声をかけられれば喜んで対応するのではないか。
 断ろうか。しかしこの程度の頼みも受け入れなかったらエルヴァスティ家の娘は心が狭いとか、そんな噂を流されてしまう恐れもある。
 悩んでいるうちにダンスを終えた。

「今、妹を連れてくるよ」

 マイラはまだ了承していなかったのだが、青年は勝手に話を進めてしまう。

「え、あの……」
「すぐ戻ってくるから、ちょっと待っていて」
「マイラ!!」

 青年の言葉を遮るように、鋭い声でマイラの名を呼ぶ声が響いた。
 ビックリして顔を向ければ、リュリュがそこにいた。彼の顔を見てマイラは更に驚く。
 怒っている。あの温厚なリュリュが。マイラが何をしても一度も怒らなかったリュリュが。見てわかるほどに怒気を帯びている。

「リュリュ……?」

 一体どうしたというのだ。
 戸惑うマイラの手を掴み、リュリュは歩き出す。

「えっ、ちょっと、リュリュ? どこに……」
「帰る」
「ええっ? そんな、急に……っ」

 振り返れば、青年が呆然とこちらを見ていた。
 彼との話が途中なのに。
 しかしマイラが足を止めようとすれば、それを責めるように強く腕を引かれる。
 結局逆らえず、そのまま会場を出て馬車に乗せられた。
 走り出す馬車の中で、リュリュは不機嫌なオーラを放ち続けている。

「リュリュ、ねえ、どうしたの……?」

 おずおずと尋ねれば、リュリュはムスッとした顔で言ってくる。

「僕とは踊ってくれなかったのに、何であの男とは踊ったの?」
「え……?」

 そういえば、リュリュの誘いを断っていたのだ。自分の誘いは断って、他の人とは踊っていたら確かに気分はよくないだろう。
 しかし、こんなに怒る事だろうか。

「あの人とも踊る気はなかったのよ。でも断れなくて……。リュリュを嫌な気持ちにさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「僕がマイラと踊りたかったのに……。僕以外の男と、あんなに密着して……。マイラと踊っていいのは僕だけなのに……」

 納得できないのかリュリュはブツブツと恨み言を口にしている。
 自分を差し置いて別の人と踊ったのが、彼にとってはそんなに嫌な事だったのだろうか。きっとリュリュと先に踊っていれば、彼が怒る事もなかったのだ。
 しかし申し訳ないが、マイラはリュリュと踊る勇気がない。

「ごめんね、リュリュ」

 もしまたリュリュにダンスに誘われても、きっと自分は断るだろう。
 それがわかったので、マイラは謝る事しかできなかった。
 屋敷に着いてもリュリュの機嫌は直らなかった。
 いつもおやすみのキスをしにマイラの部屋に来るが、あの調子なら今日は来ないだろう。
 明日には怒りが冷めている事を祈りながらマイラは布団に入る。
 目を閉じて眠りに就こうとするが、それから少しして部屋のドアが開く音が聞こえた。
 使用人がノックもなく部屋に入ってくる事はあり得ない。ならば父か母か、それとも──。

「っ……」

 布団が捲られ、誰かが中に潜り込んでくる。「誰か」というか、こんな真似をする人物に心当たりは一人しかいない。

「リュリュ? もう、ノックもしないで……っ」

 文句の途中でぎゅうっと強く抱き締められた。

「ちょ、苦しいわ、リュリュ……っ」

 訴えるけれど、腕の力は緩まない。

「リュリュ……」

 マイラは吐息と共に彼の名前を呼ぶ。
 彼はすっかり拗ねてしまっている。
 リュリュは聞き分けがよく、機嫌を損ねた事など今までなかった。
 こんな事ははじめてで、どうしていいのかわからない。そもそも何がそんなに気にくわないのかもよくわからない。そこまで怒る必要があるのかとマイラは思ってしまう。

「まだ怒ってる? ねえ、どうしたら機嫌を直してくれるの?」

 そう声をかければ、リュリュは漸く口を開いた。

「…………もう、二度と僕以外の男と踊らないで。もう二度と他の男に触らせないって約束して」
「え……」

 そんなのは無理だ。また同じような事がないとは限らないし、付き合いでリュリュではない男性とダンスをしなくてはならない状況もあるだろう。
 だからそんな約束はできない。
 でもマイラは、リュリュの背に腕を回して頷いた。

「わかったわ」

 リュリュの声は震えていた。悲しげに、切実な思いを帯びていた。
 彼が悲しんでいたら、マイラは彼を抱き締めずにはいられない。抱き締めて、慰めて、大丈夫だと伝えたい。

「約束する。だから、悲しまないで、リュリュ」
「ほんとに? 約束だよ、マイラ」
「ええ」

 やっと気持ちが落ち着いたのか、リュリュの纏う空気が和らいだ。
 リュリュはすりすりと首筋に頬擦りしてくる。

「ふふっ……もう、擽ったいわ、リュリュ」
「今日は、このままマイラと一緒に寝てもいい?」
「まったく……しょうがないわね」

 彼に甘えられると嬉しくて、受け入れてしまうのはマイラの悪い癖だ。もうマイラもリュリュも、一緒に寝ていい年齢ではないのに。
 結局マイラは彼が大好きで、報われないとわかっているのに、最終的には彼を拒む事などできない。
 きっとすぐにリュリュは他の女性を好きになり、あっさりマイラから離れていくのだろう。
 こうして甘えてくれるのも今だけだ。そう思うと悲しくて虚しくて、でもだからこそ今だけは彼を離したくないとも思ってしまう。
 切ない気持ちを抱えながら、マイラは彼の腕の中で眠りに落ちていった。







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