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しおりを挟むユリウスとシルヴィエは順調に親しくなっていった。パーティーで顔を合わせるたびに言葉を交わし、少しずつ二人の距離は縮まっていく。
今日も、二人は楽しそうに話していた。
マリナはそれを離れた場所から見つめる。
ユリウスの優しい微笑みは、シルヴィエだけに向けられている。
マリナには決して見せない笑顔だ。
後悔なんてしていない。
自分の意思で、差し伸べられた彼の手を振り払った。彼の優しさを冷たく突き放してきた。これでいいのだと、何度も自分に言い聞かせながら。
後悔はしないけれど、シルヴィエに向けられるユリウスの笑顔を見るたびに、じくじくと胸が痛んだ。
痛みを押し殺し、そっと彼らから視線を逸らす。
すると、声をかけられた。
「やあ、マリナちゃん」
「ラドヴァン様」
振り返ると、そこに立っていたのはユリウスの友人であり、攻略対象者の一人でもあるラドヴァンだった。
彼はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「寂しそうな顔をしてこんな隅っこにいないで、お兄ちゃんと話したいなら混ざってくればいいのに」
「私は寂しくなんてありませんし、お義兄さまと話したいとも思っていません」
ユリウスを見ていたことがバレてばつが悪い思いを抱いたが、それを隠してマリナはにこりと微笑んだ。
ユリウスの前では殆ど表情を変えないマリナだが、他の人には普通に最低限の礼儀を守って接する。マリナが冷たく当たるのはユリウスに対してだけだ。
ラドヴァンはクスクスと笑いを零す。
「そう? それならそういうことにしておこうか」
彼の態度にムッとしつつ、マリナは表面上は穏やかに微笑んでいた。
そんなマリナに、ラドヴァンの手が差し出される。
「退屈なら、一緒に踊っていただけませんか?」
ダンスに誘うのも受けるのも断るのも自由だ。誘うのにも受けるのにも断るのにも、深い意図はない。重く受け止める必要はなく、軽い気持ちで誘い、軽い気持ちで受け、軽い気持ちで断ることができる。
特に断る理由もなかったので、マリナは彼の手を取った。
きちんと令嬢としての教育は受けさせてもらっているので、普通にダンスはできる。
ラドヴァンにリードされながら、マリナは踊りきった。
一曲終わってホールを離れると、シルヴィエを連れたユリウスがやって来た。
「よお、ユリウス。可愛いマリナちゃんとのダンス、見ててくれたか?」
「ああ、見てたよ」
「お前もシルヴィエ嬢と踊ってきたらどうだ?」
「お断りさせていただきます」
ラドヴァンの言葉に食いぎみで答えたのはマリナだった。
三人は驚いたようにマリナを見ている。
シルヴィエはきちんとダンスを習っていないのだ。それに彼女はまだユリウスと踊ることに引け目を感じている。二人が踊るのは、もっと先。親密になり、婚約して、シルヴィエがユリウスにダンスを教えてもらい、ユリウスから贈られたドレスを着て、そして漸くシルヴィエは胸を張ってユリウスと踊ることができる。
ダンスは、二人にはまだ早すぎる。
ラドヴァンがそんなことを言えばユリウスはシルヴィエをダンスに誘わざるを得なくなる。シルヴィエは断らないだろう。だがうまく踊れず、きっと失敗してしまう。そうするとまたシルヴィエは笑い者になり、ユリウスに恥をかかせてしまったことを深く後悔するだろう。そしてユリウスと距離を置いてしまう。
と、そこまで見越して声を上げたものの、どうやって二人のダンスを阻止すればいいのか。
必死に頭を回転させていると、ラドヴァンが声を上げて笑った。
「あははっ、マリナちゃん、ユリウスと踊りたいんだってさ」
「はあ? そんなこと言ってません」
マリナは焦って否定するが、ラドヴァンは取り合ってくれない。
「まあまあ、照れないで。踊ってやれよ、ユリウス」
「え? あ、いや、でも……」
「ほらほら」
ラドヴァンに背を押され、強引にホールの方へ押し出される。
「んで、シルヴィエ嬢は俺と踊ろうか」
「えっ、あっ……」
ラドヴァンは戸惑うシルヴィエの手を取り、返事も聞かずに踊りはじめる。
向かい合うマリナとユリウスは困惑した表情でお互いを見つめていた。
こんなことなら、ユリウスとシルヴィエを踊らせておいた方がよかったかもしれない。早まってしまったことを悔やんだがもう遅い。
「ええと、踊ろうか……」
「…………はい」
ここで断ってこの場を去ってしまえば、ユリウスは一人でシルヴィエとラドヴァンのダンスを見なくてはならなくなる。
マリナは差し出されたユリウスの手を取った。
彼と踊るのははじめてだ。一度社交辞令的に誘われたことがあったが断った。
意識してはいけないと思うのに、自分に触れる彼の手に意識が向かう。
マリナが近づくことさえ拒み続けてきたから、今まで彼とこんなに密着したことなどない。
体温が上がるのがわかった。心臓が激しく高鳴っている。
こんなに距離が近くては、ユリウスにバレてしまう。マリナが彼を意識しまくっていることが。
彼から意識を逸らしたくて、シルヴィエの方へ視線を向ける。
彼女はやはりうまく踊れないようだ。ラドヴァンにリードされながらも、何度も彼の足を踏んでいる。
けれどラドヴァンは決して笑顔を絶やさない。楽しそうに笑ってシルヴィエの体をしっかりと支え、音楽に合わせてステップを踏む。
本当に楽しそうに踊るラドヴァンに、つられるようにシルヴィエもいつしか笑顔になっていた。ぎこちなくも、ラドヴァンに合わせて体を動かす。
周りの目も気にせず、二人の間には和やかな空気が流れていた。
マリナは焦った。ユリウスのルートに入ったと思ったのに、どうしてあの二人があんなに仲良さそうに踊っているのだ。
こんなはずじゃなかったのに。
結果的にマリナはユリウスとシルヴィエの邪魔をしてしまったことになる。
シルヴィエ達の動向が気になって目が離せなくなっていると、ぐいっと腰を引かれた。
驚いて顔を上げると、思わぬほど近くにユリウスの顔があった。
マリナはひゅっと息を呑み、騒ぐ心臓を懸命に落ち着かせる。
「余所見なんて危ないよ」
「っ…………」
「そんなにラドヴァンが気になるの?」
「別に、そういうわけでは……」
ラドヴァンが、というわけではなく、シルヴィエとラドヴァンの二人が気になっているのだ。
「今は僕と踊っているんだから、僕だけを見て」
「っ、っ…………」
ユリウスの強い視線に心臓を貫かれる。
視線を逸らしたいのに、まるで捕らわれたように彼の目から視線を外すことができない。
じっと見つめ返せば、ユリウスは唇の端を吊り上げた。
「そう。いい子だね、マリナ」
どっと心臓が跳ねた。
ユリウスの視線に、声に、言葉に、止まってしまうのではないかと心配になるほど心臓が激しく脈打っている。
顔に熱が集まり、赤くなるのが自分でもわかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
早く終わってほしいのに、でも、まだ彼と離れたくないと、消えない恋心が疼いている。
膨れ上がりそうになる彼への気持ちを必死に押さえつけ、どうにか最後まで踊りきった。
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