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「ああ、怖かっただろう、辛かっただろう…!無事で帰って来てくれて良かった…!本当に良かった…!!」
 母も共におり、父と共に抱き合って泣いた。
「お父様、お母様、ごめんなさい。わたくし、試験に失敗してしまって…」
「ああ、そんなことはいい。おまえが無事でいてくれただけで…」
「本当に…もう…知らせを受けた時、わたくしもう…心臓が止まってしまうかと…」
「次は失敗致しませんわ。必ずドレッドスライムを倒してみせます」
「な、何を…!?」
「もういいだろう?怖くて痛い思いをしてまで、冒険者をやることはない!!」
「あなたは侯爵令嬢なのよ…!?こんな危険なこと、もうやめてちょうだい!今までだって、ずっと何も言わずに見守ってきたけれど…!こんな、こんな危険だなんて…!死にかけただなんて…!」
 ふら、と母の身体が傾ぎ、慌てて父が身体を支えてソファへと座らせる。
「あなたに何かあったらと思うと、わたくし…」
 顔を伏せて泣き始めた母を困ったように見下ろすマーシャに、父は「そうだぞ」と頷いた。
「もういいだろう。やめなさい。ダンジョンがどんな所かもわかっただろう?王太子殿下と話をする為なら、もう十分じゃないか」
「お父様、お母様、心配して下さってありがとうございます。でも回復魔法がありますし、ポーションもあります。死にかけたといっても、今はなんともありませんわ。わたくし、どうしてもランクを上げたいんですの」
「どうしてそこまで…そんなに、王太子殿下のことが好きなのか」
「はい」
 即答すれば、父はがくりと肩を落とす。
「はぁ…しかし、私もお母様も反対だ。おまえは無事だったが、護衛は三人死んだ。…ということは、護衛よりも敵の方が強いと言うことだろう」
「…そうですわね」
「護衛を全員、高ランクの冒険者にすればいいのか」
「…あなた、護衛に加えて、攻略用の高ランク冒険者も雇うということ?」
「いや、護衛に攻略もやらせればよかろう」
「まぁ、それでは攻略中、この子が危険に晒された時に守る者がおりませんわ」
「…ああそうか…」
 マーシャの身の安全を想ってくれる両親の優しさに、感謝した。
「お父様、お母様、護衛は今まで通りで構いませんわ。日常生活では、彼らは十分役目を果たしてくれています。必要なのはダンジョン攻略要員のみですのよ」
「むぅ…しかしだな」
「二十階までは問題なく到達できましたの。問題は、同ランクのメンバーなのですわ」
「二人入れて行ったのだろう。どんな問題があったんだい?」
 試験の際、広間の中に入れるのは対象メンバーだけだった。
 他人は入ることができない為、当時の様子を知るのは参加したメンバーだけなのだ。
「後衛三人で行きましたの。全員で一斉攻撃をし、おそらくもう一度全員で攻撃できれば倒せたはずなのですけれど、三本の通路に分かれていたせいで、一人に向かっていったスライムに攻撃が届きませんでしたの。急いで駆けつけ、攻撃したのですけれど、皆初めてということもあって動揺してしまい、回復に追われたりしている間に攻撃を食らってしまって…無惨な有様になってしまったのです」
「あぁ…」
 母はまた、目眩を起こしたようでソファの上に倒れ込んだ。
 父は難しい顔をして、「どうやれば勝てたと思うんだい?」と言うので、マーシャは考えていたことを口にする。
「一撃加えた後は、誰かに狙いを定めることはわかりました。狙われた者は後ろに逃げず、むしろ前に走って残り二人と中央広場で合流し、二人が攻撃をしてターゲットが変わったら、その一人もまた攻撃に加わる、という繰り返しですぐに倒せるのではないかと思うのです」
「なるほど…だが、また痛い思いをするかもしれないぞ」
「はい。ですが王太子殿下との将来の為ですもの。わたくし、どんなことでも頑張れますわ」
「……」
 母はまた泣いていた。
 父は深いため息をつき、母を見る。
「この子は一度決めたら曲げないからな…怪我も覚悟の上なのだ」
「そんな…この子に万が一のことがあったら…」
「護衛達には厳しく言い含めておこう。何をおいてもこの子の命を優先せよと」
「あなた…」
「ありがとうございます、お父様」
「だが認めたわけじゃない。私達は反対なのだよ。そのことは忘れないように」
「はい!」
 そしてまた週末、Bランク冒険者四名と、同ランクメンバー二名を入れた。
 同ランクメンバーはまた後衛二名であるが、この二名は元からパーティーであるらしい。
 子爵令息と、従姉妹の娘ということで、婚約者同士という話だった。
「二十階までは進行優先で、Bランク冒険者の方達に引率して頂きます。道中の戦利品は全て彼らの物となりますので、手出ししないように」
 メイドのアンナの言葉に、二人は微妙な顔をした後、頷いた。
「まぁ…試験さえクリアできればいいです。わかりました」
「他に質問はありますか?」
「ええ、そちらのご令嬢も後衛に見えるんですが」
「後衛ですわ。見ての通り」
 マーシャは頷いたが、男は怪訝な顔をした。
「…後衛三人で戦うのですか?」
「何かご不満かしら?三人で一斉に魔法攻撃すれば、すぐに倒せますわ」
「はぁ…そうですか。作戦をお持ちのようなので、お聞かせ頂いていいでしょうか」
「構わなくてよ。まず、通路三方向から同時に魔法攻撃をします。誰かにターゲットが向かうので、狙われたら逃げたりせず、中央広場まで走ります」
「…え…スライムを避けてですか…?」
「それくらいの幅はありますわ」
「はぁ」
「残りの二人も中央広場に走りながら、スライムに魔法攻撃。これで二人のうちどちらかにターゲットが移ります。最初に狙われた人物も魔法攻撃に加わって、これで倒せるはずですの」
「…なるほど…無理があると思うんですが」
「どう無理がありますの?」
「全員後衛ということは、攻撃を食らったらとても痛い、ということです」
「…それはそうでしょうね」
「最初に狙われた人が、中央広場に走って行ける確率ってどれくらいですかね」
「確率と言われても、スライムの攻撃を避けながら走り込むだけでしょう?」
 何を難しく考える必要があるのか、と言えば、二人は顔を見合わせた。
「…そうですか。すみませんが僕達ではご期待に沿えないと思うので、抜けさせて頂きますね。お疲れ様でした」
「は!?ちょっと、待ちなさいよ!!」
 二人揃って礼をして、そそくさとその場を立ち去っていく。
 Bランク冒険者達は日帰りの任務なので余裕そうに、店で買ったジュースを飲みながら談笑していたが、二人が去っていくのを見て首を傾げ、マーシャの元へと近づいた。
「あの二人、どうしたんですか?」
「帰っちゃったのよ」
「…は?」
「だから、帰っちゃったの!次を探すわ。アンナ、掲示をお願い」
「かしこまりました」
「出発はまだ遅くなりそうですか?」
「メンバーが揃わないと、出発できないわ。しばらくお待ち下さる?」
「…そうですか。では揃ったら声をかけて下さい」
「わかったわ」
「お嬢様はダンジョン城二階のレストランでお待ち下さい。時間がかかるかもしれません」
「それはいけないわ。アンナが、皆が、働いてくれているのにわたくし一人のんびりしていられないわ。…とはいえ、やれることはないのよね。せめてそこの噴水横のテーブル席で、待っていてもいいかしら。人が来たらすぐ対応できるように」
「お嬢様、なんとお優しい」
「何も手伝えなくて、ごめんなさいね」
「とんでもございません。ではお待ち下さいませ」
「ええ」
 それから一時間して、後衛二人が揃った。
 男爵令息の幼なじみ二人組だった。
 先ほどと同じ説明をし、二人は頷いた。
「わかりました。やってみましょう」
「ええ、よろしくね」
 Bランク冒険者を呼んで、攻略を開始する。
 Bランク冒険者も一撃で敵を倒していく為、あっという間に二十階に到達した。
「では俺達の仕事はここまでなので、失礼します」
「待って!」
 帰ろうとした冒険者に、残ってもらえないかと声をかけた。
「…何故残る必要があるのでしょう?」
「万が一、ということがあるでしょう?わたくし達がピンチになるようだったら、助けて欲しいの」
「はぁ…しかしそれは契約外なんで、新たな契約になりますけど、いいですか?」
「構わないわ。料金についてはアンナと相談してちょうだい」
「了解」
「ではわたくし達はもう一度、作戦の確認をしておきましょう」
「はい」
 ついて来るだけで何もしていなかった男爵令息二人組は、欠伸を噛み殺しながら返事をしていた。
 やがてBランク冒険者達が戻ってきて、マーシャに言った。
「俺達の新たな契約は、今回一回限りであること、二十階広間の扉前で待機し、中から助けを求められたら中に入って助ける。試験の合格不合格は関知しない。もし怪我をしていたら回復をする。死んでいたら遺体の回収はするが責任は問われない。これでいいですね」
「ええ、助かるわ」
「では早めにお願いしますね。契約金は頂いてるんで」
 Bランク冒険者達はすでに飽きているような雰囲気だった。嫌な気分になるものの、これが一番確実な対策だった。
 すぐに倒してしまえば問題はないわけだ。
 中に入れば、憎きドレッドスライムがいる。
 三方向に分かれ、同時に魔法攻撃。
 令息の一人にターゲットが向かい、作戦通りに中央に向かって走り出すが、スライムの触手が伸びて横へと打ち払った。
 かわせず、令息は沼の中へ落とされた。
 残った二人もまた、作戦通り中央へ走り寄り、スライムに向かって二撃目を放つ。
 もう一人の令息へターゲットが向き、後方へ吹っ飛ばされた。
 その間にもう一撃、マーシャが攻撃するが、スライムは倒れない。
 沼から中央広場に這い上がった男は咳込んでおり役には立たず、後方に吹っ飛ばされた男は自身に回復魔法をかけながらよろよろと立ち上がる。
 マーシャにターゲットを向けたスライムは触手を伸ばし、思わず体を庇うように杖を両手に抱えて前に出したのを嘲笑うかのように後方へとふっ飛ばした。
「ああぁぁあ…ッうわあぁぁ…!!」
 両腕に熱を感じ、次いで身体全体に猛烈な痛みを感じ、自分が床を転がっているのだと自覚した。
 またかよ、と、マーシャは思う。
「は、やく…こうげ、き…っして…ッ!」
 マーシャを狙ったまま近づいて来るスライムに恐怖しながら叫ぶが、男達は入口に向かって走っていた。
「んな…ッな、ま、ちょ…ッ」
 血を吐きながら手を伸ばそうとして、両腕がそろって動かないことに気がついた。
 肘から先の骨が砕けて、まるで子供の癇癪でぐちゃぐちゃに打ち付けられ、破壊された人形の腕のような有様になっていた。
 痛みは感じないが、視覚からくるショックは相当だった。
 今まで一度も上げたことのないような絶叫が口から迸り出たが、マーシャがそれを自覚することはなかった。
 スライムの二撃目を食らって、マーシャの意識は暗転した。
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