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王太子一行とパーティーを組んでダンジョン攻略を進めることになった初日、ダンジョン前広場に赴いて、サラと兄は驚いた。
「リアムさん?」
「おはようございます、お二人とも。ああ良かった。お二人が先に来て下さって」
所在なさげに一人佇んでいたのは、リアムだった。
歩み寄り挨拶を交わし、何故ここにいるのかと問えば、リアムも戸惑っているようだった。
「先日王太子殿下に声をかけて頂いたのです。あの兄妹と一緒にダンジョン攻略を進めるから、良かったら参加しないかと」
「殿下が!」
「マジですか」
「はい。皆さんと一足先に別れた時、殿下に。私としては願ってもないお申し出で、一もニもなく承諾したのですが」
「元のパーティーは、大丈夫なんですか?」
「ええ、リーダーの状況を見るとしばらく復帰はなさそうなので」
「そうなんですね」
「ですので、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、リアムさんがいて下さると心強いです」
「嬉しいです、リアムさん!」
笑顔で会話を交わしていると、王太子とカイルとリディアがやって来た。
王太子の後ろには、ボス戦の時にいたよりは少ないが、それでも十名ほどのお付きがいた。
「やぁおはよう、皆」
「殿下、おはようございます」
「サラがちゃんといるじゃねぇか!久しぶりだな!」
「カイルさん、お久しぶりです」
「サラ、久しぶり!会いたかったわ!」
「リディアさん、お久しぶりです!私も会いたかったです」
カイルは狼獣人、リディアは人間であるが、夫婦であった。二人の子もいる。
二人は王太子と兄よりも十歳年上である。
幼い頃から何度か会ったことがあり、二人ともサラのことを気に入ってくれているようで、サラもまた、二人のことは大好きだった。
「今日からサラ嬢がメンバーに加わることは以前から言っていたが、もう一人、メンバーではないんだが、しばらく行動を共にしてくれるリアム殿だ。優秀な後衛だ」
王太子がサラとリアムを紹介し、二人は頭を下げて挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「リアムさんは、サラのレベル上げと昇級試験にも参加してくれている人です。とても頼りになるので、よろしくお願いします」
兄も追加で説明し、カイルとリディアが笑顔になる。
「へぇ、そりゃ心強いな」
「編成もバランスが良いわね!どうぞよろしく!」
「こちらはカイルとリディア。カイルが盾役、リディアは後衛だ。東国イストファガスに住んでいるが、攻略の時にはこちらまで出向いてくれる。仲良くして欲しい」
王太子がカイル達の紹介をした。打ち解けるにはまだ時間はかかるだろうが、おおむね和やかな雰囲気だった。
「そういやあれ、渡したのか?」
カイルが王太子の肩を小突いているのを見てリアムが驚いているが、日常茶飯事なので慣れてもらうしかなかった。
「今から渡すんだよ」
小声で返し、王太子がサラの正面に立つ。
見上げれば、王太子は一本の剣を差し出した。
「サラ嬢、Aランクおめでとう。これは私達からのお祝いだよ。受け取って欲しい」
「え…っ」
驚愕の表情のまま受け取ってしまい、サラは戸惑う。
剣を見ると、鞘はホワイトワイバーンの鱗をメインに使用した白を基調としており、光を受けてきらきらと輝く。アメジストやサファイアにも見える石が嵌め込んであるが、これは上質な魔石であった。繊細な装飾も魔石を砕いて配置され、柄の先端にはアメジスト似の上質な魔石が使われていた。
「…抜いてみてもいいですか?」
「ぜひとも」
王太子がにこやかに微笑み、サラは恐る恐る抜いてみた。
刀身はホワイトワイバーンの牙を削りだした物であり、白く、また虹色にも輝く。
これだけ凝った作りをしているのに嫌みもなくすっきりとした外見で、ただ上品に存在を主張する。
「…これはまた、すごい物を作りましたね、殿下」
呆れを隠しもせずに兄は呟き、カイルやリディアも「すごいすごい」と連発していた。
リアムも「これは素晴らしい傑作ですね」と感動した様子で、サラは手が震えるのを自覚した。
「…こ、こんなに素晴らしい物を、私が頂いてもよろしいんですか…?」
声まで震えながら王太子を見れば、大きく頷く。
「君の為に作ったんだよ。牙はクリスが、魔石はカイルとリディアがそれぞれ提供してくれた。これは私達の気持ちだ。もらって欲しい」
サラは涙目になりながら、カイル達を見、兄を見た。
皆誇らしげに頷いており、王太子もまた頷いた。
「あ、ありがとうございます…!」
頭を下げた瞬間、涙が地面に落ちた。
「鞘と柄の紫の魔石には、魔法効果が多少だが上がる付呪が施されている。君の母上が手がけて下さったものだよ」
王太子の言葉を頭上で聞き、サラは顔を上げた。
「お、お母様が…!?」
「青の魔石には、君しか使えないようにする付呪が。魔力を通してみてくれるかい?」
「は、はい…!」
魔力を通せば、青の魔石が淡く輝いた。
「その剣を装備しているだけで効果はあるから、持っていて欲しい」
「はい…!」
サラは喜びと嬉しさと、畏れ多さが渦巻いて、涙が止まらなくなっていた。
「大切にします…!ありがとうございます…!」
「うん。せっかくだから、早速装備して見せて欲しいな。皆もそう思うだろう?」
ハンカチをサラに差し出し、王太子は周囲を見回す。
皆笑顔で頷いて、「早く装備して見せてくれよ!」とカイルが囃し立てるので、サラは涙を拭き、笑顔で頷き返した。
今まで装備していたブルーワイバーンの剣をマジックバッグに収納し、もらったばかりのホワイトワイバーンの剣を腰に差す。
「うん、やはり似合うな。サラ嬢の為に作ったのだから当然だが」
王太子はひどく満足げに頷いていた。
「すげーわ。愛が重いわ」
「とってもかっこいいわよ、サラ!」
「サラさん、とてもお似合いですよ」
「良かったな、サラ」
兄はもはや諦めたように、サラの肩を叩いた。
「本当に嬉しいです。私、精一杯頑張ります!」
「うん。その意気だ。ではそろそろ行こうか」
「そうしよう。攻略は久しぶりだからな。腕がなまっちまってらぁ」
「サラと一緒に攻略できるなんて、本当に嬉しいわ」
「リアムさんとお兄様が、攻略に付き合って下さったおかげです」
「レベル上げ頑張ったわね」
「はい!」
「一応の役割分担を決めておいた方がいいかしら?」
リディアの言に、リアムが頷いた。
「そうですね。私は回復を主としています。リディアさんはいかがですか?」
「あっホント!?私、攻撃魔法が好きなの!ていうか、回復魔法は実はそんなに得意じゃなくて」
「わかりました。ではメイン回復は私が担当させて頂きますね。リディアさんは攻撃メイン、サラさんはオールラウンダーでお願いしていいですか?」
「はい」
「サラはホント器用で羨ましいわ。回復お願いしちゃってごめんね」
「全然構いません。私、回復魔法も好きなので!」
「必要な時には私も回復するからね」
「はい!」
六十一階からスタートとなった。
この階層は、五十一階層からの廃墟と森林を合わせたようなエリアとなっている。
鬱蒼と茂る木々が視界を遮り、瓦礫や建物跡がそこかしこに広がっていた。
周囲に気を取られていると死角から敵が飛び出してきそうで、道を歩くにも緊張を強いられる。
「俺らは六十二階までしか行ってねーけど、七十階まで同じような感じかい?リアムさん」
カイルが前を見据えて歩いたまま、リアムに尋ねる。
「ええ。ずっとこういう感じで気が滅入ります。敵が正面から現れることはほぼありません。だいたい側面か背後から集団で襲いかかって来ます」
「お~…俺の記憶でも確かそんな感じだったな」
「だからこういう陣形で歩いているんだろう?」
王太子が言う通り、先頭をカイルが一人歩き、その後ろを王太子、サラ、リディア、リアムが並び、一番後ろを兄が歩く。
狭い道の時にはリディア、王太子、サラ、リアムの順で歩くのだった。
「敵の配置とかさすがに覚えてねぇや。さっさと把握してレベル上げ爆速でやらねーとな。ちんたら歩くのは性に合わねー」
金の尻尾がぶんぶん揺れる。
カイルの性格をよく表している発言に、皆は苦笑した。
歩き始めて五分、背後の兄が剣を抜く音がして、皆が振り返る。
カマキリを人間の三倍程の高さにしたような青い魔獣が兄に襲いかかっており、兄は剣でカマキリの腕を受け止めていた。
「おっしゃー!」
カイルが叫び、一歩でカマキリに近づき顔面に拳を叩き込む。
わらわらと鳥型の魔獣や、トカゲのような魔獣も寄って来たのをまとめてカイルが範囲攻撃に巻き込んだ。
リアムはすでにカイルへ強化魔法をかけており、王太子と兄も自身に強化魔法をかけて攻撃に移っている。
リディアは王太子が攻撃している敵に照準を合わせて攻撃魔法を叩き込み、サラは兄が攻撃している敵に攻撃魔法を叩き込む…が、サラの攻撃はレジストされていた。
「お兄様、私の攻撃レジられてる。レベルが上がるまでは集中攻撃した方がいいかもしれない」
「了解」
カイルはカマキリを中心に雑魚敵のヘイトを全て集め、範囲攻撃を繰り出しながら維持していた。
一方的に多数の敵から殴られる為、本来であればレベル上げで盾役が行うには無謀であるのだが、彼は獣人だった。
魔力を身体強化に変えて、集中攻撃にも耐えていた。
リアムは感心しながら強化魔法と回復魔法を唱える。
雑魚敵を一匹ずつ確実に倒していき、残りはカマキリと数匹になった。
雑魚を引っ張ろうとした王太子を、リアムが止める。
「お待ち下さい殿下。そのカマキリは、味方の数が三体を切ると仲間を呼びます。三体を維持しつつ、カマキリを先に倒して下さい!」
「了解した」
「マジか、そんな仕様だなんて知らなかったぜ。前戦った時やたら仲間を呼びやがる、と思ってたのはそれだったんだな」
「はい」
「無限に呼んでくれるのなら、レベル上げに集中したい時にはいいかもしれない」
兄の言葉に、皆が頷く。
「確かに。今日と明日は皆の勘を取り戻す為と、実力を確認する為でもある。まずは通常進行してみて、課題を定めよう」
「はい」
王太子の方針に、異を唱える者はいなかった。
カマキリを倒し、雑魚敵を倒す。
その後も側面や背後から襲ってくる敵は全て複数であり、王太子や兄が初撃を防いでいる間にカイルがヘイトを集める、という流れができていた。
ゆっくり進んで、一階層を抜けた時にはすでに昼を過ぎていた。
「あれ、思ったより順調じゃね?」
カイルがイスに腰掛けながら呟き、護衛騎士が淹れてくれた紅茶を啜る。
「順調だね」
王太子が頷き、兄やリディアも頷いた。
「そうなんですか?」
サラが問うと、四人がサラとリアムを見た。
「やっぱ二人いると楽だな」
「本当に」
「ですねぇ」
サラとリアムは顔を見合わせた。
「リアムさんがすでに攻略済みだから、というのが大きいですよね」
「それは確かにそうだなぁ」
「敵の仕様に詳しいのは助かるわ」
「七十階に到達するまで、ここはずいぶん通いましたので」
「あー、やっぱりかぁ」
護衛騎士が昼食をテーブルに並べてくれるのを待ち、食事を始める。
「この先の階層、敵に変化はあるのかな?」
王太子がリアムに尋ね、リアムは少し考える。
「そうですね…六十五階までは同じような敵だったと思います。六十六階からは、日が暮れます」
「…え?」
王太子だけでなく、皆がきょとんと目を瞬いた。
「それは、そのままの意味か?」
「はい。夕暮れの森林を進むことになります。視界が悪くなり、夜に現れるコウモリやアンデッドが出現するようになります」
「夜は別に俺にとっちゃ脅威じゃねぇな。獣人だし夜目も利く」
「カイルはそうか…そうだな。盾が機能してくれることは最重要だからな、助かる」
「とすると、俺達はランプを腰にぶら下げて移動することになりますかね?」
兄の疑問に、リアムは頷く。
「明かりは必須になります。私達がやっていたのは、移動中は今やっている陣形の中心、頭上に光球を出し、光源としていました」
「光球って、魔法のよね?ランプよりずいぶん明るいし、敵がわんさか寄って来ない?」
「寄って来ます」
リアムは苦笑した。
「私達のリーダーが言うには、わんさか寄ってくる敵を余裕で蹴散らせる位にならないと、七十階のボスなど倒せんぞ、と」
「わお」
リディアが大げさに驚いた。
「戦闘になったら盾役の頭上にも光球を置いて、常に視認性を上げて戦闘すべき、というのがリーダーの言でした。当時は鬼か、と思ったものですが…今となっては、正しいと思います」
「なるほど…非常に参考になった。リアム殿のパーティーリーダーは、合理的かつ頭の切れる人物なのだな」
「畏れ入ります。…リーダーはそうですね、素晴らしい方です。王太子殿下ともきっと気が合うと思います…ああ、いえ、無礼な言い方になってしまいました、申し訳ありません」
「なに、構わぬ。いつか話ができればいいのだが」
「はい、ぜひ」
「となると、レベル上げの方針がちょっと変わりそうですね」
兄が王太子に言い、王太子は頷いた。
「六十五階までを往復して十分にレベルを上げてから、六十六階以降に備える必要があるな」
「ですねぇ」
「それほど問題はないんじゃないかしら?」
とリディアが明るく言うと、深刻さが和らぐ。
「というと?」
兄が問い、リディアは軽く肩を竦めた。
「四人でやっていた頃はレイもクリスも、後衛の仕事をやっていたから攻撃力が落ちていたけど、今は二人がいるもの。往復する内に皆のレベルも上がるし、六十五階までの敵の配置を把握してしまえば、爆速で行けるようになるわ。大丈夫大丈夫。早く六十六階に行きたい!」
リディアの目が期待で煌めいている。
カイルは爆笑するし、王太子達はやれやれと苦笑していた。
外見はおしとやかな深窓の美女にしか見えないのに、発言の剛胆さにリアムが驚いている。
サラは、リディアのそんな豪快な所が大好きだった。
見習いたいと、ずっと思っている。
「道と配置の把握が済むまではゆっくり進行だが、そうだな。考えるまでもなく、今までもそうやってレベル上げをしてボスに挑んで来たのだから、これからもやり方は変わらないな」
王太子の言葉に、リディアは「でしょ!」と軽快だった。
「サラ、敵と戦ってみてどうだ?」
兄の質問に、皆の視線がサラに集まり、ちょっとたじろぐ。
「攻撃魔法、弱体魔法もレジストが多いです。体感として半分くらい。もっとレベルを上げる必要があります」
「半分なら、私とそれほどレベル差はないんじゃないかしら。初めてここに来た時はそれくらいだったわ。今はレジられないけれど」
「そうなんですね。勉強になります」
「やだ、もっと軽く流してちょうだい。そうね、道と把握が終わる位になれば、サラもきっとレジられなくなってると思うわ。もう少しの辛抱よ」
「はい!」
「ではそろそろ出発しようか。しばらく無理な進行はしない。慣れない場所は疲労も貯まるから、ゆっくり休むことも必要だ」
「はい」
「リアムさん?」
「おはようございます、お二人とも。ああ良かった。お二人が先に来て下さって」
所在なさげに一人佇んでいたのは、リアムだった。
歩み寄り挨拶を交わし、何故ここにいるのかと問えば、リアムも戸惑っているようだった。
「先日王太子殿下に声をかけて頂いたのです。あの兄妹と一緒にダンジョン攻略を進めるから、良かったら参加しないかと」
「殿下が!」
「マジですか」
「はい。皆さんと一足先に別れた時、殿下に。私としては願ってもないお申し出で、一もニもなく承諾したのですが」
「元のパーティーは、大丈夫なんですか?」
「ええ、リーダーの状況を見るとしばらく復帰はなさそうなので」
「そうなんですね」
「ですので、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、リアムさんがいて下さると心強いです」
「嬉しいです、リアムさん!」
笑顔で会話を交わしていると、王太子とカイルとリディアがやって来た。
王太子の後ろには、ボス戦の時にいたよりは少ないが、それでも十名ほどのお付きがいた。
「やぁおはよう、皆」
「殿下、おはようございます」
「サラがちゃんといるじゃねぇか!久しぶりだな!」
「カイルさん、お久しぶりです」
「サラ、久しぶり!会いたかったわ!」
「リディアさん、お久しぶりです!私も会いたかったです」
カイルは狼獣人、リディアは人間であるが、夫婦であった。二人の子もいる。
二人は王太子と兄よりも十歳年上である。
幼い頃から何度か会ったことがあり、二人ともサラのことを気に入ってくれているようで、サラもまた、二人のことは大好きだった。
「今日からサラ嬢がメンバーに加わることは以前から言っていたが、もう一人、メンバーではないんだが、しばらく行動を共にしてくれるリアム殿だ。優秀な後衛だ」
王太子がサラとリアムを紹介し、二人は頭を下げて挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「リアムさんは、サラのレベル上げと昇級試験にも参加してくれている人です。とても頼りになるので、よろしくお願いします」
兄も追加で説明し、カイルとリディアが笑顔になる。
「へぇ、そりゃ心強いな」
「編成もバランスが良いわね!どうぞよろしく!」
「こちらはカイルとリディア。カイルが盾役、リディアは後衛だ。東国イストファガスに住んでいるが、攻略の時にはこちらまで出向いてくれる。仲良くして欲しい」
王太子がカイル達の紹介をした。打ち解けるにはまだ時間はかかるだろうが、おおむね和やかな雰囲気だった。
「そういやあれ、渡したのか?」
カイルが王太子の肩を小突いているのを見てリアムが驚いているが、日常茶飯事なので慣れてもらうしかなかった。
「今から渡すんだよ」
小声で返し、王太子がサラの正面に立つ。
見上げれば、王太子は一本の剣を差し出した。
「サラ嬢、Aランクおめでとう。これは私達からのお祝いだよ。受け取って欲しい」
「え…っ」
驚愕の表情のまま受け取ってしまい、サラは戸惑う。
剣を見ると、鞘はホワイトワイバーンの鱗をメインに使用した白を基調としており、光を受けてきらきらと輝く。アメジストやサファイアにも見える石が嵌め込んであるが、これは上質な魔石であった。繊細な装飾も魔石を砕いて配置され、柄の先端にはアメジスト似の上質な魔石が使われていた。
「…抜いてみてもいいですか?」
「ぜひとも」
王太子がにこやかに微笑み、サラは恐る恐る抜いてみた。
刀身はホワイトワイバーンの牙を削りだした物であり、白く、また虹色にも輝く。
これだけ凝った作りをしているのに嫌みもなくすっきりとした外見で、ただ上品に存在を主張する。
「…これはまた、すごい物を作りましたね、殿下」
呆れを隠しもせずに兄は呟き、カイルやリディアも「すごいすごい」と連発していた。
リアムも「これは素晴らしい傑作ですね」と感動した様子で、サラは手が震えるのを自覚した。
「…こ、こんなに素晴らしい物を、私が頂いてもよろしいんですか…?」
声まで震えながら王太子を見れば、大きく頷く。
「君の為に作ったんだよ。牙はクリスが、魔石はカイルとリディアがそれぞれ提供してくれた。これは私達の気持ちだ。もらって欲しい」
サラは涙目になりながら、カイル達を見、兄を見た。
皆誇らしげに頷いており、王太子もまた頷いた。
「あ、ありがとうございます…!」
頭を下げた瞬間、涙が地面に落ちた。
「鞘と柄の紫の魔石には、魔法効果が多少だが上がる付呪が施されている。君の母上が手がけて下さったものだよ」
王太子の言葉を頭上で聞き、サラは顔を上げた。
「お、お母様が…!?」
「青の魔石には、君しか使えないようにする付呪が。魔力を通してみてくれるかい?」
「は、はい…!」
魔力を通せば、青の魔石が淡く輝いた。
「その剣を装備しているだけで効果はあるから、持っていて欲しい」
「はい…!」
サラは喜びと嬉しさと、畏れ多さが渦巻いて、涙が止まらなくなっていた。
「大切にします…!ありがとうございます…!」
「うん。せっかくだから、早速装備して見せて欲しいな。皆もそう思うだろう?」
ハンカチをサラに差し出し、王太子は周囲を見回す。
皆笑顔で頷いて、「早く装備して見せてくれよ!」とカイルが囃し立てるので、サラは涙を拭き、笑顔で頷き返した。
今まで装備していたブルーワイバーンの剣をマジックバッグに収納し、もらったばかりのホワイトワイバーンの剣を腰に差す。
「うん、やはり似合うな。サラ嬢の為に作ったのだから当然だが」
王太子はひどく満足げに頷いていた。
「すげーわ。愛が重いわ」
「とってもかっこいいわよ、サラ!」
「サラさん、とてもお似合いですよ」
「良かったな、サラ」
兄はもはや諦めたように、サラの肩を叩いた。
「本当に嬉しいです。私、精一杯頑張ります!」
「うん。その意気だ。ではそろそろ行こうか」
「そうしよう。攻略は久しぶりだからな。腕がなまっちまってらぁ」
「サラと一緒に攻略できるなんて、本当に嬉しいわ」
「リアムさんとお兄様が、攻略に付き合って下さったおかげです」
「レベル上げ頑張ったわね」
「はい!」
「一応の役割分担を決めておいた方がいいかしら?」
リディアの言に、リアムが頷いた。
「そうですね。私は回復を主としています。リディアさんはいかがですか?」
「あっホント!?私、攻撃魔法が好きなの!ていうか、回復魔法は実はそんなに得意じゃなくて」
「わかりました。ではメイン回復は私が担当させて頂きますね。リディアさんは攻撃メイン、サラさんはオールラウンダーでお願いしていいですか?」
「はい」
「サラはホント器用で羨ましいわ。回復お願いしちゃってごめんね」
「全然構いません。私、回復魔法も好きなので!」
「必要な時には私も回復するからね」
「はい!」
六十一階からスタートとなった。
この階層は、五十一階層からの廃墟と森林を合わせたようなエリアとなっている。
鬱蒼と茂る木々が視界を遮り、瓦礫や建物跡がそこかしこに広がっていた。
周囲に気を取られていると死角から敵が飛び出してきそうで、道を歩くにも緊張を強いられる。
「俺らは六十二階までしか行ってねーけど、七十階まで同じような感じかい?リアムさん」
カイルが前を見据えて歩いたまま、リアムに尋ねる。
「ええ。ずっとこういう感じで気が滅入ります。敵が正面から現れることはほぼありません。だいたい側面か背後から集団で襲いかかって来ます」
「お~…俺の記憶でも確かそんな感じだったな」
「だからこういう陣形で歩いているんだろう?」
王太子が言う通り、先頭をカイルが一人歩き、その後ろを王太子、サラ、リディア、リアムが並び、一番後ろを兄が歩く。
狭い道の時にはリディア、王太子、サラ、リアムの順で歩くのだった。
「敵の配置とかさすがに覚えてねぇや。さっさと把握してレベル上げ爆速でやらねーとな。ちんたら歩くのは性に合わねー」
金の尻尾がぶんぶん揺れる。
カイルの性格をよく表している発言に、皆は苦笑した。
歩き始めて五分、背後の兄が剣を抜く音がして、皆が振り返る。
カマキリを人間の三倍程の高さにしたような青い魔獣が兄に襲いかかっており、兄は剣でカマキリの腕を受け止めていた。
「おっしゃー!」
カイルが叫び、一歩でカマキリに近づき顔面に拳を叩き込む。
わらわらと鳥型の魔獣や、トカゲのような魔獣も寄って来たのをまとめてカイルが範囲攻撃に巻き込んだ。
リアムはすでにカイルへ強化魔法をかけており、王太子と兄も自身に強化魔法をかけて攻撃に移っている。
リディアは王太子が攻撃している敵に照準を合わせて攻撃魔法を叩き込み、サラは兄が攻撃している敵に攻撃魔法を叩き込む…が、サラの攻撃はレジストされていた。
「お兄様、私の攻撃レジられてる。レベルが上がるまでは集中攻撃した方がいいかもしれない」
「了解」
カイルはカマキリを中心に雑魚敵のヘイトを全て集め、範囲攻撃を繰り出しながら維持していた。
一方的に多数の敵から殴られる為、本来であればレベル上げで盾役が行うには無謀であるのだが、彼は獣人だった。
魔力を身体強化に変えて、集中攻撃にも耐えていた。
リアムは感心しながら強化魔法と回復魔法を唱える。
雑魚敵を一匹ずつ確実に倒していき、残りはカマキリと数匹になった。
雑魚を引っ張ろうとした王太子を、リアムが止める。
「お待ち下さい殿下。そのカマキリは、味方の数が三体を切ると仲間を呼びます。三体を維持しつつ、カマキリを先に倒して下さい!」
「了解した」
「マジか、そんな仕様だなんて知らなかったぜ。前戦った時やたら仲間を呼びやがる、と思ってたのはそれだったんだな」
「はい」
「無限に呼んでくれるのなら、レベル上げに集中したい時にはいいかもしれない」
兄の言葉に、皆が頷く。
「確かに。今日と明日は皆の勘を取り戻す為と、実力を確認する為でもある。まずは通常進行してみて、課題を定めよう」
「はい」
王太子の方針に、異を唱える者はいなかった。
カマキリを倒し、雑魚敵を倒す。
その後も側面や背後から襲ってくる敵は全て複数であり、王太子や兄が初撃を防いでいる間にカイルがヘイトを集める、という流れができていた。
ゆっくり進んで、一階層を抜けた時にはすでに昼を過ぎていた。
「あれ、思ったより順調じゃね?」
カイルがイスに腰掛けながら呟き、護衛騎士が淹れてくれた紅茶を啜る。
「順調だね」
王太子が頷き、兄やリディアも頷いた。
「そうなんですか?」
サラが問うと、四人がサラとリアムを見た。
「やっぱ二人いると楽だな」
「本当に」
「ですねぇ」
サラとリアムは顔を見合わせた。
「リアムさんがすでに攻略済みだから、というのが大きいですよね」
「それは確かにそうだなぁ」
「敵の仕様に詳しいのは助かるわ」
「七十階に到達するまで、ここはずいぶん通いましたので」
「あー、やっぱりかぁ」
護衛騎士が昼食をテーブルに並べてくれるのを待ち、食事を始める。
「この先の階層、敵に変化はあるのかな?」
王太子がリアムに尋ね、リアムは少し考える。
「そうですね…六十五階までは同じような敵だったと思います。六十六階からは、日が暮れます」
「…え?」
王太子だけでなく、皆がきょとんと目を瞬いた。
「それは、そのままの意味か?」
「はい。夕暮れの森林を進むことになります。視界が悪くなり、夜に現れるコウモリやアンデッドが出現するようになります」
「夜は別に俺にとっちゃ脅威じゃねぇな。獣人だし夜目も利く」
「カイルはそうか…そうだな。盾が機能してくれることは最重要だからな、助かる」
「とすると、俺達はランプを腰にぶら下げて移動することになりますかね?」
兄の疑問に、リアムは頷く。
「明かりは必須になります。私達がやっていたのは、移動中は今やっている陣形の中心、頭上に光球を出し、光源としていました」
「光球って、魔法のよね?ランプよりずいぶん明るいし、敵がわんさか寄って来ない?」
「寄って来ます」
リアムは苦笑した。
「私達のリーダーが言うには、わんさか寄ってくる敵を余裕で蹴散らせる位にならないと、七十階のボスなど倒せんぞ、と」
「わお」
リディアが大げさに驚いた。
「戦闘になったら盾役の頭上にも光球を置いて、常に視認性を上げて戦闘すべき、というのがリーダーの言でした。当時は鬼か、と思ったものですが…今となっては、正しいと思います」
「なるほど…非常に参考になった。リアム殿のパーティーリーダーは、合理的かつ頭の切れる人物なのだな」
「畏れ入ります。…リーダーはそうですね、素晴らしい方です。王太子殿下ともきっと気が合うと思います…ああ、いえ、無礼な言い方になってしまいました、申し訳ありません」
「なに、構わぬ。いつか話ができればいいのだが」
「はい、ぜひ」
「となると、レベル上げの方針がちょっと変わりそうですね」
兄が王太子に言い、王太子は頷いた。
「六十五階までを往復して十分にレベルを上げてから、六十六階以降に備える必要があるな」
「ですねぇ」
「それほど問題はないんじゃないかしら?」
とリディアが明るく言うと、深刻さが和らぐ。
「というと?」
兄が問い、リディアは軽く肩を竦めた。
「四人でやっていた頃はレイもクリスも、後衛の仕事をやっていたから攻撃力が落ちていたけど、今は二人がいるもの。往復する内に皆のレベルも上がるし、六十五階までの敵の配置を把握してしまえば、爆速で行けるようになるわ。大丈夫大丈夫。早く六十六階に行きたい!」
リディアの目が期待で煌めいている。
カイルは爆笑するし、王太子達はやれやれと苦笑していた。
外見はおしとやかな深窓の美女にしか見えないのに、発言の剛胆さにリアムが驚いている。
サラは、リディアのそんな豪快な所が大好きだった。
見習いたいと、ずっと思っている。
「道と配置の把握が済むまではゆっくり進行だが、そうだな。考えるまでもなく、今までもそうやってレベル上げをしてボスに挑んで来たのだから、これからもやり方は変わらないな」
王太子の言葉に、リディアは「でしょ!」と軽快だった。
「サラ、敵と戦ってみてどうだ?」
兄の質問に、皆の視線がサラに集まり、ちょっとたじろぐ。
「攻撃魔法、弱体魔法もレジストが多いです。体感として半分くらい。もっとレベルを上げる必要があります」
「半分なら、私とそれほどレベル差はないんじゃないかしら。初めてここに来た時はそれくらいだったわ。今はレジられないけれど」
「そうなんですね。勉強になります」
「やだ、もっと軽く流してちょうだい。そうね、道と把握が終わる位になれば、サラもきっとレジられなくなってると思うわ。もう少しの辛抱よ」
「はい!」
「ではそろそろ出発しようか。しばらく無理な進行はしない。慣れない場所は疲労も貯まるから、ゆっくり休むことも必要だ」
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