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異世界の空の下

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 ある日、何の前触れもなく歌穂の住む世界は変わった。
 揶揄表現ではなく、文字通り世界そのものが変わってしまったのだ。

 それは、小説や漫画の設定でよく見掛ける「異世界転移」と呼ばれるものだと思う。

 しかし、小説や漫画とは違い現実は厳しかった。
 よくあるような、特別なスキルが身についている事もなく、特別なアイテムを偶然手にするなんて幸運もない。
 本当に身一つで、異世界に放り出されたのだ。

 何より困ったのは、言葉が分からないことだった。
 小説や漫画では当たり前のように言葉が通じているが、歌穂にはその「当たり前」は当てはまらなかった。
 何を言われているのか分からない。
 何を書いているのか分からない。
 それは、恐怖しかなかった。

 唯一の幸運は、手を差し伸べてくれた優しい人がいたことだろう。
 混乱し恐怖で泣く歌穂に声をかけてくれた青年は、必死にジェスチャーで色々なことを教えてくれた。
 はじめは、何がなんだか分からなかった歌穂も、青年のお陰で少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 元の世界とは全く違う異世界だったが、日本と同じ四季が存在した。

 春は、晴天でもどこか白く霞んだような空。太陽の光も、その霞で少し和らいで見えた。時々、太陽の回りに虹のような輪っかがで出来ていることがあって、それを見つけたときは気分が上がった。

 夏は、眩しいくらい青々とした空に、もくもくと存在感のある入道雲。大きな雷鳴と、突然の夕立は苦手だ。

 秋は、春に似た気候だけど、春のような霞んだ空ではなく清々しい青空。「乙女心と秋の空」と言われるように天気が移ろいやすかった。

 冬は、空の色が濃い。寒々とした空気のためか、一層澄んで見える。雪の日の空は、どんよりと重たい。降ってくる雪を眺めるのは割と楽しい。

 まるで元の世界にいるみたいで、歌穂はよく空を見上げた。もしかしたら、空は元の世界と繋がっているのかもしれない、そんな想像をしながら。

 何年もの歳月が流れた。
いつの間にか、元の世界で過ごした年月よりも長い時間を、歌穂は異世界で過ごしていた。

 その間に、歌穂は異世界の言葉を覚えた。
 色々とあったが、異世界での生活にも慣れた。
 親切にしてくれた青年と結婚し、子供にも恵まれた。


 今の歌穂は、元の世界に戻りたいと思うことはなくなったが、時々空を見上げて、昔いた世界に思いを馳せる。
(私は、幸せに過ごしているよ)と。
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