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第二章

01 悩み相談

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 王太子アルヴィン・ランドールとチェリー・コーリッシュ男爵令嬢の婚約が正式に決まった。
 国民への発表はされていないが、国王が二人の婚約を正式に受理し貴族会で宣言したことにより、多くの貴族たちの知るところとなった。
 その結果、貴族の子息令嬢が通うセレスティノ学園で、チェリーが再び注目の的となったのは言うまでもない。
 
「レイチェル様……」
 授業が終わり帰り支度をしていると、小さく自分を呼ぶ声が聞こえ、レイチェルは周囲を見渡した。窓の方に目を向けると、チラリと薄桃色の髪が見え隠れしている。
(どうして、窓から……前にもこんなことがありましたわね)
 以前、チェリーが初めてレイチェルを訪ねてきたときも窓から中の様子を窺っていた事を思い出し微笑む。もっともその時のチェリーは、レイチェルに話しかけることが出来ず、レイチェルから声をかけたのだが。
「どうしました? 今日はアルヴィン様と帰らないのですか?」
 窓に近付いたレイチェルは、チェリーに問いかける。放課後、チェリーはいつも寮までアルヴィンに送って貰っていた。どちらかが遅くなるときは待ち合わせて帰っているらしく、放課後にこうしてレイチェルを尋ねて来ることは珍しかった。
「はい……その、今日はレイチェル様に話を聞いていただきたい事がありまして……良いでしょうか?」
 思い詰めたようにチェリーの表情は固い。アルヴィンとの仲睦まじい様子をからかおうとしたレイチェルは、その表情を見て言葉を飲み込んだ。
「私に聞いて欲しいことですか? 裏庭は……誰か来るかもしれませんから、魔術協会の部屋を使わせていただきましょうか?」
 最近、裏庭の小さな庭園には自分たち以外の生徒が訪れていることも多く、内緒話をするには向かなくなっていたため、レイチェルは別の場所を提案する。
 アルヴィンとレイチェルが婚約破棄した際は、チェリーも渦中の人物だったが、レイチェルの変貌振りの方が周囲の注目を集めていたため、レイチェルほどの注目を集めなかった。しかし、今回は前回と状況が違う。アルヴィンの婚約者として一身に注目を集めてしまうため、学園内のどこにいても目立ってしまうのだ。魔術協会であれば、周囲の目を気にせずに話をすることが出来るとレイチェルは考えた。
(ウォルトさんが来るかもしれませんが……面白半分に人の悩み事を吹聴して回る方ではないですし、大丈夫でしょう)
 初対面ではウォルトのことを“チャラい方”と少し警戒したレイチェルだったが、関わる内に見方が変わっていた。エミリオが言っていた通り、話し方や態度で誤解されやすいが、ウォルトは思慮深い男である。本人に言えば「わ~い、ありがとう~」と軽い調子で返って来そうなことをレイチェルは思った。気恥ずかしいので本人には絶対に言わない。
「はい、魔術協会の方が良いです」
「では、そちらに行きますので、少し待っていてくださいね」
 チェリーも賛同の意を示したので、レイチェル鞄を手に取り教室を出た。
 
 魔術協会に着くと、レイチェルとチェリーは協会の奥にある部屋へ向かった。以前【アルヴィン更生計画】で使用していた部屋だ。レイチェルは属性検査の時もこの部屋を使用することがあるため、ウォルトからは「いつでも使って良いよ」と許可を貰っていた。受付にも話が通っているらしく顔パスで協会内に入ることが出来る。
 魔術協会の人間でない自分が勝手に使用して大丈夫なのかと、許可をくれたときにウォルトに確認すると、「大丈夫~」と軽い調子で返ってきた。責任者が良いと許可を出してくれたので、きっと大丈夫なのだろう。
「それで、何を悩んでいるのですか?」
 レイチェルは椅子に腰掛けると、チェリーに問いかけた。他の生徒からの視線がなくなったことで緊張が解けたのか、チェリーは学園に居るときよりは表情が柔らかくなっている。
「あ、その……今度、王妃様と顔合わせをすることになって……」
 チェリーは歯切れ悪く答えた。
 王と謁見したことは聞いていたが、王妃とはまだ顔あわせが済んでいないらしい。
「まだ、顔合わせしていなかったのですか?」
 既に顔合わせをしていると思っていたレイチェルは少し驚いた。普通、婚約が内定する前に両家で顔合わせをするはずである。
「はい……先日の、星降りの夜会で顔合わせをする予定だったのですが、王妃様の体調が優れなかったようで退席されたのです」
「そうだったんですか……」
(お見かけしたときは、お元気そうでしたが……)
 星降りの夜会でレイチェルは王妃と会っている──というか、バルコニーでエミリオと一緒に居るところを見られた。エミリオの上着を羽織ったレイチェルを見て、王妃に意味深に微笑まれ、正直居た堪れなかった。
「もしかして……避けられているのかな、とか色々と考えてしまって……」
 レイチェルが先日の王妃の様子を思い出していると、チェリーがポツリと呟く。表情は再び思いつめたものに変わっていた。
「それは……」
「考え過ぎですよ」と安易に慰めることは出来なかった。
 アルヴィンと婚約していた頃、レイチェルと王妃との関係は良好だった。レイチェルは将来の義母として慕っていたし、王妃からも嫌われていなかったとは自負している。レイチェルの無表情を理解してくれる数少ない人間だった。
 しかし、チェリーの場合はどうだろう。アルヴィンとレイチェルの婚約破棄はチェリーが引き金となったと言っても良い。レイチェルからすれば、「婚約破棄ありがとうございます」であったが……王家からすると、アルヴィンの愚かさが露呈した出来事でもあったと言える。
(今は、アルヴィン様も頑張っていらっしゃるみたいですけど)
 【アルヴィン更生計画】以降、彼が王位継承者として日々精進しているのは見ていて分かる。
(婚約者に決定したという事は、王妃も婚約に賛同していると考えて良いとは思いますが……)
 光属性のチェリーを王家に迎えることには賛同しているが、チェリー個人に対する感情まではレイチェルにも分からない。
「考え込んでいても、仕方ないですよね……」
 続ける言葉に躊躇っていると、チェリーが力なく微笑んだ。
 チェリーも、自分の立場的に王妃に受け入れられていない可能性があることは理解しているのだ。理解はしているが実際に王妃に会うのが不安になっているのだろう。
 レイチェルに相談したとしても解決することではないが、不安を吐露することで少しでも安心したかったようだ。
(相談相手に自分を選んでくれたのは、友人として信用されているということですし嬉しいですわ……王妃様のチェリーさん印象が少しでも良いように出来れば良いのですが)
「そうですわ! 王妃様とお会いする前に完璧な礼儀作法を身に付けましょう!」
 少し考え、レイチェルはチェリーに提案した。
 王妃様に受け入れられて貰えるかどうかは別としても、アルヴィンの婚約者として完璧な礼儀作法を身に付ける事は必須である。チェリーは、基本的な作法は習得できているが、王族の婚約者としてはまだ完璧ではない。
「認められていないのであれば、認めさせれば良いのですわ」
 自分が王位継承者の婚約者として相応しいと。
 レイチェルの突然の提案に目を丸くしていたチェリーだったが、彼女の言っている意味を理解すると、大きく頷いた。
 人柄的なことは、その後からでも知ってもらえばよいのだ。チェリーは人見知りで大人しい性格だが、自分の信念をはっきりと持っている。自分と、アルヴィンを変えようとレイチェルに協力して欲しいと行動を起こすことが出来る人物だ。少し関われば、王妃もチェリーの人柄を認めてくれるはずだとレイチェルは思った。
 チェリーが王妃と顔合わせするまでに出来る限りの礼儀作法を叩き込……指導しようと計画したレイチェルだったが、どこでその指導をするかで悩みどころである。
(うーん、学園は除外ですね。人の視線に慣れる練習にはなりますが、一週間集中してしたいですし)
 学園には様々な施設があり、勿論その中にはレッスン室も存在する。しかし、注目の的となっているチェリーが放課後その部屋を使えば、興味本位で集まってくる生徒もいるだろう。そうなっては集中出来ない。
(だからと言って、流石に魔術協会を毎日使用するわけにもいけませんし……これだけ借りていていうのもなんですが、部外者ですからね)
 いくらウォルトの許可があるからと言っても、連日……しかも長時間部屋を借りることは流石に気が引けた。
(となると……)
「チェリーさん、明日から一週間、私の家に泊まりませんか?」
「え?レイチェル様のお屋敷に?」
 レイチェルは、自分の家が一番適していると判断した。
 チェリーは目をパチパチと瞬いていていたが、「はい!」と嬉しそうに頷いた。
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