16 / 37
春
第16話:頭を悩ませる_1
しおりを挟む翌日から、私は父のことばかり考えていた。
私たち家族の中で、もう彼は完全に父本人となり、どうやって母や姉、弟にこのことを伝えようか。
これから父がいなくなるだろうその日まで、どれだけ父と会い、話すことができるのだろうか。ハッキリいつまでとは言っていなかったが、すぐにいなくなるとも言っていなかった。父自身、もしかしたらわかっていないのかもしれない。どこかでまた消えて行ってしまわないだろうか。特に私は、そんなことばかりが頭に浮かんでいる。
――誰も知らない。私がもしまた父に会えたら、と、ずっと考えていたことを。ある日司を抱っこしてもらう夢を見て、そのあまりのリアルさに、目を覚ましてから涙を流したことを。
そんな思いは沢山ある。全部表に出さなければ。
「……うーん。いきなりはダメ、絶対警戒する……」
父が身体を神様から借りてこの世に存在していることを、誰からどうやって伝えるのが最善なのか、良い案が見付からない。
今のところ、一番最初に伝えるのが良いだろうのは、やはり弟のコウだ。実家にまだ住んでいるから、母に伝えた後のサポートもお願いできる。頭も固くないと思っているし、私の話ならば、それなりに聞いてもくれるだろう。その場で信じてくれるかどうかはわからない。だが可能性は高い。『はぁ?』と言われるだろうが、最後まで話を聞いてくれると期待できる。
次は……母だ。姉が先にとも思ったが、母を一番最後にすると、いざ事実を知った時に『何でもっと早く言ってくれなかった』と言われる可能性がある。……いや、可能性どころか、信じた後は、ほぼ間違いなく百パーセント言ってくるだろう。簡単に想像できる。面倒な事態を避けるためには、母は二番目だ。
最後に姉。姉は住んでいる場所も離れているし、頻繁に実家に顔を出すこともない。義兄や姪たちに説明する時間も必要……もしくは話さない選択もあるが、とにかく時間は必要になってくるだろう。もしかしたら母よりも信じてくれないかもしれない。でも、気持ち的にはやっぱり言いたい。みんなで、また父と一緒に過ごしたいから。
(お父さんに聞かないとね。時間がどれだけ残されているのか……)
「……よし。今日俊君が帰ってきたら、相談しよう」
仮に半年この世に留まれるとして、割と長いのではと思う瞬間もあったが、父の一周忌を迎えるまで、本当にあっという間だった。司が私のお腹に宿ってから今までも、あっという間だった。……ということは、今の父に残された時間も、あっという間なのだろう。
反対に一ヶ月だったら。明日にでも母に言わなければ、私はモタモタしていた自分を許せなくなってしまう。その短いかどうかもわからない残された時間を前に、後悔はしたくなかった。
「はぁ……これは忙しくなるなぁ……」
私は俊君に相談することを紙にまとめた。プレイマットの上をコロコロと転がっている司と目を合わせては、二人で笑い合いながら。幸い司がお腹が空いて泣くまで一人で遊んでいてくれたお陰で、大体の言いたいことはまとめることができたし、私自身色々と考えることができた。
「ねぇ、司」
「あぅぁー?」
「良かったね、じぃじに会えたよ。今度は夢じゃないよ」
「……きゃはは!」
無邪気に笑う司が可愛い。私の言っていることの意味はわからないかもしれないが、私の言葉に応えるように音を発し、笑顔を見せる司は、実は全てわかっているのではないかと思えるほどだった。
「みんなそれくらい、素直になれたら良いのにね。何も考えずに、ただ喜べたら……」
そろそろ帰宅する雪のおやつの準備を始めながら、昨日の父の姿を思い浮かべる。見た目は同じでも、既に亡くなっていると理解しているから違和感もある。抵抗は面白いほどに消えていったが、それでも、何を言っていも、心の隅の隅にはまだ、不安と疑いの気持ちがくすぶっていた。
「……一旦は忘れよう。うん。……さぁ、おやつを作らないとね。今日はホットケーキかな」
雪の好きなホットケーキ。生クリームがちょこんと乗っていて、周りをイチゴとみかん、バナナが彩る、チョコペンで絵を描いたワンプレート。しばらくのブームはクッキーだったが、クッキーばかり続いても飽きてしまう。今日はホットケーキ、明日はお煎餅やクラッカーでもいいかもしれない。毎日お菓子を作るのは難しい。残念ながら、時間が。
お菓子を作る時は不思議で、なぜかイライラも悩みも不安も、全てなくなるような気がしていた。【作る】という行為に力を注いでいるからかもしれない。私はこの時間が大好きだった。今も、昔も。鼻歌を歌いながら、ホットケーキミックスをボールに入れ、バターを溶かすために電子レンジを動かす。
「バターを入れると、なんだっけ。喫茶店みたいな味になる? あとはえーっと、マヨネーズを入れるとフワフワになる……んだっけ? マヨネーズ? 味変わるのかな?」
テレビで見たような気がする知識を呟きながら、私はこのホットケーキに気持ちをぶつけていた。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる