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「ねえ、リノ」
「うん?」
「僕、今日で16歳になったんだ」
「おめでとう。ごめんなさい、今年も何も用意できなくて」

 王立学院に通うキールは、日々を暦という数字で表し生活しているそうだ。変化する季節を身体で感じるだけではなく、太陽と月の角度や陽の入りの数で時期を割り出すのだという。だから、こういった記念日を正確に覚えていられる。リノもキールから教わったものの、日中はひとりで、文字を読むにも魔法を使うことから、特別覚えようと努力はしなかった。

「張り切って、ケーキを焼いてきた。果物をもらっても?」
「お好きにどうぞ」

 キールが持ってきたカゴから、ケーキを出した。普段、キールが持ってくる焼菓子はマドレーヌと呼ぶらしく、手のひらサイズの可愛いものだが、ケーキは異なる。切り分けて、数日に分けて食べるのだ。今ではもう、誕生日にケーキを食べることは当たり前になった。リノがひとりで過ごしていたら、知らないままだった。

 果物で飾られたケーキとミルクを、キールが並べてくれる。隣に座ると、手で促してきた。

「キールの誕生日でしょう?」
「作ったのが僕だし、リノの誕生日でもあるからね。先に食べてほしい」

 昔、キールは当然のようにリノの誕生日を知りたがったが、リノは覚えていなかった。気持ちはありがたく受け取り、リノが折れて、キールと同じ日に歳を取ることにした。正確な年齢は分からないし、キールに見目で決めてもらった。初対面での体格差から、リノが年上であることは間違いなく、キールはリノを10歳上だと言い、リノもそれを受け入れた。

 焼菓子やパンは、キールが家で焼いて持ってくるから、いつもリノが先に食べることになる。フォークを差して、口へ運ぶ。こういった道具の使い方も、幼い頃に魔法が教えてくれたのを、キールに確認してやっと使えるようになった。

 ケーキを食べ終わると、キールが皿を下げてミルクのおかわりを注いだ。リノの隣に戻ってきたキールは、何やら難しい顔をしていた。

「今年は、欲しいものがあるんだ」
「珍しい…。今日用意できるかは分からないけれど、聞かせてくれる?」

 キールが、考えるように俯いた。欲しいものがあると、すでに決めていたはずなのに、言いにくいものなのだろうか。

 キールがリノに何かを強請るなんて、本当に珍しい。普段の、野菜や果物を食べていいかと聞いてくる類のお願いとは異なることを、その雰囲気が教えてくる。急にキールが顔を上げて、緑色の瞳と目が合った時にはもう、その強い視線から逸らせなくなった。

「……リノが、欲しい。ずっと、触れてみたかった」

 森に迷い込んだ幼児のキールを助けてから、10年ほど経っている。親を亡くしてリノに積極的に会いに来るようになってからは、5年、いや6年になる。幼児だったキールが少年に、そして今はもうリノと同じくらいの背丈を持ち、いつの間にか声も低くなって、青年の顔をしつつある。

「…キール?」
「僕が、そういう目を向けていないと、本当に思ってた?」

 キールが、リノの真横に寄って、圧をかけてくる。顔を近づけられて、リノは身を引くが、ソファの背もたれに阻まれてしまう。

「リノに弟とか、そういう扱いをされてるのは分かってる。でも、僕を意識して欲しい」

 いつの間にか大きくなった手で、頭を撫でられ髪をすかれ、さらに頬に触れられて、額に唇で触れられた。

「僕も男だから。そろそろ、子どもじゃなくなるんだよ」

 そう宣言したキールは、とにかく毎日リノに触れたがった。人間から距離を取って過ごしてきたリノには、人の恋愛模様はよく分からない。森で見かけるのは、毛づくろいなど日常の世話を互いにかいがいしく行っている、番った動物が身を寄せ合う姿だ。

 キールはリノに会うたび、手を握るのは当たり前、さらに頬や額、手の甲に唇を当てる。ぐっと見つめられると、幼かった好奇の瞳は雄らしく熱を帯びていて、リノが警戒するには十分すぎた。

 リノは魔女で、キールとは歳も離れているが、全く気にしていないのだろう。村から疎外され、学院から帰っても森に入り浸っているキールは、もう村での生活を諦めている。この告白で、リノの予想が確信に変わってしまった。

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