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第三章
再開とあの頃の自分
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朝の商店街は、ゆっくりと目を覚まし始めていた。
まだ店のシャッターも半分しか上がっていない時間。
白い息を吐きながら、こよりは八百屋からの帰り道を歩いていた。
そのとき、ふと背後から声がした。
「……やっぱり、こよりだよね?」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこには、高校時代の文芸部の先輩——山本誠司が立っていた。
「……山本先輩?」
思わず声が裏返ったこよりに、誠司は笑って手を上げた。
「まさか、ここで会えるとは。今、こっちに戻ってきてるの?」
「うん。少しだけ、ばあちゃんの店手伝ってて」
「“ふじのや”か。あそこ、まだやってたんだなあ……。春になるとさ、あの辺り一帯が、ふわっと桜の匂いで満たされてたよね。……あれ、好きだったんだ」
こよりは胸の奥が、少しだけざわつくのを感じた。
「先輩は? 今、何してるの?」
「図書館勤め。午前中は本棚整理して、午後は書きものしてる。まあ、書き仕事で食えてるってほどじゃないけどね。細々とでも、書くことは続けてる」
「作家……ってこと?」
「いちおう。“無名作家”って肩書のままだけど」
冗談めかした言い方だったが、こよりにはその言葉が少しだけまぶしく感じられた。
“続けてる”——その一言が、胸に残る。
「こよりも、昔、小説書いてたよね? 文芸部の部誌に載ってたやつ、俺、今でも覚えてるよ」
「……ほんとに?」
「うん。風の音とか匂いとか、描写がすごく丁寧だった。読みながら、情景が浮かんだんだよね。
……あ、なんか褒めすぎたか?」
「いや、なんか……ありがとう」
こよりは気恥ずかしさを隠すように、小豆の袋を抱えなおした。
「ふじのやでこのみも和菓子作ってるの?」
「……うん、まあ。いろいろ、試してるところ」
こよりがぽつりと返すと、ふたりの間に、懐かしくて心地よい沈黙が流れた。
「今度、来てください。春になったら……何か出せると思うから、味見にでも」
こよりのその言葉に、誠司は少し目を細めて頷いた。
「じゃあ、お返しに俺の新作、読んでもらおうかな。こより、感想きっちりくれるタイプだったし」
「えっ、それって……」
「部誌のとき、わりと辛口だったからね。案外、あれが一番効くんだよ」
こよりは笑い、そしてほんの少しだけ胸があたたかくなった。
「うん、じゃあそのときまでに、腕磨いきます」
「お互いにね」
そう言って、誠司は軽く手を振り、ゆるやかに歩いていった。
こよりはその背中を見送りながら、白い息を静かに吐いた。
冷たい風が頬をかすめた。
でも、それがなぜか心地よく思えたのは、あの頃の自分がまだどこかで息をしていたからかもしれない。
まだ店のシャッターも半分しか上がっていない時間。
白い息を吐きながら、こよりは八百屋からの帰り道を歩いていた。
そのとき、ふと背後から声がした。
「……やっぱり、こよりだよね?」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこには、高校時代の文芸部の先輩——山本誠司が立っていた。
「……山本先輩?」
思わず声が裏返ったこよりに、誠司は笑って手を上げた。
「まさか、ここで会えるとは。今、こっちに戻ってきてるの?」
「うん。少しだけ、ばあちゃんの店手伝ってて」
「“ふじのや”か。あそこ、まだやってたんだなあ……。春になるとさ、あの辺り一帯が、ふわっと桜の匂いで満たされてたよね。……あれ、好きだったんだ」
こよりは胸の奥が、少しだけざわつくのを感じた。
「先輩は? 今、何してるの?」
「図書館勤め。午前中は本棚整理して、午後は書きものしてる。まあ、書き仕事で食えてるってほどじゃないけどね。細々とでも、書くことは続けてる」
「作家……ってこと?」
「いちおう。“無名作家”って肩書のままだけど」
冗談めかした言い方だったが、こよりにはその言葉が少しだけまぶしく感じられた。
“続けてる”——その一言が、胸に残る。
「こよりも、昔、小説書いてたよね? 文芸部の部誌に載ってたやつ、俺、今でも覚えてるよ」
「……ほんとに?」
「うん。風の音とか匂いとか、描写がすごく丁寧だった。読みながら、情景が浮かんだんだよね。
……あ、なんか褒めすぎたか?」
「いや、なんか……ありがとう」
こよりは気恥ずかしさを隠すように、小豆の袋を抱えなおした。
「ふじのやでこのみも和菓子作ってるの?」
「……うん、まあ。いろいろ、試してるところ」
こよりがぽつりと返すと、ふたりの間に、懐かしくて心地よい沈黙が流れた。
「今度、来てください。春になったら……何か出せると思うから、味見にでも」
こよりのその言葉に、誠司は少し目を細めて頷いた。
「じゃあ、お返しに俺の新作、読んでもらおうかな。こより、感想きっちりくれるタイプだったし」
「えっ、それって……」
「部誌のとき、わりと辛口だったからね。案外、あれが一番効くんだよ」
こよりは笑い、そしてほんの少しだけ胸があたたかくなった。
「うん、じゃあそのときまでに、腕磨いきます」
「お互いにね」
そう言って、誠司は軽く手を振り、ゆるやかに歩いていった。
こよりはその背中を見送りながら、白い息を静かに吐いた。
冷たい風が頬をかすめた。
でも、それがなぜか心地よく思えたのは、あの頃の自分がまだどこかで息をしていたからかもしれない。
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