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09 艦上生活 3

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 世界地図を補完しろ、と言われても、北アメリカとヨーロッパの西側、日本周辺以外はどうにもあやふやだ。

 それはロゼッタ妃も同じだったのだろう。地形も海の位置もかなり適当で、日本に至っては北海道と本州っぽい島が書かれているだけだった。

(アフリカなんて南アフリカとエジプトしかわかんないよ……)

 馴染みのない場所は覚えられないものだ。小学生の時、日本の都道府県を埋める問題で山陰地方の配置を良く間違えた事を思い出した。
 というか日本の形自体上手く書けない。なんとなくそれっぽい形に修正するだけだ。

 首を捻りながら地図と格闘していると、突如室内に警報音が響き渡った。
 驚いて顔を上げると、真剣な表情のバルツァーと目が合った。

《ヴィナラント機の領空接近を確認、当艦に追跡指令が来た。総員第一種戦闘配置》

 放送が流れると同時に、バルツァーの方からも機械音が鳴った。
 バルツァーは左腕に嵌めていた時計状のものを口元に持っていく。

「はい、バルツァーです」
《バルツァー、ディートハルトだ。お前はアリサに付いていろ》
「過保護ですね」
《うるさいな。切るぞ》

 腕時計的なものは通信機らしい。ぷつりと音声が途絶えると、バルツァーは肩を竦めた。

「何が起こってるんですか……?」
「隣国ヴィナラントの戦闘機がうちの空域に近付いているようです。今のところ政情は安定しているので、恐らくはただの示威行為でしょう」
「示威……?」
「領空侵犯することで、こちらの出方を窺ってるんですよ。何分で緊急発進した戦闘機が到着するのか、一度に何機やってくるのか、機体の編成や錬度等、ですね。うちも定期的に同じ事をやっておりますので、お互い様という奴です」

 バルツァーは、窓に近付くと有紗を手招きした。

「見てください。うちの戦闘機が行きますよ」

 窓の外を見ると、この飛行船の下部から戦闘機が飛び立つのが見えた。ゼロ戦に似た形の赤い飛行機だった。

「殿下も行かれるんですか……?」
「まさか。殿下はこの航空師団の師団長ですからね。艦橋ブリッジにて指揮を執られています。あれで血気盛んな方ですから、本当はご自身で行きたいんでしょうが……」

 そう言って肩を竦めると、バルツァーはこちらに向き直った。

「アリサ殿はこの部屋で普通に過ごされていて大丈夫ですよ。ソファに戻りましょうか」

 バルツァーに促され、有紗は元いたソファへと戻った。
 しかし、どうにも気が散って、地図の作業が捗らない。

「気になりますか?」
「はい」
 尋ねられ、有紗は頷いた。

「では宿題に致しましょう。出来たらこちらの白紙に追加でアリサ殿の祖国を大きく書いていただけると嬉しいのですが」
「わかりました」
 有紗はバルツァーから追加で白い紙を受け取った。

「期待しておりますよ。何しろ我が国では、約五十年ぶりに五体満足で確認されたテラ・レイスですからね。久々に情報の更新が出来る」
「私はただの学生で、技師でも職人でもないですから。あまりお役に立てないと思いますけど……」
「あちらのあり様がわかるだけでもありがたいんですよ。あなたの知るテラの技術や物品は、こちらにも発展のヒントをもたらす可能性もありますからね。この鉛筆のように」

 それならもう少し地球人の地位が高くてもいいのではないか。
 有紗は心の中で思った。



 それから有紗は、日本がどんな国だったのかを根掘り葉掘りバルツァーから聞かれた。

 民主主義という体制については、既に先にやって来た地球人達の話から把握済みで、こちら側には取り入れられない体制の為か、深くは尋ねられなかった。
 こちらでは、魔力が無ければ決して上にはいけないという絶対の理がある。

 主に聞かれたのは、先達であるロゼッタ妃がこちらに来てから約五十年の間の、電化製品や乗り物などの進化についてだ。

 しかし理系でもなければ技術者でも無い有紗に答えられることは限られる。

 こういう機能のある電化製品があった、という話は出来ても、使い方が分かるだけで中身の構造や仕組みなんて全く分からないから答えようがない。

 バルツァーは興味深そうに聞いてくれるが、内心では失望していそうだな、と有紗は思った。

《ヴィナラント機の撤退を確認、第一種戦闘配備を解除する。総員ご苦労だった》

 チャイム音と共に、再度放送が流れた。

「終わったようですね。そろそろ殿下も戻ってこられるでしょう」

 バルツァーの言葉に有紗はほっとするのを感じた。

「アリサ殿、あなたのお話はとても参考になりましたよ」
「そうでしょうか……お役に立てた気は全然しませんけど……」
「そんな事はございませんよ。例えばこの四輪車の時代による形の変遷などは、技術者に伝えれば大いに参考になると思います」

 バルツァーは有紗が書いた下手くそな車の図を大切そうに撫でた。
 そこには、角張った形から流線型に変化した乗用車の絵が書かれている。子供の頃実家にあった車と、最近流行りのハイブリッドカーをイメージして書いた絵だ。

「この流線型は空気抵抗を減らし燃費を上げるためと思われる、という事でしたよね。一方で車内空間を確保するため、屋根を高くした車も流行っている、と。やはりテラの技術はこちらより進化してますね。魔力がないからこその工夫なんでしょうね」

「えっと、それはただの私の推測で……ホントに私、技術者じゃないし、あんまり車のこととかは詳しくなくって、むしろ違ってる可能性も……」

「違ってても大丈夫ですから。どんなものがテラにあるのか、それを教えて頂けるだけでもありがたい。もしかしたら後日、こちらの技師がお話を伺いにくるやもしれません」

(ええっ)

 有紗は内心で冷や汗をかいた。本職の技術者の人に話せるような知識なんて持っていない。

 どうしよう、と思ったところで、部屋のドアが開いた。

「何か盛り上がってたみたいだね。バルツァー、アリサから何か参考になるような話は聞けた?」

 顔を出したのはディートハルトだった。

「ええ、後ほど取り纏めて殿下にもお見せしますよ。おや? ロイド艦長?」

 ディートハルトは一人では無かった。壮年で金短髪の厳つい男を連れている。
 軍服の装飾はバルツァーとどっこいどっこいで、瞳の色は、バルツァーよりも青味の強い赤紫だった。
 地位の高い軍人という事は、この人もたぶん貴族なのだろう。

「ああ、アリサ、さっき少し話したよね? この艦の艦長を務めるロイド大佐だ。アリサに会っておきたいって言うから連れてきた」
「ロイドです。アリサ殿、よろしくお願い致します」

 ロイド艦長はにこやかに声を掛けてきた。

「艦内は機密の塊なので、ご不自由をおかけすると思いますが、なるべく快適に過ごして頂けるよう致しますので、何かございましたら殿下を通してお申し付け下さい」
「はい。ありがとうございます」

 顔は怖いがいい人そうなおじさんだ。

「さて、私はそろそろ失礼致しますよ。アリサ殿から聞き取った事を忘れないうちに纏めたいので」
「私も失礼致します。寵姫殿に挨拶をしに来ただけですので」

 立ち去ろうとするバルツァーに、ロイド艦長も便乗した。

「もう良いのか?」
「ええ。お顔を拝見するのが目的でしたし、何より小官は馬に蹴られたくはありません」

 ロイド艦長の言葉に込められた意味を察して、有紗は顔が熱くなるのを感じた。

「じじいとおっさんが気を利かしてくれた事だし、おいで、アリサ」

 二人が退出するやいなや、ディートハルトは有紗の手を引いた。
 連れていかれた先は寝室だった。
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