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第二章

45、傷口

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二度は追い掛けて来なかったエレオノーラにホッとしつつも、フランツは数年前のあの日ファンデンベルク侯爵家を去ってから、もしかしたら庭のあの場所で雨に濡れたエレオノーラを見てしまってから心に穴が開いていて、そこからずっと止まらない血がだらだらと流れているのを思い出した。

結婚式の日、ルートヴィッヒの隣に立つ夢見るように美しいエレオノーラを見て、心から彼女を欲した。

そして今日、あれからたった数ヶ月しか経っていないのに、少女らしいあどけなさが消え、目映い程に更に美しくなったエレオノーラに再び恋のどん底に突き堕とされた。
しかし、あれ程に美しくなったと言うことは、ルートヴィッヒと上手くいっている事だと判り、安堵もした。
エレオノーラの自分に対する気持ちは、生まれたての雛が刷り込みによって最初に見たものに懐くと言うのと似ている。
だからルートヴィッヒと上手くいっていても、自分にこだわっているような態度を取るのだ。
けれど自分のこの感情は紛れもない恋だった。
無償の愛にすら昇華することの出来ない、薄汚れた浅ましい恋心。
それは汚れを知らないエレオノーラには相応しくない上に、そもそもエレオノーラと自分は一緒にはなれないし、自分ではエレオノーラを幸せにはできない。

最後にエレオノーラにあんな告白じみた事を言ってしまった自分を呪いたい。
エレオノーラの顔を見ずに去ってしまったけれど、いきなりあんな事を言われてきっと迷惑していたに違いない。

いつも思っていた。
どうして自分はエレオノーラを抱き締められないのだろう。
どうして男の方が身分が高いのは許されて、その逆は駄目なのだろう。
エレオノーラを奪い去ってどこかに行ってしまえたらいいのに。

そんな考えても、願っても仕方の無い事を毎日毎日思って、掻き消したくて、騎士団に入ってからひたすら鍛練を重ねて、何も考えられないほどに身体を酷使した。

アンドリューとミリアムの子供達の存在が、成長が、唯一フランツの心を満たしてくれるような気がした。
やっと心の拠り所を見付けられたと、そう思っていたのに。
たった数分エレオノーラに会っただけで、何もかもが崩れ去った。
自分は昔から何一つ強くなれていない。


ミリアムには夫婦になっても、そう言ったことはしない、と言う約束で結婚した。
そしていつかミリアムにいい人が見つかったら、すぐに離婚することも決めてあった。
それはアンドリューの手前もあったし、自分がエレオノーラ以外の女性を愛せないのを判っていたから。
それにもう長いこと女性を求めたことは無かった。

けれどエレオノーラに会ったその夜、フランツは真っ直ぐ家に帰れなかった。
飲み慣れない強い酒を浴びる程あおり、女を買った。
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