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1巻
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プロローグ
「こんなぽっちゃり体型の女性を好きになる人なんているんでしょうか?」
「あぁ、いるよ」
確信を持った様子で頷かれて、小さな希望の光が差したような気持ちになる。
しかし今日の私は、かなりネガティブ思考だ。
「いるわけないです」
「俺は可愛いと思うが」
熱い眼差しで見つめられ、溶けてしまいそう。体が火照りだし、水を一気飲みする。
「もう、冗談はやめてくださいよ。心臓に悪いじゃないですか。はぁ……明日職場で会ったら、また思い出してしまいそうです」
このまま話を続けると彼のペースに乗せられそうで、話題を途中で変えた。
なのに!
「じゃあ、忘れさせてやろうか?」
破壊力のあるワードに、心臓がドクンと高鳴る。
「漫画みたいなセリフですね」
「そうか? 目の前に好みの女性がいたら逃したくないと思うのが、男の心理だ」
まるで私を狙っているかのような口ぶり。
珍しい展開に勘違いしそうになるけれど、私を恋愛や性的な対象として見る人には出会ったことがない。
「話を聞いてくれたので、元気になってきました」
「それはよかった」
「ちょっぴりドキドキする経験もできましたし。……もう恋しないで、お仕事一筋で頑張っていきたいです」
「なにを言っているんだ。こんなにいい女を放っておくなんて、風子さんの近くにいる男は見る目がないだけだ。恋をしないなんて宣言するな。俺と恋愛すればいい」
さり気なく胸に響く言葉を言ってくれる。今日のこの出来事だけで、これから先、ずっと幸せに暮らしていけそうだ。
「優しいんですね。ありがとうございます」
それで終わりにしたつもりなのに、彼はブランデーを呷ると、会話を続けた。
「魅力的なのに、今まで誰かと付き合ったことはないのか?」
「ありません」
「キスやセックスは?」
「セッ……!」
フレーズだけで恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。
「あるわけないじゃないですかっ」
「それはもったいない」
たしかに、愛する人との行為はものすごくいいと聞いたことがある。
友達もそう話していたし、漫画や恋愛小説もそうだ。
女としての悦びを知らないまま生きていくのは、損しているのかもしれない。
「相手がいないとできません。なんなら、お兄さんが私の初めてを奪ってくれますか?」
少し重くなってきた空気を変えたくて、私のキャラではないけど、わざと冗談めかして尋ねた。
「あぁ、喜んで。たっぷりと、可愛がってやる」
けれど大真面目な顔でそう答えられたので、心臓を矢で射貫かれたみたいな衝撃が走る。
私とそういう関係になれると言ってくれるのは、稀な人かもしれない。
今後、誰とも付き合うチャンスはないだろうし……一生に一度くらい経験してみたいけど……
酔っ払っているせいか、イケないことを考えてしまう。
「本気ですか?」
「俺は嘘をつかない」
(初めて会った人と……いいのかな……。悩むけど……委ねてみたいかも…………やっぱり、ダメだよね。危ないよ。ダメダメ……でも……)
第一章 まさかの、ワンナイトラブ!
「いただきまーす」
職員が使える食堂で、少し大きめの手作り弁当の蓋を開けた。甘い卵焼きから頬張る。
(んまぁっい! 美味しすぎる~~~)
ここでは、食券を買ってランチセットを注文してもいいし、お弁当を持参することもできる。私はいっぱい食べたいので持ち込むことが多かった。
「美味しそうに食べるわね。ここ、いい?」
「はい、どうぞ」
トレーに餡かけチャーハンを載せた先輩ナースが話しかけてきたので、笑顔で頷いた。
「そちらも美味しそうですね」
「ふーこちゃんったら、食いしん坊ね。うふふ」
私の名前は河原風子。新卒で働き始めて四年目の、総合病院のナースである。
配属先は、心臓外科と循環器内科が合体している病棟だ。
心臓の病気に強い医者が多いが、内科や整形外科などの優秀な人材も多数在籍している。
元々は診療所から始まったこの病院は、今では最新の医療機器を揃え、様々な患者さんを受け入れる体制が整っていて、院内も病室もホテルのような雰囲気だ。
評判もよく、芸能人や大物政治家が入院してくることもしばしば。
ところが最近では、人員不足と経営不振で少々伸び悩んでいるらしい。優秀な医者が立て続けに引き抜きにあったのだ。
「小児科、寿退社が多くて人手不足みたいよ」
「そうなんですか」
「これ以上、人手が減ったら病棟も大変よね」
「深刻な問題ですね……」
「でも今度、優秀なお医者様が来るって噂だから、少し安心してるけど。病院の評価が上がれば、働きたいってお医者さんもまた増えるわよねぇ。はぁ、でも、私はいつ寿退社できるのかしら」
先輩が、大きなため息をついて苦笑いした。
それは私も意識してしまうところ。学生時代や看護学校時代の友達も、結婚する人が増えてきた。
私もいつかは好きな人と結婚して可愛い子供が欲しい。そんな夢を抱く年頃なのだ。
とはいっても、相手がいなければその夢が叶うことはない。
ただ、好きな人はいる。相手は、同じ病院で働く本田先生。
私たちは同じ時期に配属され、その時から仲がいい。新人の頃からお互いの苦労話をして励まし合っていた。そのうちに仕事帰りに一緒に食事をする間柄になった。おしゃれなレストランとかではなく、居酒屋ばかりだったけど。
話も楽しいし、私がいっぱい食べても笑って見ていてくれるのだ。
たまに『食べすぎなんじゃないの?』と言われたこともあったが、きっと体を心配してくれているんだと、前向きに受け止めている。
気がつけば恋心を抱くようになり、四年。
彼はナースからも女性スタッフからも人気があって自分には手が届かない人だし、このままの関係が続けばいい……
(あ、でも本田先生が結婚しちゃったら、一緒にご飯行けなくなるかなぁ)
「聞いてみたかったんだけど、ふーこちゃんは、本田ドクターとお付き合いしてるの?」
唐突に質問され、ポロッとコロッケを落としてしまう。
「ないです! ……絶対に!」
「あら? あらあらぁ?」
気持ちを見透かされているみたいで、頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、片想いね」
これ以上隠しきれない。コクリと頷いて視線を上げると、まさにその――本田先生と目が合った。
(聞かれた! どうしよう)
けれど、本田先生は聞こえないふりをしているのか、本当に聞こえなかったのか、窓際のカウンター席に座った。……顔面蒼白に見えたのは、気のせいだろうか。
男性に女性として扱われたことがない私は、交際経験がない。
何度か片想いをしたことはあったが、告白しても玉砕するのが目に見えていて、チャレンジしたこともなかった。
「告白してみたら? 若いうちに恋愛しなきゃ干からびちゃうわよ」
「……いやぁ、なかなか」
ちらりと視線を動かして、本田先生の背中を見る。聞こえていたらかなり気まずいと思いつつ、残りのおかずを口に運んだ。
今日は緊急の患者さんが入院してきて大変な一日だった。
着替えを終えて更衣室を出ると、少し離れたところに本田先生が立っていた。
いつもだったら、このタイミングで出くわしたら、一緒に食事をして帰ろうという流れになる。
けど、昼に先輩とのやり取りを聞かれたかもしれない。そう思うと、二人の間に重苦しい空気が流れているように感じた。
「本田先生、お疲れ様」
いつものように明るく話しかけたが、彼は嫌そうな表情を浮かべた。周りに人がいないことを確認して、近づいてくる。
「はっきりさせておきたいんだけどさ……。今日の昼、話が聞こえてきちゃって」
やはり私が本田先生のことを好きだと言っていたのが、聞こえていたみたいだ。恥ずかしくて頬が熱くなる。
「あぁ……うん……」
「悪いんだけど、ぶーこはそういう対象じゃない」
「わ、わかってるよ……そんなこと」
動揺を隠しながら答える。
「ぽっちゃりした子はタイプじゃないんだ。ただの友達としてしか見てなかったから、俺のこと、そういう目で見ないでくれない?」
大きく激しい打撃が襲いかかるのではなく、少しずつ冷たいものを体の中に流し込まれるような。そんなふうに、悲しみが広がっていく。
「太ってる人って自己管理ができていないと思うんだ。しかも、なんかちょっと汚い感じがするし。いや、ぶーこが汚いって言ってるわけじゃないんだけど……。性格は明るくて可愛いけど、知り合いとかに紹介するのはちょっとなぁ。医者やってるのにそんな彼女連れてるのか、とか言われたら嫌だし」
こんなひどいことを言う人を好きだった自分が恥ずかしくなってくる。
だけど言い返すことはせず、私は満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、やっぱり聞こえてたんだね。そんな真面目な意味で言ったんじゃないよ。お医者さんとして素晴らしいから尊敬していて、それで好きだってことだから、き、気にしないで。じゃあ、お先」
そう言って、その場を立ち去る。これ以上冷静でいられそうになかった。急ぎ足で職員通用口から出ていく。
幼い頃から太りやすい体質だった。
シングルマザーとして育ててくれていつも仕事で忙しかった母に代わり、祖父母が美味しい料理をいっぱい作って食べさせてくれた。
母は私に寂しい思いをさせているからとおやつを買い与え、私の体にはだんだんと脂肪がついてしまった。
中学生の頃は体型を気にするようになって、食事を減らしたり、運動を頑張ったりしたけれど、なかなか痩せられなかった。
男子に『ぶーこ』とからかわれても、ブヒブヒと豚の真似をしてみんなのことを笑わせていた。
『ぶーこの意味わかる?』
『えー、なになに?』
『ぽっちゃりで、おブスって意味も込めているの』
中学生のとき、友人が陰でそう話しているのを聞いてしまってから、自分を卑下する癖がついた。ただ、暗い性格では嫌われてしまうと思って、いつも笑顔で過ごすように心がけ、物事をいいふうに捉えるようにしていたから、友達だけはたくさんいる。
大人になった現在は百五十三センチ六十三キロ。今が人生で一番痩せているけれど、平均体重にはほど遠い。
この体型ではなにを着ても似合わない気がして、いつも地味なワンピースばかり。
まぶたは二重だけれど鼻と口は小さめで、かなり童顔だ。なるべく大人っぽく見えるように、前髪を横に流している。
入社後の飲み会であだ名の話題になり、深く考えずに話したところ、おじいちゃん先生や一部の男性ドクターがからかって『ぶーこちゃん』と呼ぶようになってしまった。
そんなふうに、小さい頃からいろんなこと言われてきたので、あまり気にしないようにしていたけど、今回ばかりはさすがにキツイ。
(嫌なことがあったときは、甘いものを食べて甘いお酒を呑んで忘れるしかない!)
ダメな方法だが、これが私のストレス解消法。
まっすぐ家に帰る気になれず、駅の近くにある高層ホテルのバーに入ってみた。
早速甘いお酒を頼んで何杯か呑んでいると、思い出すだけで悔しくて泣けてくる。
四年間、温めてきた恋心が一瞬にして玉砕してしまった。
その傷を癒すために、一人で涙を零しながらひたすら呑む。
「……あんな言い方しなくてもいいのに」
思わず小さな声でつぶやいた。
「どうぞ、ピンク・クレオールです」
すかさず目の前に置かれたカクテルをまた口に含んだ。
(あれ、これで何杯目だっけ?)
頭がぼんやりしてきて、体がふわふわしている。
アルコールには強くないので、このまま呑んでいたら記憶をなくしてしまいそうだ。
無事に帰宅できるか心配になってくるが、今は辛い気持ちを流し込んでしまいたい。
「大丈夫か?」
突然そう声をかけられて視線を動かすと、今をときめく俳優のような男前が立っていた。
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
清潔感のある黒髪。意志が強そうで、物事を冷静に判断しそうな瞳。綺麗な二重。筋の通った鼻と形のいい唇。身長が高くて、スーツの上からでも筋肉質なのがわかる。
こんなに完璧な容姿をした人を見たことがなく、振り返った姿勢のままフリーズした。
「呑みすぎはよくないぞ。急性アルコール中毒……って、えっ? 嘘だろ?」
男性が驚いたような声を出した。
顔をじっと見つめられたが、こんなにもイケメンの知り合いはいない。
「な、なんですか?」
「いや。きみは、なんで悲しそうにしてるんだ?」
「……失恋、です」
「へぇ」
男性はなぜか隣の席に腰かけると、カウンターに肘をついて手に顎を乗せ、視線を向けてくる。
「慰めてやろうか?」
「大丈夫です。間に合っています。からかわないでください」
「一人で呑んでいても、マイナス思考にしかならないぞ」
それは……たしかにその通りかもしれない。泣いても気持ちは静まらないし、過去に言われた辛い言葉ばかり思い出す。
(埒が明かないかも。それなら、甘えてみようかな……)
相当酔っ払っているのもあって、見ず知らずの人だったが、話してもいいかなと思い始めていた。
私は頷いてグラスを持った。彼がチンとぶつけてくる。
「で、どんな男に振られた?」
「お医者様です」
「医者が好きなのか?」
「いえ、そういうわけじゃなく。実は、看護師やってまして」
「ほう」
「好きになった人が医者でした」
「ふぅーん」
勤務先などの詳細は隠しながらも、体型が原因で振られたことを伝えた。
彼は聞き上手なのか、普段はこんなんじゃないのに、ついつい口が動く。
「私は小さい頃からぽっちゃり体型で、女の子として扱われたことがないんです。その上、あだ名はぶーこちゃん。名前が風子で……ぶーこになったんです。……私だって女の子扱いされてみたい。きっとこれからの人生、なにもないままで終わってしまうんです」
涙をポロポロ流しながら、カクテルを一口呑んでは弱音を吐く。
彼はそんな私の話を黙って聞いていた。
「体型については体質もあるから、努力しても痩せにくい人もいる。それに好みがあるから、その男の好みに合わなかっただけだと考えたほうがいい」
「こんなぽっちゃり体型の女性を好きになる人なんているんでしょうか?」
「あぁ、いるよ」
確信を持った様子で頷かれて、小さな希望の光が差したような気持ちになる。
しかし今日の私は、かなりネガティブ思考だ。
「いるわけないです」
「俺は可愛いと思うが」
熱い眼差しで見つめられ、溶けてしまいそう。体が火照りだし、水を一気飲みする。
「もう、冗談はやめてくださいよ。心臓に悪いじゃないですか。はぁ……明日職場で会ったら、また思い出してしまいそうです」
このまま話を続けると彼のペースに乗せられそうで、話題を途中で変えた。
なのに!
「じゃあ、忘れさせてやろうか?」
破壊力のあるワードに、心臓がドクンと高鳴る。
「漫画みたいなセリフですね」
「そうか? 目の前に好みの女性がいたら逃したくないと思うのが、男の心理だ」
まるで私を狙っているみたいな口ぶり。
珍しい展開に勘違いしそうになるけれど、私を恋愛や性的な対象として見る人には出会ったことがない。
「話を聞いてくれたので、元気になってきました」
「それはよかった」
「ちょっぴりドキドキする経験もできましたし。……もう恋しないで、お仕事一筋で頑張っていきたいです」
「なにを言っているんだ。こんなにいい女を放っておくなんて、風子さんの近くにいる男は見る目がないだけだ。恋をしないなんて宣言するな。俺と恋愛すればいい」
さり気なく胸に響く言葉を言ってくれる。今日のこの出来事だけで、これから先、ずっと幸せに暮らしていけそうだ。
「優しいんですね。ありがとうございます」
それで終わりにしたつもりなのに、彼はブランデーを呷ると、会話を続けた。
「魅力的なのに、今まで誰かと付き合ったことはないのか?」
「ありません」
「キスやセックスは?」
「セッ……!」
フレーズだけで恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。
「あるわけないじゃないですかっ」
「それはもったいない」
たしかに、愛する人との行為はものすごくいいと聞いたことがある。
友達もそう話していたし、漫画や恋愛小説もそうだ。
女としての悦びを知らないまま生きていくのは、損しているのかもしれない。
「相手がいないとできません。なんなら、お兄さんが私の初めてを奪ってくれますか?」
少し重くなってきた空気を変えたくて、私のキャラではないけど、わざと冗談めかして尋ねた。
「あぁ、喜んで。たっぷりと、可愛がってやる」
けれど大真面目な顔でそう答えられたので、心臓を矢で射貫かれたみたいな衝撃が走る。
私とそういう関係になれると言ってくれるのは、稀な人かもしれない。
今後、誰とも付き合うチャンスはないだろうし……一生に一度くらい経験してみたいけど……
酔っ払っているせいか、イケないことを考えてしまう。
「本気ですか?」
「俺は嘘をつかない」
(初めて会った人と……いいのかな……。悩むけど……委ねてみたいかも…………やっぱり、ダメだよね。危ないよ。ダメダメ……でも……)
葛藤している自分に驚く。それだけ彼が魅力的なのだ。
「抱いてもいいって言ってくれただけで感無量です。じゃあ私は帰ります」
帰ろうと立ち上がったが、足元がふらついて倒れそうになる。
「危ない!」
頭を打ってしまうと思わず目を閉じたが、痛みは襲ってこない。目を開けると、彼が長い腕で私を受け止めてくれていた。
綺麗な顔があまりにも近くて、キスできてしまいそうな距離。
(こんな私を助けてくれた! めちゃくちゃ紳士だよぉ。感動しちゃう)
涙を流す私を見て、彼は驚いた表情を浮かべている。
「こんなに素敵な人に女性扱いされて、感動しています! 本当にありがとうございます。救われました」
「一人で歩かせるのは危険だ」
そう言うと、彼は、私をお姫様抱っこした。
急に体が浮き上がり、夢を見ているのではないかと錯覚する。重いだろうに、軽々と持ち上げてしまう筋力に驚きを隠せない。
「お、下ろしてください」
「酔いが覚めるまで少し眠ったほうがいい。今日俺はこのホテルに部屋を予約してあるんだが、ツインルームに変更してもらえるか聞いてみる」
「えっ?」
なにを言っているのか理解ができない。
「急性アルコール中毒になったら危ないから」
バーの会計を部屋付けにすると、男性は私をお姫様抱っこしたままでフロントへ向かった。私をソファに座らせ、「連れの体調が悪くなったから」と事情を話している。
ツインルームが空いていたらしく、戻ってきた彼に体を支えてもらいながら歩いた。
そのままエレベーターに乗り、部屋へ案内される。
背中を押されて入室すると、大きめのベッドが二つに、テーブルやソファーベッドが置かれた立派な部屋だった。
「残念ながらスイートは空いていなかったみたいだ」
「……でも、この部屋、とても高そうですね」
支払いができるか心配だったが、それよりももっと不安なのは、見知らぬ男性とベッドのある部屋で一緒にいることだ。
困惑しながらも窓に近づいて外を見ると、東京の夜景が一望できる。
「綺麗……!」
「そうだな。でも俺は……東京の夜景よりも風子のほうが魅力的に見える」
(いきなり呼び捨て? でも、なんかいいかも)
「またご冗談を」
「さっきも言ったが、俺は嘘をつかないタイプだ」
自信満々に言われる。彼が近づいてきて私の頬を手のひらで包み込んだ。
「きみは自分を卑下する言葉ばかり言っている」
「はい」
「風子は、綺麗だ。すごく……どうにかしてしまいたいくらい」
初めて会ったのに、その言葉には嘘がない気がして、心がだんだんと温まっていく。
「こんな私でよければ……どうにかしてもらえませんか?」
酔いに任せて、自分でも驚く言葉を発していた。
「こんなぽっちゃり体型の女性を好きになる人なんているんでしょうか?」
「あぁ、いるよ」
確信を持った様子で頷かれて、小さな希望の光が差したような気持ちになる。
しかし今日の私は、かなりネガティブ思考だ。
「いるわけないです」
「俺は可愛いと思うが」
熱い眼差しで見つめられ、溶けてしまいそう。体が火照りだし、水を一気飲みする。
「もう、冗談はやめてくださいよ。心臓に悪いじゃないですか。はぁ……明日職場で会ったら、また思い出してしまいそうです」
このまま話を続けると彼のペースに乗せられそうで、話題を途中で変えた。
なのに!
「じゃあ、忘れさせてやろうか?」
破壊力のあるワードに、心臓がドクンと高鳴る。
「漫画みたいなセリフですね」
「そうか? 目の前に好みの女性がいたら逃したくないと思うのが、男の心理だ」
まるで私を狙っているかのような口ぶり。
珍しい展開に勘違いしそうになるけれど、私を恋愛や性的な対象として見る人には出会ったことがない。
「話を聞いてくれたので、元気になってきました」
「それはよかった」
「ちょっぴりドキドキする経験もできましたし。……もう恋しないで、お仕事一筋で頑張っていきたいです」
「なにを言っているんだ。こんなにいい女を放っておくなんて、風子さんの近くにいる男は見る目がないだけだ。恋をしないなんて宣言するな。俺と恋愛すればいい」
さり気なく胸に響く言葉を言ってくれる。今日のこの出来事だけで、これから先、ずっと幸せに暮らしていけそうだ。
「優しいんですね。ありがとうございます」
それで終わりにしたつもりなのに、彼はブランデーを呷ると、会話を続けた。
「魅力的なのに、今まで誰かと付き合ったことはないのか?」
「ありません」
「キスやセックスは?」
「セッ……!」
フレーズだけで恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。
「あるわけないじゃないですかっ」
「それはもったいない」
たしかに、愛する人との行為はものすごくいいと聞いたことがある。
友達もそう話していたし、漫画や恋愛小説もそうだ。
女としての悦びを知らないまま生きていくのは、損しているのかもしれない。
「相手がいないとできません。なんなら、お兄さんが私の初めてを奪ってくれますか?」
少し重くなってきた空気を変えたくて、私のキャラではないけど、わざと冗談めかして尋ねた。
「あぁ、喜んで。たっぷりと、可愛がってやる」
けれど大真面目な顔でそう答えられたので、心臓を矢で射貫かれたみたいな衝撃が走る。
私とそういう関係になれると言ってくれるのは、稀な人かもしれない。
今後、誰とも付き合うチャンスはないだろうし……一生に一度くらい経験してみたいけど……
酔っ払っているせいか、イケないことを考えてしまう。
「本気ですか?」
「俺は嘘をつかない」
(初めて会った人と……いいのかな……。悩むけど……委ねてみたいかも…………やっぱり、ダメだよね。危ないよ。ダメダメ……でも……)
第一章 まさかの、ワンナイトラブ!
「いただきまーす」
職員が使える食堂で、少し大きめの手作り弁当の蓋を開けた。甘い卵焼きから頬張る。
(んまぁっい! 美味しすぎる~~~)
ここでは、食券を買ってランチセットを注文してもいいし、お弁当を持参することもできる。私はいっぱい食べたいので持ち込むことが多かった。
「美味しそうに食べるわね。ここ、いい?」
「はい、どうぞ」
トレーに餡かけチャーハンを載せた先輩ナースが話しかけてきたので、笑顔で頷いた。
「そちらも美味しそうですね」
「ふーこちゃんったら、食いしん坊ね。うふふ」
私の名前は河原風子。新卒で働き始めて四年目の、総合病院のナースである。
配属先は、心臓外科と循環器内科が合体している病棟だ。
心臓の病気に強い医者が多いが、内科や整形外科などの優秀な人材も多数在籍している。
元々は診療所から始まったこの病院は、今では最新の医療機器を揃え、様々な患者さんを受け入れる体制が整っていて、院内も病室もホテルのような雰囲気だ。
評判もよく、芸能人や大物政治家が入院してくることもしばしば。
ところが最近では、人員不足と経営不振で少々伸び悩んでいるらしい。優秀な医者が立て続けに引き抜きにあったのだ。
「小児科、寿退社が多くて人手不足みたいよ」
「そうなんですか」
「これ以上、人手が減ったら病棟も大変よね」
「深刻な問題ですね……」
「でも今度、優秀なお医者様が来るって噂だから、少し安心してるけど。病院の評価が上がれば、働きたいってお医者さんもまた増えるわよねぇ。はぁ、でも、私はいつ寿退社できるのかしら」
先輩が、大きなため息をついて苦笑いした。
それは私も意識してしまうところ。学生時代や看護学校時代の友達も、結婚する人が増えてきた。
私もいつかは好きな人と結婚して可愛い子供が欲しい。そんな夢を抱く年頃なのだ。
とはいっても、相手がいなければその夢が叶うことはない。
ただ、好きな人はいる。相手は、同じ病院で働く本田先生。
私たちは同じ時期に配属され、その時から仲がいい。新人の頃からお互いの苦労話をして励まし合っていた。そのうちに仕事帰りに一緒に食事をする間柄になった。おしゃれなレストランとかではなく、居酒屋ばかりだったけど。
話も楽しいし、私がいっぱい食べても笑って見ていてくれるのだ。
たまに『食べすぎなんじゃないの?』と言われたこともあったが、きっと体を心配してくれているんだと、前向きに受け止めている。
気がつけば恋心を抱くようになり、四年。
彼はナースからも女性スタッフからも人気があって自分には手が届かない人だし、このままの関係が続けばいい……
(あ、でも本田先生が結婚しちゃったら、一緒にご飯行けなくなるかなぁ)
「聞いてみたかったんだけど、ふーこちゃんは、本田ドクターとお付き合いしてるの?」
唐突に質問され、ポロッとコロッケを落としてしまう。
「ないです! ……絶対に!」
「あら? あらあらぁ?」
気持ちを見透かされているみたいで、頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、片想いね」
これ以上隠しきれない。コクリと頷いて視線を上げると、まさにその――本田先生と目が合った。
(聞かれた! どうしよう)
けれど、本田先生は聞こえないふりをしているのか、本当に聞こえなかったのか、窓際のカウンター席に座った。……顔面蒼白に見えたのは、気のせいだろうか。
男性に女性として扱われたことがない私は、交際経験がない。
何度か片想いをしたことはあったが、告白しても玉砕するのが目に見えていて、チャレンジしたこともなかった。
「告白してみたら? 若いうちに恋愛しなきゃ干からびちゃうわよ」
「……いやぁ、なかなか」
ちらりと視線を動かして、本田先生の背中を見る。聞こえていたらかなり気まずいと思いつつ、残りのおかずを口に運んだ。
今日は緊急の患者さんが入院してきて大変な一日だった。
着替えを終えて更衣室を出ると、少し離れたところに本田先生が立っていた。
いつもだったら、このタイミングで出くわしたら、一緒に食事をして帰ろうという流れになる。
けど、昼に先輩とのやり取りを聞かれたかもしれない。そう思うと、二人の間に重苦しい空気が流れているように感じた。
「本田先生、お疲れ様」
いつものように明るく話しかけたが、彼は嫌そうな表情を浮かべた。周りに人がいないことを確認して、近づいてくる。
「はっきりさせておきたいんだけどさ……。今日の昼、話が聞こえてきちゃって」
やはり私が本田先生のことを好きだと言っていたのが、聞こえていたみたいだ。恥ずかしくて頬が熱くなる。
「あぁ……うん……」
「悪いんだけど、ぶーこはそういう対象じゃない」
「わ、わかってるよ……そんなこと」
動揺を隠しながら答える。
「ぽっちゃりした子はタイプじゃないんだ。ただの友達としてしか見てなかったから、俺のこと、そういう目で見ないでくれない?」
大きく激しい打撃が襲いかかるのではなく、少しずつ冷たいものを体の中に流し込まれるような。そんなふうに、悲しみが広がっていく。
「太ってる人って自己管理ができていないと思うんだ。しかも、なんかちょっと汚い感じがするし。いや、ぶーこが汚いって言ってるわけじゃないんだけど……。性格は明るくて可愛いけど、知り合いとかに紹介するのはちょっとなぁ。医者やってるのにそんな彼女連れてるのか、とか言われたら嫌だし」
こんなひどいことを言う人を好きだった自分が恥ずかしくなってくる。
だけど言い返すことはせず、私は満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、やっぱり聞こえてたんだね。そんな真面目な意味で言ったんじゃないよ。お医者さんとして素晴らしいから尊敬していて、それで好きだってことだから、き、気にしないで。じゃあ、お先」
そう言って、その場を立ち去る。これ以上冷静でいられそうになかった。急ぎ足で職員通用口から出ていく。
幼い頃から太りやすい体質だった。
シングルマザーとして育ててくれていつも仕事で忙しかった母に代わり、祖父母が美味しい料理をいっぱい作って食べさせてくれた。
母は私に寂しい思いをさせているからとおやつを買い与え、私の体にはだんだんと脂肪がついてしまった。
中学生の頃は体型を気にするようになって、食事を減らしたり、運動を頑張ったりしたけれど、なかなか痩せられなかった。
男子に『ぶーこ』とからかわれても、ブヒブヒと豚の真似をしてみんなのことを笑わせていた。
『ぶーこの意味わかる?』
『えー、なになに?』
『ぽっちゃりで、おブスって意味も込めているの』
中学生のとき、友人が陰でそう話しているのを聞いてしまってから、自分を卑下する癖がついた。ただ、暗い性格では嫌われてしまうと思って、いつも笑顔で過ごすように心がけ、物事をいいふうに捉えるようにしていたから、友達だけはたくさんいる。
大人になった現在は百五十三センチ六十三キロ。今が人生で一番痩せているけれど、平均体重にはほど遠い。
この体型ではなにを着ても似合わない気がして、いつも地味なワンピースばかり。
まぶたは二重だけれど鼻と口は小さめで、かなり童顔だ。なるべく大人っぽく見えるように、前髪を横に流している。
入社後の飲み会であだ名の話題になり、深く考えずに話したところ、おじいちゃん先生や一部の男性ドクターがからかって『ぶーこちゃん』と呼ぶようになってしまった。
そんなふうに、小さい頃からいろんなこと言われてきたので、あまり気にしないようにしていたけど、今回ばかりはさすがにキツイ。
(嫌なことがあったときは、甘いものを食べて甘いお酒を呑んで忘れるしかない!)
ダメな方法だが、これが私のストレス解消法。
まっすぐ家に帰る気になれず、駅の近くにある高層ホテルのバーに入ってみた。
早速甘いお酒を頼んで何杯か呑んでいると、思い出すだけで悔しくて泣けてくる。
四年間、温めてきた恋心が一瞬にして玉砕してしまった。
その傷を癒すために、一人で涙を零しながらひたすら呑む。
「……あんな言い方しなくてもいいのに」
思わず小さな声でつぶやいた。
「どうぞ、ピンク・クレオールです」
すかさず目の前に置かれたカクテルをまた口に含んだ。
(あれ、これで何杯目だっけ?)
頭がぼんやりしてきて、体がふわふわしている。
アルコールには強くないので、このまま呑んでいたら記憶をなくしてしまいそうだ。
無事に帰宅できるか心配になってくるが、今は辛い気持ちを流し込んでしまいたい。
「大丈夫か?」
突然そう声をかけられて視線を動かすと、今をときめく俳優のような男前が立っていた。
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
清潔感のある黒髪。意志が強そうで、物事を冷静に判断しそうな瞳。綺麗な二重。筋の通った鼻と形のいい唇。身長が高くて、スーツの上からでも筋肉質なのがわかる。
こんなに完璧な容姿をした人を見たことがなく、振り返った姿勢のままフリーズした。
「呑みすぎはよくないぞ。急性アルコール中毒……って、えっ? 嘘だろ?」
男性が驚いたような声を出した。
顔をじっと見つめられたが、こんなにもイケメンの知り合いはいない。
「な、なんですか?」
「いや。きみは、なんで悲しそうにしてるんだ?」
「……失恋、です」
「へぇ」
男性はなぜか隣の席に腰かけると、カウンターに肘をついて手に顎を乗せ、視線を向けてくる。
「慰めてやろうか?」
「大丈夫です。間に合っています。からかわないでください」
「一人で呑んでいても、マイナス思考にしかならないぞ」
それは……たしかにその通りかもしれない。泣いても気持ちは静まらないし、過去に言われた辛い言葉ばかり思い出す。
(埒が明かないかも。それなら、甘えてみようかな……)
相当酔っ払っているのもあって、見ず知らずの人だったが、話してもいいかなと思い始めていた。
私は頷いてグラスを持った。彼がチンとぶつけてくる。
「で、どんな男に振られた?」
「お医者様です」
「医者が好きなのか?」
「いえ、そういうわけじゃなく。実は、看護師やってまして」
「ほう」
「好きになった人が医者でした」
「ふぅーん」
勤務先などの詳細は隠しながらも、体型が原因で振られたことを伝えた。
彼は聞き上手なのか、普段はこんなんじゃないのに、ついつい口が動く。
「私は小さい頃からぽっちゃり体型で、女の子として扱われたことがないんです。その上、あだ名はぶーこちゃん。名前が風子で……ぶーこになったんです。……私だって女の子扱いされてみたい。きっとこれからの人生、なにもないままで終わってしまうんです」
涙をポロポロ流しながら、カクテルを一口呑んでは弱音を吐く。
彼はそんな私の話を黙って聞いていた。
「体型については体質もあるから、努力しても痩せにくい人もいる。それに好みがあるから、その男の好みに合わなかっただけだと考えたほうがいい」
「こんなぽっちゃり体型の女性を好きになる人なんているんでしょうか?」
「あぁ、いるよ」
確信を持った様子で頷かれて、小さな希望の光が差したような気持ちになる。
しかし今日の私は、かなりネガティブ思考だ。
「いるわけないです」
「俺は可愛いと思うが」
熱い眼差しで見つめられ、溶けてしまいそう。体が火照りだし、水を一気飲みする。
「もう、冗談はやめてくださいよ。心臓に悪いじゃないですか。はぁ……明日職場で会ったら、また思い出してしまいそうです」
このまま話を続けると彼のペースに乗せられそうで、話題を途中で変えた。
なのに!
「じゃあ、忘れさせてやろうか?」
破壊力のあるワードに、心臓がドクンと高鳴る。
「漫画みたいなセリフですね」
「そうか? 目の前に好みの女性がいたら逃したくないと思うのが、男の心理だ」
まるで私を狙っているみたいな口ぶり。
珍しい展開に勘違いしそうになるけれど、私を恋愛や性的な対象として見る人には出会ったことがない。
「話を聞いてくれたので、元気になってきました」
「それはよかった」
「ちょっぴりドキドキする経験もできましたし。……もう恋しないで、お仕事一筋で頑張っていきたいです」
「なにを言っているんだ。こんなにいい女を放っておくなんて、風子さんの近くにいる男は見る目がないだけだ。恋をしないなんて宣言するな。俺と恋愛すればいい」
さり気なく胸に響く言葉を言ってくれる。今日のこの出来事だけで、これから先、ずっと幸せに暮らしていけそうだ。
「優しいんですね。ありがとうございます」
それで終わりにしたつもりなのに、彼はブランデーを呷ると、会話を続けた。
「魅力的なのに、今まで誰かと付き合ったことはないのか?」
「ありません」
「キスやセックスは?」
「セッ……!」
フレーズだけで恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。
「あるわけないじゃないですかっ」
「それはもったいない」
たしかに、愛する人との行為はものすごくいいと聞いたことがある。
友達もそう話していたし、漫画や恋愛小説もそうだ。
女としての悦びを知らないまま生きていくのは、損しているのかもしれない。
「相手がいないとできません。なんなら、お兄さんが私の初めてを奪ってくれますか?」
少し重くなってきた空気を変えたくて、私のキャラではないけど、わざと冗談めかして尋ねた。
「あぁ、喜んで。たっぷりと、可愛がってやる」
けれど大真面目な顔でそう答えられたので、心臓を矢で射貫かれたみたいな衝撃が走る。
私とそういう関係になれると言ってくれるのは、稀な人かもしれない。
今後、誰とも付き合うチャンスはないだろうし……一生に一度くらい経験してみたいけど……
酔っ払っているせいか、イケないことを考えてしまう。
「本気ですか?」
「俺は嘘をつかない」
(初めて会った人と……いいのかな……。悩むけど……委ねてみたいかも…………やっぱり、ダメだよね。危ないよ。ダメダメ……でも……)
葛藤している自分に驚く。それだけ彼が魅力的なのだ。
「抱いてもいいって言ってくれただけで感無量です。じゃあ私は帰ります」
帰ろうと立ち上がったが、足元がふらついて倒れそうになる。
「危ない!」
頭を打ってしまうと思わず目を閉じたが、痛みは襲ってこない。目を開けると、彼が長い腕で私を受け止めてくれていた。
綺麗な顔があまりにも近くて、キスできてしまいそうな距離。
(こんな私を助けてくれた! めちゃくちゃ紳士だよぉ。感動しちゃう)
涙を流す私を見て、彼は驚いた表情を浮かべている。
「こんなに素敵な人に女性扱いされて、感動しています! 本当にありがとうございます。救われました」
「一人で歩かせるのは危険だ」
そう言うと、彼は、私をお姫様抱っこした。
急に体が浮き上がり、夢を見ているのではないかと錯覚する。重いだろうに、軽々と持ち上げてしまう筋力に驚きを隠せない。
「お、下ろしてください」
「酔いが覚めるまで少し眠ったほうがいい。今日俺はこのホテルに部屋を予約してあるんだが、ツインルームに変更してもらえるか聞いてみる」
「えっ?」
なにを言っているのか理解ができない。
「急性アルコール中毒になったら危ないから」
バーの会計を部屋付けにすると、男性は私をお姫様抱っこしたままでフロントへ向かった。私をソファに座らせ、「連れの体調が悪くなったから」と事情を話している。
ツインルームが空いていたらしく、戻ってきた彼に体を支えてもらいながら歩いた。
そのままエレベーターに乗り、部屋へ案内される。
背中を押されて入室すると、大きめのベッドが二つに、テーブルやソファーベッドが置かれた立派な部屋だった。
「残念ながらスイートは空いていなかったみたいだ」
「……でも、この部屋、とても高そうですね」
支払いができるか心配だったが、それよりももっと不安なのは、見知らぬ男性とベッドのある部屋で一緒にいることだ。
困惑しながらも窓に近づいて外を見ると、東京の夜景が一望できる。
「綺麗……!」
「そうだな。でも俺は……東京の夜景よりも風子のほうが魅力的に見える」
(いきなり呼び捨て? でも、なんかいいかも)
「またご冗談を」
「さっきも言ったが、俺は嘘をつかないタイプだ」
自信満々に言われる。彼が近づいてきて私の頬を手のひらで包み込んだ。
「きみは自分を卑下する言葉ばかり言っている」
「はい」
「風子は、綺麗だ。すごく……どうにかしてしまいたいくらい」
初めて会ったのに、その言葉には嘘がない気がして、心がだんだんと温まっていく。
「こんな私でよければ……どうにかしてもらえませんか?」
酔いに任せて、自分でも驚く言葉を発していた。
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