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しおりを挟む「あら――、今日はあの怖い狼たちは連れていないのですね」
タニアは扉を開けると、顔をしかめながらそう言った。
私が先日、頬を叩き返して以来、タニアは私と露骨に距離をとるようになった。
今まで何の文句も言わずに言われたとおりに動いてきた人形が意図せず反抗したことで、距離感が掴めないのだろう。
「少し、話をしない?」
そう言うと、彼女は訝し気な顔をしながらも私を部屋の中へと招き入れた。
「――この前は悪かったわ。ただ、ああいう態度でここにいたら、いろいろと怪しまれるでしょう」
悪かったとは思っていないけれど、表向き、申し訳なさそうな顔でそう言うと、彼女は困惑したような表情を見せた。
困惑、そうでしょうね。彼女は私が自分の意思で何かを考えて動くなんてことに少しも思い当たったことがないんだろう。
「――それは、そうですね」
タニアはしばらく思案した後、そう呟いて頷いた。
「――あの狼に『リズ』と呼ばれているようですね。ずいぶん親しくなったようで」
「それが、私の役割でしょう」
私はそう答えて肩をすくめ、問いかけた。
「ねえ、タニア。あなた、ラピスに帰りたいでしょう?」
タニアは息を呑んで、しばらくの沈黙の後、呟いた。
「それは――もちろん」
「では、あなただけ、帰ったらどうかしら? 私がここにいれば、問題はないでしょう」
「私は、国王陛下と王妃様から、あなたのボロが出ないように補助をするように申し付けれれているのよ」
「だって、化粧だって、身支度だって、私は自分でやっているもの」
私の身支度はタニアだけがする、ということになっているけれど、結局、朝早く目が覚めてしまうし、自分でやった方が早いので身支度などは全て自分で済ませてしまっている。だから彼女は私の額の傷がなくなっていることにも気づいていないだろう。
タニアは何か言いたげだったが黙り込んでいる。
彼女はお父様たち――主人の命令には忠実なのだ。
私はタニアに一枚の紙を渡した。
「これは……」
「この王宮の地図よ。アーノルドにもらったの」
王宮内は迷ってしまうから、地図が欲しいと言ったらアーノルドがくれたものだ。
「それを持って帰ればいいんじゃない。王宮内の地図はお父様たちもきっと必要でしょう」
タニアに「帰る」と言わせるは、何か簡単な理由が必要だろう。
「……」
彼女は地図を見つめてまた黙った。私は言葉を重ねた。
「ルピアの王都まで、荷馬車が出ているでしょう? それに乗せてもらって帰ればいいわ」
農業の盛んなこの国からは、隣国のルピアへ農産物を乗せた荷馬車が定期的に走っている。リーゼロッテの侍女としてついてきたタニアを大っぴらに帰すとなると体裁が悪いし……何より、彼女には荷馬車でこっそりと帰ってもらう必要があった。
私は彼女にアーノルドからもらったいくつかの宝石のついた装飾品を渡した。
「これを見せて、乗せて行ってもらいなさい」
***
それから数日、私はタニアと、彼女をラピスに行く荷馬車に乗せる算段を立てた。
アーノルドに頼んで城下町に出してもらう。
城下町は獣人が多いけれど、商人は人間が多いようだった。
2日おきに城下町の門から作物を乗せた荷馬車が出発する。馬主は人間だ。
商人ではなさそうな人間の女も馬車に同乗しているのを見かけた。
「――主人が獣人に代わって、合わない人間は外へ出て行く者もいる。そういう者は止めない」
とアーノルドは少し眉をひそめて呟いた。
それにまぎれれば良い、と私は思った。
もし、ラピスにあるあの通路を確認しに行きたいと言ったら、アーノルドは「そんなことをする必要はない」と言うだろう。
だから、私は自分の判断で行く。
タニアについてラピスに戻って、状況を確認してアーノルドに伝える。
自分で彼とこのままでいるためにできることをやろうと思った。
***
タニアをラピスに帰す日が来た。
ここ数日体調が悪い振りをして、アーノルドには「今日は体調が悪いのでゆっくり部屋で休む」と伝えた。 私の面倒はタニアだけが見ることになっているから、これで明日の朝もしばらくは誰も部屋に入ってこないだろう。
侍女は門の出入りを咎められない。タニアは自分で王宮を出て馬車のところに向かうだろう。
私はアルとイオ、二匹の狼を連れて、夜更けに部屋を抜け出すと、庭園の壁を乗り越えて、城下町に出た。賢い狼は背中を丸めて私の台になってくれる。私が塀を超えると、彼らは軽々とそれを飛び越えた。
荷積みが終わったことを確認して、私は二頭の狼と共に、馬車の荷台に乗り込んだ。
荷を覆うカバーの破れ目から外を見ると、タニアが近づいてくるのがわかった。
そのまま馬車は出発する。
ガタガタと揺れても、二匹の狼のふわふわした毛皮の間に挟まれていると揺れは気にならなかった。
どれだけ走ったか、馬車が停まった。外をちらりと覗くと日が暮れかかっている。
畑の近くにある宿屋に泊まるのだろう。
「あ、あんた誰だ?」
「どうして……あなたが着いて来てるの?」
目を白黒させる主人の横でタニアが厳しい顔で私を見つめている。
私は肩をすくめた。
「――だって、私もラピスに帰りたかったのだもの」
「あなた――自分の役割を……!」
「自分の役割を果たしていないのは、あなたもじゃないかしら、タニア」
返す言葉がなくなったタニアは黙り込んだ。
「――お知り合いで? ――どうするんですか? このまま明日出発でいいんですか?」
荷馬車の主は困ったように私たちを見比べる。
面倒なことは関わりたくない、といった様子だった。
「そのまま、お願いします」
タニアは険しい顔のまま、そう言った。
***
私とタニアは同室に泊まることになった。
狼連れは普通らしく、アルとイオも部屋に入れることができた。
狼を怖がってか、タニアは私たちから距離をとったまま口を聞こうともしない。
――夜明け前、私はまだ寝ているタニアの口にロープをぐるりと巻き付けた。
「悪いわね」
そう言いながら口を縛ると、目を覚ましたタニアがばたばたと手を動かした。
「アル、イオ!」
小声で狼たちの名前を呼ぶと、賢い子たちは私の横から飛び出してタニアの身体の上にのしかかった。その間に、手と足を縛る。動けない状態にしたタニアをベッドの奥に押し込んだ。
そのまま上着を羽織って、外に出る。
荷馬車の主は早朝早く出発すると言っていた。
案の定、停めた馬車の前で待っている。
「お待たせしてすいません」
「あの方は――」
私が駆け寄ると、荷馬車の主はタニアの姿を探して怪訝そうに周囲を見回した。
気まずそうな顔で言う。
「――喧嘩をしまして、彼女は残るって――」
私はタニアに渡したより多めの装飾品を主人に渡した。
面倒ごとは避けたい、という様子だったから――、
「わかった。じゃあ出発するよ。あんたもラピスまででいいんだな」
案の定彼はそれだけ言って馬車に乗り込んだ。
「ありがとうございます」と言ってその横に乗る。
アルとイオは荷馬車の荷台に乗せた。
「――獣人の主に成り代わって、国を出てくって人間も多いんだよな。あんたもそのクチかい」
そう言う主人に「そうです」とだけ頷いて、私は窓の外を見た。
昨日のうちにアーノルドは私がいなくなったことに気づいて、探してくれてるだろうか。
そして、今日か明日にはこの宿屋でタニアを見つけて追いかけてきてくれるだろうと思う。ラピスに入ってしまえば、それ以上は追いかけてこれないだろうけれど。近くできっと、しばらく様子を見ていてくれるはずだ。
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