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5.元聖女は自分のことを知る決心をしました。

130.

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「レイラ……今のは何だ! それに、その目は……!」

 大司教様は大きく目を見開いて私を見た。その目の中には驚きと一緒に、恐怖のようなものがあった。私は一瞬息を呑んで、それからふっと苦笑した。

 そうですよね……、急に周りで炎なんか起こしたら、こういう反応になりますよね。
 
「何を、笑っているんだ……!」

 私は大司教様を睨んだ。

「大司教様、あなたがふざけた事を言うからですよ……。何が『キアーラの一部としてやっても良い』ですか? あの街を竜を使って襲う気ですか? 街のみんなの迷惑になるから、止めてください!」

 本当に迷惑な人ですね。
 キアーラの人たちが大変だっていうのに、国土を広げるとか、何を言ってるんですか、本当に……!
 
 大司教様の顔に見る見る血が昇って行くのがわかる。丸い顔が焼き豚みたいな色になってく。

「――この私に『ふざけた事』だと? ――お前の我儘を聞いて贅沢な食事を与えてやり、こちらが甘くしてやったらいい気になって、生意気な口をききおって!」

 大司教様が手を振り上げた。
 ばし! っという音と共に、左の頬に痛みが走って、私は後ろに転がった。
 その勢いで女神様の像の足元に頭を打ちつける。頭の後ろに衝撃を受けた。
 
「――痛い、じゃないですか」

 ずきずきする頭をさすりながら身体を起こす。ふつふつと怒りが身体の中に湧くのがわかった。瞳の奥が熱くなる。

 爆発音と共に、私の周りにいくつも火柱が上がる。巻き上がった熱い風で、まとめた髪の毛がばさばさっと乱れた。「ひぃ」という、間の抜けた声が狭い祈りの間に響く。――大司教様の口から洩れた声だ。

「――これ、私、自分でコントロールできませんから……、またぶったら、どうなるかわかりませんよ……!」

 私は唖然とした表情で私を見つめる大司教様を見据えて告げた。

「――レイラ、お前、本性を出したのか――」

 大司教様は後ずさりしながら唇を震わせてそう言った。

「やはり、お前は外で自由にするべきじゃなかったのだな――。贅沢を覚え、魔族の本性を隠せなくなったのか――」

「――贅沢とか、そういうんじゃありませんからね。大司教様がふざけた事を言うからです」

 私は拳を握りしめた。この人は自分がどうしようもない事を言っているってわからないんでしょうか……! 理解ができなくて、頭を打った痛みとは別の頭痛がしてくる。

「ふざけた、ふざけただと? 本当に生意気になって戻ってきたな、お前は……!」

 大司教様は大神殿の方を振り返ると、唇に指をあて、ピィィィと口笛を吹いた。
 どすどすと重たい足音が聞こえて、神殿の入り口から、私をキアーラまで乗せてきた赤竜が祈りの間目掛けて走って来る。

「――多少燃やしたところで死なんだろうしな! しつけ直しが必要だな」

「ふざけたことを言うのは、いい加減にしてください!」

 私は両手を胸の前で組むと、こちらに向かってくる赤い竜を見つめて祈った。

 ――大司教様を黙らせてください!

 赤い竜の茶色い大きなぎょろりとした瞳が、その鱗みたいに真っ赤に変わった。
 
 ガァァアアアア

 大神殿全体を揺らすように赤い竜は大きく吠えた。
 
 ――そしてそのまま、祈りの間から駆け出して自分の背中に乗ろうとする大司教様を首で跳ね飛ばした。白い神官服に包まれた大司教様の身体はボールみたいに真っ直ぐ上に飛んだ。そのまま落ちてきた大司教様は床にぶつかって「ぐぁっ」っと声を上げて転がった。
 
 その声に引き戻されたのか、赤い竜は大司教様の匂いを嗅ぐように鼻を近づける。瞳の色は元の茶色い色に戻っていた。

 私は唇を噛んだ。

 ――なんで? もう少し痛めつけてくれて、いいのに!

「大司教様!!!」

 顔を上げると神殿の中にわらわらと神官たちが掛け込んで来るのが見えた。
 彼らは、手を組んで祈りの言葉を呟き続けている。
 私はすーっと自分の中の燃えるような怒りの気持ちが静まって行くのを感じた。

 ――あ、これって、人に祈られると――こうなるんですね……。

 まるでお父さんとかお母さんに髪を撫でてもらってるような感覚……。

 私はぼんやりとしてくる気持ちを振り払うように頭を振った。
 
 ――そんな感覚わかりませんから! だって私の親は私をこんな大司教様のところに置いていったんですもん!

 私は手を組むと、大司教様に擦り寄るようにしている火竜を見つめて祈った。怒りをはっきりさせるためにも、大きく声に出して命じる。

「大司教様を黙らせてください!!!」

 ――そのとき、周囲が真っ赤に光った。
 振り返ると、いつもは祈りで白く輝く女神像が、赤い血のような光に染まっていた。

 また、竜の吠え声が大神殿を揺らす。

「レイラ、その部屋で祈るんじゃない!!!!」

 大司教様の叫び声が響いた。
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